魔王城へ
「無事、成し遂げたようですね。
こちらからの協力は惜しみません、どうぞなんなりと」
翌日、魔術師ギルドにて。
依頼を終えた俺達はその完了報告をしていた。
「では、魔法障壁の解除ができる魔術師を一人、連れて行きたい」
「かしこまりました。少々、お待ちを…」
と、ギルド受付員が言い掛けたところで隣の小動物が大声をあげる。
「はいっ!はいっ!私が行きます!」
こいつの魔法のすごさはこの目でしっかりと見ている。
そればかりか窮地を救ってもらっている。
これは悪くはないのではないか?彼女のやかましさはともかくとして。
「あの、同行は二人じゃ、ダメでしょうか?」
今度は背後から声がした。振り向くとそこには…レミアが居た。
彼女は俺に小さくお辞儀をすると微笑んだ。
「わー、レミアーん!」
「ふふ、相変わらず元気だね、リュカちゃん」
二人は両手を繋ぎ、高くあげるとわいわいとお喋りをしている。
しかしレミアの実力は未知数なわけだ。
「あのっ!いいですよね…?」
リュカが潤んだ瞳の上目遣いでこちらを見つめる。
くっ、その表情はやめろ…。
「足手纏いにならないようにしますから、お願いします」
レミアからもお願いされてしまったとなると、仕方がない…。
「わかった。二人とも、よろしく頼む。
ただしリュカ、お前は一切喋るな」
「えー!?ひ、ひどくないですかぁー!?」
こうして魔王城まではリュカとレミアとの三人で向かう事になった。
ようやくこれであの魔王を封印できる。俺は決意を新たにしていた。
***
ほどなくして出立すると、リュカが尋ねて来た。
「あの…これどこへ向かっているんでしょう?」
「魔王城だが、知らなかったのか?」
「と、とうぜん、知ってましたぁ!うふふあははあ!」
気のせいかもしれないが、急にリュカが静かになった。
喋るな、と言ったのがいけなかったか?
おまけに足取りも重そうだ。まさか、調子でも悪いのではないか。
「どうした?少し休んだほうがいいか?」
「リュカちゃん、何だかすごく汗をかいてますね。大丈夫?」
「だ、大丈夫、大丈夫…」
「アイザスまでは何とか頑張ってくれ。そこで宿を取る」
ただならぬ雰囲気のリュカに、俺は休憩を提案した。
肝心の魔術師が万全でなければ、事が上手く立ち行かないかもしれない。
…別に、こいつの心配などは微塵もしていないがここは大事を取ろう。
***
そして翌日アイザスを発つ。もうじきに城が見えて来るはずだ。
「静かだな。リュカ、元気なら何か話をしてくれ」
「はあ、そうですか…?
わかりました、まず初めに魔術構造についてのお話ですが…
魔術と言うものはそもそも古より」
これは地雷を踏みそうだ。
「やっぱりやめておけ」
「ええっ!?どういうことですかぁ!今、話しろって!」
「そういう話が聞きたいんじゃないんだよ、察せよ」
「二人とも仲がいいんですねえ」
レミアが後ろでクスクスと笑っている。
「どこをどう見たらそうなる…」
「さあ…どうしてでしょうね?」
レミアは謎の頷きを一つしてみせ、リュカの傍へ駆け寄っていった。
むしろ仲が良いのはあの二人だろう。
彼女は彼女でリュカとはベクトルの違う厄介さがありそうだ。
魔術師はやはり総じて変わり者なのかもしれないな。
***
「えっ…?」
リュカが小さく呟いた気がした。
そして俺は自分のすべての知覚を疑う。
魔法障壁どころか、それ以前に城がない。
跡形もなくなっていた。
「場所はここだったのでしょうか?
疑うわけではないのですが…本当なら信じられない事です」
レミアが口を開く。
彼女の言う事ももっともだ。今、ありえない事が起きてしまっている。
「いや、ここで間違いない。俺は一度この城へ入っているんだ。間違う筈がない」
しかし、ないものはない。
目指してきた場所が消失するなどとは誰も思うまい。
「リュカ、レミア、二人の魔法で反応感知はできないか?
何かしらの反応があったら教えてくれ」
「あ、はい…これといってないです……」
「こちらも何も感じませんね」
本当に消えてしまったと言う事なのか。
予想だにしない展開に俺は立ち尽くすしかないのか。
何の為にここまでやってきた?
犠牲だって決して少なくはなかった。それなのに…。
***
「大きな魔力反応が近付いています!気をつけてください!」
リュカが大きな声をあげた。
レミアの方では何も察知できなかったのか、辺りを見回している。
俺達は臨戦態勢へと入った。
―ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
大きな地響き。立ち込める暗雲。痛いほどピリピリとした空気。
ただならない事が起きつつある、そのくらいは俺にでも分かった。
突如、何かが虚空を引き裂き打ち砕く。空間が割れる。
そこからは大きな影が一つ姿を現した。
それは異形の者。それは魔族。
『グワッハッハ、ようやく目覚めの時がやってきたか。
我は魔王、ザンデなり。
憎き人間どもよ、今こそ…!!』
ま、魔王だと!?
どういうことだ…。
あの魔王とザンデ…魔王は二体も存在しているという事なのか?
『ん……?
蠅のような人間が見ておったのか。
力を使うのも久方振りだが丁度良い。…往ね!』
気づかれたか。
後ろを振り返るとリュカは膝をつき頭を抱えて震えている。
その傍らにはレミアがいる。
この二人にだけはどうにか生き延びて欲しい。
「アイザスまで逃げろ!ここは俺が抑える!」
「でも、それじゃあ!」
「俺まで逃げたら街ごと吹き飛ぶぞ。
いいか?俺はこんな所ではやられない。だから頼む、行ってくれ!」
「ッ…信じていますから!絶対ですよ!」
俺は魔術師達の姿が小さくなって行くのを確認した。
そして聖剣に力を篭め、叫んだ。
「お前の思い通りにさせるか!行くぞ!」
光の道筋がザンデへと伸びて行く。
そしてその体へと貫通した…かのように見えた。
『お前まさか、勇者か!?
グワーハッハッハ!勇者か勇者か勇者か勇者かァ!
いいぞいいぞ、嬲り殺しにしてくれるわ!』
どうやらこちらに視線が向いたようだ。
俺は街から距離を取るように駆けて行く。
今は出来るだけこいつを遠ざけるしかない。
『逃げる事しか出来ぬとは、勇者も落ちたものよなァ!』
無数の闇の雷、闇の矢がこちらへと降り注ぐ。
ここは耐えるしかない、俺はそのすべてを撃ち払う。
その防戦を暫く繰り返すと、ザンデも飽きたのか
『どれほどのものかと思えば…興が殺がれたわ!
お前のような雑魚一匹程度、生かしておいてやろう!
何の問題もない!これは慈悲と受け取れい!
グワーーーーハッハッハ!!』
そう言い終えるとザンデは何処へと消えた。
空の暗さも、割れていた空間もすべて元に戻っていた。
何はともあれひとまず落ち着いただろうか。
しかし、こいつは早い段階で討っておかなくては危険だ。
…とりあえずは、疲れたな。
もう一人の城ごと消えた魔王のことは気になるが、今はそれどころじゃない。
少しだけ、ほんの少しだけ眠ろう……。
一章完です。
タイトルを変更しました。