愛別離苦 ①
「リア様……!怪我をされたのですか!?」
叫びながら駆け寄って来たフランは、私を抱き上げたまま移動しているクレイの周囲を器用にクルクルと回っている。
「怪我はしていないわ。フランは?」
「僕は大丈夫です。馬車は門の外に、直ぐに移動出来ます」
「急いだ方が良さそうね」
セドア王子の性格上このまま何事もなく見逃す筈がない。
足早に門まで移動し事前に待機させていたルーティア大司教の馬車とフランが手配した馬車とで二手に分かれることにした。
途中で馬車が止められることを懸念し、先頭を走る馬車にはルーティア大司教と私とクレイ、エルヴィス王子の騎士という肩書を持つジェイが乗り、後続の馬車にはテディ、フランの二人が乗る。
が、ここで問題が起きた。
どちらの馬車も行きはオルソン国が手配した御者だったので誰かがその代わりをしなければならない。
立候補したのはウィルスとアデル。
どちらも慣れたように馬車の全面に座り手綱を握るのを見て驚きはしたが彼等なら大丈夫だろうと任せた。
そこで「多少の無茶は構わないわ。出来るだけ早く港に」と言ってしまったのがいけなかった。
深く頷いたウィルスが涼しい顔をして猛スピードで馬車を走らせ、その異常なスピードと馬を操るテクニックを前にアデルが「ほんとっ、チートがっ!!」と叫びながら死に物狂いで手綱を捌くことになるなど思いもしなかったのだから。
「かなり揺れますね……大丈夫ですか、姫様?」
「えぇ……急がせているのは私だから」
城内でジェナリアが嗾けた騎士達だけでなく、セドアの側室であるジェナリアをも無力化している。もうセドア王子に報告がされている頃だろう。
水面下で動かしていたものを表立って動かせる名分をセドア王子に与えてしまった。
港を押さえられたら船は出せないし、身を隠すにしてもエルヴィス王子も立場は危うい。
「姫様、今は身体を休めてください」
「えぇ……」
クレイに凭れながら対面に座っている二人を眺めるが、ルーティア大司教は目を閉じたまま腕を組み微動だにせず、ジェイは馬車の外へ視線を投げたまま無言を貫いている。
取り敢えずこの二人は放って置いても大丈夫そうだと、クレイに意識を戻した。
そう、今一番気にかけなければならないのはクレイだからだ……。
「髪が……」
私の髪を手に取り、痛みを堪えたような顔で呟いたクレイは黒髪がお気に召さないらしい。
「お湯で洗うと元に戻るらしいわ。不思議よね……」
「侍女を連れてくるべきでした」
腰に回されているクレイの腕を宥めるように軽く叩くが効果はあまりなかった。
「剣術もある程度習った方が良いわね……」
「姫様の剣と盾は私が鍛え直しておきますので必要ありませんよ」
暗に剣術はやらせないと伝えてきたクレイはギュッと私を抱き締めたまま離そうとしない。コレは私が彼女の精神安定剤の役割をしているから。
私の事となると上司であるレイトンや夫であるブレアをもってしても止められないほど過激になるクレイが、私が傷ついた場面を目にして剣を抜かなかった。
「落ち着いた?」
私の問に答えず静かに微笑んだクレイの腕を撫でていたら、ジェイが「姫様ねぇ……」とどこか皮肉気に口にした。
「私にとっては姫様だからね」
それに真っ先に反応したのはクレイだ。
流石にルーティア大司教も不穏な空気を感じ取ったのか目を開き耳を傾けてはいる。
「……へぇ」
明確に身分を告げたわけではないが、突然現れた護衛騎士や国の有事に関与しない教会の大司教が動いているとなれば、元々没落した貴族ではないかと思われていたくらいなのだからジェイにも大体の予想はついたのだろう。
ダメ押しは恐らくクレイの姫様呼びだと思うけれど……。
「ジェイといったか?貴殿はエルヴィス王子の騎士だと聞いているが、私達に同行していて問題はないのかな?」
「……あいつなら、コレも予想済みだろう。いいか、式典を終えるまで港に配置されている軍は二部隊、それとセドアが個人的に所有している暗部がいる。更に、港が封鎖されたことによって他国からの船は入国許可書が必要になってくる。この国から出国する場合も同様だ」
「船に関しては問題ない。大司教様が乗ってきた船がある。が、出国許可書は貰っていないな」
