断ち切られた想い
期待など初めからしてはいなかった……。
――本当に?
だったら何故こんなにショックを受けているの?
レイトンのときとは違い、エルヴィス王子を通して何度も姉さんを感じた。
この世界がゲームではないとしても、辿る道筋は変わることなく、それを無理矢理捻じ曲げているのは私の行動や言動の所為。
けれど、私が逸れた道には不自然なほど必ずエルヴィス王子が関わっている。
「どうして……」
「それを言う必要があるのかしら?」
エルヴィス王子の突き放すような態度に言葉が詰まる。
誰に何を言われてもここまで怯んだりはしないだろう。
でも、彼だから……姉さんだと感じた人だから。
「さっきも言ったわよね?私と貴方の関係は、とても危ういの。いつまでも王女様気分で何故、どうして?って……いい加減にしなさい」
「……」
「私が貴方を襲わせたとして、それを突き詰めてどうする気なの?それを認めた私に今の貴方に何が出来るというの?貴方がした行いは無暗に敵をつくる行為よ」
「ですが、誰が味方で敵なのか……行動しなければわかりませんわ」
「行動した先に自身の安全が確保できないのであればやめなさいと言っているの。兄の知己であろうと、ジェイのように怪我を負いながら助けた者であったとしても……此処はラバン国でもヴィアン国でもない。誰にも隙を見せず、決して信用などしてはいけないわ」
「態と隙を見せ、信頼した振りをする。それもまた、王族であれば当たり前の行動かと」
「それで得たものにどれほどの価値があると?嘘か真かもわからず、それらを選別する術も持たずにどう行動するつもりなの……」
冷たい眼差し、呆れ、言葉の端々に感じる拒絶。
エルヴィス王子が言うように私には敵味方の判別も出来ず、孤立した状態で頼れる者も居ない。身の安全すら他国の王子に縋る状態だ。
自国での立場の確立に必死な王子にとって、他国の王妃の揉め事なんてお荷物以外の何者でもないのだろう。
私でなければエルヴィス王子の言葉と態度にきっと心折れ絶望していただろう。
でも……ギュッと眉根を寄せ冷たくあしらおうとする仕草も、一瞬視線を下げたあと発する拒絶の言葉も、私には態とそういう態度を取っているようにしか思えない。
前世で起きた事故の前日、今と全く同じ様に姉さんに拒絶されていなければ気付かなかったことだろう。
決して私に見せる事がなかった姉さんの一面を、私は一度見ているのだから。
「……リア?」
いつだって姉さんのする事には必ず訳がある。
姉さんの言葉の中には沢山の想いが詰まっている。
私や家族の為に最善の道を選び行動する人。暗い過去を塗り替えるように真綿で包んで守ってくれる。
「顔が真っ青よ」
確かめるのが怖い。
エルヴィス王子が姉さんでないのだとしたら、彼の周囲を片っ端から探っていけば良いだけ。
でも、姉さんだったら?
