Trial for Brave
「ゆーちゃん、皆待ってるからねぇ~。頑張ってね~。
戻ったらお姉さんがいいことしてあげるからね~」
「もう、プルミさん…その言い方はやめてください。
…でもいよいよですね。
にいさんなら、きっと上手くいきますよ。私が保証しますから」
「急いては事を仕損じる。勇者殿。いつも通りに焦らぬことです。
我々、いつでも帰りを待っております故。存分に力を振るわれよ」
俺はフィーメル達に見送られて勇者の試練の地へと赴く。
一人で歩むはじめての旅路。ここで下手は打てない、気が引き締まる思いだ。
ここまで辛い事もあったけど諦めずにやってきた。必ず成し遂げてみせる。
ルネ村の村長から聞いているその試練は三つ。
それらをすべて踏破することで聖剣を授かり、勇者へとクラスアップすることができる。
***
村の郊外へとやってきた。ここが試練の地へと通じているらしい。
長い石の階段を昇り、辿り着いたそこには石碑が一つ立っている。
《心を示せ》
これはどういうことだろう?心とは一体…?誰に示せと言うんだ?
「それはね」
「だ、誰だ!」
咄嗟に剣を引き抜こうとするものの、声の主は続ける。
「やめたほうがいいと思うな、そういうの」
「…野蛮だと…思う…」
よくよく見てみるとその声は二人の子供達から聞こえていた。
外見からすると男の子だろうか、双子のようでとてもよく似ている。
俺は剣から手を離しその子供達に問い掛ける。
「何だ、迷子か?家はどのあたり?二人で帰れる?」
それを聞くと笑い声が聞こえる。
「やーっぱりね。そう思うよね」
「賭け…負け…」
何のことだろう。そう考えていると
「ボクたちはね、この地のいうなら」
「案内人…」
「案内人?」
二人が同時に頷く。
「ボクがルゥ。こっちがムゥ。
お兄さんは試練に来たんでしょう?よろしくね」
「よろしく…」
「どうしてそれが?」
「見ればわかるよ。お兄さん、勇者になって魔王を倒すつもりなんでしょ?」
「力…欲しい…?」
考える間もなかった。直感的にこの二人はそうなんだと思う。
「わかった、信じるよ。二人に従って進んでいけばいいってことかな?」
「そういうこと。ここから先は第一の試練だよ。準備は」
「…いい?」
「ああ!」
「いい返事だね。お兄さんのこと気に入ったかも」
ルゥが口を開く。
「またルゥの…悪い癖…」
それを聞いてムゥが小さく呟いた。
「心の試練っていうのはね、単純な力とかじゃなくてその人の内面を見るものなんだ」
「内面…?どういうことかよくわからないな」
腕組みをして考えてみる。
「つまり…あなたが…いい人か…悪い人か…見る」
「自分が思うままに動いて、それが正しいかどうか。それが合わなければそこでおしまいってわけ。
だから、変に身構えずにいつもどおりの行動を取ればいいんだよ」
「そういうものなんだ。なんとなくわかったよ」
ルゥが何歩か先に進んで立ち止まる。
「ここを越えると試練が始まるよ。わかっていると思うけど、ボク達は一緒に行けないからね。
あと試練といっても、途中で命を落とすような事があった場合」
「あなたは死ぬ…。怖い…?やめる…?」
唐突に一帯がひんやりとした空気に包まれる。命懸けの試練。
まったく怖いわけではないけれど、何より高揚感が勝っていた。
俺はそのまま歩を進める。二人の視線を受けて第一の試練へ挑戦する。
***
朝の冷たい風を頬に受けて、僕は目覚めた。
いつも通りの清清しいとは言えない朝だ。
「シルキー、朝だよ」
隣で静かに寝息を立てている女性、シルキーは僕の大事な人だ。
一緒に住み始めてもうニヶ月目になる。
決して裕福とは言えないけれど幸せな生活。今はまだ余裕がなく窮屈な思いをさせている。
「ふあぁ…。おはようローレンス」
彼女は小さく欠伸をしながら目覚める。
ローレンスとは僕の事であり、代々続く農家を営んでいる家に生まれた長男だ。
最近はというと、天候にも恵まれず作物が思うように育たない。正直生活していくには芳しいものとは言えない。
そんな状況が続いているにも関わらず、彼女はそれでも構わないと言ってくれた。
他所の街からやって来たシルキーはおおらかで心優しい女性だ。
そんな彼女に僕は惚れ込んでしまった。
だからその思いを決して無にしたくない。僕は現状を良くしようと奮闘を続けていた。
「よーし、今日もがんばるぞ!」
「あんまり張り切りすぎないでね?あなたはあなたのペースで、いいんだから」
妻に見送られていつものように畑仕事へと向かう。
農園は村からは少し離れたところにあり、それだけは安心できる要因ではある。
というのも、近頃は村を襲う魔物が増えている。つまり、そこから距離があるということは単純に被害に遭いにくい。
もしもの事態が起きた際には、シルキーだけ連れて逃げれば良いのだ。
***
平穏な日々が続くと思っていた、そんなある日…
ついに恐れていた事が起きる。魔物の襲来だ。
村を始めとして次第にこの農園へも勢力を伸ばしつつあった。
そしてこの一帯にはそれに対抗しうる人間はいない。
悔しいが文字通りやられるがままだ。
だけど、代々続いたこの農園だけは。僕達の居場所は守らなければ。
いや、無理をした結果僕だけならともかくシルキーにもしもの事があったら?
