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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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82/113

正体



「お前、本当に女か?」

「嘘を吐いてどうするのよ」

「俺の知っている女と大分かけ離れてるぞ」

「貴方の知っている女性がどのような方かは知らないけれど、大抵の女性は強いわよ?」

「……お前、本当になんなんだぁ」


呆れたように溜め息を吐くジェイにムッとしながらも壁際にじりじりと移動している。

身体を起こし、立てた膝に顔を乗せているジェイは乾いた笑いを零しゆっくりと腕を持ち上げ。


「お前は、女じゃねぇ」


と、私を指差し断言してきた。

彼は唐突に何を言っているのかと首を傾げた私に手招きし、人差し指で床を指した。

座れと言うことだろうか?

いやいや、無理です!と首を思いっきり左右に振って見せたら、ジェイは「あー」と苦い声を発した。


「だから、そんな警戒すんな」

「……」

「ガキに盛るほど相手に困っちゃいねぇ」

「ガキって……」

「その通りだろうが。お前、男が駄目だろ」

「どうして……」

「組み敷かれただけで異常なほどの震えた挙句、過呼吸だぁ。誰だって気付くだろぉ?」


あの息苦しさは過呼吸だったのか……と納得し、木の棒を握り締めた。

警戒するなと言われてのこのこジェイの側に近付くわけがない。私だって学習能力ぐらい持ち合わせている……つもりだし。


「……悪かったな」

「……」

「もう手ぇ出さねぇから座れ」


優しくかけられる声に警戒心を解きそうになりながらも身体は壁から動けずにいる。

前世の私の記憶がそう簡単に信用するなと警報を鳴らしているからだ。


「あのなぁ……俺も、女が嫌いなんだよ」


呆れて言葉も出ないとは正にこのことだろう。

女が嫌いだと吐き捨てたその口が、先程「相手に困っていない」と言っていたのは聞き間違いだろうか?