「だろうな。大司教様が大国とはいえ一国の式典に参加するなんざそうそうねぇだろ。なるべく長く引き留めておくつもりだっただろうし、最終日にでも渡す予定だったんじゃねぇのか?特に、そこの大司教様は気難しそうだしなぁ?って、おいっ、足を踏むな!」
「許可書のことはわかったが、貴殿が同行する理由は?」
「……事前にエルヴィスにこんなもんを持たされているんだが、どういうことかわかるかぁ?」
虚ろな目をしたジェイが懐から取り出したのは折りたたまれた一枚の紙で、横からそれを取り上げたルーティア大司教が「許可書だな」と呟いた。
「……渡されたときはさっぱり意味が分からなかったが、どう考えてもこの状況はエルヴィスが仕組んだこととしか思えねぇだろ」
「それも問題ない。ある程度打ち合わせ済みだ……予定外だったのは、先程の貴殿の無様な姿かな」
「……あぁ?」
「仮にも騎士なら、護衛対象くらい守ってもらわないと。同じ騎士として恥ずかしい」
今の今までクレイはジェイの存在をずっと無視していたから、まさかと思っていたが、やはりジェナリアだけでなくジェイにも怒っていたらしい。
「エルヴィス王子に貴殿なら大丈夫だろうと言われていたが……まさか女性一人に後れを取っているとは思わなかった。姫様の機転がなければ……今頃、貴殿もエルヴィス王子も首から上が無くなっているところだった」
「……」
「アレは貴殿の元婚約者だったかな?そんなものに気を取られて任務を疎かにするような男は足手纏いだ。さっさと馬車から降りてくれるか?」
容赦なく言葉を浴びせたクレイは、目を見開いたままのジェイに「許可書は置いて行って」と告げ馬車の扉を指でさした。
……それは、走り続けている馬車から飛び降りろということよね?
「クレイ。ジェイはあの人数を一人で相手にしていたの。それに、ジェナリアを警戒するようナイフも持たされていたし、城の外へ走るようにも言われたわ。私が判断してあの場に身を隠し留まったのが悪いの。それに、ジェイには初めから何度も助けてもらっているわ」
「……助けてねぇだろうが」
「あら、私達の為にエドル王子に膝までついたじゃない」
「お前等の為じゃねぇよ……」
唸るような声で否定するジェイを訝し気な顔で見ていたクレイは「事前情報と違うな……」と、私とジェイを見比べ何を納得したのかそのまま私の髪を撫でる作業に戻ってしまった。
「事前情報ってなんだよ」
「……」
「……おい」
「……」
「無視かよ。リア、お前の騎士に」
「姫様の名を気安く呼ばないでくれるか?私は貴殿に名を呼ぶ許可を出していない」
「……護衛騎士の許可は必要ねぇだろうが。なぁ?リア」
「そうか、馬車から蹴り出してほしいのか……」
「許可書は俺が持っているし、この国を出るまでそいつは俺の妻だが?」
「……首一つで済むと思うなよ」
「あぁ?取れるものなら取ってみろよ?」
エルヴィス王子といい、ルーティア大司教やクレイといい、私の周りはどうしてこんなに賑やかなのだろう……。
今にも掴みかかりそうな二人を宥めながら時折ルーティア大司教に助けを求めたが、(知らん)と首を振るルーティア大司教の胸倉を掴みそうになった私をクレイが止める、という無限ループを馬車が港に着くまで行われることになった。
※※※※※※
夜会に大司教が現れた直後余興は潰れ、ジェイ達が退出して行くのを眺めていたセドアは何か思案しているかのように玉座の肘掛を指で数度叩き、急に立ち上がったかと思えば広間から姿を消した。
気まぐれなセドアなら十分に有り得ることだと驚きはしなかったが、今夜に限っては配慮しなければならない客人がいた。
言葉もかけず足早に出て行ったセドアに焦ったエドルは大司教に駆け寄ろうとしたが、彼は気分を害した様子もなく、頬を緩め微笑を浮かべると司教達を連れ会場の出口へと消えて行ってしまった。
エドルは仕方なくセドアの支持者を纏めている侯爵に目配せをし、そのままセドアの自室へと走ったのだが……。
「……あぁぁぁぁ!!……っ、ああああーー!!」
部屋の外にまで聞こえる叫び声と物音に驚き、エドルは部屋の外で待機していた騎士を連れセドアの自室へと踏み込んだ。
足元に散乱しているガラスの破片に倒れている家具。
暗い部屋の中、裂断されたカーテンから射す微かな光に目を細めれば、部屋の中央には息を切らしながら尚も物に当たっているセドアがいた。
(この短時間で何があった……?)
