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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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式典当日


オルソン国現王の即位記念式典に出席する為、エルヴィス王子と侍従のカルは昨日から城へ入っている。

式典後の夜会にはエルヴィス王子が用意してくれた迎えの馬車に乗り、私とジェイとフランの三人で向かう予定だ。


朝からカミラに磨き上げられ、少し変わったコルセットをきつめに絞められる。その上から先日選んだドレスを着て髪を結って貰う。香油を塗られマッサージされた肌にゴールドの装飾品が映える。

ヒールを履き立ち上がり動きを確認すると想像以上に軽く、ドレスもこういった形のものにしては珍しく動きやすい。

その分コルセットがアレなのだが……エルヴィス王子から絶対に着せるようにと厳命されてしまったカミラに文句は言えない。


「……本当に、黒くなるなんて」


巻かれている横髪を摘まみ上げ、本来ならアッシュブラウンである筈の髪が黒くなっていることに目を見張った。

髪色を変えると言われたときは驚き、カミラが桶に入れて持ってきた液状のものに不安になり、徐々に黒くなっていく髪は元に戻るのだろうかと恐怖したけど……。


「お湯で落ちてしまいますので、お気をつけください」

「えぇ。それにしても、この国では髪色を変えることは一般的なことなのかしら?」


髪に色を付けると表現してよいものなのか。でも染毛剤などがこの世界にあるわけがない。部屋の外で待機しているフランの髪も、私と同じように黒髪してあるとは聞いているがこんなに簡単なんて……。


「……いいえ。詳しくお話しすることは出来ませんが、髪色を変えることが出来るのはこの屋敷に居る者だけが知ることです。ですので、このことについては口外なさいませんよう」

「分かったわ」


鏡に映る自身の姿を確認し一度目を瞑り、息を深く吸いゆっくりと吐き出し緊張を解す。

瞳を開けると、鏡に映っていた不安気だった私の顔は、人としての温度を感じない人形のような顔へと変わっていた。黒髪と相俟って別人のように見えることにホッとする。

心を揺らさず、何があっても決して表情へと出さない。

王女として、大国の王妃としての教育の賜物だ。

カミラにお礼を言い、今夜のパートナーであるジェイを呼びに何故かご機嫌のフランを連れ屋敷の外へと向かった。


「へぇ……着飾ればそれなりに見えんじゃねぇか」

「……どちらさま?」


夜会の前に軽く食事をとカミラから勧められ姿の見えないジェイの行方を尋ねた。

既に支度を終えているジェイは、屋敷の外にある庭園で一人時間を潰している筈だと聞き探しに来たのだが……。


「……あぁ?」


低く凄む声は紛れもなくジェイのもので。

そろっと周囲を見回し、脳内でクエッションマークを大量に浮かべながら、椅子に座りカップを傾ける男に視線を戻した。


完全に力を抜き、椅子の背凭れに身体を預け日光浴を楽しんでいるような体勢のジェイに背後から近づいた。多少でもジェイの驚いた顔が見られたら面白いかも知れないと思ってのことだった。

後数歩、肩を叩こうと手を伸ばしたとき、ジェイが振り返った。

流石元騎士とか、気配で分かったのか?とか、口に出すことなく言葉は消えてしまった。

手を伸ばしたまま固まった私を不審に思うことなく、分かりやすく視線を上から下まで流し、口角を上げ何か言ったジェイにやっと口から出た言葉が「どちらさま?」だったのだが。


「……貴方、ジェイよね?あの、髭がもじゃもじゃで、ボサボサ髪の世捨て人みたいだったジェイよね?」

「おい、誰が世捨て人だ……髭も髪も整えたに決まってんだろ。アレは戦場帰りだったんだから仕方ねぇだろうが」


そういえば、ジェイは戦場から帰還したばかりだと言っていたような。

それにしても……コレは変わり過ぎではないだろうか……?