賊に襲わせるほどの何かがあるセリーヌが綾だとわかったらどうするのだろうか。
もしくは、知らなかったのではなく、セリーヌが綾だと知っていての行動だとしたら……。
――怖い。
俯いていた顔に温かな手が触れ、きつく噛み締めていた唇が震えた。
顔を傾け私を覗き込むエルヴィス王子に、何度か躊躇いながら意を決して口を動かした。
「エルヴィス王子……一つだけ、教えて欲しいことがあります」
それが嘘であろうと、真であろうと。
「楓という名に、覚えはありますか?」
彼が違うと言うのであれば私はそれを信じるしかない。
この人ではないと、そう思うしかない。
「カエデ……」
「えぇ。それと……綾という名を、覚えていませんか」
姉さんの名を呟いたエルヴィス王子に今度は前世の私の名を口にしてみるが、怪訝そうな顔をしたまま彼の態度は何一つ変わらない。
アデルのように探していたと泣き笑いするわけでもなく、レイトンのように他の男を兄と呼ぶ私に嫉妬するわけでもない。
――あぁ、違う。
ストンと落ちて来た衝動にいっそ消えてしまいたくなる。
「泣かないでちょうだい」
「……」
「涙を武器にする女は嫌いなの」
エルヴィス王子の肩に頭を引き寄せられ、追い打ちをかけるかのように冷たく発された言葉に対抗するように、絶対に泣くものかときつく瞼を閉じた。
トントン……と優しく背中を叩かれながら、姉さんと同じように慰める彼の服をギュッと握り締めたときだった。
「おい!そいつを隠せ!」
ノックもなしに乱暴に開かれた扉から現れたジェイに驚き、声をかける間もなくエルヴィス王子から引き剥がされた私はジェイに抱えられ部屋の奥へと進んで行く。
壁際に垂らされていた大きな布をジェイは手で払い、隠されるかのようにあった扉を開き更に奥、恐らくエルヴィス王子の寝室のベッドへと私を放り投げた。
「ここから出るな、絶対に」
……この男は何故いつも人を放り投げるのだろうか。
起き上がろうとしていた私の額をジェイは指で押し返し再びベッドへと沈め、念押しするかのように何度か私の額を指で叩くと何の説明もないままそのまま部屋を出て行ってしまった。
若干痛む額を撫でながら室内を見渡してみるが、まだ明るい時間帯だというのに薄暗くこの部屋には窓がないのだと気付いた。
唯一ある照明はベッサイドに置かれているランプ一つ。
点けても良いものかと一瞬躊躇ったあと、手を伸ばした私の視界にこの部屋には似つかわしくない物が飛び込んで来た。
「テディベア?」
枕の横にちょこんと座っている人形は前世ではマイナーなクマの人形。それを手に取りふわふわとした手触りに頬が緩みつつ首を傾げた。
確か、セリーヌの寝室にも全く同じものがあった気がしたからだ。
「……どういうこと?」
曖昧な記憶の中で、小さな頃に肌身離さず持っていた人形がある。
ある日突然興味を無くし、触りもしないどころかまるで初めから無かったかのように捨て置かれてしまった物。
そう、本当に存在事態を否定するかのようにセリーヌは見向きもしなくなってしまった。
幾ら幼子とはいえそんなことがあるのだろうか?さっぱりと、今の今迄思い出しもしないことなんて……。
ランプを点けまじまじと眺めてみれば、それは前世で姉さんに貰った物に瓜二つで。
「真っ赤なケープを纏った、茶色いテディベア」
どこぞの皇帝のような恰好のクマの顔を手で押し潰しながら、再びベッドへとダイブした。
――あの日、事故に遭う前の日。
『家を出るわ』
決定事項のように家族の前でそう口にした姉さんを、私は子供のように癇癪を起し困らせた。
『離れても、家族であることには変わらないから』
拒絶されたことが信じられなくて、私が幸せになる日まで側にいると言ったじゃないかと姉さんを罵った。両親はそんな私を宥めながら姉さんにも理由があるのだと諭してきたが聞く耳などもたなかった。強引に私の中に入って来て、一方的にそれを断ち切ろうとする姉さんが信じられなかった。
勝手に私達家族から離れて行こうとする姉さんが、私には元父親のように見えて……。
そのまま翌日まで口をきかず顔も見ようとしない私の手を引いて、姉さんは透君との待ち合わせ場所に向かった。
クラクションの音と眩しい光、危ないと思う間もなく全てがスローモーションのようで。
『綾!』
悲鳴のような声で私の名を呼んだ姉さんに全てを遮るかのように抱き締められ、また守ってもらったのだと悟った。
なにも変わっていないのだと。家族を一番大切にしている姉さんのままなのだと。
だから、もう充分だって思えた。もう解放してあげようって。
でも、私も姉さんも、あの日事故で帰らぬ人となった。
最後まで私を守ろとしてくれた姉さんに何も伝えられないまま……。
「馬鹿な奴……」
前世で大切な人を傷つけた私が幸せになどなれるはずがない。
だから……アネリにも言ったように、これは因果応報なのだと思った。
「……」
ギュッとテディベアを抱き締め前世を振り返り苦笑していると、扉の外から怒鳴り声が聞こえ思わず飛び起きた。
そのままそーっと扉に近づき耳を澄ませる。
大丈夫、部屋から出るわけじゃないのだから……と。
――パンッ!!
