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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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束の間の平和


帝国での一騒動から一月が経った。

王妃専用の庭園に用意させたカウチに座りながら手元の書類で顔を隠し、声を出さずに口だけを動かし「あぁぁぁぁ!」と思いっ切り叫んだ。


帰国後にベディング伯爵(狸)から少なからず何かしらアクションがあるだろうと踏んでいたが、まさかの帝国とヴィアン国との国境に狸はいたのだ。

コーネリアスの部隊からヴィアン国の近衛騎士隊に護衛が引き継がれている間、それを狸は胡散臭い笑顔の仮面を貼り付けジッと観察していた。

護衛の側から離れず警戒していた私に、ベディング伯爵は「御無事でなによりです」と安堵した表情を見せたが、これが演技だということは分かっている。

彼が疎ましく思っている人間の中に、私も確実に入っているだろうから。

「態々遠い所までご苦労様」と微笑めば、奴も負けじと「随分と暇な身になりましたので」と嫌味と共に微笑み返してきた。

バチバチと見えない火花を散らし互いに探りながら会話を続けていたが、狸が此処に居る理由がさっぱり分からない。

もしや、何かあったのではと馬車を走らせたのだけれど……。

城内に二台の馬車が入り、私とベディング伯爵がそれぞれの馬車から降りると周囲が騒然とした。出迎えにはベディング伯爵の派閥の者達と前々王の派閥の者達が揃っていて、両者から驚きの声が上がっていた。

私とベディング伯爵の組み合わせなどレア中のレアなのだから致し方ない。

夜会でのアメリア嬢との遣り取り、アーチボルトの下した処罰、これらの所為でベディング伯爵を上回る悪女と影で呼ばれている王妃。王を二代に亘って手の平で転がし続けてきた悪の親玉であるベディング伯爵。

……私だって第三者であるならこの組み合わせが一緒に行動していれば普通に驚く。というか、絶対に近づかないわね。

収まる気配を見せない周囲に呆れていると、ベディング伯爵が私に手を差し出した。どうやらエスコートしてやろうということらしい。

まぁ、伯爵に落とされようとこの場で最も権力を持っているのは未だに貴方ですものね。

にっこりと微笑み手を乗せたとき、護衛を連れてやって来たアーチボルトが私とベディング伯爵を交互に見て表情を無くした。

どうしたのだろうかと声を掛けようとし、アーチボルトを支えるように立つフランを視界に捉え口を閉じた。私が口を出すことではない。

何か言いたげな視線を感じたが、ベディングに促されるまま城内へと進んだ。

土産と称して手に入れた帝国の情報は緊急性があるものでもなし、道中で仕入れた情報も合わせて報告するとして、ある程度纏めてからでないと支離滅裂になってしまう。

うん、なら明日でも良いはず。寧ろ、明日が良い。

思っていたよりも長旅で疲れていた私は、アーチボルトを特に気にすることもなく報告を翌日の早朝にしてもらいその日は就寝した。

疲れていたこともあるけれど、色々考えた結果、早寝早起きで報告書を作成しアーチボルトの執務室へと訪れたのに……。

初っ端から兎に角機嫌が悪かったのだ、アーチボルトは。

執務室へ入るなりあの懐かしいゴミを見るような冷たい瞳を向けられ、報告書をジレスに渡そうとすれば横からそれを掻っ攫っていき、帝国での話をすれば眉間に皺が寄る。呆れて肩を竦めれば睨まれた。