「……やっぱり騎士には美醜審査があるのね」

「美醜審査だぁ?どこの国の話だ。んなもんねぇだろうがぁ」

「僕もないと思いますけど」


騎士二人で顔を見合わせ首を捻っているが、自分達の顔を良く見てみろと言ってやりたい。

髭を剃り、目を覆うほど長かった前髪を全て後ろへと撫でつけ、それによって晒されたジェイの顔は男らしい造りの美形だった……もう一度言おう、この熊みたいだった男は、美形だったのだ……。

船での戦闘での立ち回りや機転の良さ、更に不慮の事故で目撃してしまったジェイの身体はとても鍛えられていて、これなら軽々と私一人抱えて船から飛べるわぁ……と感心し、元騎士だと聞いたときは滅多にお目にかかれない顔だけ良しの騎士ではないことに密かに感動までしたのに。

まぁ、蓋を開ければ良質な騎士は私をこよなく憎む危険人物だったのだけれど。


「世界は広いのよ……顔と地位だけ優良な騎士ばかりの国もあるわ……」

「目が死んでるぞ、お前……まぁ、俺も顔は良い方だしなぁ?」


冗談めかして言い顎を撫でたジェイは「傷だらけだけどなぁ」と笑った。

確かに良く見ればジェイの顔には細かい傷跡がある。恐らく身体にはそれ以上に深い傷が無数にあるのだろう。


「んで、着飾った姿を見せに来たのかぁ?」

「貴方を呼びに来たのよ。カミラが軽食を用意してくれているの」

「んじゃ、暫くすればこっちに運んでくんだろ。座れよ」


庭園から動く気がないのか、ジェイは座っていた席から立ち上がり広めのテーブルに腰かけた。

先日皆で食事をしたときとは違い、一人でゆったりと庭園を眺める為に用意されているテーブル、座り心地の良さそうなイージーチェアーが置かれている。

一人用の席でどうやって二人で食事をするのかと呆れながらも、折角だからとふかふかのチェアーに腰かけた。


あぁ……コレはだらけきった体勢になる……。


「フランって言ったか?お前は離れてろ」

「え、でも、僕はリア様の護衛です!」


ビシッとその場に立ち、離れませんよ!と頬を膨らませるフランは……うん、可愛い。

けど、その可愛い攻撃はジェイには効かないらしい。何とかしろと睨まれ、空気を読める私はフランに離れているよう命令した。

何度もフランには言っているつもりなのだが、素性を隠しているのだから名前に様付けとか、命令とかさせないでほしい。

更に頬を膨らませながらしぶしぶ離れたフランに溜息を吐き、人を堕落させるイージーチェアーに寄りかかった。


「エルヴィスが、良く此処で居眠りしてんだよ……」


上半身だけ見れば灰色の軍服を着た男。

けれど、腰から左太腿に向かって斜めに付けられている重厚感のある金属が軍人ではなく騎士だと物語っている。

王族、上級貴族の開く夜会での帯剣は禁止されているが、例外がある。

王族の護衛騎士に関してはショートソードの鞘を装飾の一環のように誂え、周囲に分かりにくいよう偽装することで腰帯剣が許されている。

普段持つ剣よりも長さや質量はないが、刺客の一撃を防ぎ武器を奪える時間さえ稼げれば良いらしい。

これは私の護衛騎士をしていたクレイに聞いたことだ。


「何か、話したいことでもあるの?」

「……お前、そんなに察しが良すぎると早死にするぞ」

「呼びに来た者を態々座らせ、フランを遠ざけるなんて、何かあるのかと大抵の者は気付くわよ。それで?夜会での注意事項のことかしら?」

「いや、ジェナリアのことだ」

「……てっきり第一王子のことかと思っていたわ」


ジェイに夜会での振る舞いなどを注意されるとは微塵も思ってはいなかった。だから話があるのだとしたら、皆が最も警戒している第一王子であるセドアについてだと思っていたのに。


「彼女は第一王子の側室だったわね……」

「あぁ。前に小屋で話たときは色々省略したからな……お前が勘違いしてジェナリアに同情や好意を持ったら最悪だろ」

「勘違いって……ジェナリアさんは、貴方が仕えていた方に頼まれた人でしょ?その、貴方の女性嫌いの原因でもある人だと私は認識しているのだけれど。裏切られたって……祖国を滅ぼした敵国の王子の側室になったから……とかなのかしら」