「あの女を出せ!」
乾いた音と共に怒声が聞こえ、ビクッと肩が跳ねた。
「痛いわね……いきなり来て、なんのことよ」
エルヴィス王子の低い声に驚きつつ、今の音はどうやら彼が叩かれた音だったのかと息を呑んだ。第三王子を叩ける人なんて限られている。
だとしたら、今隣の部屋で叫んでいる男は……。
「惚けるつもりか?お前の侍女だということはわかっているんだぞ!」
「侍女?それなら、そこに居るじゃない」
「そいつじゃない!今朝、ジェイと一緒に逃げた女だ!」
「あら、逃げられちゃったの?ふふっ……」
「なにが可笑しい……!」
「だって、エドルが嫌で逃げたんでしょ……っ」
また叩かれた音が聞こえ、思わず口元を押さえていた。
ジェイが慌てて私を隠した訳が分かった。第二王子がこんなに早く此処を訪れるなんて。
フランはどうなったのだろうかと再び息を殺し扉に張り付き様子を探りながら、万が一の事を考え逃げ場の確保をと視線を走らせ、窓の無い部屋だと思い出し舌打ちした。
「……相変わらず、口より先に手が出るのね」
「うるさいっ!この、死にぞこないの恥さらしが!」
叩くだけでは飽き足らず酷い暴言まで吐くなんて……。
きっとエルヴィス王子は日頃からこのような扱いを受けているのだろう。
同じ王の子とはいえ、側室の子であり正妃から疎まれている王子に逆らう術などない。身分制度というのはどこの世界でも変わらないからだ。
王族の正妃となる者は各国の同じ身分である王族の中から選ばれる。その際国の力も関係し自国と対等であることが最優先とされる。側室も可能であれば正妃の母国と同じか、又はそれ以下の小さな国から王女を娶っている。
自国の権力を持つ貴族の娘が正妃となる場合もあるが、それは他国の力を当てにせずとも国を動かしていける大国ぐらいのもの。
王の子を産む可能性がある女性達が住む後宮内では、より一層血筋と出身国が重要視されランク付けまでされている。
初めに産まれた子が第一王子となり順当にいけば王太子となるが、その子が側室の子であった場合周囲の貴族達が黙ってはいない。
要は、周囲を黙らせることが出来る血筋の子が王の後継ぎとなる。
帝国の場合はこれと、能力も付加されているらしい。第一皇子でなく第二皇子であるセオフィラスが皇帝になったのは、彼の功績が大きかった為なのだろう。
物語や観劇とは違い、庶民が王族に見初められ側室になることは絶対に無い。
まぁ、その絶対にないことを成し遂げようとしているお馬鹿さんは現ヴィアンの国王であり私の夫であるのだけれど……。
側室の子とはいえ、王族又は貴族には変わらない第三王子がこのような扱いを受けているのは彼の母親が後宮内では相当地位が低い所為なのだろう。
「だから、何度も言っているじゃない。私の侍女はそこに居る者だけよ。侍従もカル一人。護衛騎士はジェイだけだし、そんなことエドルなら知っているでしょ?」
「だったら、そいつとあの女は何者だ……」
「それは私のものじゃないわ。大方カルが拾ってきた子でしょ」
「お前は、いつもそうやって……もう良い!屋敷の中を調べさせてもらう!お前達!」
まずい!と扉から離れようとしたとき、――キンッ!と金属が擦れ合う音が聞こえ動きを止めた。
だって、明らかに剣がぶつかり合う音だったのだ。
「どういうつもりだ!」
「どうもこうも……此処は私の屋敷よ?なに好き勝手なことをしようとしているのよ」
「お前っ!」
「ねぇ、エドル。みっともなく喚いて、必死にさがして……そんなに欲しいの?」
「……だったら、なんだ」
「なにが貴方の琴線に触れたのかしら」
それは是非とも私も聞きたい。
ジェイに対抗してなのか、自身の思い通りにいかなかったからなのか。どちらにせよ迷惑この上ない。
さっさと追い出せないものかとハラハラしながら人形を抱き潰していた私の耳に「だったら……」とエルヴィス王子の潜めた声がハッキリ聞こえた。
「リボンを付けて差し上げましょうか?」
続けて紡がれた予想外の言葉に抱いていたテディベアが足元に転がった。
今、何て?
