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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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帰り道 その①


日が沈み、灯りのない真っ暗な室内でベッドに横たわり、ジッと動かずにいる。

身体が重く、日が経つにつれて酷くなる頭痛に耐えながら熱い息を吐く。


古びた小さな離宮はもう何十年も使われておらず、家具には埃が積もり、壁や床は劣化が酷く、庭園だと思しき場所は雑草が生い茂り見る影もない。

専属だった侍女達は居なくなり、朝に一度だけ来る数人の侍女に嫌な顔をされながら最低限の身支度をすませる。

夕方になると部屋の外に食事が置かれ、脂が固まってしまった肉や、固くて噛めないパンをスープに浸して咀嚼する。


誰とも会話することなく、この湿っぽくて不気味な離宮にたった一人。


『……ワルツ?』


朦朧とする意識の中、微かに音楽が聞こえた。

ゆっくりと身体を起し、静かな部屋にベッドの軋む音が響く。

耳を澄ませながら壁伝いに歩き、歪んで開きにくいテラスの窓を押し開けた。

冷たい風に身体を震わせながら音が聞こえてくる方角へ視線を彷徨わせ、ある一点を見つめたまま乾いた笑いを零す。


此処は暗く静かなのに、城の周辺は明るく賑やか。

夜会でも開かれているのだろうか……。


クルリ、クルリ……と遠くから聞こえてくる微かな音に合わせて軽やかに回る。

乾燥し荒れた手は宙に浮き、足元がふらつき何度か倒れそうになるが支えてくれる者はいない。惨めで悲しいことなのに何故か気分が良く、踊りながら私は誰かを待っていたような気がする。


『こんばんは、王妃様』


けれど待ち人は現れず、別の誰かが現れた。

カシャッ……カシャッ……と機械音が鳴り、靄がかかった視界は何度も切り替わる。


『……今直ぐ人を……!』


握り締められた手のぬくもりに心が慰められ、最後が貴方で良かったと目を閉じる。

今にも泣いてしまいそうな彼の歪んだ笑みが、酷く印象に残った。







「……夢?」


疲れと寝不足、更に船酔いのトリプルパンチでダウンし、近況報告やその他諸々をあとにしてもらい、吐き気を我慢して布団を被ったとこまでは覚えている。

身体は回復したようだが、夢見が悪い。瞬きすると零れ落ちる涙を手の甲で拭い、私の視点で上映されたあの不可思議な物語は何だったのかと眉を寄せた。

古びた離宮、汚れた室内、テラスの先の廃れた庭園、どれも見覚えはないのにやけにリアルで気味が悪い。


「……どうして涙が」


泣くような夢だっただろうか?と首を傾げ、ベッドの側に置かれている水差しから生温い水をコップに注ぎ、一気に飲み干す。

小さな窓の外はまだ暗く、そんなに時間が経っていなかったことに落胆した。

丸一日船に揺られ、港に着いたらどの船も必ず検査が入る。それが大司教や王族が乗っている船だとしても。

まぁ、アーチボルトやレイトンが動いているのだから検査で船に入ってくる人間は彼等の息がかかっている者だろう。王妃が他国に連れ去られたなんて知られるわけにはいかない。


再びベッドに横になり目を閉じてみたが眠れる気配はなく、エルヴィス王子が脳裏にちらつき溜息を吐く。


もうこの際だから起きて食事をしながら報告会でも……と思ったが、ルーティア大司教はまだ寝込んでいるかもしれないと思い直す。

船が襲撃され、テディとフランの機転でその場を脱出し船内の一室に身を隠したルーティア大司教は、発見されたとき真っ青な顔でソファーに倒れ伏していたらしい。

聖書より重いものなど持たない偉大で繊細な大司教は、戦闘行為に慣れておらず、その剣呑な空気に気分が悪くなるのは当然なのだと必死に言い訳をしていたが、誰も何も言っていない。コレが小さな子供だったら可愛らしいのにと微笑んでいたら、それが気に食わなかったのか、ルーティア大司教は「笑うな!」と叫びながらベッドに身を隠してしまった。


あの様子だと暫くは機嫌が悪い。放置しても良いが、今回は態々迎えにきてくれたのだから放置せず機嫌を取ってあげなくては。


「……うっ」


それにしても、この世界に酔い止めの薬はないのだろうか……。

何とも言えない船の揺れを紛らわせる為、報告会の前に頭の中を整理することにした。


先ず、『王国の騎士』というゲームで全てのキャラを攻略するには、一周目に攻略できるキャラ全ての好感度を上げ、誰も選ばないという友情エンドで終わらなくてはならない。クリア後に表示される数字を入力し二周目に入ると、隠されていたキャラ達が登場し攻略ができるようになる。

この数字は各キャラのエンディングを見たあとにも表示され、短い後日談がプレイできるようになっていた。姉さんは二周目に入る前に、一周目に攻略できるアーチボルト、ジレス、クライヴのエンディングと後日談を終えている。