「……ちげーよ。やっぱ説明しとかねぇと簡単に騙されそうだな、お前」


これでも国母となるよう厳しく教育され、貴族社会という荒波で溺れることなく生きていけるよう冷徹な面も持っている私が、どこか呆れたような顔をするジェイには幼子にでも見えているらしい。


……いや、まさか前世の記憶が入ったことによって、高スペックセリーヌが低スペックおんぼろになったとか?え、有り得るのだけど。


「そんな落ち込むな、まだ間に合うだろうが」

「……そうね」


おんぼろの方はもう間に合わないけどね……ははっ……。


「ジェナリアはな……典型的な甘ったれたお姫様だったんだよ」


ジェイは私から顔を逸らし、庭園に咲き誇る薔薇を見つめながらゆっくりと口を開いた。


「国王が民と混ざって畑耕してたって言ったろ?土地も狭い、人口も少ない。これといった資源もない小国の王族は平民と大差ない。現に、オルソン国の貴族の方がよっぽど良い暮らしをしているしな。それでも幸せだったんだよ……俺達は」

「俺達……」

「あぁ。王族という矜持を履き違えた王女以外はってことだ。狭い国の中で王女と尊ばれ、唯一の嫡出子。他国を知らなければ勘違いしても可笑しくはないな」

「正妃の子がジェナリアさんだけでも、側室の子は?」

「小国の王が側室を持つのは稀だ。後宮を設ける財力なんざねぇからなぁ」

「だとしても、後継ぎは必要だわ。第一子が王女だったら、次の子は王子をと望むものでしょ?」

「正妃が生きていればの話だ……王妃はジェナリアを産んで直ぐに亡くなった。後添いという話もでたらしいが、小国に嫁ぎたがる他国の王族も貴族もいねぇ。国内の貴族は貴族とは程遠い生活をしているような奴ばかりだ。表に出せるような教養なんざねぇしなぁ」


王妃というのは国の顔。

社交は勿論、夫である王が戦場に出るような事があれば国王の代理も努めなければならない。だからこそ王妃となるよう定められた日から厳しく教育が行われる。

下手に教養のないお飾りの女性を王妃の座に据えれば他国との関係が悪くなることもある。

……だから、後添えを迎えなかったのだろう。

小国ならではの考え方に感心していると、カップを持ち中身を一気に飲み干したジェイの表情が変わった。

険悪、憎悪、怒り……それらが混ざったような、他者から見ても分かるほど彼の瞳は冷たく、口元は歪んでいる。

こんなジェイの姿を見たのは二度目。

一度目は小屋で、二度目になる今回は、自身の言葉で古傷を抉ることになるのだろう。


「ジェナリアはな、狭い世界に閉じこもってれば良かったんだよ」

「ジェイ……?」

「隣国の式典に招待されたときに、王妃の代理としてジェナリアが王と出席した。そこで話に上がったのが……ラバン国だ」


ジェイの口から出たラバン国という言葉に驚き、海を挟んだ大陸にある国で噂されるような事があったかと思案した。

お父様が急激に繊維産業を進めた所為だろうか……それとも、鬼才と名高い兄のことだろうか?


「大陸の向こう側にある大国。巨大国家である帝国を凌ぐ財力、豊かな土地を持ち、隣国であるヴィアン国と同盟を結び軍事力をも高めた。その上、美丈夫と噂されるアーチボルト王子との婚姻が決まっていた王女は、大国ラバンの至宝と呼ばれる生粋の王女。まるで物語の中のお姫様のようだ……とな」


……私!?