「なにを企んでいる……」
「まぁ、失礼ね。私達は兄弟じゃない。こうして領地の視察に来てくださるぐらい私のことを想ってくれているのでしょ?だったら、私もその気持ちに応えようと思っただけよ」
「……なんだ、何が欲しい?」
「話が早くて助かるわ。そうね……」
「さっさと言え!」
くだらない茶番を聞きながら、気持ちが冷めていく。
足元に転がった人形を眺めながら、逃げも隠れもせずその場に立ち尽くし彼等の会話に耳を澄ますことしか出来ない。
「ねぇ、お兄様。私に王位をくださいな」
「……王位、だと」
「えぇ。王位」
「ふざけるなっ……お前のような者が手に出来るものではない!」
「ふざけてなんていないわ。私は王位、エドルは愛しの君。互いに利がなければ欲しいものは得られないのよ?」
「お前如きが!」
「ふふ……ふはっ、あははははは」
「このっ、気でも狂ったのか!」
「はは、はははっ……だって、エドルはあの人に逆らえないじゃない。愛しの君を頂戴っておねだりされたらどうするの?」
「……」
「だったら奪われないように元凶の羽を捥いで地に落とすしかないのよ」
「たかが女一人の為に、兄上を裏切れと……!?死にぞこないを王太子にだと?馬鹿を言うな!」
「何もかも全て、またセドア兄様に取られちゃうわよ?」
「……」
「王位も功績も羨望も。あぁ、あと親の愛もかしら……?」
「なにを言って……」
「ねぇ、だったら、先に奪ってしまいましょうよ」
「先に……」
「エドルが王でも私は構わないわよ?」
「私が……?だが、お前は王位が欲しいと……」
「それ相応の見返りさえ貰えるのなら、私が王でなくてもいいの」
悪魔のような甘い囁き。
目先の欲望に駆られ、甘い蜜を吸おうともがく。それは愚かの極みだろう。
愚者とも呼べる人間にならないよう、王族であれば戒めるよう厳しく教育を受けている筈なのだが、それにこの第二王子は当てはまらないのだろう。
「……」
「返事が決まったら教えてちょうだい。ほら、第二王子様がお帰りよ!」
兄弟間の王位争いなど珍しくもない。
互いに罵り合い命を狙い……それはどの国でも繰り返し行われている。
高位の女性が取引に使われることも、また当たり前のこと。
「……お待たせ、もう出ても良いわよ」
扉を開け、私が居たことに一瞬驚いたのか、困ったように微笑むエルヴィス王子に促され寝室を出た。
「セ……リア様!ご無事でしたか!?」
すぐさま駆け寄って来たのはフラン。
無事を確認するかのように私の周りをクルクルと回っている。うん、子犬のようだわ。
「まだ着替えてなかったのかぁ?」
「……酷い恰好だな」
呆れたように声をかけてきたのはジェイと黒髪の青年。
確かカルと呼ばれていただろうか……?と思いつつ隣に立つエルヴィス王子を見上げた。
「エドルが来るってわかっていて浴室に案内出来るわけがないでしょ」
「そりゃそうだ、あいつなら浴室すら侵入しそうだからなぁ」
「もう当分来ないだろうけど、一応警戒はしておきなさい」
「今頃頭を抱えて唸っているんじゃないですか」
視線には気づいているだろうに、エルヴィス王子は一切此方に視線を寄越さずジェイとカルと話している。
「さぁ、エドルはどうでるかしらね……」
クスクスと楽し気に笑うエルヴィス王子の本心が読めない。
第二王子が彼の提案を受けたら私は取引材料としてあれに渡されるのだろうか……。
「エルヴィス様。用意が整いました」
「リア、そこに居るのは私の侍女のカミラよ。彼女に全て任せてあるから着いて行きなさい」
侍女の恰好をしたカミラと呼ばれた女性は夜会で歌を歌い、賊に襲われたと助けを求めていた人だった。
あの日襲われたのは舞い手であるエリスではなく、王族であるエルヴィス王子だったのだろう。彼女が侍女であれば主人である王子が襲われたのだから必死になって助けを呼ぶはずだわ。
カミラは私に向かい頭を下げたあと一言も言葉を発しない。
彼女もまた、私がヴィアン国の王妃と知っている一人だから。高位の者に話しかけられるまでは口をきくことが出来ない。
「案内を、頼みます」
「此方へ」
エルヴィス王子は私の立ち位置をどうする気なのだろうか。
ヴィアン国の王妃?客人?侍女?