口には出さないが顔にでていたのだろう。

遠目でもジェイの口元が引き攣っているのが分かった。


「なんだぁ、その顔は……」

「ごめんなさい。私、聞き間違えたみたいだわ」

「あぁ?」

「女性が嫌いって……逆よね?」

「おい……俺は女が嫌いだって言ったはずだが?」

「……!?」

「だから、なんだその顔!」


なんだと問われても困る。滅茶苦茶驚いているのだから。

あんな、一瞬で女性を組み敷くような男が実は女嫌い?……嘘でしょ。


「女って生き物は、強かで平気で裏切るからなぁ?」


また、彼の瞳は増悪に染まっているのだろうか。

前髪に隠れて見えないけれど、彼の声が、空気が、とても重い。

けれど、聞き捨てならない言葉に反応し私の口は勝手に動いていた。


「それは、男性も同じだわ」

「男より女の方が小狡い生き物だろうがぁ」

「あら、用意周到に罠を張って相手を追い詰めるのは男性の方が得意でしょ?」

「実際にやられた俺が言ってんだ。確かだろ」

「私だってそうよ」

「婚約者だった女だぞ」

「裏切るような女性と結婚しなくて良かったわね。私なんて……」


前世の記憶がなければ、今頃フランに手を出して幽閉されていたのだろう。

そこから先のストーリーは思い出すだけで嫌悪感が湧いてくる。幾らゲームの中の悪役だからといって、アレはやり過ぎだわ。


「……婚約者か?」

「似たようなものよ」

「だったらそんな男捨ててやれ。そりゃあ男じゃねぇだろ」

「……」

「……」


――互いに見つめ合いながらふと沈黙が落ちる。

一体何の話しをしていたのだったか……。


「貴方、本当に女性が嫌いなの?」


その場にゆっくりと腰を下ろし、揺らめく火の向こう側に座るジェイを見つめた。


「嫌いだ」

「……そう」

「さっきのように何故、どうして……って聞かねぇのかぁ?」

「誰にだって触れて欲しくないことがあるわ」

「へぇ……」

「それに、また手負いの獣を刺激したら困るもの」

「ぁー……」


胸元で木を構えた私を見て又もや唸り声を上げたジェイが、両手を上げ「悪かったつーの」と呟いた。


「答えられることは答えてやる。だから、さっきのは忘れろ」

「……エルヴィス王子は、貴方にとってどんな存在なの?」

「おい!」


お詫びの代わりなのか、質問に答えてくれると言ったのは彼だ。

だったら気になる事は聞いておいた方が良いじゃない。


「答えられないのであれば構わないわ」

「……」


ジェイが口にした『守るべき主も尊敬していた騎士も、それに家族を見殺しにして生き残った』という彼の過去。

それを全て背負って敵国の王子の元に居るジェイに、背中を斬られても可笑しくはない状況を自ら作り、獣のような男を飼いならしているエルヴィス王子。

これから顔を合わせるかも知れないエルヴィス王子を、今知っておかなければいけない気がした。


「あのなぁ……あいつをどう思っているかなんて一から説明しねえとお前にはわからねぇだろうが」

「その説明とやらは長いの?」

「……」

「なに?貴方が答えられる範囲でしか聞いていないわよ?」

「楽しい話じゃねぇぞ……」


無理強いするつもりはない。

彼の過去がどうであれ私には関係無い事だし、深く関わるつもりもないのだから。

ただ、知りたいのはたった一つ。

エルヴィス王子は敵となりうる人物かどうか、それだけ。


「まぁ、暇つぶしにはなるけどな」


細木を火に入れず手の中で遊ばせるジェイは背中を壁に預け、目を閉じたあと静かに口を開いた。



※※※※※※※※



海の向こうにある帝国やヴィアンにラバン、この国オルソンと比べりゃあ俺の国は小国の部類でなぁ……。

王族や貴族って言っても他の国と違って堅苦しい関係じゃなく家族のようなもんだった。

王がなぁ……また面白いおっさんで、物が無ければ作ればいい、人手が足りなければ手伝えばいいって、率先して動くんだよ。

民と一緒に泥だらけになって畑耕してたときは流石に俺も目を疑ったけどなぁ。

頭に王冠乗っけて綺麗な衣装で踏ん反り返っているとこなんて一度も見たことねーが、尊敬してたし、第二の親父のようにも思っていた。

この王が身体はって治めている国を、俺も命はって守ってやりてぇと思ったんだよ。

まぁ、都合良く親父が王の騎士で、俺も王太子の騎士。弟は、俺の婚約者だった王女の騎士だったからな、そう思っても可笑しくはねぇだろ?

……豊かな国じゃねぇが、多少の小競り合いはあってよ。

城内の安全な場所に居ろって言ってんのに前戦に立とうとする王を、親父が物理的に押さえ込んで、その隙に俺が隊を引き連れて速攻敵を仕留めに行った。

まぁ、そんな事繰り返してりゃあ俺の名前も売れるってもんだ。大して気にはしていなかったが、他は違った。

この国に目を付けられ、平和ボケしていた国はあっという間に一気に戦火になった。

大国と小国じゃ端から戦いにならねぇ。そんな事分かっちゃいたが、誰一人諦める奴なんていなかったんだよ……あの女以外はな。


最初の犠牲は弟だ。

オルソン国の騎士が城内に押し寄せた。

小さな国とはいえそう簡単に城内に侵入されることなんてある筈がない。

混乱する最中、俺等は必死に兵を食い止め、普段は剣を持たない文官ですら王を護れとがむしゃらに剣を振っていた。

数時間後、弟が王女を護って死んだと……戦闘中に部下からそう報告を受けた。

王女の安否は不明。城内は占拠され、広間に残っていたのは親父と俺と王、それと数名の部下だけだった。

多勢に無勢。

腕に覚えのある騎士だとしても、囲まれちゃお終いだ。

一人、また一人と部下が目の前で倒れ伏していくの見ているだけで、何も出来やしねぇ。

破られそうになる扉を前にして俺が考え付いた事なんて、この命を使った肉壁くらいなもんだぁ。

王が生き残ればまだ何とでもなる。また一から民と一緒にやり直せば良いじゃねぇか。

けどなぁ……そう思っていたのは俺だけだった。


『ディルク……ジェイを逃がせ』

『承知しました』


一瞬何を言われたのか分からなかった。

今にも蹴破られそうな扉を睨みながら剣を構えている俺の横で、何でもない事のようにそんなこと言ってんだぞ?