「ジェナリアが初めて耳にした自分と同じ王族の王女の話が、ラバン国王女セリーヌ・フォーサイスだったんだよ。その日から何かに取り憑かれたかのようにジェナリアはラバン国の情報を求めた。国にやって来る商人を王城に呼び寄せ話を聞き、情報を買っていたこともあれば、セリーヌの絵姿が出回っていないと知ると騎士まで使って探させていたこともある」

「……どうして、ラバン国なの?他の国にも王女は沢山いるわ」

「美しく聡明な王族。溢れるほどの財力。これだけでも誰もが羨む。けどな、自分が一番だと思っている女ってもんはそれ以上に身を飾る物に執着する。ラバン国産の生地は大国であっても手に入れることは困難だと聞く。だったら小国なんざ一生お目にかかれねぇだろうな」

「ドレスのこと?」

「それだけじゃねぇな。装飾品も侯爵、伯爵であっても手を出しにくい物を数えきれないほど持っていると商人が言っていた。更には、王太子から王女専用の庭園を送られ、父親からは美しい婚約者だ。憧れるなってほうが無理だな。同じ王女でありながらも違い過ぎる。……探せば他にもいるかもしれない。だが、いないかもしれない。ジェナリアの狭い世界に入り込んだのは、恵まれている大国の王女だったってだけだ」


恵まれているという言葉を否定はしない。セリーヌは確かに恵まれていたから……。


「ジェナリアがセリーヌに成り代わる事は出来ない。だったら、憧れが嫉妬に、憎しみに変わった王女の行く末はなんだと思う?」

「……まさか」

「同じように大国に嫁げば良い。それがオルソン国の側室だ。まぁ、正妃を狙ってはいるんだろうけどな……」


ちょっと待って。だとしたら、ジェナリア王女は望んでセドア王子に嫁いだということ?


「城内に簡単に敵国の騎士が侵入し、王女の護衛をしていた弟、侍女が誰に知らせることもなく死んでいた。その場に王女の亡骸はなく行方は不明。王を殺したのなら何故王女は始末しない?オルソン国の狙いが、特別な何かを持っているわけでもない小国の王女だと?それこそ絵物語の中の話だろ」


ジェイが何を言いたいのか察し、もしそれが真実ならと震えた。


「避難通路を走りながら、妙な考えが頭を過ったがそれを振り払い続けた。兎に角一刻も早くジェナリアを見つけ安堵したかった。だから、通路を抜けた先に一人で立っていたジェナリアを見て……疑問を抱く前に駆け寄っていた。肉親を、身近に居た者達を、民を皆殺しにされたっていうのに、俺を見ながら微笑んでいたジェナリアが可笑しいと気づいても、それでも、咄嗟に手を伸ばした。そこで意識が途絶えた……これは、死んだだろ……と思っていたら目を覚ましたら闘技場だ」

「貴方を殺すことが目的じゃなかったということ?」

「あぁ……両手を繋がれ、口を塞がれた状態の俺を見て、第一王子は嘲笑ってやがった。他国にまで名の知れた騎士が、祖国をなくし婚約者に裏切られたってなぁ」

「ジェナリアさん本人が裏切ったと言ったわけではないのでしょ……?」

「それ以外には考えらんねぇな。考えれば考えるほど、不審な点が多過ぎる。大方第一王子と接触し、何か秘密裏に取引でもしてたんだろ」

「……第一王子から接触した可能性が高いわね。もしかして、王子の狙いは貴方だったの?」

「……だろうなぁ。エルヴィスに雇用されてなかったら、クソ王子か奴隷として死ぬかの選択しかなかったからなぁ。国と命かけて戦争してんだ、負けりゃあそれ相応の報いは受ける。それに関して文句は言わねぇが……身内の裏切りは別だ。元婚約者様の不始末の後処理は俺がしねぇとな」

「貴方が責任を取ることではないわ」

「けどなぁ……ジェナリアが度々自分の境遇について不満を口にしていたが、変えられないことだと俺は無視した。王女が深夜に部屋を抜け出している、と報告を受けていたにも関わらず俺は何も手を打たなかった。子供の頃から見知った相手を疑うことが出来なかった。それどころか、気分転換になるのであれば好きにさせるように……そう王女の護衛だった弟に言ったんだよ。だから、そうだな……祖国を滅ぼしたのは、ジェナリアと俺だ」