目につく物すべてを手で薙ぎ払い、絵画や家具にナイフを突き立てている姿は常軌を逸している。
そう思ったのはエドルだけではなく、背後にいる騎士達も動きを止めたまま声をかけるでもなく近づこうとさえしない。
ゴクリ……と唾を飲み込み、手を握り締めていた手を解きながら「あ、兄上……」と震える声で呼びかけた。
「…………エドルか」
エドルが部屋に入って来たことに気づいていなかったのか、持っていたナイフを投げ捨てゆっくりと振り返ったセドアの顔からは表情が抜け落ちまるで亡霊のようだった。
乱れた髪をかきあげ斜めになっている机の上に座ったセドアは、唖然としたままのエドルに向かって紙を投げつけ顎で読めと促す。
エドルは騎士に室内の灯りを点けさせ、恐る恐る拾い上げた紙に目を通すが、それはセドアが親しく遣り取りをしている者からの書簡で、内容は先日エルヴィスの事で呼び出されたときに話していた『間違って送られた荷物』に関するものだった。
(コレが、どうしたと言うのだろうか?)
「船内を隅まで調べましたが、特に何もありませんでした」
「……当然だ。荷物とは、恐らく人のことだからな」
「人、ですか?」
「あの日、船に居たのはジェイとカル……それと、誰だか覚えているか?あの船はエルヴィスの物ではない。だが、あの港の管理をしているのは奴だからな、見知らぬ船があれば調べさせはするだろうと気にも留めていなかったが……」
「……荷物というのは、まさか」
「ヴィアンから出向した船はあの一艘のみ。エルヴィスの部下ではない見知らぬ女と男。船内には開けられ形跡のある空箱が数個あったと報告を受けている。どう考えても荷物というのはその二人のことだろう」
「ですが、仮にその二人が手違いで送られてきた荷物だとして、何故エルヴィスがそれを兄上に隠すのですか?」
「その二人が何者か知らなければ、密入国者として捕らえていても可笑しくはない。だが、態々保護しているのであれば……私と同じようにエルヴィスも向こうと繋がっているのか、それとも、別の者と取引でもしているのだろ」
「別とは?」
「エドル。海を挟んだ大陸であろうといづれは手を伸ばすつもりだ。向こうの情報くらい集めておけ。アーチボルトだったか……あの王には盲愛している平民の騎士の愛妾がいるらしい」
「騎士……ということは男ですか?まさか、あの女のような顔をした!?」
「ジェイの妻にばかり気を取られていたが、どうやらもう一人の方が当たりだったようだな……」
「では、エルヴィスが手を組んでいるのはヴィアンの国王だとでも……?」
「城内で事に及んだのであれば向こうに貸していた影からの連絡が途絶えているのも納得がいく。はぁ……お前は今直ぐ騎士を動かし港へ行け」
「港へ?」
「あぁ。夜会に乗じて荷物を手に入れる予定だったが余興は潰され、エルヴィスを監視させている間にジェナリアを使ったが、失敗したらしい。どうやら後手に回っているようだ。それと、関与しているのはエルヴィスだけではなく大司教もだ」
「何故大司教が……」
「ジェナリアと騎士を昏倒させたのは大司教が連れていた司教達だ」
次から次へと与えられる情報にエドルが困惑している中、机を指で叩いていたセドアはニィッ……と口角を上げ。
「重罪人として、大司教共々奴等を捕らえろ」
不気味な笑みを浮かべながらオルソン国第一王子として命令を出した。
※※※※※※※
港に入る手前で馬車から降り様子を窺うと、港の出入り口には騎士が数名、船着き場の方にはその場で待機している者と巡回している者とで別れているようだった。
一部隊二十名前後だろうか……更に影が動いているというのだから厳重過ぎる。
既にセドア王子から部隊や影に伝令が出されていれば馬車で港に入った瞬間取り囲まれてしまうだろう。
