再会
【王国の騎士】で一番攻略が簡単なキャラはメインヒーローであるアーチボルト。
些細なことで好感度がガンガン上がっていき、他のキャラを攻略最中に意図せずアーチボルトのルートへ勝手に入ってしまう為、セリーヌよりも厄介だったらしい。
姉がコントローラーを振り回しながら嘆いていたのを覚えている。
アーチボルトの好感度がある程度高くなると始まる【誘拐未遂イベント】。
深夜、アーチボルト自室の扉が叩かれ、目を覚ましたアーチボルトは護衛から二通の手紙を渡される。
手紙の内容は至ってシンプル。
一通目が王妃であるセリーヌを攫ったというもの。二通目は近衛騎士であり、愛妾であるフランを攫ったというものだ。
目的は書かれておらず、要求もない。
アーチボルトは部屋を飛び出し護衛を引き連れある場所へ向かうのだが、ここが分岐点となる。
好感度もそうだけれど、セリーヌとの接触イベントもある程度熟していなければこのイベントは成功しない。成功の鍵はセリーヌとの接触回数。
アーチボルトの向かった先が後宮であれば、主人公であるフランは助けが来ずに画面が暗くなりそこで強制エンドとなっていた。
逆に成功した場合は港の船内で囚われていたフランが、アーチボルト率いる近衛騎士隊に助けられるというものだ。
色々と物申したいイベントである……。
乙女ゲームだから、そう言われてしまえば終わってしまうけれど。
先ずは手紙を入手してきた護衛を尋問しないのかと問いたいし、その怪しい護衛を連れて行動する王様とかもう本当に駄目だと思う。
それに、何故こうも騎士であるフランは簡単に捕まってしまうのか。
近衛騎士隊ってエリートよね?
しかもだ、攫った犯人は城に忍び込み誰に見られることもなく港まで成人男性一人を運んだということで……無理じゃない?犯人チートじゃない?
まぁ、犯人はゲームの中のセリーヌなのだけれど。
彼女は賭けをしたのだ。
王妃と愛妾、同時に居なくなったらアーチボルトはどちらを選ぶのかと。
強制エンドの画面が暗くなる前、アーチボルトが扉を開いた先には微笑むセリーヌ。
更に【ほら、私を選んだわ】とクスクス笑うセリーヌの声を聞きながら画面が暗くなっていくのだ。
――そこまで、その王様が良いの!?と大分ドン引きしたものだ。
で、ゲームでは後宮でお茶を飲んでいる筈の私が、何故かフランと一緒に縄で縛られ転がされている。解せぬ。
手や足を動かしてみるも、ガッチリと縛られていて隙間などない。あったとしても私にはどうも出来ないけれど。
仕方なしに身体を捩り、肩と膝を駆使して極力音を立てないよう動き出す。
埃やら砂やらで物凄く気分が悪い。何故、こうなったし!と唇を噛み締めながら頭の中を整理する。
ルーティア大司教と別れたあと、庭園を出て後宮へ向かう私の目に灰色の衣が映った。
丈が長くゆったりとした袖の灰色の貫頭衣は教会の司教が身に纏っている衣装。大司教の純白の衣装もそうだけれど、それらは身分証明でもある。
遠目からだから顔は見えなかったが、恐らくルーティア大司教に付いて来た者だろう。迷子にでもなったのかしら?と司教が向かった方へ足を進めた。
人目を気にするかのように周囲を窺いながら早足で進む司教を訝しみ、背後に居るウィルスに警戒するよう視線で促す。
司教は廊下の奥で立ち止まり、周囲を見回したあと部屋へ入って行った。
アデルとテディは誰か来ないよう廊下に待機し、私とウィルスは部屋の扉に近づく。
そっと扉に耳を寄せると、中から声が聞こえた。
何を言っているのかまでは聞こえず、更に扉に身体近づけようとした私を「私が、聞き取りますので」とウィルスが止め、それから数分したあと急に扉から離れたウィルスに促されるまま後宮へ戻ってきたのだけれど、彼から報告された内容に室内に居た者達皆が眉を顰めた。
『何も出来ぬと侮っていたが、随分と余計なことをしてくれる……』
『消しますか?』
『いや、まだ使い道がある。そうだな……暫く隠してしまうか。互いに疑い、仲違いでもすれば上々だ』
誰を、とは最後まで口にしなかったらしい。
中に居たのは司教ともう一人。
ベディング伯爵では?と問うた私にウィルスは首を横に振り否定した。
かなり物騒な内容なだけに気になるが、隠してしまうとは……どういうことだろう。
取り敢えず警戒だけは怠らないようにと指示を出し、その場でその話しは終わったのだけれど。
――そこで終わせてはならない話しだった。
「セリーヌ様、起きてください」
身体を揺すられ、アネリの声が聞こえる……と寝ぼけながら目を開けた私は、背に手を添えられ身体を起こされ、寝間着の上に薄手のローブを羽織らされていた。
「何かあったの?」
「城内でなにかあったようです。近衛騎士隊が動いているそうです」
「近衛が?アーチボルト様は?」
「分かりません。今アデルが様子を見に行っていますので」
「そう。ウィルスとテディ、エムとエマはここに?」
「はい。それと、セリーヌ様の影も居るかと」
「それなら大丈夫ね。隣に移動するわ」