だから、自分の後始末でもあるのだと目尻を下げ囁いたジェイを見て、この人は後悔しているのだと気付いた。

城内とはいえ、いつ何が起こるかわからないから、王女が深夜に自室を抜け出すことなど許されない。

戦争の兆しが見えていたなら尚更、そんな身勝手な行動をする王女は軟禁されても可笑しくはない。

ジェイは王女が口にしていた不満を無視したと言ってはいたが、きっとかける言葉がなかっただけで気に掛けてはいたんだと思う。でなければ王女の好きになどさせないだろう。

でも、その結果悲惨な結末を迎えたことによって、後悔し吐き出すことの出来ない憤りを身にずっと潜ませているのかもしれない。


「……ねぇ」

「あぁ?」

「前に、エルヴィス王子と揉めていたときに言っていた、殺したいほど憎い女って……」

「ジェナリアだな」

「二人いると、そう言っていたでしょ……?」

「……もう一人の方か?ラバン国王女……いや、今はヴィアン国の王妃だったか。セリーヌだ」


私の名が出てくることは分かっていたことだった。

でも、それって。


「どうして、セリーヌさんを憎むの?彼女は、直接貴方達に何かしたわけではないのでしょ?」

「……切っ掛けが何であれ、ジェナリアが起こした事はあいつの罪だ。それは分かってんだよ。でもな、それでも……と思うことはあんだろ。逆恨みだって言われればそうなんだろうが、こればっかりは、どうにもならねぇんだよ……俺は器が小せぇからな」


ジェイにとってセリーヌとは遠い異国の他人。

憎もうが恨もうが、それに対して罪悪感など抱かない相手だ。


「んな顔すんな。別にセリーヌが嫌いな理由はそれだけじゃねぇぞ?」

「え……」

「エルヴィスがセリーヌのことになると己の身を顧みなくなるんだよ。かなり危ない橋を渡り過ぎる。……あいつが幼い頃にラバンに短い間だが滞在していたのは知ってるか?」

「えぇ」

「その間にセリーヌの何に惹かれたのかは知らねぇが、王子のくせに酷い扱いを受けていたあいつの琴線に触れたことは確かだ。だから大切にするってのも、まぁ、分かる。ラバンの王太子とも仲が良いみたいだしな」

「貴方がセリーヌさんを嫌っているのは、エルヴィス王子が関係しているから?」

「エルヴィスに仕えてから暫くして、セリーヌを調べさせた。ジェナリアが調べていたときにはラバン国の至宝と言われるだけあって大した情報は得られなかったが、最近になって出回っている噂について知っているか?」

「最近って……ヴィアン国に嫁いでからのこと?」

「あぁ。笑えるほど評判は良くねぇ。王女時代の名声も至宝という言葉も王家が作った虚像だな。そりゃあアーチボルト王も愛妾に入れ込むわけだ」

「……それこそ、作られたものかも知れないわ。実際に会って話したことなんてないのだから」

「あー、お前もエルヴィスの味方だったか……カルの奴も最近になってそう言うんだよなぁ」

「貴方は大陸から出られないって聞いたわ。それなのに、どうやって向こう側の情報を得ているの?」

「正確には監視がつく。まぁ、それも監視役はエルヴィスだから大陸から出られないって表現は合ってんだろうがなぁ」


ジェイが使っていた物とは別に、もう一客置いてあった空のカップにお茶を注がれ、私を見下ろすように座っているジェイに差し出された。

私が探しに来ることを見越し、話が長くなると予想しお茶まで用意していたのだろうか。


「ジェナリアが商人から情報を買っていたと言っただろ。そのときに懇意にしていた商家があったんだよ。そこの息子が誰か探してるらしくてな、何度かそいつと手紙の遣り取りをしてたこともあったが、国がなくなった時点で縁は切れていた筈なんだけどな」

「その商家の伝手を使って調べさせたの?」

「手紙を出したら律儀に返してきやがった。まぁ、たった一回限りだけどなぁ……俺の方の現状を詳しくは書かなかったが、国が無くなったことを知ってんだろ。奴隷になったことは知らねぇだろうがな」

