忍び寄る狂気
「随分と露骨ですね」
普段とても可愛らしい声で話すフランがあまりにも低い声で呟いたものだから、何事かとソッと背後を窺い、周囲を威嚇するかのように冷たく睨み据えていることに驚愕した。
可愛い、天然、あざといが代名詞のフランの可愛い顔が凶悪犯のようになっている。
「こんなもん、まだマシだ。ったく……面と向かって言えねぇなら口を閉じてりゃあいいものを……」
フランがそのような状態になっているように、隣でエスコートしているジェイも何度も舌打ちをし、此方は喧嘩なら真っ向から受けて立つ姿勢である。
そんな二人を時折宥め、不躾な視線を浴びながら城内を進んで行く。
すれ違いざまに「奴隷上がりが……」と私達に聞こえるよう嘲笑う声を無視し、汚いものを見るかのように眉を寄せる者達を視界から外す。
「……大丈夫か」
「平気よ」
「んなわけねぇだろうがぁ……」
威嚇なのか本気なのか。
道行く人全てに殺気を振りまいている獣のような男が、パートナーを案じ態と自身に目を向けさせるよう態度を悪くしていると誰が思うだろうか。
ジェイには私が強がっているように見えているのだろうが、こんなものヴィアンに嫁いでから前世の記憶を思い出すまでの日々に比べれば生易しいものだ。
侮蔑、愛妾との逢瀬。愛する人にその程度のものだと軽んじられた行為の数々に加え、小さな夜会や帰還式で向けられた周囲の眼差しや失笑はセリーヌの精神を徐々に壊していったのだから。
「貴方の方こそ。彼等の言うことなど気にしてはだめよ」
「……気にしてねぇよ。慣れてるしなぁ」
鼻で笑うジェイを見上げ、私は城へ入る前のことを思い出していた。
迎えの馬車の中から王都の街並みを眺めていたときには分からなかったが、王宮へと近づくにつれ警備が物々しくなっていた。
城門の前では待機している騎士に御者が式典の夜会の招待状を見せ、それが本物であるかどうかの確認、その間に別の騎士が馬車周りをチェックし、場合によっては中に居る者に声をかけ客車の中を確認する。
私達は第一王子からの招待状を持参していたので直ぐに王都内へ通され、城門の前で馬車を止めた。
先にフランとジェイが降り、差し出されたジェイの手を掴み馬車から降りた私は、その場に居合わせた者達から一斉に向けられた悪意と口汚い言葉の数々に、ジェイの置かれている環境の惨さを知った。
その悪意の矛先はジェイだけではなく並んで歩いている私にも向けられ、フランは私の本来の身分を知っているから不敬だと憤っているが、正確にはこれらの悪意は私を通してジェイに向けられているものだ。
祖国を奪われた敗者。奴隷上がりの卑しい者。
言葉一つで人を殺せるなどと思いもしない者達が吐く呪詛のようなものに慣れる日など一生こない。祖国を、家族を失った者の傷を抉り、彼に後悔や恨み辛みを植え付け続ける。
強がりはどっちなの……と苦笑し、城の侍従によって開かれた扉の中へと足を踏み入れた。
「どう考えても場違いだな」
「……そうね」
舞踏の間と称される夜会会場は貴族の子女のデビューで使われている場所らしい。
三千人位が入れる広間には所々に丸いテーブルが置かれ、軽く摘まめる食事のセッティングがされていて、王族が座るであろう壇上の近くのテーブルの上には名札が置かれている。
恐らく、そのテーブルは上級貴族専用の予約席のようなものなのだろう。
即位記念式典の夜会が自国、同盟国、属国と三日に分けて行われることにも驚いたが、会場内を飾る為に使われている大量の真紅の薔薇にシャンデリアの数、五十名以上はいる楽師の一団、ドリンクを持って歩き回る侍従や侍女の数は圧巻の一言だ。
それに、肌の露出は多いが決して華美過ぎず、細部まで丁寧に仕立てられているドレスを身に纏っている貴族の女性の多さにも目を見張った。
こういった場所でのドレスや装飾品は家の資金力が如実に現れてしまうものだが、間違いなく皆既製品ではなくオートクチュールだろう。