理解する前に親父に簡単に押さえ込まれ、王が避難に使うはずだった通路に押し込まれた。

納得が出来なかった。

国の、王の命よりも俺の命を選んだことに、怒りさえ覚えた。


『ジェイ。あの子を頼んだよ』


けどな、娘がまだ生きていると信じてる王になんて言えばいいんだぁ……?

敵が王族を生かしてくれるほど甘いもんじゃねぇことは知ってる癖に。安否不明って言葉に縋って、生きているかもしれねぇって夢見てんだよ。


『すまない、生きてくれ』


閉まっていく扉の向こうで、親父なんて覚悟決めたような顔して笑ってやがったしな……。

通路の扉は一度閉まったら開かねぇ。何度叩いても無駄だし、何も聞こえやしねぇ。

王も、弟も親父も皆同時に失って、気力も失った筈の俺の身体は勝手に動いて真っ暗な通路を走ってた。

頭の中は……一刻も早く王女を見つけねぇと。

ただそれだけだった。



※※※※※※※※



「……色々あって奴隷に落ちて気付けば闘技場だ。そこであいつと出会って取引をした」

「取引……」

「内容まで話すつもりはねぇからなぁ?お前には関係無いことだ」

「そうね」

「あいつにはその辺でくたばられちゃ困る。それだけだ」

「……」

「これ以上話すことはねぇ」


幸せな日々を奪われたジェイがエルヴィス王子と交わした取引は、今の彼にとって相当魅力的なものだったのだろう。

復讐、国の再興、婚約者の生死の有無、又はオルソン国の滅亡だろうか……。

考え得る限りのパターンを思い浮かべてみるが、敵国の王子が提案してきそうな条件など国の再興か婚約者の安否ぐらいのものだ。

まさかとは思うが、婚約者が生きていて人質に取られている?

それに、彼が口にした『あの女』は一体誰のことなのだろうか。少なくとも親しい相手に付ける敬称ではないことは確かだわ。


……本当に色々と省いてくれたわね、肝心な事は何一つ分からないじゃない。


警戒するような険しい目をしている人間にこれ以上聞いても何も答えないだろう。

私も危ない橋は渡りたくはない。


「少なくとも……この国の民は、王太子やさっきの第二王子より、あいつに王になって欲しいと思ってるんじゃねぇか」


手で遊ばせていた細木を火の中に投げ、怠そうに腰を上げたジェイが背を向けながら呟いた。


「エルヴィス王子は民に人気がある方なの?」

「……可笑しな王子だからなぁ。あれだろ、カリスマ性って奴じゃねぇのか?帝国のセオフィラス・アディソンや、ラバン国のレイトン・フォーサイスがその部類だろ」


セオフィラスもレイトンも、確かに傍から見ればカリスマ性とやらを持った素敵な皇帝や王太子に見えるのだろうが……素敵ですか?と尋ねられたら私は返答に困ってしまう。


「服が乾いた。出るぞ」


これから向かう先はエルヴィス王子の屋敷だとジェイは言っていた。

エルヴィス王子に関して今持っている情報はとても少ない。それなのに現状頼れる者はエルヴィス王子しかいない。彼に繋ぎを取ってもらうことでしかヴィアン国へ戻れる方法が無いのだ。

