森を抜けて
「…お前、男だったのか」
「すみません、てっきり…」
ばつの悪そうな顔をする俺達をよそに、その男は続けた。
「まあ、よく言われる事だからいいんだけどよ…。
それよりだ、そっちから来たってことはまさか…この先に向かうつもりか?」
「ああ、そのつもりだ」
力強く頷いてみせる。
「何があるのか知ってのことなのか?」
「いや。それを確かめにやってきたんだ」
「お前達は一体…」
「故あって魔王を追うものだ」
「魔王をだと…?」
「あ、わたしはただ好奇心と言うか興味本位で…」
その男はすべてが信じられないといった表情だ。
「お前たちは正気か…!?
怖くはないのか…命を落とすかもしれないんだぞ」
「生憎、今はこれしか手掛かりがないんだ。危険は承知の上だ」
先に伸びる道筋を見すえる。
「この先には俺達の集落があった。突然雷が落ちて、その後見た事もない魔物が大量に現れたんだ。
俺は命からがら逃げ出した…。それも仲間が戦ってる最中にだ。
そして、様子を見に行った時には皆死んでいた」
男は身振り手振りで、目にした事実をありのままに伝える。
そして俯き、わなわなと肩を震わせた。彼は後悔の念に苛まれている。
「俺は…俺は…一人だけ生き残った。それから、どうすればいい…?」
「お前は自分を責めている。そしてこの先もずっと責め続ける事になる。
このままだと、それだけに囚われて身動きが取れなくなる」
無理せずその場を離れる事も一つの選択。
それは決して単なる逃げではないのだから。
「いいか、お前はいつか来る時のために力を蓄えているんだ。
だから、仲間達の無念や今の悔しさだけは忘れては駄目だ。
…それがきっと、お前を今以上に強くする力になる」
そして、しばらくの静寂。
「…少しだけ気持ちが軽くなった気がする。礼を言うよ」
そう言って男は俺たちの来た道へと進む。
「そうだ、俺の名前はカイ。もしまた会う事があれば…よろしくな」
***
「じきに森を抜ける。ここから先は何があってもおかしくない。
用心しておいてくれ」
「わかりました。
…それとは関係ない話ですが
あなたは一体何を抱えて歩いているのでしょうか?」
レミアは立ち止まり、俺を見つめる。
「…何を言っているのかよくわからない」
俺は二、三歩ほど彼女の先を行く。
やめてくれ。あまり深く関わって欲しくない。
「…今の問題が解決できたら、その時は話してもらえませんか?」
余計なお世話なのは分かっています。でも……」
「悪いが約束はできない。そもそもそんな物すらなかったら?」
彼女の言葉を背に受けて答える。
だが、そんな日をいつか。
待ち焦がれ、望んでいるのかもしれない。
いや、望んでいないのかもしれない。
時々自分の事がわからなくなる。誰よりも知っている筈なのに。
……馬鹿馬鹿しい、人間など信用するに値しない物だというのに。
「それでも構いませんよ。わたしは待っていますから」
レミアはそう言うと、いつものように笑ってみせた。
***
ようやく森を抜けると、俺達は異様な雰囲気に中てられそうになる。
異界の魔物だろうか?それは未知の存在と言ってもいい。
そういった類の異形の鳴き声のようなものが遠くから聞こえてくる。
「これは思っていたよりも骨が折れるかもしれないな」
「はい。何か嫌な感じがしています。
背筋が凍るような、それでいてとてつもない熱量を感じるような、不思議な感覚です」
ここにレミアを置いていくのは無理そうだ。何がどこに潜んでいるのかもわからない場所だ。
今はまだ魔物の気配はないが、群れと遭遇しないように慎重に歩みを進めなければ。
「いつ何が来てもいいように構えておいてくれ。俺がフォローに回れない可能性もある」
それを聞いてレミアは小さく頷く。武器を握るその手にもぎゅっと力が入る。
一刻も早く奴の根城へと辿り着かなければ。
多少の焦りを感じるほどにはこの場の空気は相応に重いものだった。
―グガアアアオオオォ!
歩を進めていると、鳴き声のようなものが聞こえてきた。
どうやら一匹のようだ。この周辺には反応はなく恐らく敵はいない。
一対一なら十分に勝機はある。ここは誘き寄せて各個撃破といこう。
レミアに合図を送り、強化魔法を受け取る。
そのまま俺は魔物の眼前へと躍り出た。相手が気づくのをきっかけにして数歩、後退する。
やはり見たことのない姿形をしている。この剣撃は届くのだろうか。
「はっ!」
先制の一太刀を浴びせる。悪くはない手応えだ。
これまで相手取ってきた魔物のような印象すらあった。
続けての斬り下ろし。強化の効果だろうか、体が軽くこれまでにない感触。
一息で三手目までを繰り出す。
―グガアアァ
魔物はこれだけで大分弱っている。
ここは一気に畳み掛けよう。
「トドメだ!」
ちょうど振り下ろされた魔物の腕を弾く。
直後地面ごと突き刺した聖剣を引き上げるようにして放つ、斬り上げ。
魔界の魔物と言えど、こちらのそれとはあまり大差がないのだろうか?
「ふう、やりましたね」
「強化のお陰で何とかなるかもしれない」
「そうですか。それはよかったです」
***
こうしてどれだけ斬り結んできただろうか。
――視界には城のようなものが見えている。
ついにここまでやってきたのだ。
「もうすぐですね…」
レミアの不安を感じ取る。
「お前は、どうするんだ?このまま進んでいけそうか?」
「わかりません…。ただ、自分の体なのにぎこちない感じが続いていて」
―恐怖で足が竦んでいる。焦点が定まっていない。大量の冷や汗。
「今なら森まで戻れる。このままでははっきり言って足手纏いだ。
そればかりか命も落とす事になる」
「……そう…ですね……えっ!?」
「な、なんだと!」
唐突な魔物達の襲来にこの会話は遮られた。
少なくとも六体は居り、既に囲まれていた。
他にも潜んでいるかも知れず、その数は未知数だ。
それにしてもいつの間に現れた…?何かを見逃したというのか?
「レミア!落ち着け!
相手がどうあれ、俺達は俺達にできることをするだけだ。
お前には優れた魔法がある。勝手に自分を下に見るな!」
「…!はいっ!」
今ので落ち着きを取り戻したのかは定かではないが、その目にははっきりと輝きが戻っていた。