広間の奥に居る上級貴族だけでなく、扉側に居る下級貴族らしき者達までがそれなのだから驚くなと言う方が無理だ。
潤沢な資金に豊かな領地。海を統べると称されるだけの軍事力。
これは海の向こう側だからと侮っていたら大変なことになりそうね……。
「……なに難しい顔してんだぁ?」
「少し緊張してしまって」
「あぁ?……安心しろ、俺達がこの中で踊ることはねぇよ」
「えっ!リア様と踊れないのですか……」
「おい、なんでお前が踊る気でいるんだぁ?」
「……もしかしたらって」
とても悲しそうな顔を向けられても私とフランが踊ることはない。
どこの世界にエスコート役を放置して護衛と踊る猛者がいるのか……と呆れながら、王妃を放置して護衛騎士と始終ベッタリだったアーチボルトを思い出し、それが日常であったフランのこの思考にも納得がいったが……。
そもそも拉致された国で呑気にダンスなんてしている場合ではないから。
「もしかしたらなんて起きないわよ。ほら、貴方は護衛騎士なのだからしっかりなさい」
「……はい!……護衛騎士……リア様の護衛騎士……えへへ」
「使えなさそうな護衛騎士だなぁ」
叱られたのに嬉しそうに頬を緩めるフランにジェイは呆れ返っているが、ヴィアンではコレが可愛いと大人気だった。
やはり大陸が違うと文化と同じように好みも違うのだろうか?
「そろそろだな」
挨拶に来るものもいないし、逆に挨拶に向かわなければいけない者もいない。
今迄の人生で一番楽な夜会であり、一番警戒しなければならない夜会。
楽師達の演奏と共に壇上の奥にある扉が開かれた。
皆がそれを注視している間に目立たぬよう壁の隅に移動し、国王とその他の王族が入場している姿を眺めていた。
「王と王妃はわかるな?」
「えぇ……」
「今入ってきたのが前から第一王子のセドア、第二王子のエドル、第三王子のエルヴィスの順だ」
「王女はいないの?」
「……ニ、三人いた気もするが、もう何処かの国に嫁がされてるだろ。年齢関係なく婚約したその日から国を出される」
「成人前でも……?」
「関係ねぇな。王女なんてこの国では政略結婚の駒だ。縁が出来さえすればあとはどうなろうと知ったことじゃねぇんだろ」
「王太子以外の王子は補佐に就くの?」
「……どうだろうな。エドルは兎も角、エルヴィスが役職に就くことをあの王妃が許すとは思えねぇ」
壮年の王の横に立つ王妃は年相応の美しさを持った女性で、仕草や微笑み方一つとっても教養や知性がにじみ出ている。
大国の王妃なんて繊細で心の優しい者には務まらない。公務に後宮内の管理、王太子の教育に貴族内の派閥の把握と操縦と……これらを円滑に回しながら他国との交流。
やることは沢山あり、全てが上手くいくわけではないからこそストレスも多くなる。
身も心も潰れるか、捌け口を作って耐え凌ぐかの二択しかないと良くお母様が愚痴を零していた。因みにお母様の捌け口はお父様だったようだけれど……。
王と王妃二人から少し離れた位置に立っている王子達。
シャルワニに似ている裾の長い上着の肩にはそれぞれ異なった刺繍が施されている。
壇上の端にいるのはエルヴィス王子で、高く結い上げた長い髪に目元の赤い化粧が彼の美しさを際立たせ、細身のズボンを合わせているからか長身の美女のようにも見える。
「公の場でもあの姿なのね……」
「あいつが正装したら他の王子が見劣りするからな。あとで王妃の癇癪に付き合うくらいなら、あの恰好で貴族共に笑われてる方が楽なんだろ」
エルヴィス王子の隣に立つエドル王子は黙って立っているからか、それなりに賢そうな王子に見える。
そして、王太子であるセドア王子……。
王に似た顔立ちの青年はエドル王子とも兄弟だとわかるほど顔の造りが同じ。エルヴィス王子と比べさえしなければ彼も十分美形の部類なのだろう。
広間の隅とはいえ壇上に立っている王族の顔くらいは良く見える。