二周目はレイトンとセオフィラス、更にウィルスが攻略可能。

レイトンの攻略に苦戦していたようで中々攻略が進んでいなかったが、息抜きと称してセオフィラスも同時進行で進めているのを見たから、この二人が二周目の攻略キャラだということは知っていた。

アデルに聞くまで、ウィルスがシークレットキャラだとは思ってもみなかったが……。


攻略できるキャラはゲームのパッケージにも描かれていた五人と、オープニングにさらっと登場した一人、計六人で間違いないだろう。


一周目では、フランの街にクライヴが訪れ、騎士になりたかったフランが入団試験を受ける為にクライヴと王都へ向かうところから始まる。

姉さんが苦戦した入団試験、騎士団での虐め、国境沿いでの戦闘、これらのイベントをクリアしながら各キャラの元へ通い好感度上げていく。

後半は拉致や誘拐の他に帝国との戦争やセリーヌのナイフ振り回し事件。その全てを乗り越えヴィアン国の英雄となる。

二周目は英雄フランとして一周目の続きから始まり、フランに興味を示したレイトンとセオフィラスが接触を持とうとあの手この手で近づいてくる。この二人と何があって恋仲に発展するのか分からないが、彼等の場合、イベントが起こるとそのままバッドエンドになる確率の方が高く、世の乙女達と姉さんが発狂する事態に陥っていた……。

攻略サイトにも情報がなく、手探りで攻略を進めていると姉さんが嘆いていたのを覚えている。


纏めると、お馬鹿三人組の好感度を上げながら帝国との戦争に勝利し英雄となり誰ともくっつかなければ、英雄になったあと残りの三人が勝手に接触を図ってくる。


「……コレが本来の流れなのよね」


それなのに、まだ英雄でもないフランは既に二周目のキャラ達と邂逅を果たしている。

セリーヌと仲が悪いレイトンがシスコンで、幽閉される前にヴィアン国を訪れているし、セオフィラスは敵国の王妃を戴冠式後の夜会に呼ぶという暴挙に出で、この先戦争が起こるかどうかあやふやな状態。ウィルスは悪役王妃の筆頭護衛騎士。

シナリオは破綻し、滅茶苦茶なことになっているが、彼等の攻略は可能なのだろうか?


気掛かりなのは、まだ沢山あるイベントだ。

夜会での拉致や今回の誘拐事件もそうだが、これらは好感度が低いとバッドエンドになるイベント。バッドエンドを回避する方法は、好感度の数値が設定されている基準を超えているかどうか。何を選択し、どう動くかなどは一切関係なし。

真っ黒な画面にバッドエンドの文字が出てきたら強制的にゲーム終了となり、その後どうなったかなどといったストーリーは用意されていない。

主犯も実行犯も分からないのだから、現実でイベントだと気付いても打つ手はなく、二分の一で助けが来るフランとは違い、悪役の私では助けも期待できない。


背筋が震え、他にどんなイベントがあったか思い出そうと必死に脳を働かせる。

が、残念なことに真剣に画面を見ていたことは一度となく、姉さんの話も大抵右から左へと流していた……かもしれない。


心がソワソワし、何故か寝ていてはいけない気がして、ベッドから飛び降り扉へと足早に移動した。

部屋に入る前に外で護衛すると言っていた人物を思い浮かべ、ソッと扉を開き、隙間から部屋の外を窺う。


「……なにをしているのですか?」


主に向かって面倒そうな声を出す人物なんて一人しかいない。

髪はくしゃくしゃでドレスは皺だらけ、寝起きの姿なので淑女としては恥ずかしくて人目には晒せないが、彼は別だ。

こんな姿は見慣れていて、口元に涎のあとが残っていたときは嫌そうな顔をしながら温かいタオルで拭いてくれたこともある。


「話があるの」


完全に開いた扉の横に立っているアデルに向かって声をかけた。


「ここではあれだから、部屋に入って……ちょう、だい……?」


言葉を紡ぐたびに徐々に凄みが増していくアデルに怖気づき、扉を盾にしてお伺を立てる。


「……ちょうどいい」


アデルはゆっくりと口角を上げ、女性だったら思わず見惚れてしまうような笑みを浮かべているのに、私からしたら死刑宣告をされた気分だ。

無意識に扉を閉めようと動くが、その前に片手で扉を掴まれ逃げ場がない。


「お前のその軽率な行動に対して、俺からも話があるからな」

「……」



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― 新着の感想 ―
[一言] わ、更新待ってました〜〜!!やった〜!! 久しぶりのアデルでめちゃくちゃドキドキしてます……ひぇ
[一言] 更新嬉しいです♪ 続きを楽しみにしております(^^)
[一言] 更新、お待ちしておりました !
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