森を抜けてⅡ
「幾重にも彼の者を護れ。プロテクション」
シールドのようなものが体の周りに張り巡らされる。
「防御に特化した魔法です。これでしばらくは耐えられるはずです!」
「助かる、何とか突破口を開いてみせよう」
直後、魔物達が一斉に襲い掛かって来る。
まずは一体ずつ頭数を減らしていく。中でもとりわけ足の速い、コボルドのような敵からだ。
突出しつつあるそれと相対、戦闘を開始。俺は先んじて攻撃を繰り出した。
まずは振り下ろし。そして続けての横薙ぎ。回避。
三段目の斬り上げは何とか直撃。…だが。
硬い…!ガギンと鉛のような重い感覚のみが残る。
一度離れようと後ずさるが、すぐに追いつかれる。速い。
その後からも残りの魔物がやってきている。
「土の楔よ…幾重にも集い束ねよ。スローダウン」
魔物達の動きが急激に緩やかなものとなる。恐らくレミアの支援だ。
俺はさらに後退し、コボルドがこちらに追いつくのを待つ。
先程の感覚からすると武器攻撃が通りにくいのかもしれない。
すかさず手甲による近接攻撃にシフトする。
「ぐっ……!」
刹那、雷のような強い衝撃。体が痺れる。
遠距離からの魔法攻撃のようだ。体が思うように動かない。
即座にコボルドの素早い剣撃が俺を襲う。
だがプロテクションのお陰だろうか、今のところは大きなダメージにはなりそうにはない。
ただ、この隙に再び魔物に囲まれる形となった。
「ふりだしに戻る、か?さて、どうしたものかな…」
「攻撃が来ます!構えてください!」
咄嗟に剣での防御体制を取り、一斉に魔物達の攻撃を受ける。
やはり敵の数が多く、魔法効果も切れ掛かっているのだろう。
重い衝撃が積み重なっていく。反撃の暇も与えられないそれに、俺は身の危険を感じ始めていた。
これまでの敵とは桁違いだ。そしてまだまだ強い敵が存在している事実に眩暈さえ覚える。
魔物でこれほどだとするとザンデの力は強大なものになるだろう。
「まだです!これで!」
レミアの二度目のプロテクション。
そうだ、ここでやられるわけにはいかない。
「今から魔法を掛けます…それに合わせてあの大きな敵に、攻撃を!」
「あいつだな、了解した」
再び速度低下の魔法を魔物の群れに掛けると、トロール然とした巨体のみが遅れて追いかけて来る。
孤立した奴から仕留める。
「彼の者の鎧を砕け。バリアブレイク」
何らかの魔法が掛けられたトロールを目掛けて駆け出す。
速度の下がっている魔物では今の俺に追いつく事はできない。
すかさず俺は素早く連続攻撃を仕掛ける。悪くない手応えだ。
だが倒すまでには至らない。こいつは見た目以上にタフだと見て良い。
ここはこちらの速さで押し切るしかない。
相手の攻撃をかわしつつ、ひたすらに攻撃を続けていく。
***
「ま、まだか…?」
幾らなんでもこの体力はおかしい。無尽蔵と言っても良いくらいだ。
こいつは後まわしにしても良かったかもしれない。そうなるとやはりあのコボルドか。
「危ない!後ろです!」
俺は振り返るもすでにコボルドの攻撃は間近までに迫っていた。
間一髪でガードすることはできたものの、強い衝撃に襲われ吹き飛ばされる。
「かはっ…」
俺は大木へと思い切り叩きつけられる。腰を強打し息が出来ない。
そこへすかさず魔物の群れが追いつこうとしていた。
「お願い、間に合って…!」
祈るように目を瞑って呪文を唱えるレミア。
群れの先頭に立ち武器を振り降ろすコボルド。
木々のざわめき。鳥達の飛び立つ音。
不思議とすべてを感じ取る事ができた。
まるでモノクロのスローモーションの世界に一人ぼっちでいるようだ。
俺はこのまま何も為せずに死んでしまうのだろう。
…いや、それはそれでいいのかもしれないな。
―ゴゴゴゴゴゴゴ
突如、激しい炎のうねりが巻き起こり、この世界は色を取り戻す。
そしてその炎はコボルドを包み込むと呆気なく灰燼へと化した。
「……許さない」
――灰色の髪と小さな肩が揺れる。怒りに満ちた青い瞳がコボルドだったものを睨みつけた。初めて目にするその表情に、若干の恐怖すらも覚えた。
「リュカ…なのか?」
俺が声を掛けると、ふっと表情がいつものように戻る。
「遅れてごめんなさい。…あれをやっつければいいんですね?」
「見ての通りてこずっていてな。すまないが力を貸してもらえないか?」
彼女は俺に手を差し伸べ、微笑んでみせた。