ここはもちろん大事だ…それ以上に彼女だって…どうする…僕はどうすれば。
***
何を迷う必要があるんだ。
彼女さえ居てくれればそれで良いじゃないか。
ゆっくりしている時間はない。急いでシルキーを連れてこの農園を出よう。
彼女の姿を畑の中に見つけると、僕は駆け寄り叫ぶ。
「シルキー!ここは危険だ。さあおいで、逃げよう!」
「何か騒がしいと思っていたの。えぇ、行きましょうローレンス!」
僕達は襲撃とは反対の方向へと歩みだす。
魔物の脅威が迫りつつある最中、ようやく小屋までたどり着いた。
そこには僅かではあるが、これからの生活の為のゴールドや小麦や野菜などの作物が溜め込まれている。
幸いな事に魔物の影はない。今ならそのいくらかを持ち出すことも出来るかもしれない。
何も持たず、そのまま逃げ延びたとしても僕達は無一文になってしまう。
それではシルキーを幸せになどできるはずもない。
危険を冒してでも小屋へ入るべきかどうか…?
***
どうするべきか悩んだ挙げ句、結局小屋へは立ち寄らなかった。
歩きだしてしばらくすると、数匹の魔物が小屋へ入っていくのが見えた。
あの時、中へ入っていたらと思うとぞっとする。
それと同時に安堵感が僕らを包んだ。
それからは脇目もふらず農園の外へと急ぎ駆けていく。
「もうすぐね!早く行きましょう!」
シルキーが逸る気持ちを抑えきれずに先へ進もうとする。
何か嫌な予感がする。
「シルキー、待って!」「えっ?」
そこには前方から忍び寄る影があった。
か細い彼女の手を引きこちらへと寄せる。
「ここまで来られたのに、嘘でしょう…?」「あぁ、なんてことだ!」
先回りをしていたとでもいうのか、魔物が二匹待ち構えていた。
僕達は絶望的な状況に足が竦む。しかし、その間にも魔物はゆっくりと近付いている。
そうだ、どちらかが犠牲になっている間に一人だけでも逃げられるのではないだろうか?
足は当然僕の方が速く、上手くすると逃げ切る事もできるかもしれない。
「ローレンス…」
シルキーの瞳が揺れる。
ああ…僕は何を考えているんだ。彼女を見殺しにするだなんて恐ろしい事を!
しかし、このままでは二人ともやられてしまう。決断の時は迫られていた。
***
「ローレンス!何をするの!?」
僕は魔物の前に両手を広げ立ちはだかった。
彼女に生きていて欲しい。命より大事な人に。
それで命を落としたとしても後悔などあるものか。
「シルキー、分かるね?僕が引きつけるから、その間にできるだけ遠くへ逃げるんだ」
「そんな事できるわけがない!だめよ、そんなの…」
こうしている間にも魔物は迫ってきている。残された時間はあまりにも少なかった。
「シルキー、愛しているよ。だから、お願いだよ。言う事を聞いて!」
「ローレンスうぅ!いやあああああぁ!」
魔物が僕へと飛び掛る。僕は両目を硬く瞑り覚悟を決めた。
当然、怖くないと言えば嘘だ。こんなところで死にたくなんてない。
しばらくの静寂。
何かが崩れ落ちるような音がして、目を開けたそこには…。
「二人とも、無事のようですね。良かった」
二匹いた魔物が地に伏せていた。
――鎧に身を纏い、光り輝く剣を携えた人物は僕達に向けて微笑んでみせた。
「あ、あ、貴方は…?」
「通りすがりのものです。さあ、二人ともお逃げなさい!」
間髪入れずに増援の魔物達が続々と集結する。
「でも、貴方が!」
「私は大丈夫。そこの彼女の事を見てあげてください。
ここに居てはあなた方に危険が及びます、どうか避難を!」
そこからは僕達は必死に逃げる事だけを考えて走った。
後にわかった事ではあるが、あの人は勇者の子孫であり終には魔王討伐を成し遂げたのだという。