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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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答え合わせ


此処に居る筈のない人の登場に驚き微妙な挨拶になってしまったがそれはエリスも同じなのだろう。彼女とは二度ほど顔を合わせているが、薄い布とベールで隠され目元しか見えていなかった。その目元も濃い化粧が施され、良い意味で妖艶さに拍車をかけていたのだけれど。私の記憶にある露出の少ないアラビア風の衣装だった彼女は、先程の第二王子と同じ上品な光沢を放つシャルワニを羽織っている。

そこから覗く真っ白な肌に、一つに編まれ横に流されている銀の長い髪。

第二王子と同じ装い、違う部分があるとすれば化粧のされている顔。美人は何を着ても似合うのだとそんなことを思いながらエリスを眺めていた。


「どうして、此処に……」


女性にしては低い声。ヒールを履いていないのに私よりも遥かに高い背丈。捲られた袖から露出している腕は筋があって鍛えていることが分かる。


――これは気付けないわね。


「その恰好……一体何が」


エリスは顔を歪め、声を震わせながら、私の前に立つジェイの身体を押しのけ腕を伸ばしてきた。私はそれを避けもせず、肩に置かれたエリスの手に視線を動かした。


「服に血が……どこか怪我をしたの?」


小刻みに震えているのは私ではない。エリスの方だ。

感情の抜けたような顔で壊れ物にでも触れるかのようにそっと私の肩をエリスの手が滑り、顔を上げた私と視線が交わった。そのまま滑り落ちて行く綺麗な手は私の腕から手の甲に、そのまま互いの指先が触れ合った。


「……っ」

「見せてちょうだい」


チクリとした痛みに僅かに反応し声を出した私の手を開き、眉を寄せたエリスがそっと手を離し「ジェイ」と感情を欠いた低い声を出した瞬間だった。


「……うぐっ!!」

「一体、これはどういうこと?」

「……お、いっ!」


目の前に居たエリスが一瞬にしてジェイに詰め寄り、彼の首を片手で締め上げていた。


「また、勝手なことをしたの?」

「ぐっ……なん、のことだぁ」

「答えなさい」

「はな、せっ……」

「……」


何が起きたのか……。

エリスよりも体格の良いジェイが、首元にある細い指を振り解けずに呻き声を上げている。


「あの子も貴方も、お仕置きが足りなかったようね」

「だっ、から!……なんの……」

「エリス!」


唖然としたままその場に立ち尽くしていた私は、階段の手摺から今にも落ちそうになっているジェイに気付き咄嗟にエリスの腕を掴んでいた。


「……離しなさい」

「嫌よ」

「この男が、貴方に害を及ぼしたのでしょ?」


目の前の行為が嘘のように柔らかな声で問い掛けてくるエリスにゾッとしながらも、絶対に離すものかと腕にしがみついていた私は首を傾げることになった。

……ジェイが、私に危害?

ジェイも私と同じ様に困惑した表情を見せ、そんな私達を交互に見やったエリスもコテンと首を傾げてしまった。


「違うの?庇うことはないのよ?」

「危害を加えるような人を庇ったりしないわ」

「だったら、その姿は?」

「これは色々あって。でも、ジェイは私に危害を加えたのではなく助けてくれたのよ」

「助けた……?」

「えぇ」

「ジェイが、貴方を?」


有り得ないとでも言うように何度も確認するエリスに首を縦に振り続けた。

このままではジェイは階段から真っ逆さまだ!


「そう……」

「っは!……ごほっ……近寄るな」


スルッと外されたエリスの手から解放されたジェイは、その場に座り込み苦しそうに咳き込みながら、手を伸ばそうとした私を牽制するかのように先に拒否してきた。


「ジェイが助けるなんてねぇ……」

「あぁ!?」

「貴方……嫌悪していたじゃない」

「俺が殺してやりたい程憎い女は二人だけだろ。女だからって誰彼構わずなわけじゃねぇよ!」

「……」

「なんだよ?」


ジェイは女性が嫌いだとは自己申告していたが、見て見ぬふりをするような鬼畜ではないと思う。

それとも、今回はジェイの気まぐれか何かで普段は見捨てるのだろうか……?