ベッドから下り、寝室を出るとウィルスは窓辺に立ち、テディは扉に顔を寄せ外に耳を澄ませている。エムとエマは私に気付きソファーに誘導すると、テディと同じように扉付近に待機した。アネリは私の横に立ったまま無言で扉を睨みつけている。
一体、何が起きたのか……と考え不意に司教の事を思い出した。
「隠す……隠すって」
「セリーヌ様?」
「ねぇ、アネリ。もしかしたら……」
あの人達が何か行動を起こしたのでは……と続けようとし、室内の扉が叩かれアデルが戻って来たことで最後まで口に出来なかった。
「どうだった?」
「近衛騎士隊だけでなく、第一騎士団も動いていました。先導しているのはアーチボルト様です」
「アーチボルト様が……他には?」
「はい。それが……」
ウィルスに報告しながら、途中私に視線を寄越したアデルの顔は強張っていて、嫌な予感を感じた。
そして、それは毎回必ず当たってしまうのよね。
「セリーヌ!」
乱暴に開かれた扉から切羽詰まった様子のアーチボルトが現れ、あっという間に距離を詰められ抱き締められていた。
「ぇ……」
「セリーヌ……無事だったか……」
「……アーチボルト様?」
「良かった、遅くなってすまない。ジレスとクライヴを呼び、騎士を動かすのに手間取ってしまった」
アーチボルトの肩を押し、身体を離そうとするが力が強くて離れない。それどころかどんどん力が強くなっていく。ここ一月機嫌が悪かった男が一体どうしたというのか。
庭園で癇癪を起し、ルーティア大司教に近づかないよう言われた側からコレってどうなのだろうか。不可抗力よね……?
「苦しっ、アーチボルト様。落ち着いてください」
「落ち着けるわけがないだろう!セリーヌが攫われたと手紙が届いたのだぞ!」
「私が……?」
「そうだ。悪戯なら良いが、万一の事があってはならないと騎士を動かした」
手紙……攫われた……。
「アーチボルト様、フランは何処に」
「フラン?それなら一緒に来ているが」
こんな時間まで一緒にいたのか……と若干呆れながら、腕の中からアーチボルトの背後を覗くと扉の側でフランはテディと一緒に立っている。
「手紙は一通のみですか?もう一通あったのでは?」
「確かに、二通あったが……何故それをセリーヌが知っているのだ?」
――イベントだ。
手紙も内容も、アーチボルトの攻略イベントで間違いない。
でも犯人である筈の私は手紙を出してはいないし、フランも五体満足でこの場に来ている。
どうなっているのか……コレでは意味が無いのでは?
……これは一旦落ち着いてお話し合いが必要だわ。
「兎に角、一度離れてくだ……ぇ」
助けて!とウィルスに手を伸ばしたとき。
――カン、カン、と何かがぶつかり合う音がした。
大きな音ではないが、皆も気づいたのだろう。視線がそこへと集中する。
そこには銀色の缶のようなものが三つ、扉と私が座っているソファーの丁度間に落ちていた。
この世界では見慣れないアルミ缶のような物からは微かに音が出ていて、室内に甘ったるい匂いが充満し出す。
「アネリ!セリーヌ様の口元を布で覆え!他の奴等もなるべく空気を吸うな!」
誰も動かず何故かぼーっとしていたみたいで、アデルの怒鳴り声で途端に皆が動き出した。
アネリが寝室に走って行くのを目で追いながら、ガウンの裾を口元に当てようと身じろぐとアーチボルトの胸元に顔を押し付けられ、仕方なくアデルの言う通り呼吸を最小限に抑えた。
「アーチボルト様、そのまま寝室の方へ移動を」
「あぁ……だが、身体が……」
ウィルスの声が聞こえ、それに答えていたアーチボルトの言葉が途切れ、それと同時に腕から力が抜けていく。
ズルッ……と正面にいたアーチボルトの身体が傾き、それを支えようとしていたウィルスごと床に倒れてしまった。
驚いて立ち上がろうとしたのだが、何故か足に力が入らずそのまま元の位置に戻ってしまう。何が起きたのかと周囲を見渡すと、室内に居た者達が皆膝をついていた。
「アデル……!これ、毒ガス!?」
「ばかっ!何かで口と鼻を覆え!」
辛うじて動いていたアデルだけは口元に腕を当てながらゆっくりと窓へ向かっていた。
換気か!と慌てて鼻と口を両手で覆うが、匂いは相変わらずで頭が痛い。多分この甘ったるい匂いが原因でこうなっているのだろう。
そして、コレの発生源はあの缶。何者かに投げ込まれたのか、此処に来た人間が持っていたのかのどちらか。
開いた扉の近くには四つん這いになっているフランと、立って剣に手を当ててはいるが壁に背を預けているテディ。扉の外でもここから見える範囲内では護衛として付いて来た近衛騎士が数人倒れ伏せている。どうやら廊下にも同じものが撒かれているらしい。
早く、窓を開けて!と振り返ろうとした瞬間。
「ガスマスク!」
「はぁ!?って、なんで、ガスマスク!?」
前世でお馴染みのあのシュコーシュコーって言うガスマスク、それを付けた者達が部屋へと入って来た。
なにこれ、有り得ないでしょ!この世界にガスマスクとかないでしょ!