――まるで初めの頃に戻ったみたい。


そう思ったのは私だけではないのだろう。アーチボルトの横に座っているジレスも、いつもの定位置に戻ったクライヴもどうして良いのか分からず困っていたのだから。

私が帝国に居た数日の間に何があったのか……。

執務室を出た後、ジレスを呼び止めそれとなく探ってみたが彼も分からないと言う。それならば本人に聞くしかないのだが……そこまで労力をかける意味を見出せない。

唯でさえ問題が山積みなのに、アーチボルトの機嫌の有無などどうでも良かったというか。

其の内機嫌も直るだろうと思っていたのに、この一月の間アーチボルトは私と目を合わせず最低限の言葉しか発しない。

……が、これと言って特に困ることがないのが凄いわ。

ベディング伯爵の方もあれ以来接触してくることはないし、お茶会も側室候補の根回しも大半を終えている。残すは孤児院の寄付金と教会関連だけ。

トントン……と膝の上の書類をペンで叩き、報告書の一番下に書かれている【教会の長にルーティア大司教】という文字をグルッとペンで囲んだ。

孤児院の不透明なお金の流れは元凶を突き止められなくても一時的にストップをかけることは可能。問題は教会の方だった。

教会は簡単に言えば民の心の健康の為に必要な場所。

人ではどうにもならない事が起こったとき、それを説明する為に神という言葉が使われている。教会では儀式を行い、神に供物を捧げ、祈り、願う。人は生きていく上で、精神的に縋るものが必要なときがある。それがこの世界では教会というわけだ。

無駄に権力を持たせぬよう教会は国の管理下に置かれているが、教会を信仰している民の絶対の権力者は王族ではなく大司教だと思う。

教会は王族の管轄であり、一貴族が手を出せるようなものではない。

けれど、それを可能にしたのがアーチボルトの父親である前王だった。孤児院も教会も、挙句国のかじ取りも、全てをベディング伯爵に渡してしまったのだから。

これでは玉座に座っていないだけで、事実上の王はベディング伯爵だと皆が思っていたことだろう。

アメリア嬢がお馬鹿さんで良かったわ。あの男を切り崩す手段となったのだから。

それにしても……何故前王はベディング伯爵の言い成りとなっていたのだろう。何か弱みでも握られていた?国を売るほどの弱みなんてあるのだろうか……。

考え事をしながら、グルグルと何重にも親友の名を囲みながら頬が緩んでいく。帝国の教会の長を手放し、腐敗したヴィアン国の教会に態々移動した理由など一つしかない。


静かな庭園に微かに鳴る足音。


庭園の中心、私の座っているカウチが置かれている場所は石畳の道でぐるりと囲われている。私の周囲に居る者達は皆足音がしない。初めは驚いていたけれど、ラバンでも黒服隊は足音どころか気配一つしなかったのを思い出し納得したものだ。

だから、今聞こえる足音は一人だけ。

今日此処で会う約束をしている者。


「初めから、一緒にこの国へ来てくれれば良かったのに」


近付く気配と共に彼が愛用している甘い香りが鼻を擽り、懐かしさの余り拗ねたような声が出てしまった。


「……馬鹿を言うな。私は、皇帝の機嫌を損ね、不本意な形でこの国へ来たんだ」


ドサッ……とカウチに座る私の直ぐ横にルーティア大司教は腰掛け、脚を組みそっぽを向いてしまった。


「まぁ、それはお可哀想に。でしたら、帝国へ戻れるようお手伝い致しましょうか?」

「……必要ない」

「大切な親友の為ですもの。遠慮なさらずに」

「親友……そうだな、私はお前の親友だからこの国でも我慢してやろう」

「我慢などなさらずに。お兄様にお手紙を書きますわ。直ぐに、アネッ……んんっ!?」

「何でもない!そこの者達は近づくな!」


アネリに紙を持って来て貰おうと手を上げたら、横から腕が伸びて来てあっと言う間に拘束され口を手で塞がれてしまった。

その間、数十秒……この人本当にインドアな大司教様なのだろうか?


「んー」

「良いか?手を離すが侍女は呼ぶな。手紙も必要ない。分かったな?」

「んーんー」

「全く……手のかかる小娘だな……っあ!?」


首を縦に振りながら「オーケー」ともごもご口を動かし、手を離したルーティア大司教の隙をついて髪を思いっきり引っ張ってやった。

サラサラしていて羨ましいわね!本当に腹が立つほど細部まで綺麗な男だわ。


「おい!私の髪を離せ!」

「人の呼吸を止めようとした方が、何をおっしゃられているのかしら?」

「痛いっ!今何本か抜けたぞ!」

「まぁ、ルーティア大司教の髪なら高値で売れそうですわね」

「……お、怒っているのか?」

「なにに、でしょうか?」

「……痛かったのか?どこか捻ったのか?」


泣きそうな顔をしながらオロオロするルーティア大司教なんて、私以外見たことがないのではないだろうか。普段は憎たらしいけれどこういった時は可愛いと思う。だからつい意地悪してしまうのだけれど。


