迷いの森
「初めてなんだろう?行けるか?」
「いえ…だいじょ…大丈夫です」
「うぅ…痛いっ!」
「まったく、無理をするからだ」
「あぁ…血が出てきました」
「ほら、見せてみろ」
「まさか、あんなに太くて硬いのが入ってくるなんて…」
俺達は今、迷いの森にいる。
木の陰に潜んでいた大蛇にレミアは足を噛まれた。
幸い毒の類は持っていないようだ。
大事には至らないだろうが、この先が思いやられる展開だ。
「ひとまずはこれで何とかなるだろう」
俺はレミアに応急手当を施す。
「ありがとうございます」
彼女は右足首に巻かれた包帯を見つめながらこう言った。
「うーん…改めてですが、迷ってしまいそうな森ですよね」
「まあな、冒険者でなければ延々と彷徨う事になるだろう」
「お、恐ろしいですね…。一人じゃなくて本当に良かったです」
彼女は安心しきった表情で苦笑いをしてみせた。
ただ、ここでゆっくりしている暇はない。
「日が落ちる前には森を抜けておきたい。
すまないが先を急ぐ。
歩くのが辛くなってきたらすぐに言ってくれ」
「わかりました。
…暗くなっては今以上に、この森は危なそうですものね」
レミアは若干残る痛みに顔を歪めつつも、しっかりと立ち上がった。
***
さすがは『迷いの』と称される事だけはあるこの森からは、すぐには抜けられそうにはない。
ある程度の予想はしていたが、それ以上に深く険しい道程だ。
負傷したレミアも特に不調を訴えることなく、後をついて来ている。
幸いにしてここまでは魔物の類の姿を見ていない。
状況が状況だけに戦闘はできるだけ避けておきたいところだ。
「レミア、まだ休まなくてもいいか?」
「はい、大丈夫です。お気遣いなく」
彼女は気丈に答えてみせる。
それが強がりなのか本当に平気なのかはわからない。
今はとにかく進もう。
…あの騒がしい奴がいたらもう少し、その。
いや、レミアもきっと心強かっただろうな。
***
―ガサガサ、ガサガサ
段々と道も険しくなっていく。
空を仰ぐと日が大分昇ってきているようだ。だいたい正午あたりだろうか。
俺自身も、少し休まなければならないくらいには疲弊してきた。
ちょうど開けた場所に出たところで、後ろに向き直り声を掛ける。
「レミア、ここで休憩を取ろう」
「……はい」
「無理をしていたな?」
「あ…わかっちゃいました?」
彼女は力なくふふふ、と口を開いた。
「足はどうだ?」
「大分いいみたいです。やっぱり、処置が良かったお陰ですね」
「…それは関係ないだろう。あんなのは誰だって出来る」
聞き慣れない言葉に思わず俺はふいと視線を逸らす。
それを見てかはわからないが
「前々から思ってましたけど、あまり素直じゃないですよね?」
とレミアが問い掛ける。
「そんなことはない」
「そうですか?
わたしの事、あんまり好きじゃなかったりします?」
「何故そんな事を聞く…?」
「質問をしているのはこっちなんですよ?
で、どうなんですか?」
彼女はこれまでが嘘のようにいきいきとしていた。
騙された。まったくをもって元気じゃないか。
「特に好きでも嫌いでもない」
「ですか。まあ、嫌われてないってことで良しとしましょうか」
そして彼女はとても良い笑顔と共に、こうも続ける。
「では、リュカちゃんはどうですか?
あの子可愛いし、元気だし、健気だし、当然好きですよね?」
「何で好きが前提の聞き方をする…そう言って欲しいのか?」
「いいえー?べつにー?」
そしてこの顔である。何か含みを持たせているのがありありと分かる。
俺は今、試されているのだろうか。
「うん、あんまり質問攻めと言うのもいけませんね。
今のはすべて、忘れてもらって大丈夫ですよ」
やはり、試されているのだろうか。
そんな事を考えていると、視界に何かが入ってきた。
レミアが小さな袋を差し出している。
「これは?」
「魔法のハーブを練り込んで作った、クッキーです。
疲労回復効果があります、よければお一つどうぞ」
「レミアが焼いたのか?」
「ええ。こういうの好きで、結構作るんですよ。
リュカちゃんにはいつも食べて貰ってます。
あの子、リスみたいに頬張るから、それが可愛くてついついあげ過ぎてしまうんですよね」
「何となく想像できるな、それは」
餌付けをしている様子を思い浮かべ、つい笑いが込み上げてしまう。
「ふふ、やっぱり!」
「何か言ったか?」
「いいえ。
まだまだありますから全部食べましょうね、どうぞ」
「いや…それは無理だと思う」
大分体も休まっただろうか。
ひと時の休息を経て俺達は深部を目指し歩いて行く。