要注意人物の姿はしっかりと覚えておこうとセドア王子に再び視線を戻し、彼が薄い笑みを浮かべたのを見てゾッとした。
作り笑いでもなく、愛想笑いでもない。
どう表現して良いのかわからないが、直感的にあの人間は恐ろしいものだと刻まれ、目を背けてしまいたいのにそれすら許されないほど悪い意味で惹き付けられてしまう。
――アレは狂気だ。
「私が即位した日、大国と呼ばれる国を背負う覚悟はなかった。だが、全てを捨てる覚悟もなかった……。だが、私や国を支えてくれている者達がいて、こうして長きに亘って王という大役をこなすことが出来ている。皆に感謝を。今宵は、存分に楽しんでいってくれ」
ハッとセドア王子から視線を引き剥がし、詰めていた息を吐き出した。
呼吸を整えている間に王が手にしていたグラスを掲げ、拍手や歓声と共に皆がグラスを掲げる。
これがこの夜会の開始の合図なのだろう。
微笑んだ王は隣に座っている王妃に手を差し出し、ファーストダンスの為に壇上から下りていく。
広間の中心を囲むように皆が道を開け、そこへ進んで行く王と王妃の背後が気になった私はジェイの腕を軽く叩き、身を屈めた彼の耳元に顔を近づけ扇子で口元を隠しながら問いかけた。
「一曲目は王と王妃様のダンスから始まるのよね?」
「……見ればわかんだろうがぁ」
「あの後ろに並んでいる人達は?」
王と王妃の後ろに並んでいる三組のペアは何故一緒に着いて行くのかと聞くと、一瞬驚いたような顔をしたジェイが「……何処の国の貴族だよ、お前は」とブツブツ言っていたが聞こえない振りをしておいた。
「アレはカドリーユだ。四人の男女の組が四角い形を作って踊る、この国では伝統的なダンスだな」
「……王族と一緒に踊るの?」
「そういう踊りだからな。お前、ダンスは出来ねぇのか?」
ここでも文化の違いが……と放心していた私の耳に聞き捨てならない言葉が聞こえた。
大国の王女であり、ラバンの至宝。国母となる為に努力してきたセリーヌがダンスを踊れないなんて……そんなことあるわけがない。
「一通り踊れるわ」
「……アレは?」
胸を張って宣言してみたものの、ジェイが顎で指した方を見て肩を落とした。
何、あの陽気な曲。何でパートナーが入れ替わっているのよ……。
「アレは……今覚えるわ」
「いや、必要ねぇだろう」
「この先、もしかしたら踊る日が来るかもしれないじゃない」
「そうしたら僕もリア様と踊れる日が来るかもしれませんね!」
「それは、絶対にないわ」
はしゃぎだしたフランを一蹴し食い入るように広間の中央を凝視していると、中央で踊っている王と視線が合ったような気がした。
離れた場所に居るし、華やかな衣装を着た者達に紛れている私と目が合うわけがない。
気の所為だと思っていたがそれからも何度か王と目が合い、嫌な予感を振り切るようにジェイの背に隠れ身を潜めた。
「……そろそろ出るか」
「そうですね、もう十分かと」
話を振られても答えることなく、扇子で顔を隠す私に何を思ったのか、ジェイとフランが顔を見合わせ退出するよう動き出した。
本来なら招待者に挨拶をしてからの退出になるのだが、私達を招待したのはこの国の第一王子。王族に身分の低い者が近づけるわけがない。
夜会には参加したのだからセドア王子の顔を潰すようなこともなく、挨拶もなく退出したことを責められるようなことがあってもそれらしい理由はある。
ジェイに促されるまま貴族達の波を抜け、出口である扉へとあと数歩の距離で、私達の前を塞ぐような形で立った男性が静かに頭を下げた。
「失礼致します。王がお呼びです」
「……エルヴィス王子でも、王太子殿下でもなく、王が?」
「はい、王から承っております。案内致しますので、どうぞ此方へ」
気の所為であってほしいと何度も祈ったのに、この世界にも神はいなかった。
あの王子の側にだけは絶対に行きたくない……そう思っても王族の呼び出しを断る術はない。
「……行くぞ」
「えぇ」
