入れ替わりの鏡
「ねぇ知ってる? 廃園になった遊園地の噂」
「知ってる知ってる。裏野ドリームランドのミラーハウスのでしょ?」
「そうそう。でも本当にそんなことあるのかな?」
「深夜二時にそのミラーハウスに入ると別人になっちゃうっていうんでしょ? そんなことあるわけないじゃん」
「でも……隣のクラスの〇〇君……以前より明るくなってない?」
「そういえばそうだけど……たまたまじゃない?」
「でも以前はもっと暗かった気がするけど……」
「何か心境の変化でもあったんじゃない? 彼女もできたっぽいし」
「〇〇さんよね? でも私あの子から気になる話聞いたのよ。それがね……」
☆
「ここか……」
俺は最近噂になっている廃園となった遊園地に来ている。その噂の一つのミラーハウスの前に立って時間を確認する。
「あと十秒……五……四……三……二……一……」
時刻は午前二時を指した。所詮誇張した噂だ。さっさとデマってことを証明してネットで信じていたやつらを馬鹿にしてやろう。
俺は悠々とミラーハウスの中に入っていった。
「っち……やっぱ暗いな……」
廃園になったのだから当たり前のように電気は供給されていない。そもそも遊園地の中に入るのも苦労した。入口は厳重に鍵がしてあったから、何とか登れる塀を探してグルグルと外を回ってようやく見つけたんだ。
だが警備員が一人もいない事には驚いた。あれだけ厳重な鍵がしてあったら、誰かしら警備員がいるもんだと思っていたからな。
「まぁ誰もいねえし、明かり付けるか」
俺は持ってきた懐中電灯を付けて辺りを見渡す。
「やっぱただの鏡だよなぁ?」
ミラーハウスなのだから当然鏡を壁として道が作られている。つまり懐中電灯の明かりもそのまま反射されるから少し眩しい。
俺は懐中電灯の明かりで鏡にぶつからないようにゆっくり歩く。しばらく歩くと大きな鏡が一つある広い空間に出た。
ミラーハウスだからてっきり迷路になっているものと思っていたため、こんな広い空間に出るとは思わなかった。
「つかこんなデカイ鏡わざわざ作ったのかよ。無駄に手間が掛かることしてんな」
そっと大きな鏡に手を付ける。すると鏡に映っていた俺の口が横に裂けて笑みを浮かべた。
「なっ!?」
俺は咄嗟に鏡から手を離そうとするが、手が鏡から離れない。
「なんだよこれっ! くそっ! くそっ!」
必死になって手を引っ張ろうとするが、全くびくともしない。
怖くなった俺は足で鏡を蹴って割ろうとするが、鏡はびくともせず、何度か蹴っているうちに今度は足まで鏡から離れなくなった。
「なんなんだよ! なんだってんだよ!」
残った腕や足で鏡を割ろうとするが、全く効果はなく、終いには四肢全てが鏡から離れなくなってしまった。四肢が固定され、動けなくなったと思うと、今度は鏡の中に四肢が引きずり込まれ始めた。
「離せっ! 離せっつってんだよ!」
騒ぎ立てても何も反応は返らず、少年の身体が鏡に飲み込まれていくだけであった。そしてやがて少年の身体は鏡に完全に飲み込まれ、辺り一帯には誰もいなくなった。
☆
「っ……。ここは……」
気が付くと俺は真っ暗な空間にいた。ハッとなって身体を見てみるが、手足を失っている様子もなく、怪我も見当たらなかった。
だが、異変はすぐ後ろで起こっていた。
「なんだよ……これ……」
後ろには、先ほどまでいたであろう大きな鏡が一つだけあった広い空間と俺自身が鏡越しに映っていた。
俺は慌てて鏡を叩くが、向こうの俺は全く反応をしようとしない。
そして向こうの俺がこちらを振り向いてにたぁっと笑みを浮かべる。
「ありがとう。これで俺も外に出れた」
「なっ!? ふざけ――っ!?」
声が出ない!? 何でっ!?
「これからは俺がお前だ。だから安心しろ。そしてお前は永遠にそこにいろ」
「――!?」
ふざけんな! 出せ! ここから出せ! 出してくれ!
俺が叫ぶのを無視して向こうの俺はその場から去っていってしまう。
☆
「それがね……。あの子もホラーとかそういうの好きだから、例の遊園地に行こうって誘ったらしいのよ。でもね……〇〇君、それだけは人が変わったように拒否したんだって。それも凄い剣幕で」
「どうしたんだろうね。そんなに〇〇君ホラー嫌いだったのかな?」
「わかんない……。それであの子もそれから〇〇君をホラーに誘うのは遠慮してるみたい。でも不思議なのはね、例の遊園地以外のホラーなら大丈夫なんだって」
「何それ? 変なのー」
「もしかしてそのミラーハウスで別人になっちゃって、もう一度行くと戻っちゃうとかだったりしてね」
「でもあくまで噂でしょ? そんな別人になるとか普通ならありえないでしょ」
「じゃあ今度行ってみる? そのミラーハウスに」
「嫌よー。それでもし別人になったらどうするのよー」
「ありえないって言いながら少し信じちゃってるじゃないのよー」
「アハハ。でも本当だったら怖いじゃない? もし本当に入れ替わってたりしたら、今もそのミラーハウスに閉じ込められてるとかなんでしょ?」
「そうなっても誰か助けてくれるのかしらねぇー?」
「でも別人になったとしても、その人がいるんだし探してなんてもらえるのかな?」
☆
もうどれぐらいここにいるかわからない。
何度鏡を叩いても音も鳴らない。
頼む……誰か助けてくれ……。
もうこんな何もない空間なんかにいたくない……。
だから誰か俺をここから出してくれー!
ミラーハウスの大きな鏡。
その大きな鏡には一つ曰く付きの話があった。
映った相手を取り込み、性格が別人のように入れ替わってしまうという。
いつしかその鏡は裏でこう名付けられた。
『入れ替わりの鏡』と。
今もその鏡の中では、何人もの人が閉じ込められているのかもしれない。