思わず指をさし叫んだ私を先程のように責めることもなく、アデルからも同じような反応が返ってきた。
ガスマスク達は周囲を見渡したあと、ゆっくりと此方に近づいて来る。
片手に剣を持ったガスマスク集団に対峙するように私の前にウィルスが立ち、ガスマスク達と一番近い場所に居たテディは既に何名かと素手で戦闘を開始している。
ふわっと冷たい風が室内に入ってきたのと同時に、私の背後から飛び出したのはアデル。先頭に立っていたガスマスクに飛び蹴りを食らわせた。
この場に影が出て来ないということは、もしかしたら他にもガスマスク達の仲間が居るのかもしれない。
侍女sはぐったりとしたまま意識がないし、アーチボルトも倒れたまま動かない。
何か武器を……と顔を上げた私の目の前で、テディ、アデル、ウィルスの順で次々と倒れていった。
ガスマスク達は手に香水瓶らしき物を持っていて、倒れた私の護衛達の口元に布を押し当てている。動けずに固まる私の背後から気配を感じ、振り返る間もなく鼻と口を布で覆われた。
ツンとするような刺激臭と掴まれた肩に驚き、手を振り上げるが口元の布は外れてくれない。酷い眩暈と霞む意識の中、一度布が外されたが再度押し当てられ、私の意識はそこで途絶えた。
で、目を覚ましたら暗くて狭い場所だったと……。
「……っ、もう、少しっ!」
真っ暗な室内らしき場所で、窓から差し込む月明りに照らされ天使かと思うほど可愛らしい顔を、無防備に晒しながらスヤスヤと寝ているヒロインちゃん。
それとは対照的に、彼に近づく為に芋虫状態で床を這っている私……。
誰がどのような目的で行動しているのか分からない上に、私達を縛った連中に気づかれては困る。だから声を出してフランを起こせない。
中々前に進まない私は、誰も見ていないのだからと最終的にはフランの横まで転がった。
そして、うつ伏せのまま上半身を気合で持ち上げ、思いっきりフランに頭突きした。
「……っ~~!!」
「……ん」
痛いなんてものじゃない!頭が割れたかと思った。ゴチッとか可愛らしい音ではなく、ゴキッみたいな音がしたわよ!?
痛みに悶える私の下で、フランが眉を寄せゆっくりと目を開けた。
至近距離で見つめ合う形になってしまったが許せ。態とではないし、ヒロインちゃんに興味の欠片もないから。
「……セ、リーヌ、様?ぇ、えっ!?んん……」
「しーっ、声を出さないでちょうだい」
「ん!ん……」
「良い子ね。小さな声で、分かったわね」
咄嗟に覆い被さり肩で口を塞いだものの、この体勢は思っていたよりもキツイ。
「後宮でのことは、覚えている?」
「はい。急に眩暈がして、その後……変な面を付けた者達が部屋に」
「私の護衛達、侍女、近衛騎士、皆倒れていたわ」
「セリーヌ様は、どこかお怪我はされていませんか?ご無事ですか?」
「怪我はないわ……けれど、この状態が無事かどうかは判断に困るわね。此処がどこか分かる?」
「いえ」
「でしょうね……」
完璧な布陣も、睡眠ガス?とガスマスクのコンボにクロロホルムとか、お兄様の黒服隊だって無理ゲーだわ。
イベントらしきものも滅茶苦茶だったし……イベント……。
軽く上半身を起こし、スンスンと鼻を鳴らしたあとガクッと頭を下げた。
「セ、リーヌ様……ひゃぁ!」
私の身体の下で可愛らしい悲鳴が聞こえたが、これ本当に男なの?私の悲鳴なんて「うぎゃ」とかだったわよ……。
体勢が悪いのか、上に乗っている私が重いのか、もそもそ動くフランの上から転がるように身体を退かした。
綺麗にクルクル回った私は壁に背中がぶつかり止まり、それを見ていたフランの大きな目が更に大きくなっていた。
「潮の匂いがするわ」
「潮……」
首を傾げながら私と同様にスンスン鼻を鳴らしたフランがガバッと起き上がった。
なんと、手足が使えない状態で立ち上がったのだ……。
「揺れてはいませんから海の上ではないようです。恐らく、まだ港です」
「やっぱり……」