沈黙したまま動かないエリスを覗き込むと、呆れたような、馬鹿な子を見るような何とも言えない顔でジェイを見下ろしていた。


「この子が誰か聞いていないの?」

「お前の子飼いだろ?カルからはそう聞いてる」

「……そう、だから」

「カルが、もう一人そいつと居た奴もお前のもんだってキャンキャン吼えてきやがった」

「もう一人?」

「あぁ。男のくせして可愛い顔した野郎だ」

「まさか、セ……リア」

「え、はい」

「リアと一緒に居たのは、あのクソみたいな男のお気に入りじゃないわよね?」


エリスの口から出た「セリア」という私の幼い頃の愛称に思わず返事をしてしまったのだけれど、何故かリアと改名された上にクソ男のお気に入りって……。

多分、いや……絶対にクソ男はアーチボルトでお気に入りはフランのことなのだろうけど。

世界の美丈夫と称されるほどのアーチボルト王の中身の評価は世界共通なのだろうか。


「恐らく、貴方が思い浮かべている者であっていますわ」

「……で、ジェイ。何故そのもう一人の子は此処に居ないの?」

「だから、報告しなきゃならねぇことがあるって言っただろうがぁ。そいつとは港で会ったんだよ」

「港って、あのバカが居たんでしょ?」

「あぁ。刺客に襲われた挙句、あの第二王子に側室になるよう強要されてたな、そいつは」

「リアがアレの側室になんてなるわけがないでしょ……」

「おい、俺は報告してるだけだろ!殺気立つんじゃねぇ!」

「それで?」

「面倒だからそいつ連れて逃げて来たんだよ」

「港には騎士団も居たんでしょ?どうやって」

「飛び込んだに決まってんだろ」

「……言ってる意味がわからないわ」

「あぁ?そいつ担いで海に飛び込んだんだよ。だから、もう一人の奴はカルと一緒にこっちに向かってんだろ、多分なぁ」


私の身形がボロボロなのは半分以上海に飛び込んだ所為だと思う。

海水で髪はバサバサだし化粧も落ちている。ドレスも乾かしたといっても適当に火の側にいただけで皺だらけ。胸の辺りにはジェイの血がベッタリだし……。


「ジェイ。立ちなさい」

「……?」

「悪かったわね」

「……あー、いや、別に……助けたわけじゃねぇよ」


手を差し出したエリスに一瞬呆けたジェイは立ち上がりそっぽを向きながらボソボソと呟いていて、だから全く気付いていないのだろう。エリスが冷ややかな笑みを浮かべていることに。