「商人なら納得ね」

「何も聞かずに情報を寄越した男を俺は結構気に入ってんだよ。落ちぶれた元騎士なんぞに見返りもなく金になる情報をポンと渡してきやがって」


情報はお金で買えてしまうもの。逆を言えばタダでは絶対に手に入らないものだとも言える。

商人は利益が見込める者との交渉は受けるが、逆にジェイのように国をなくし、職業が不定な者には手の平を返したかのように冷たい。

ジェイが気に入っているという人は、ジェイという一人の男が好きなのだろう。


「好かれているのね」

「……おい、男だからな?」


何を言っているのかと首を傾げると、唸るように再度「男だ」と言われた。


「同性の恋人なんて珍しくはないでしょ?」


だって、忘れがちだけどこの世界は男の人を愛妾や側室、恋人にすることは当たり前のことなのだから。


「……お前、本当に女じゃねぇなぁ。ったく、否定はしねぇけどな、あのクソ第一王子の側室はほとんど男だしな」

「セドア王子のこと!?」

「あぁ。だからジェナリアが正妃を狙ってんだよ。子供を産める側室はジェナリア一人だからな」


ジェイの爆弾発言に唖然とする。

王太子の側室が男性だけって……後継ぎの問題とかはどうするのだろう。

それに、大国の王妃は同じように大国から選ばれるのでは?ジェナリアはもう王女ではなく、亡国の王女で国にとっての利益などないだろうに。


「話が逸れたが、エルヴィスが望んだ女なら命をかけようが構わねぇとは思う。だが、セリーヌは他国の王妃だ。冷遇されている王子がどうにか出来るような相手じゃねぇし、そんな王子を向こうが相手にするとも思えねぇ。悪意のある噂だとしても、そんなもんが出回る時点で程度が知れる。そんな女、エルヴィスが全てを犠牲にしてまで守るような価値はねぇよ」

「……エルヴィス王子は、何をしているの?」

「お前には関係ないことだ……。安心しろ、お前だったら手ぐらいは貸してやる」


何を思ったのか、ポンポンと肩を叩かれ慰められるような形になった……何故に?

今の所、エルヴィス王子に何かしてもらった覚えがないのだけど、私の知らない所で何か暗躍しているのだろうか……?

少し考えるも、あの兄がそんな存在を見逃すわけがないと思い至り、ジェイが大袈裟なだけかも知れないと結論付けた。

女性が嫌いだと言っていたし、その中でも特に私のことを嫌っているようだから。


私が考え込んでいる間にジェイが呼び寄せたのか、いつの間にかフランが隣に立ちにこにこしている。フランのバックにお花が飛んで見えるのは私だけだろうか……。


「フランは剣を使えるな?」

「はい」

「リアは?」

「……剣」


剣という単語を聞き、酷く心が荒んでいく。


「使えないのか?」

「短剣であれば振れるわ。ただし、上下左右に適当に振れるというだけで、貴方達のように華麗に敵に斬りかかったり、攻撃を弾いたりするものではなく、本当に振れるという言葉通りの」

「わかった、わかったから黙れ」


ジェイはショートソードより短い短剣を渡そうとしていたのか、手に持っていた短剣を腰にしまい、胸元から小さなナイフを取り出し私の前に置いた。


剣なんて、木の枝で地面ポンポンしかさせて貰えなかった私にどう扱えと?


「いいか、第一王子は当たり前だが、ジェナリアにも気を付けろ。あいつはまだ側室で正妃じゃねぇ。それでもある程度の権力は持っている。奴隷に落とした元婚約者をどう思っているかは分からねぇが、確実に接触してくる筈だ。俺が側にいないときは、フランがこいつから離れないようにしろ」

「わかりました!」

「エルヴィスも目を配るつもりでいるだろうが、あいつが下手に関わると第一王子の機嫌が悪くなる。助けは期待すんな」


ジェイの真剣さが伝わり、ナイフを手にし頷いた。






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