港だけではなく船内で騎士が待ち構えていたら危険だと判断し、一先ず様子を探ってくると言ったルーティア大司教と司教に扮したウィルス、テディ、フランの三名が、馬車で港へと入って行く。
本来ならウィルスではなくアデルがルーティア大司教と共に動く予定だったのだが、馬車を止めたあとふらつきながら歩いてきたアデルは尋常ではないほど汗を流し目の焦点が合っていなかった……。
道中外で何かあったのかとアデルと同じく御者をしていたウィルスに尋ねてみたが、首を傾げながら「いえ、とくには……」と言うウィルスに「ソレ、チート。オレ、モブ」と片言なアデルを見て大体察した。
ウィルスが隠しメインキャラだってことをすっかり忘れていたのだ。
車を自転車で追いかけろと言われたようなものだろう。
でも、馬は同じだし……とそっとアデルを窺うと覇気がなく虚ろな目で睨まれた。
ルーティア大司教の馬車は入り口で止められることもなく、騎士達が何か合図を送っている様子もない。
このまま何事もなく船に辿り着けば急いで出港準備を済ませたあと汽笛を鳴らす予定だ。
汽笛が一回ならもう一台ある馬車で港へ入る。その際、此方の馬車では入り口で許可書の提示を求められるだろう。
汽笛が二回なら万一に備えウィルスが単独で戻って来るのを待ち、合流することになっている。
汽笛が三回鳴らされたら、向こうで何か問題が起きているということだ。
「アデル……動ける?」
「……っ、はい」
ぐったりしながら地面にしゃがみ込んでいるアデルに声をかけると、顔を上げたアデルがとある人物を見てすぐさま顔を隠すかのように再び地面へと視線を下げてしまう。
アデルはルーティア大司教達が行ってからこの挙動不審な動きを繰り返している。
このあとの事を考えるとこのままスルーするのは良くない。
決して好奇心ではなく連携を崩さない為の手入れだと、背後を振り返りアデルが気にしているとある人物……ジェイの顔をジッと見つめた。
「……なんだよ」
視線は逸らさないが居心地が悪そうなのはどうしてだろうか?此方も明らかに様子が可笑しい。
「貴方達……もしかして、知り合いなの?」
「……ぁー」
「……聞きたきゃそいつに聞け」
「マジか……丸投げか……」
アデルに無言で圧をかけると、観念したのかフードを下ろしたアデルが眉を八の字に下げながらフルフルと顔を左右に振って見せた。
端整な顔の男性がコレをやると大抵の女性は何でも許してしまうのだと、透君が実演込みで聞いてもいないのに指南してくれたことがある。横で聞いていた姉さんは冷ややかな視線を向けていたけれど。
しかし、何故私相手に通用すると思っているのか……。
にっこり微笑み、親指を立てそっと自身の首に添え、そのまま横に切る仕草をする。
透君が問題を起こしたときに姉さんがよく無表情で行っていたものだ。
『ちょ、いや、見捨てないでー!!?』と透君が姉さんの足にへばりついていたのを何度か目撃したことがある。姉さん曰く、絶縁宣言らしい。
「ぁー……懐かしいけど……今見たくなかったぁ……。ぇー、我が家が商家なのはご存知ですよね。その、昔人を探しておりまして、その道中に知り合ったというか、情報交換の為に手紙の遣り取りを何度か……」
アデルの家が商家なのも、この世界で姉さんや私を探していたというのも本人から聞いて知っている。
何が言いたいのかよくわからないまま頷いていたが、情報交換と手紙の遣り取りという言葉を聞いて「……あっ!」と声を上げていた。
「んんっ!?何?まだ何も言っていませんよね!?」
夜会の前にジェイが言っていたことを思い出した。
『手紙を出したら律儀に返してきやがった。まぁ、たった一回限りだったけどなぁ……』
ジェイの国が無くなったあと、一度だけ見返りもなく情報をくれた人がいるって……まさか!?