覚悟を決め、広げていた扇子を閉じ、丸めていた背を伸ばし、顔を上げ差し出されたジェイの腕に手を添えながら微笑んだ。
初老の男性に連れて行かれたのは壇上の側、上級貴族と思わしき者達が固まっていた場所だった。
和やかな雰囲気で夜会が続いてはいるが、奴隷上がりの騎士と平民という設定の私、正体不明の護衛が王族の側に居ると気づかれたら騒ぎになりそうだ。
現にこの区画にいた貴族達は私達が王の侍従に連れて来られたことに驚きを隠せずにいる。
ジェイから半歩下がった位置に立ち視線を下げている私にはわからないが、エルヴィス王子もきっと驚いているに違いない。
「……そこの者は、確かエルヴィスの拾った騎士だったな。ジェイと言ったか?」
夜会の挨拶のときと同じ声。
王が直接ジェイに声をかけたことで周囲に居る者達が息を呑む気配がした。
「今日は夜会だ、其方達には直答を許す」
「……はい。私はエルヴィス王子の護衛騎士をしております」
「そうか、其方の名は私も聞いたことがある」
「光栄でございます」
「……其方にも思うことはあるだろうが、その腕を買ったエルヴィスに良く仕えるように。後ろに居る者は、其方の妻だと聞いたが」
「……はい」
「顔が見たい、前へ」
私は空気、私は空気……と念じていたが、やはりそうはいかないらしい。
何故王に呼ばれるような事態になっているのかとか、この状況でセドア王子の視界に入らないようにするにはどうしたら良いかとか、王に声をかけられる前まで巡らせていた思考を泣く泣く捨て去った。
音にならないよう息を吐き、ジェイの隣へと立ち不敬にならないよう視線を王の胸元に固定しカーテシーをする。
これくらいならば夜会へ出席する為にエルヴィス王子から教わったと思うだろう。
「……顔を上げよ。良く見てみたい」
グッと奥歯を噛み締め顔を上げた。
壇上で椅子から身を乗り出している王と、扇子で口元を隠している王妃。その斜め後ろの席に座っている王子達も顔を此方に向けている。
「そのドレスは、エルヴィスからか……?」
「はい」
「……そうか」
悲し気に微笑んだ王を見て、私達が呼ばれた理由を悟った。
顔を見たいと言った王が目を細めて見ているのは私が着ているドレス。愛していた女性に贈った物。
――だから何度も目が合ったのだわ……。
エルヴィス王子のお母様のドレスを着たのが裏目に出たらしい。
側室とはいえ寵愛していた女性に贈った物は数知れないだろうに、まさかこの人は全て覚えているのだろうか……?
驚きを顔に出さないよう咄嗟に表情を作った私とは逆に、王妃はそれに失敗したらしい。
扇子を持っていた手が下がったことで露わになった顔は強張っていて、ドレスをジッと見つめている王から顔を背け口元を歪ませている。
「父上。そろそろお時間では?」
演奏されていた曲が余韻を残しながら終わり、セドア王子の淡々とした声が余計に大きく聞こえた。
直ぐに視線を下げたが、背中に嫌な汗が滲む。
「そうだな……」
「あとは私にお任せください」
予め王が退出する時間は決められていたのだろう。
まだあと二日も夜会は行われるのだから最後まで残ってはいられない。
「夜会はまだ始まったばかりだ。存分に楽しんでいってくれ」
その言葉と共に王妃と退出して行く王に拍手が鳴り響き、再び音楽が流れ出す。
出来る事なら今直ぐにで私達も退出したいが、残されたこの場で一番地位が高い王太子の許可を得なければ下がることは出来ない。
「期待外れだな」
「……っ」
近づいてくる気配は感じていたけれど、まさか顔を覗き込んで来るとは思ってもみなかった。咄嗟に悲鳴は呑み込んだが表情までは取り繕えなかった。
セドア王子の暗い瞳と目が合い逸らせなくなる。
細く切れ長の目は真っ直ぐ私を見つめ、その顔には何の感情も浮かんでいない。
「コレがそんなに良いのか、エルヴィス」
セドア王子の手がゆっくりと伸びてくるのを瞬きすら忘れ見つめていた。
――怖い、怖い、怖い。