レイトンに繋ぎを取って貰うつもりだったのだけれど、先程の遣り取りを聞いてしまったあとでは不安でしかない。
「リア」
カミラの後を追おうと動こうとした私を止めるかのように、囁くように呼ばれた仮の名に反応し再びエルヴィス王子を見上げていた。
「さっきの……教えて欲しいと言っていたことだけど」
『楓という名に、覚えはありますか?』
『えぇ。それと……綾という名を、覚えていませんか』
彼の表情を見れば、次に出てくる言葉が予想出来る。
この人も姉さんではなかった。
姉さんは私を傷つけるようなことを絶対にしないのだから。
姉さんは……。
上手く働かない脳を動かし、自身に何度も言い聞かせ彼の口元を見つめた。
「その名が何を指すのかはわからないけれど、私に心当たりはないわ」
※※※※※※※※
「……なに言ったんだぁ」
侍女と一緒にリアが出て行ったあと、屋敷の主であるエルヴィスは立ち尽くしたまま扉を見つめていた。
普段から何を考えているのかわからない男だが、明らかに可笑しい様子に室内に残っていた者達は誰一人として口を開かなかったのだが、その重苦しい空気を敢えて壊したのはジェイだった。
「なにが?」
そんな能面のような顔をしていて「なにが?」とはふざけているのかと、怒鳴りたい気持ちを押さえジェイは扉を指した。
「あんな、何もかも諦めたような顔させてんじゃねぇよ」
ジェイの言葉に驚いたのはカルとフランだ。
船上でアレだのなんだのと物扱いしていた男がリアを心配しているのだから。
「別に?聞かれたことに答えただけよ」
「……お前、可笑しくないかぁ?」
「ジェイには関係の無いことよ」
「あのなぁ……。あいつがお前にとって大切な者なんだとしたら、もっとこう、あるだろ」
頭を掻きながら唸るジェイに呆気に取られているカルとフランとは対照的に、エルヴィスの眼差しは冷たくなっていく。
「ジェイ」
三人がエルヴィスに顔を向け、そこで初めて気が付いた。
彼が怒っていることに。
それも、ジェイ相手に。
「彼女のことに関しては一切詮索しないでちょうだい」
「あぁ?なんでだよ」
「……可笑しいのはジェイの方でしょ?女性が嫌いな貴方が何故リアに対してはガードが甘くなっているのよ」
「あいつは、女じゃねぇからなぁ……」
「頭だけじゃなく目も可笑しくなったみたいね」
「俺が言ってんのは外見じゃなくて中身のほうだろうがぁ」
「兎に角、リアには必要最低限しか近づかないでちょうだい」
話はそれだけだと、そう態度で表すかのように窓の外へ視線を投げてしまったエルヴィスにイラつき、ジェイは舌打ちをし「ふざけんな」と口にしていた。
「あいつがお前にとって大切な者だってことは見てればわかるんだよ!それを詮索するな?近づくな?俺を何だと思ってんだ!あぁ!?」
殺してやりたいほど憎い女は確かにいる。けれどそれはリアではない。
寧ろ、たった数時間ではあるが共に行動し会話をし、自然と仲間だと受け入れてさえする。
あの警戒心のなさに呆れもするが、度胸も認めている。
そんなに信用ならないのかと、自身がリアに何かすると思われていることに我慢ならずジェイはエルヴィスに怒鳴っていた。