どんなに考えても埒が明かない。実際に会って本人を見て正しい判断をするしかない。

そっと息を吐き出し、仕方がないと覚悟を決め立ち上がった瞬間、顔に布らしきものがぶつかり「うぷ!」と間抜けな声が出た。


「これでも被っておけ」


私の顔目掛けて放り投げられた物は灰色の外套。

この小屋に置いてあった物なのか、酷く埃臭いものだったが私は構わずそれを羽織った。




王、正妃、王位継承権第三位までの王族は城や宮殿内で暮らしている。これは警護上、どの国も皆同じ。

けれど、王族は別荘という形でいくつもの住居が与えられている。

そこへ身を護る護衛と身支度を整える侍従や侍女を連れ数か月滞在することもある。

広大な敷地に構える宮殿と呼んでも差し支えのない建物は、上級貴族達ですら手にすることの出来ない価値あるもの。

側室の子であっても王位継承権を持つ第三王子。

今進んでいる森自体が、彼の所有している屋敷の一部なのだろうと、ジェイの後ろを歩きながら思っていた。

この森を抜けた先には大きな建物が……そう、思っていたのに。


「なに呆けてんだ……?入るぞ」


二階建ての真っ白な洋館。庭には美しいバラ園があり、丁寧に手入れされている。

伯爵家の屋敷だと言われれば納得もするが……。


「このお屋敷は、どなたの……」

「あぁ?エルヴィスに報告するついでに連れて来てやるって言っただろうが」


混乱する私を余所にさっさと洋館の扉を開け中に入って行くジェイを慌てて追いかけた。

吹き抜けの玄関ホールは清潔感があり、訪問者に対応する為に置かれている長椅子も華美ではないが良い物だと分かる。

大広間、応接室に居間、遊戯室や晩餐会用の広間など、他人の出入りがある場所は大抵一階にある。

そこを全て素通りし、ジェイが足を踏み入れたのは二階へと続く階段。

二階には主人や夫人の寝室、子供部屋、親しい知人、友人の為の客室がある……所謂プライベート空間。

普通ならば屋敷の者に声をかけ、主人へ話しを通してもらい応接室へとなるのに。

何故かジェイは我が物顔でどんどん階段を上がって行く!

焦りに焦った私は屋敷の人を探そうと周囲を見渡し愕然とした。

第三王子の屋敷だというのに侍女の姿が見えないのだ。そういえば門に護衛らしき者達も居なかった!と思い出し、咄嗟に前を歩くジェイの腕を掴んでいた。

振り返ったジェイにどういう事なのかと問う前に。


「ジェイ。遅かったわね」


私の耳には聞き覚えのある声が入ってきた。


「あぁ?これでも速攻片をつけて帰還したんだぞ」

「思っていたよりも遅かったから心配したのよ?」

「……目が笑ってねぇんだよ。なんだぁ?まだ根にもってんのかぁ?」

「腕の一本でも落として帰って来ることを期待していたのだけれど……ほんと、無駄に強いのよね」

「……ふざけんな」


ジェイの背に隠れてしまっている私に気付いていないのか、二人の会話が進んでいく。


「ふざけてなんていないわよ。で、報告があるのでしょ。部屋で聞くわ」


女性にしては低い声、けれど艶のある声とゆったりとした口調。

忘れるわけがない。


『麗しき王妃様、私と踊っていただけますか?』


黒い衣装を身に纏い、会場に居た誰の眼も釘付けにした美女は、褒美に王妃とのダンスを望んだ。


『次は絶対に、助けるから』


去り際にそう言い残し、再会したのは刺客に襲われていたとき。


『大丈夫。大丈夫。貴方には、私がいるから』


その言葉通り、刺客から放たれた刃から身を挺して私を守ってくれた人。

いつの間にか姿を消し、居場所が分からなくなっていたのに……どうして。


「それもそうだが、別の報告もある」

「……なぁに?また何かしたの?」

「俺じゃねぇよ。今朝、港に不審船が停泊していた」

「……積み荷は?」

「こっちのは無事だ……目的はそれじゃねぇな。移動した形跡は無かった。が、港には第二王子と騎士団が居やがった。ご丁寧に刺客まで動かしてきやがって」

「ジェイやカルが目的かしら……」

「それも違うな。どちらかと言うと、俺等を追い払いたかったんじゃねぇのか」

「その不審な船の積み荷は調べたの?」

「あぁ……船員も捕えてあるが……」

「なら、あとで一緒に報告してちょうだい。それにしても……」

「なんだよ」

「取り敢えず着替えてきなさい……汚いわよ、あんた」

「チッ……あぁ、こいつのも用意してやれ」

「こいつ?」

「おい、お前も風呂ぐらい入って来い」


ジェイの身体が動き、咄嗟に外套のフードで顔を隠した。


「……誰?」

「何してんだぁ?」


何と言われても困る。身体が勝手に動いたのだから。


「おい……」

「……っ!」


頭上からジェイの苛立ちを含んだ声が聞こえ、頭をガシッと掴まれたと思ったら一気に外套を剥がされていた。


「こいつの服だよ」

「……」

「……」


ドレスも髪もボロボロで、化粧もしていない私を、目を見開き凝視しているのはやはり間違いなく彼女だった。


「お久しぶりです……エリス」





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