イベント通りだとしたら、フランはアーチボルト率いる近衛騎士隊に助けられるのだけれど、初っ端からイレギュラーな状態の上、肝心のアーチボルトが私の部屋で倒れている。
専属護衛の三人も、侍女sも、多分影も同じ状態だと思う。
では、誰が私達を助けに来てくれるのだろうか……。
「セリーヌ様……誰か来ます……」
フランはピョンピョンと跳ねて私の前で止まりそのまま地面に倒れ込み、私も慌てて身体を倒した。下手に意識があるより、眠っている振りをした方が良い。
――キィーッ……と立て付けの悪い扉の音と共に数人の足音。
「……まだ薬は効いているようだな。おい!今の内にしまっておけ」
しわがれた男の声に肩が跳ねそうになりギュッと目を瞑った。
目を閉じている所為で周囲がどうなっているのか分からない分、余計に不安になっていく。
「別々に入れますか?」
「そうだな。二人共適当に放り込んでおけ」
近くにあった体温が消え、代わりに訪れた浮遊感にゾッとした。
けれど、それは一瞬で。
窮屈な体勢で何かに押し込まれ、またもやあの刺激臭を嗅がされていた。
※※※※※※※※
ゆらゆら、と……身体が揺れている。
ゆっくりと目を開け、視界の暗さと身体の痛み、それと頭痛に夢ではなく現実かと溜息を吐いた。
状況は先程よりも悪くなっている。
先ず、手足を縛られている私はこの箱から一人で出られない。身動きすらキツイ状態だ。
次に、地面が揺れているのだ。移動中なのは間違いない。
陸地を馬車で移動しているのならまだ良い。ヴィアン国から出たとしてもまだそんなに遠くまでは行っていないだろうから。
が、もし海の上なら非常に不味い状況となる。
広い海の無暗に探し回れる筈もなく、下手に海を挟んだ向こう側の国にでも行かれたら簡単には手が出せなくなってしまう。
海か陸かはわからないけれど、どうか陸でありますように……。
そう願いながらどのくらいの時間が経ったのか。
地面の揺れが治まった数十分後にバタバタと走り回る音と、怒声が響き渡った。
案外冷静なもので、この数時間で体験したことに比べればもう何がきても驚かないのではないだろうか……。
段々と近づいて来た足音は部屋の前で止まったのか、あの立て付けの悪い扉の音がした。
息を潜め、動かずにジッとしていたのに。
――ガンッ!!
「きゃあ!」
私の入っている箱に何かがぶつかり、その拍子に私の額がぶつかった。
この狭い箱が揺れたら中に居る私がどうなるか分からないのか!と痛みに半泣きになる。
「……コレはなんだ?おいっ!起きろ!コレの中身はなんだ!」
「私は知りませんよ!ただこの荷物を遠くに運べと言われただけです!」
「此処がどこか分かっているのか?第三王子の領地で好き勝手出来ると思うなよ」
「ですから、なにも知りませんよ」
「おい、此処にある全ての木箱を開けろ!」
どこかで聞いたことのある声だと首を傾げ、誰だったかと思い出してみるがさっぱり出てこない。
しかも、その聞いたことのある声の主は第三王子と言っていた。王子の領地だと確かに言っていた。なら、この人は身元の確かな人なのだろうか?
もしかしたらと期待を込めながら、ギシギシ……と箱の蓋が開けられていくのを待っていた。落ちてくる木屑を避けるように顔を下に向けていれば、真っ暗だった視界が明るくなる。
「……人?なんで、木箱の中に。おい、大丈夫か?」
頭上から声を掛けられ、恐る恐る顔を上げ……期待は裏切られてしまった。
「……」
「……」
恐らくこの青年が木箱を開けさせたのだろう。
そして、第三王子とやらの関係者も……この青年で。
「……んで、あんたが……セリーヌ・フォーサイス」
お久しぶりね?と言って差し上げるべきだろうか……。
私を凝視したまま固まってしまった青年は、気の所為でも他人の空似でもないらしい。
この、黒髪の青年の口からハッキリと私の名が出てしまったのだから。
「ここから出して下さるかしら。いつぞやの暴漢さん」
助けに現れたヒーローは、夜会で私を襲った黒髪だった。