「……」

「すまなかった……許してくれ。おい、セリーヌ」

「不本意でしたの?自ら私の為に来てくれたのではなくて?」

「そ……れは、だな」


至近距離で顔を覗き込むと、苦虫を嚙み潰したよう顔で後ろへ下がろうとする彼の腕を掴んで止めた。心底嫌そうな顔をする彼は私の質問の答えを言いたくないのだろう。ツンデレだものね。


「親友たるもの……」

「ん?」

「見守ることも必要だ。勝手な思いやりも、時には必要だ。傷つくこともあるが、本音で話せなくては親友ではない。だから、あれだ。助けになればと……分かったか!?」

「ごめんなさい。全く分からないわ」

「お前っ……!何故分からない、私達は親友だろう!」

「ふふっ……何故って、ふふ、あははは」

「笑うな!」


心配だからと一言そう言えば良いのに。頑なに口にしないルーティア大司教に笑いが込み上げてきた。手で口元を隠しながら笑っていれば、ムッとしていたルーティア大司教の口角が上がり、嫌な笑みを浮かべた。

……この顔、つい最近帝国の宮殿で見た!

咄嗟に距離を取ろうとした私の腕をそっと掴み、彼は私の頬に唇を押し当てた。


「なにをしている!!」


ルーティア大司教の突然の行動よりも、背後からの怒鳴り声に驚き振り返ると、フランとクライヴを連れたアーチボルトが立って此方を睨んでいた。


「……愛妾を連れ歩いておきながら、勝手な奴だ」


私にだけ聞こえるように呟いたルーティア大司教は、アーチボルトが庭園へ入って来たのが見えていたのだろう。何てことをしてくれたのだ。


「そいつは教会の新しい大司教だったな?何故、私の王妃であるセリーヌにそのような馴れ馴れしい態度を取っている!」


怒りが治まらないのか、早足で私達の前まで来たアーチボルトはルーティア大司教に怒鳴りつけた。大司教とはいえ、一国の王を相手取る程の権力は有していない。

大抵は収拾をつける為に謝罪して終わらせるのだろうが、彼に限ってはその大抵の枠に当てはまらない。現に今もしれっとした顔で足を組んで座っているし。


「アーチボルト王か……どれだけのものかと思っていたが。ふん、器の小さい男だな」

「なんだと!」

「あぁ、聞き捨てならかったのだが。誰が貴様の王妃だ。寝言は寝てから言え。この小娘は神の寵児と呼ばれる私の親友であり、女神だっ……んんっ!?」


溜まっていた不満を吐き出しているのか、まだまだいけるぞ!とばかりにアーチボルトを挑発するルーティア大司教に胃が痛くなりながら、いつ止めようかとウィルス達と目配せしていたのだが、彼の口から女神という単語が出て来た瞬間咄嗟に両手で口を覆った。

先程の私のようにもごもごしているが、少し黙っていなさい!と睨めば大人しくなる。


「失礼致しました、アーチボルト様。ルーティア大司教には私から注意しておきますので」

「……何故、セリーヌが謝るのだ。それにその者は王である私に楯突き、セリーヌに手を出した。私が処罰すべきだ」

「アーチボルト様。ルーティア大司教は次代の教会の指導者と指名されている方ですわ。その方を処罰などすれば民の心は離れていってしまいます」

「だが……セリーヌに」

「私ですか?このような遣り取りなど日常茶飯事ですわよ。彼と私は昔からの知り合いですし」

「んーんー!」

「……親友ですので。クライヴやジレス、アーチボルト様のような関係だとお思いください」


納得出来ないのか、私達を睨んだまま口を閉じてしまったアーチボルト。

ルーティア大司教ではないが、愛妾を連れ歩いている王より、人払いをした庭園で侍女と護衛に囲まれての親友との触れ合いの方がまだ可愛い方だと思うのだけれど。見方によっては女性同士にも見えるし私達。