ジェイがあとから調べたセリーヌ王妃の情報は酷いものだった。本当のことだけれど、あれにはそれに至るまでの過程があるのだと泣きたくなったというのに。
元凶が……此処にいた。
「アデル……覚悟は出来ているわよね?」
「えっ……ええ!?」
「笑えるほど評判が悪くて、至宝は虚像?我儘で極悪非道なとんでもない悪女だったかしら?」
「違う、待った!そこまで……書いた……か?」
数個ほど付け足したけれど、大まかこんな感じだったと思う。
「いや、ちょっと、落ち着こうか……?」
落ち着かなきゃいけないのはアデルだ。
私の背後に立っているクレイを窺い、サーッと顔を青褪めさせたアデルが懇願するかのように両手を合わせる姿を見て呆れて言葉も出ない。
狼狽え過ぎて王妃の護衛騎士という仮面が完全に剝がれ落ちている……。
「……アデル・ブリットン。端的に説明を」
クレイの眉間の皺が深くなる前にと、動揺して透君になっているアデルに意識して低い声で命令を出した。
これ以上は不敬だと言われてクレイから指導が入るわよ。
「っ……はい、ジェイとは騎士になる前からの知り合いです。騎士に入隊したあと暫く連絡は取っておりませんでしたが、一度、専属護衛騎士になる前に手紙の遣り取りを。ですが、重要な情報等を流したわけではありません。民の噂話程度のことです」
「……クライヴならまだしも、一介の騎士が重要な情報を持っているわけがないわね。でも、今は違うわ。自身の立場はわかっているわね?」
「はい。承知しております」
「……ジェナリアの話はしただろ?あいつが懇意にしていた商家の息子がそいつだ。俺が何処の国にいるかなんてそいつは知らなかった。悪いのは俺だ」
「誰が悪いという話ではないのよ。それにしても、ブリットンは随分と手広く商いをしているのね」
「いえ、家がというより、私が各国を回っていたからだと……」
「汚ねぇ恰好して道端にぶっ倒れてたこともあったなぁ……とてもじゃねぇが裕福な坊ちゃんには見えなかったが?」
「いや、寧ろ裕福な恰好で歩いていたらいいカモでしょうが……って、ジェイも大して変わらない恰好だっただろ……」
項垂れたアデルに向けられているジェイの笑みは柔和なもので、態度も口も悪く人を寄せつけない雰囲気があるジェイがアデルをどう思っているのか察せられる。
「心配しなくても、アデルのことは信じているわ」
「……以後、このようなことはないよう気をつけます」
セリーヌの中身が私だと知らなかった頃のこと。
それに、ヴィアン国の騎士という立場でありながら他国の騎士であったジェイに王妃の詳細を書いて手紙を出したのは、アデルがジェイのことを人として敬愛しているからかもしれない。
沢山抱え込んでギリギリの状態だと気づいていないまま突き進んでいくような人なのに、他人の機敏に敏感で、それでいて優しさを隠してしまう人。
……姿形ではなく、土台が透君のお兄さんとジェイは似ているのよね。
「良かったなぁ、優しい主君で」
「ぁー、その顔ムカツクわ」
地面に座り込んでいるアデルの膝を足で小突いてニヤニヤ笑っているジェイと手でそれを払うアデルの遣り取りを見て、コレは懐く筈だと苦笑した。
「まぁ、アデルが寄越したものがガセだってことはわかった。悪女つーより、深窓の姫君の方がまだしっくりくるからなぁ……いや、ただのはねっ返りかぁ?」
誰も私の名前を口に出さないことにジェイは気づいていただろうに。
彼がセリーヌと私を同一視した発言をしたことで、クレイの身に纏っていた空気が一瞬にして変わった。
私とジェイとの間に割って入ったクレイは既に腰元の剣に手をかけていて、アデルは立ち上がる気配を見せないがジェイから視線を外さない。
「その様子じゃ……そっちの騎士も知ってんのか」
「貴殿の主君からだ」
「……信用ねぇなぁ。ほら、手寄越せ」
肩を竦めたジェイがアデルに手を伸ばした。
「……ジェイ」
「黙っとけ。エルヴィスからリアに関しては詮索するなと言われてんだよ。戦場から戻って来たばかりの自分の護衛騎士の首を容赦なく絞めるような奴だぞ?次は剣で斬られんだろうが」
アデルの言葉を遮り、剣を下げている利き腕の方の手をクレイに見せるように出している。
「そこの騎士は人質にはならないが?」
「……想像以上に忠実な騎士だな、あんた。あー、めんどくせぇなぁ。此処に居るのはリアだ。それ以上でも以下でも俺には関係ねぇ。だったらリアはエルヴィスの子飼いで、現状俺が守ってやるって誓った女だろうが」
関係が無い……今回、ジェイはそれで通すということだろう。
ジェナリアといい私といい、殺してやりたいほど憎いとは言うが、結局彼はどちらもその手で殺めてはいない。
なら、彼の憎しみはいつ消化するのだろうか……。
「……姫様」
――ボーッ……。
低い長音に耳を澄ませながら視線を交わす。
汽笛の音は、一回……。
「……大丈夫そうね、馬車に」
ホッとし馬車へ移動しようとしたときだった。
――ボーッ……。
二回目の汽笛の音に動きを止め。
――ボーッ……。
三回目の長音で最悪の事態になったのだと身を強張らせたとき、汽笛の音とは別の金属音が耳に響いた。
前、後編で①、②で更新予定です。
次話の更新やその他、詳しくは活動報告の方に。