「私が、この世で一番大切にしている人を……ジェイは殺したいほど憎んでいるでしょ」
その言葉にカッとし、ジェイはエルヴィスの肩を掴み無理矢理視線を合わせた。
「あの女はお前の身を滅ぼす厄災だろうが!」
「……」
「お前が全てを犠牲にし、自分の命さえ捧げたところでなぁ!あの悪女が手に入ることなんざねぇんだよ!」
「そんなこと望んでいないわ」
「……お前が倒れたら!俺等も皆共倒れすんだよ!」
「だから……カルに命令してセリーヌを襲わせたの?」
「それがなんだぁ?」
「反省していないようね……戦地から戻すんじゃなかったわ」
「そしたらリアは助かってねぇけどな!」
一触即発状態の二人に慌てることなくカルとフランはジッとその場で息を殺していた。
ここで介入でもすれば自身に火の粉が降りかかると知っているからだ。
「もう一度だけ言うわ。死にたくなかったら、セリーヌに手を出さないことね」
「……」
かつては近隣諸国に名を轟かせた騎士さえ黙らせる殺気を放つエルヴィスに、唾を飲み込み黙ったままのジェイの様子を窺った二人は又もや呆気に取られることになった。
「あの悪女は気に食わねぇが、リアは別だ。詮索はしねぇが俺が守ってやるよ」
「……ジェイ」
「責任は最後まで取ってやらねぇとなぁ。俺の嫁だしな」
あのジェイの口から「守る」という言葉が出てくるなんて……。
「別に取って食う気はねぇし、危害を加えようなんざ思ってねぇよ。詮索もしねぇが、あの馬鹿王子に狙われている間は側にいてやるつもりだ」
「貴方、いい加減に……!」
「だから、お前は身体を癒せ」
ひょいっとエルヴィスを担ぎさっさと寝室へと移動するジェイを追いかけるようにカルとフランも慌てて移動する。
先程のリアのようにベッドへと落とされたエルヴィスはジェイを睨むが、起き上がる気配を見せない。
「ジェイ、エルヴィス様はどこか具合が悪いのか?」
「あぁ?お前報告受けてねぇのかよ。腕の怪我が治ってねぇんだよこいつ」
「腕……って、随分前のことじゃないのか?」
「お前なぁ……こいつの身体が脆いって知ってんだろうがぁ。完治もせずに動いてたら呆気なくこの世からいなくなるぞ」
「……エルヴィス様。黙っていましたね」
エルヴィスは普段から病弱なのは設定だと笑いながら平気な顔をしているから周囲の者達が気付きにくい。世間で噂されている起き上がれないほどの重病では決してないが、身体が丈夫でないことは確か。怪我をしたら治りにくく、悪化することさえある。
自身の失態を苦くおもいながら、横たわる主人の額に手を当て熱があるのを確認し溜め息を吐いた。
「俺を従わせたいなら先ずは身体を治すことだなぁ」
「……カル。リアに何かしないよう、ジェイを見張りなさい」
「おい……」
「承知しました」
「おい!」
エルヴィスがベッドの側にいるジェイとカルから一歩引いた場所に立つフランを見ると、それに気付きにっこり微笑んだあと小さく頷き、一瞬で表情を変え「お二人共!?」と心底困っているかのように振る舞う。
大した役者だと苦笑し、三人の騒ぎ声を子守唄代わりにエルヴィスは意識を失うように眠りについた。