「親友だとて、私はそのようなことはしない!離れろ!」


何がアーチボルトの怒りに触れたのか、急に私の方へと手を伸ばしてきたのを呆然と見つめていた。

恐らく私とルーティア大司教の距離を離そうとしたのだと思うのだが、伸ばされたアーチボルトの手は途中で横から掴まれ、私はルーティア大司教に抱き込まれていた。


「お戯れが過ぎます、アーチボルト様」

「ウィルス……!」

「クライヴ、フラン。アーチボルト様を部屋へ」

「ふざけるな!何の権限があって其方が命令しているのだ!」

「私はセリーヌ様の専属護衛騎士ですので。主に危険があると判断したまでです。クライヴ!早くしろ」

「アーチボルト様、一旦お部屋に」

「離せ!」


アーチボルトはウィルスの隊服の胸元を掴み声を荒げるが、それをクライヴに宥められながら庭園の外へと引き摺られて行った。

何が起きたのか理解出来ず入り口に立つアデルとテディを見るが、彼等はアーチボルトが出て行った方を見たまま動かない。ウィルスは警戒してなのか私の背後に立ったまま動かないし。頼みの綱のアネリは笑顔で冷気を発しながら茶器を片付けている。


「随分とこじれているな」


のしっと私の肩に顎を乗せ、低い声を出すルーティア大司教に何のことだと視線を向けた。


「……暫くはアレに近づかないようにしておけ。裏でまた何か仕掛けてきているかもしれないからな」

「アレって、アーチボルト様のこと?」

「そうだ。ふむ、一筋縄ではいかなそうだな……私は教会へ戻る。何かあれば影を使って連絡を寄越せ。暇なら、手を貸してやる」


ルーティア大司教は一方的に告げるとさっさと庭園を出て行ってしまった。

残された私は暫くその場で呆けたまま、カウチに座っていた。



※※※※※※※※



――カツ、カツ、カツ、カツ。


日が落ち、静かな城内。

幼馴染で自身の理解者だと思っていたクライヴに庭園を連れ出され執務室へ戻された。そこに居たジレスにまで咎められ、気付けば城内をこうして歩いている。

執務室を飛び出し当てもなく城内を歩きながら自身の靴音にすら苛立ち、更には先程の光景とセリーヌが帝国へ行っていた間に開いた二度目の会議の内容を思い出し、グッと唇を噛み締めた。


『王妃様を使者として送り出した時はどうなるかと思いましたが。認識を改めせざるを得ませんな』

『あの皇帝に気に入られるとは……どの国の使者も煙に巻かれ追い返されているというのに……』

『長年敵国として争ってきた帝国との友好な関係を築くことが出来るかもしれませんぞ』

『それはまだ分かりませんな。先ずはセリーヌ様の帰還を待ってからでしょう。無事にお戻りになられれば良いのですが』

『あの、直属の騎士団が就いているのだぞ?無事に決まっているだろう』


皇帝の戴冠式後に行った会議では互いにいがみ合い背を向けていた者達が、帝国から訪れた使者との面会後、二度目の会議では示し合わせたかのように円滑に話し合いが進んでいた。

