北へ
「朝、か…」
目指していた城は消え、封印するはずだった魔王も居ない。
それどころか新たな魔王の出現を迎えた。
この世界は一体どうなっている?
消えた方の魔王については今のところ音沙汰はない。
こちらはひとまず置いておくとしよう。
ただザンデは人間に対して非常に好戦的なように思え、危険だ。
早めに討たねば被害は大きなものとなるだろう。
ただ問題があるとすれば、奴がどこへ消えたか。
城のような分かり易い拠点ができていればやりやすいのだが、
実際探しに行くとなれば中々骨が折れそうだ。
…一人で考えていても仕方がないな。今後の事も含めて術師達に意見を仰いでみよう。
***
宿屋の部屋から出ると、窓の外の景色をじっと見つめる少女が立っていた。
彼女はいつもとは違い、髪を両端で結んでいる。
「具合はどうだ?」
「あ、おはようございます。おかげさまで少しだけよくなりました」
リュカはこちらを振り向き依然として力なく答えた。
「まだ本調子ではない感じだな」
あの騒がしさが影を潜めている。お前らしくもない、と言い掛けたが
まだ知り合って長いわけでもないし、むしろまだ知らない事の方が多い。
その上疑いが晴れたわけでもない。
下手に無責任な言葉は投げかけるべきではないだろう。
「しばらくはここに居てくれていい。
と言っても、そのうち嫌でも駆り出す事になるだろうけどな」
「…ご迷惑をかけてすみません。そうさせてもらいますね」
彼女はふかぶかとお辞儀をして謝った。
「気にするな。何も手につかない事なんて誰にだってある。
…ところで、レミアはどうした?」
「レミアん。
レミアんは起きてすぐ、魔術師ギルドに行くって言ってました。
情報収集がどうとかって独り言がきこえました」
まさか先を越されていたとは。これは負けていられない。
新たなライバルの予感に、思わず右の拳をぎゅっと握り締めていた。
「どうか、しましたか?」
「いや、なんでもない。
俺もギルドへ行って来るからここで待っていてくれ」
不思議そうにしているリュカの視線を背に受け、俺はアレクシアンの魔術師ギルドへと向かうのだった。
***
「レミアん」
「その呼び方は、リュカちゃんだけでお願いします」
「それは失礼致しました。
それで、何か分かった事はないか?」
ギルド内にレミアの姿を見つけ、俺は件の進捗を尋ねる。
「わたしが情報収集している事を知っているということは…
リュカとお話しましたか?」
「まあ、な。ただ、今のリュカは…」
そこで俺は言い淀む。
「それなんです。
何があったのか聞いてみたんですけど…別に、としか言ってくれないし。
でもいつもとは雰囲気が違うんですよね」
「事情があるんだろう。ただ俺からはあまり踏み込めないな。
しかし、レミアにも言えない事があると言うことか…」
俺達はリュカについて頭を悩ませていた。
「でも、向こうから言ってくるまでは、信じて待ちたいと思います
こういうのは下手に焦らせてはいけないと思いますし」
彼女の真剣な眼差し。そこに冗談やからかいの類は存在しない。
レミアとしては既に結論が出ているようだった。
―心にチクリと鈍い痛みが走る。
信頼するとはきっと、こういう事だ。
「……さん?あれ?」
「ああ、すまない。どうした?」
レミアが俺の顔をまじまじと覗き込む。
「時々、物思いに耽っている事がありますね?
わたしでよければ相談に乗りますよ」
「いや、本当に大したことじゃないんだ」
「果たしてそうでしょうか?
もし恋わずらいとかでしたら遠慮なく、どうぞ!」
レミアはとても嬉しそうだ。
俺はその返答を流しつつ問い掛ける。
「話が逸れてしまったが…魔王に関する情報はどうだった?」
「ここなら何か得られると踏んでいたのですが…そうですねぇ」
特に収穫はなかったのだろうか?レミアの視線が宙を舞い始める。
それからしばらくして、彼女は何か思い出したようにはっと、左の人差し指を立てた。
「そうそう、ここより北の方角から大きな雷が落ちた音がしたとか」
アレクシアンから北には確か、『迷いの森』と言われる森林が広がっている。
そこから、或いは更に北から何かしらの反応が出たと言うことか…?
情報が乏しい現状…何でもいい、藁でも掴みたい。
「わかった、北へ向かう」
「一人で、ですか!?」
「本来ならレンジャーあたりがいると心強いんだが、この際贅沢は言ってられない」
しばしの沈黙。
「……では、わたしも一緒に行きます」
レミアは意を決したように言った。そこにはいつもの温和な表情はない。
そうか。頼れるリュカが居ない上にこの辺りの地理にも明るくない、となれば不安が先に立つ。
それでも付いて行くと言うからには相当な覚悟なのだろう。
「ダメだ、と言っても来るんだろう?」
「行きます。わたしにだってきっと、出来る事があるはずです」
俺達は手掛かりを求めてアレクシアンを発ち、北へ。