逃げてしまいたくなる身体を押し止めることで精一杯だった。
その手が私の横髪を掴み、力いっぱい引かれたことに気づいたときには視界には地面が映っていた。
「お戯れを……此処が何処かわかっているの?」
痛む頭にソッと当てられた手は暖かくて、その手が私を落ち着かせるかのように何度も頭を撫でる。
床に倒された私はエルヴィス王子が抱き込んで護ってくれたのかどこも痛くはない。
「父上が退出したのだから、ここからは私の夜会だ」
広間では私達のやり取りなど見えていないかのようにダンスは続いている。
寧ろ、不自然なほど皆此方を見ようとしないことに恐怖心が募っていく。
エルヴィス王子に手を借りて立ち上がり、そのままジェイとフランの方へと押し出された。
私を庇うように前へ立ったジェイとフランに大袈裟に肩を竦めて見せたセドア王子は、踵を返し壇上へと上がって行く。
興味を無くしてくれたのかとホッとしたのも束の間、本当の恐怖はここからだった。
「ダンスは飽きたな」
片手を上げたセドア王子に気づいた楽師達が演奏を止め、中央で踊っていた者達も騒ぐことなく動きを止めた。
「今日は父上にとってめでたき日だ。ならば、父上の趣向に合わせた余興を行おう!」
大歓声が沸き起こり、先程までの夜会の空気とは違い皆興奮し異様な熱気に包まれた。
何が起こるのかとジェイを窺うが、彼はセドア王子を睨んだまま微動だにしない。
「心優しい父上は、夜会で踊った舞い手を側室とし城へ迎え入れた。我が国の民というだけで、下賤な舞い手にも手を差し伸べ、それが貴族となり、その子は王子となった。なんと素晴らしい物語だろうか」
心底楽し気に話すセドア王子の皮肉が混ぜられた言葉に感動するところなどないのに、広間に居る者達は皆微笑みを浮かべながら素晴らしいことだと酔いしれている。
「地べたを這いずるような生活をしている者も、今夜は王族からの恩恵が得られるらしい
……」
言葉を切ったセドア王子が私達に顔を向け、またあの薄い笑いを浮かべた。
「そこの女は、確か平民だったな」
隊服の袖を皺になるほど強く握り締めている私にジェイは「……無視しろ」と囁くが、そんなことを出来るわけがない。
「踊れ」
――相手は、王族なのだから。
「兄上!」
ジェイが、フランが、壇上から下りていたエルヴィス王子が口を開く前に、その中の誰よりも早く声を上げたのは第二王子であるエドルだった。
「そこの者は平民ですが、舞い手ではありません!」
「……エドル」
「あっ……、あの、そうだ!あんなに沢山楽師や舞い手が居るのですから、彼等に躍らせれば良いのでは」
「エドル」
「あ、兄上……」
「困った弟だ。私はそこの女に踊れと言ったんだ」
「ですが、彼女は舞い手では……」
「なら、私が手本を用意してやろう」
顔を真っ青にし、声を震わせながら私を庇おうとするエドル王子に怒ることもなく、セドア王子は駄々を捏ねる子を見るような眼差しで数度緩く首を振り、王が座っていた玉座に腰をかけ足を組みながら名を挙げていく。
ダンススペースとして開けられていた広間の中央には、セドア王子が一人、また一人と名を挙げていく度にお辞儀をしながら男性が出てくる。
「ジェナリア」
そして、挙げた名に、今迄頑なにセドア王子から視線を外さなかったジェイが中央に顔を向けた。
「……はい」
高く澄んだ声で返事をし、中央に立つ男性陣の真ん中に立った女性はゆっくりとカーテシーをして見せた。
ウェーブのかかったブラウンの髪を緩く結わき、トップスとスカート部分が完全に別になっている衣装は彼女の身体のラインを美しく見せている。
「私の側室達だ。さぁ、踊って見せろ」
セドア王子の言葉に頷き、ジェナリアを残して音も鳴らさずにふわっと広がった男性達は音楽に合わせて踊っていく。
彼等に合わせるかのように、ジェナリアがゆっくりと動き出した。
それはまるで、ヴィアン国の夜会で舞い手として踊っていたエリスのように。