内容は皇帝セオフィラスと我が国の王妃であるセリーヌのこと。

先日我が国から送った使者は追い返され、一枚の招待状を持って帰って来た。

招待状には皇帝セオフィラスの名と、帝国の紋章。王である私ではなくセリーヌが名指しされたものだった。

断れば戦争になる可能性がある。

それでも構わないと、そういう意味を込めセリーヌに責任は私が取ると口にした。

けれど彼女は首を縦に振ることはなく、兄であるレイトンにも自身で手紙を書き、数十人という僅かな数の護衛を伴い帝国へと出発した。


――名ばかりの役に立たない王。


人形のように、何もせず黙っているよう躾けられた王子。

渡された書類に判を押し、式典では微笑みを浮かべていれば良い。王としての政務などものの数分で終わってしまう。

そうして日々を過ごしていた私に出来きたことはセリーヌの無事を祈ることだけだった。

帰国予定日の前日。

セリーヌが帰国し次第報告を受け会議を行う為、前回と同様有力貴族が集まっていた。口論はしていないが余り良くない空気の中室内の扉がノックされる。

セリーヌが戻って来たのかと腰を浮かせた私は、慌てた様子の侍従の報告に唖然とし、数人を引き連れ急いで謁見の間へと移動した。


「ヴィアン国の王妃様は、帝国とヴィアン国との親善試合の為帰国が遅れます。詳しい詳細はこちらの書簡に記されておりますので、どうぞお受け取りください」

「……帰国が遅れるだと?一体どういうことだ!」


謁見の間で帝国の使者を怒鳴り、その隣にいる自国の騎士を睨みつけた。

国境までセリーヌを迎えに行かせた騎士達は敵国の使者を連れ帰って来たのだ。

謁見の間には私と宰相であるジレス。クライヴの代わりに護衛に就いているフランと先日入れ替わった近衛騎士二名。

そして、詳細を詳しく把握する為にベディングとカルバートが同席している。


「我が国の皇帝陛下は、決して王妃様を傷つけることなどなく、無事にヴィアン国へ帰国させるとお約束致します。護衛に関しては、行きと同様皇帝直属である第一騎士団、並びに副団長であるコーネリアス・ベイカーを就けさせていただきます」


困惑する私達を前に帝国の使者は淡々と言葉を紡ぎ、手の中にある書簡をジレスへと差し出した。何を勝手なことを!と激怒した私など歯牙にもかけず、笑みを浮かべながら更にとんでもないことを口にした。

困惑から驚きに変わり身体から力が抜け、玉座の背に凭れた私にベディングが手を上げ「よろしいでしょうか」と許可を得てきた。

その様な事一度もされたことがなかった為反応が遅れたが、軽く頷くとすぐさま使者に向き直り「そこの者」と声を掛けていた。


「セリーヌ様は、皇帝直属の騎士を護衛に就けているのか……?」

「はい。皇帝陛下の命により、移動の際の護衛だけではなく宮殿内の警護も担当しております」

「それは……セリーヌ様がそう望まれたのか?」

「いえ……一日早くお着きになられた王妃様を上級貴族、第一皇子であられるアレン様、皇帝陛下がお出迎え致しました際に引き続き第一騎士団が護衛にあたるようにと指示を受けただけなので、私には分かりかねます」

「……皇帝陛下自ら」

「はい。ご心配なさらぬようにと言付かっております」


一体何があったというのだ?敵国の王妃を身内だけの夜会に招待しただけではなく、皇帝自ら出迎え、自身の矛と盾である騎士団を護衛に就けただと?そのような待遇聞いたこともない。

そこまで考え、初めに耳にした使者の言葉を思い出し「まて!」と口にした。


「親善試合とは何だ?」

「皇帝陛下が王妃様の護衛騎士との試合を望まれ、親善試合とした形で開かれることになりました。互いに怪我をさせないようルールに設けておりますのでご心配は無用かと。それと、皇帝陛下もご参加されます」