まずい……!と咄嗟に判断しジェイに声をかける前に、エリスは既に行動に移していた。


「うっぐ……!?」


強烈なボディブローを叩き込まれ倒れたりしないのはジェイが相当鍛えているからだろう。流石元騎士。それにしても……この遣り取り何処かで見たことがあるような。


「なんて言うわけがないでしょ。アレに目をつけられた時点で助けにもなっていないのよ。そんなことジェイが一番知っているでしょ!」

「……んなことわかってんだよ!だから手は打ってきた」

「は……?」

「俺の嫁だってことにしてある」

「嘘でしょ……」


残念なことに嘘ではない。

あの場に居た第二王子も騎士団も、フランも黒髪もハッキリと聞いていただろう。

ゆっくりと此方を振り返ったエリスは表情が抜け落ちていて幽鬼のようだ。ゴクリと喉を鳴らし、私を見つめる幽鬼……ではなくエリスに頷いた。

だって本当のことだし。


「もう、良いわ……着いてきなさい」


エリスは何かを諦めたかのようにそれだけ言うと背を向けて歩き出してしまった。

私とジェイを置いて……。

この機嫌の悪そうな猛獣を私にどうしろと?近寄れば噛まれる未来しか見えないのだけれど。


「大丈夫?」

「……チッ」


取り敢えずお腹を押さえているジェイを窺うと睨まれ、舌打ちまでされてしまった。命の恩人に対してなんて態度なのだろうかこの男は……。


「お前、あいつの恋人か?」

「どうしてそうなるのよ……」

「あいつが、あそこまで怒ることなんて早々ねぇんだよ」

「怒っていたのよね?」

「あのなぁ……お前のその恰好と手の擦り傷だけであのザマだ」

「確かに酷い姿だけど、貴方は何も悪くないじゃない。それに、助けてもらったことを何度も確認するなんて」

「俺が知るわけねぇだろうがぁ。ほら、行け」

「でも……」

「知り合いだってことは良くわかった。それも、相当大事にしている奴だってこともな。訳ありだろうが何だろうが、また俺が殺されそうになる前に機嫌取って来い」


さっさと行けとぞんざいに手をヒラヒラ振られ促されてしまった。

仕方なく階段を上がり長い廊下を進んで行くと、開かれた扉に背を凭れかけさせ腕を組んで立っているエリスが居た。

ヒールが鳴らす音は柔らかな絨毯に吸い込まれ音など聞こえていないはずなのに、微動だにせず宙を見つめていたエリスは、身体を起こし扉から離れ「中へ」と一言だけ呟いた。



※※※※※※※※



部屋に入って初めに目に付いたものは全面ガラス張りの大きな窓だった。

普通ならば調度品などに目がいくものなのだろうが、通された部屋の中には生憎木製の執務机らしきものと、簡素な一人用の丸テーブルと椅子が一つ。それ以外の物が見当たらなかった。