此方に許可もなく親善試合が開かれ、その所為でセリーヌの帰国が遅れると言う。

全く訳が分からない状態で使者との面会を終え、誰も一言も口を開かず会議の間へと戻った。

それから……待っていた者達に経緯を説明し、使者から預かった書簡をジレスが読み上げると皆が一斉に騒ぎ出した。

ベディングの派閥の者達は口々にセリーヌを褒め称え帝国との和平を匂わせ、中枢から退いていた者達はセリーヌの身の安全を心配し口にしている。


「セリーヌ様は、まこと得難い宝であるようですな」


聞き間違いかと思った。

隣に座っていたジレスもそう思ったのだろう。書類から顔を上げ、セリーヌを褒めたベディングを凝視していた。


「本当に……才がある方というのは、私の常識の範囲を軽く超えていかれる」


ゾッとする程無感情な、冷気が含まれているようなベディングの声音に肩が跳ねた。


『貴方は全てを私に任せ、何もせず、玉座にお座りになられていてください。それがこの国の王の仕事であり、民の為なのですから』


戴冠式の前日に呼び出され告げられた言葉。

そのときも、今のように無感情でゾッとするようなものだった。

いつになると詳しくは聞いていなかったが、帰国予定日から幾日か過ぎた頃にセリーヌは戻って来た。

侍従から報告を受けセリーヌが無事だとは聞いたが、顔を見るまでは安心など出来ずセリーヌの元へと急いだ。


――なのに。


カツカツカツカツ……。


全てが煩わしく、腹ただしい。

城の離れにある祖父が使っていた小さな小屋。そこにある椅子に腰掛け、地面を見つめていた。


「アーチボルト様」


護衛としてフランが付いて来ていたのは分かっていた。

普段の私であれば笑顔で返事をするところだが、そんな気力すらない。今は放って置いて欲しい。


「どうなさったのですか?」

「……」

「アーチボルト様らしくありません。何かあったのであれば、僕に聞かせてください」


頬をそっと両手で挟まれ、そのまま顔を持ち上げられる。

私らしいとは何だ?そもそも、私は何だ?

セリーヌを形だけの王妃としていた貴族共が手の平を返し褒め称え、あのベディングまでもがセリーヌを認める発言をし自ら国境まで迎えに行った。私には人形になれと、それしか価値など無いと言っていたのに。

目頭が熱くなり、私の頬を挟んでいるフランの手が濡れていく。


「……私は、なんだ?誰に必要とされているのだ?」

「アーチボルト様」


帝国でのセリーヌの待遇を知り、クライヴから皇帝の言伝も聞いた。

周囲の者達は何も言わないが、他国でも私はお飾りの王と噂されているらしい。

王の手綱を握る者が変わっただけだと……それでも良いと思った。私が間違えた所為でセリーヌに苦しい想いをさせたのに、それでもこの国の為に踏み止まってくれている。

だから、私も出来る限りのことをしようと決意した。

――それが。


「……私に出来ることなど、なにもない。必要などないんだ」


今迄は私の代わりにベディングがいた。今は私の代わりにセリーヌがいる。

何がどう変わったというのだろうか……。


「アーチボルト様でなければ、セリーヌ様はヴィアン国へ嫁いで来てはくれませんでしたよ」

「……」

「アーチボルト様は後悔なさっているようですが、何もせずにいたからこそ、今のヴィアン国があるのです。たったお一人で、王族という重圧を背負われ王を演じて来られたのはアーチボルト様です」

「フラン……」

「僕は、お側でずっと見てきました。誰も貴方を認めなくても、僕だけは貴方の味方ですから」

「……ラン……フラン……」


膝から崩れ落ち、縋り付くようにフランの腰に腕を回し嗚咽を漏らす。


「私にはっ、お前だけだ……」

「……」


細い腰に回している腕をそっと撫でられ、労わるように金の髪を何度も撫でられた。その優しい手に夢中で縋っていた。


「大丈夫。アーチボルト様には僕がいますから」


――だから。

慰めるかのように囁かれる優しい声とは裏腹に、哀れむような、蔑んでいるような瞳をフランが向けていることに気付けなかった。



※※※※※※※※



物語のシナリオが変わっていることに不安を覚えてはいたが、どこか安堵もしていた。

前世の記憶を思い出してからは、それなりに順調にいっていると思っていたから。


「何も出来ぬと侮っていたが、随分と余計なことをしてくれる……」

「消しますか?」

「いや、まだ使い道がある。そうだな……暫く隠してしまうか。互いに疑い、仲違いでもすれば上々だ」


信頼出来る侍女、頼もしい護衛騎士、お兄様の影。

当初よりも頼もしくなった私の身辺。悪意と憎悪が渦巻く城内でこれならやっていけると過信していたのだろうか……いや、実際かなりの布陣だと思う。


――だから、コレは誰の所為でもないと思うのだ。


身体の痛みと怠さを不審に思いながら目を開けると、そこは薄暗く狭い場所だった。側には私と同じように縄で縛られている……フラン。


――主人公のイベントに巻き込まれたら、回避しようがないのだから。








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