ガラス張りの窓は解放感があり周囲の景色を楽しめるものかもしれないが、王位継承権を持つ王子の安全性を考えれば絶対に造らせたりなどしない。

屋敷も、それらを管理している者達も、身分に相応しい調度品も、第三王子という立場の者に与えられていなければならないものが一つもない。

敢えてそうしているのか、それとも兄が言っていたようにこの国での彼の扱いが酷いものなのか……。


「座って……と言いたいところだけれど、生憎この椅子しかないのよ」


一人掛けの小さな椅子を執務机の前に運び、気まずげに苦笑するエリスに頷き腰をかけた。


「客間と言っても此処と大して変わらないの。ごめんなさいね」

「いえ。それよりもこのお屋敷の侍女や侍従が見当たらなかったのだけれど」

「そんな者いないわよ」

「……でも、此処はオルソン国第三王子であるエルヴィス王子のお屋敷だと、ジェイから聞いているわ」

「そうね」

「貴方は……」


一体何者なの?と口にする前に前のめりになったエリスに驚き身体を後ろへと引いてしまった。その私の避けるような振る舞いに何か言うことはなく。


「さて、自己紹介が先かしら?セリーヌ王妃様」


机に肩肘を立て、そこへ顎を乗せたエリスがにっこりと微笑みながら自己紹介ときた。


「……夜会で既に終えているはずよ」

「各国を旅する一団の舞い手、エリスと申します?……それが嘘であると賢い王妃様ならもうおわかりでしょ?」

「嘘とは?このお屋敷に舞い手である貴方がいても可笑しくはないわ」

「ジェイとのやり取りを聞かれて、まだとぼけるつもりはないの」

「……」

「こちらの姿では初めましてね。オルソン国第三王子、エルヴィス・ボルネオよ」


誤魔化してくるのかとも思ったが、エルヴィス王子は端からそんな気はなかったらしい。

あぁー……本当、最近の私は警戒心が薄れているのだろうか。幾ら化粧をしているからといって男性と女性の区別もつかないなんて。

でも、エルヴィス王子はヴィアンの夜会であの兄ですらも完璧に騙して見せた。私が気付けないのも当たり前かもしれないけど。

それにしても、彼がこれからも自由に動く為には私にエリスとエルヴィス王子が同じ人間だと知られては困る筈なのに。

彼は一体何を考えているのか。


「私も改めて名を名乗った方がよろしいかしら?」

「結構よ。貴方の事は……誰よりも知っていると自負しているもの」

「私のことを?冗談が上手いのね」

「冗談だと思っている?本気なのに……悲しいわ」


シクシク……と声に出して泣き真似をする仕草に既視感を覚え、酷く胸の辺りがモヤっとし、それを消そうと軽く首を振り対面にいるエルヴィス王子を見据えた。


「お兄様とは知己であると聞いていますが」

「そうね、あちらがそう思っているのであればそうかもしれないわね」

「私が産まれた年にラバンへお祝いに来られたのでしょ。その後は暫く滞在していたとか」

「そうよ。小さなリアはとても可愛くて、離れがたかったわ」

「その頃にお兄様とは互いに仲を深めたのですか?」

「さぁ、ご想像にお任せするわ」

「……随分と、遠回しに会話をなされる方なのですね」

「あら、これくらい王族や貴族であれば普通のことでしょう?それに、何を考えて友好国でもないオルソン国に貴方が居るのか。何故私の部下に助けられるような事になっているのか。たった一度、ラバンにお邪魔しただけの私からしてみれば怪しいことだらけなのよ。警戒するなと言う方が無理よね?」


目を細め嘲るように笑みを浮かべるエルヴィス王子は暗にお前は敵か味方、又は無害なのかと問うているのだろうか?

先程は私の無様な姿を見て狼狽えていたようだったが、今はそれに触れるどころか身形を整える時間すらくれないらしい。

まぁ、この屋敷に女性物の着替えがあるかどうかも怪しいのだけれど。


「友好国ではありませんが、敵国でもないと記憶しております」

「そうね、でもそれはとても危ういものよ。仮にも第三王子である私が貴方を人質に取りヴィアン国、ラバン国に攻め入る場合もあるのだから」

「たかが王妃一人に振り回される大国ではありませんわ」

「セリーヌ王妃でなければ直ぐに切り捨てられるでしょうね。でも、貴方には大国を揺さぶる程の価値があるのよ。心当たりは沢山あるでしょ?貴方のお兄様はとくに……最愛の妹に何かあれば、狂ってしまうのではないかしら」


私のこの状況は彼の言った通りとても危ないものだ。焦りを見せないよう、クスクスと楽し気に笑うエルヴィス王子にうっそりと微笑み返す。

危険は端から承知していること。それと共にこの国で頼れる相手は最早彼しかいないのも確かなこと。


――ここで負けたらそれこそ何をされるかわかったものではない。


「夜半に、私の後宮へ賊が侵入いたしました」


嘘偽りもない本物を彼に提示し判断を仰ぐしかもう道はない。


「その場には王と私、護衛と侍女がおりましたが皆意識を失い倒れました」

「……護衛が倒れた?」

「私には影も付いておりましたが、恐らく同じ様な状況だったかと。なにか、薬品のようなものを嗅がされたのかと思います」

「薬品……それは甘い匂いのするものかしら?」

「えぇ。御存知ですか?」

「よく、知っているものよ……そう、やっぱり持ち出されていたのね」


最後の方は小さな声だったが私にはハッキリと聞こえた。

彼はあの睡眠ガスのようなものを持ち出されたと言った……だとしたら、アレを元々所持していたのはエルヴィス王子となる。


「ガスマスクも御存知ですか?」

「……聞きなれない言葉ね。それは何かしら?」

「顔を覆った面のようなものですわ。賊はそれを付けガスを吸わないよう行動していました」

「そう……」

「その後、私とアーチボルト様の護衛一人が縄で縛られ、恐らく船の中に隠されていたのかと。一度意識を取り戻したのですが、再度薬品を嗅がされ、次に目を覚ましたときにはもうオルソン国でした」

「賊に心当たりは?」

「ありません……と申しあげたいところですが、ありますわね」


消すだの隠すだのとコソコソ会話していた人達を思い出し苦笑した。

どこのお馬鹿さんかは知らないけれど、城の中で司教などと目立つ服を着ているものを子飼いにしているなんて間抜け過ぎだわ。

今ヴィアン国の教会はルーティア大司教が手綱を握っている。彼に調べてもらえば直ぐにでも黒幕まで辿り着くだろう。

けれど、その前に……もし無事に戻れたらあの自称大親友であるルーティア大司教を真っ先にとっちめてやる!部下の失態は上司の失態であるのだから。


「この国に運ばれた理由は?」

「そこまでは……荷物を遠くへ運ぶよう命令されただけだと言っていましたし」

「それだけでそこまでボロボロになるものなの?」

「これは、色々あって」

「その色々が知りたいのよ」

「港で急に現れた黒装束の者達に襲われたことは、先程ジェイが言っていましたでしょ」

「あぁ……あいつらね。それで?」

「ジェイと……他の者達が黒装束達と交戦中に、騎士団を引き連れた第二王子が助けに入ったのですが」

「助けに、ねぇ。その真っ黒集団、エドルが来たら引いたでしょ?」

「エドルと言うのは?」

「エドル・ボルネオは第二王子よ。因みに王太子である第一王子はセドア・ボルネオ」


知らないの?とちょっと呆れた顔をされたが、海を挟んだ国の情報など王や王位継承者でなければそうそう耳になど入って来ない。

城の中で大人しく過ごすことが仕事の王女様なら尚更だ。


「で、介入したエドルは恩着せがましく助けてやったとか口にしたんでしょ?どうせ」

「偶然領地を視察しに来ていたと、そうおっしゃっていましたわ」

「こんな早朝から連絡もなしに視察だなんて、とんだ茶番に付き合わせたみたいね。ごめんなさい。本当に馬鹿な兄なのよ」


馬鹿な、と言うよりも愚かなと言った方が正しいような気がする。

エルヴィス王子は兄であるエドルの行動を全て見透かしたうえで手の平の上で転がしているのだろう。

関わり合いになりたくないタイプの人間の筆頭でありそうなエルヴィス王子が私の唯一の助け舟だなんて……。


「このドレスに付いた血は私ではなく、ジェイのものです。彼は私達を第二王子から遠ざける為に敢えて傷を負いました」

「ジェイが貴方を助けたって言っていたわね」

「第二王子から側室になれと言われたときも庇ってくださいましたし、無理矢理連れて行かれそうになったので抱えて海に飛び込んで逃がしてくれましたわ。酷い傷を負っていたのに……」

「あのジェイがね……」


あの一連の行動を「助けたわけじゃない」と言われて「はい、そうですか」となるわけがない。助けられた本人が証言しているのに、何故まだ疑われているのか……ジェイの日頃の行いが悪い所為だろうか?


「まぁ、無事でなによりだわ。傷も擦り傷程度のようだし……」


ふっと息を吐き出し、ゆるりとした空気を纏うエルヴィス王子の姿に安堵しつつ、私の指にレイトンから借りている指輪が嵌っていることを確認し姿勢を正した。


「エルヴィス王子」


私は彼に尋ねなければならないことがある。

彼の返答によっては、覚悟を決めなければならない。


「私が賊に襲われたのは一度ではありません。今回で二度目です」

「……」

「一度目は夜会の最中でしたわ……良く覚えていますの。主犯格の者は我が大陸では珍しい黒髪の青年でしたから。その者を雇った方は私の観察と、もう一つ。本物のセリーヌかと問うよう命じていたみたいです」


黒髪の男は雇い主を答えなかった。

でも、港で再会し、第三王子エルヴィスの子飼いだということは確認が取れている。


「あの夜会の日、私を襲わせたのは貴方ですね」


私に危害を加えさせようとしたり、助けるようなことをしたり……。

この世界では見たことも聞いたこともない物を所持し、ふとしたときに感じる既視感。


『大丈夫。大丈夫。貴方には、私がいるから』


私の大切な前世の姉と同じ口癖。

頭の中では違うと、この人ではないと思いつつ、それら全てを否定しこの人であるかもしれないと感情が揺れる。

否定して欲しい……あの男が勝手に行ったことだと、たった一言そう言ってくれさえすれば。


「そうよ」


でも、現実は残酷で。

真っ直ぐに私を見つめ肯定するエルヴィス王子に、一縷の望みが断たれた。








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