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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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絡まりだす糸

「明日からの鉱山の視察。退役した兵とその家族、遺族への補償。これらに加え教会の長を挿げ替えるという事案。今日の会議で話し合うことは山ほどあるな」

「……あぁ」

「昨日捕えた貴族共の処分もだ」

「……分かっている」


前を歩き適当に相槌を打つ己の弟の姿に小さく息を吐き出した。

セオフィラス・アディソンの初めての恋……なんと似合わない言葉だろうか。

十代の若造でもなく、人並み以上に経験しているいい大人が今更恋煩いとは。幼い頃からセオを知っている身としては未だに信じられないことだ。

しかも、その相手が長年争ってきた国の王妃。どこぞの不出来な恋物語のようではないか。

それだけでも厄介だというのに……先程のアレだ。


『私の女神にご挨拶を』


普段呼ばれても宮殿へ足を運ばない大司教が姿を現した。正確には夜会と今朝で二度。

最近は大人しかったこともあり、珍しいこともあるものだと放って置いたが……。

アレの幾重にも覆い隠した本性を考えれば、この二日の行動は可笑しいと気付けただろうが……あの見目で控えめな態度を取られ私も騙されていた。

【女神】という言葉に気を取られた隙にルーティア大司教は地に膝をつき、ヴィアン国王妃のドレスの裾に口付けた。

その瞬間脳裏に過ったものは【女神教】。

戴冠式の日にセオに注意を促しはしたが、余りにも出来過ぎた噂話しの所為で実在しているなどと思ってもいなかった。

けれど女神は実在していた。

ルーティア大司教を筆頭とした教会関係者共が心酔している人間が存在している。

信者となっている者達の人数も身分すらも把握出来ていない。平民、貴族、まさかとは思うが王族などが関わってなどいないだろうな……。


――至急情報を集めなくてはならない。


皇帝の私室に入り、護衛を外へ下がらせ扉を閉めた。

部屋の中にはセオと私、エルバートの三人。出来ればコーネリアスも居て欲しかったが戻ってくるのはまだ先だ。待っている時間は無い。


「セオ。ラバン国の至宝がルーティア大司教の女神だと、お前は知っていたのか?」


人目があると我慢していたものが一気に噴き出し少々威圧的な物言いになってしまった。だがそれも仕方が無い。あの場でのあの対応は皇帝としては失格なのだから。

苦笑するセオに座れと視線で促し、じっくり言い訳を聞かせて貰おうかと自身も対面に腰を下ろした。


「……いや、俺も驚いた」

「一瞬だけだっただろう。まぁ、その一瞬の隙を突かれて大司教の暴挙を許すこととなったのだが?」

「妙手だったな。教会の者達が背後に居ると知れれば、迂闊にセリーヌに何かする馬鹿は減るだろう」


昼食後に行われる会議の資料を手に取り、それを読みながら何でもない事のように語る弟に頭が痛くなる。

女神について探りを入れるわけでもなくそのままセリーヌ王妃を帰し、大司教の急な移動願いにはあっさりと応じてしまった。

力を持たぬように教会を国の管理下に置いているとはいえ、年々勢力を増していく教会を恐れている国は多い。その教会の最高位、指導者の跡を継ぐと言われているルーティア大司教を目の届かない場所へ送ることになるなど……セオは一体何を考えている。


「……やはり、知っていたな?」

「知らなかった……が、夜会に姿を見せた大司教と親友だとセリーヌが言っていたからな。まさか、と思って本人に女神の話をした。だが、知らないと言われた」


書類から顔を上げたセオのアンバーの鋭い瞳は和らいでいて、口元も緩んでいる。

これは相当重症だな、とセオの側に控えているエルバートに肩を竦めて見せた。


「初恋相手に甘くなる気持ちも分かるが、お前はこの帝国の皇帝だ。国もそうだが、セオフィラス・アディソンの名を汚すことも許されない」

「もう既に血塗れだ。今更綺麗も汚いもないだろ」

「そういう意味ではないことくらい分かっているだろう?前皇帝の巨大国家を支持する者達など親善試合をしなくてもどうとでも出来た。態々我々の反対を押し切ってセリーヌ王妃をこの国へ招くことなどしなくても良かった筈だ」

「……」

「周囲に見せつけるかのように皇帝直属の騎士団を迎えに行かせ、身内のみの夜会に招待し、親善試合でヴィアン国……いや、王妃の専属護衛騎士の力を見せつけた。これによって我が国と皇帝の利になるものは何だ?何を得た?得たものは不名誉な中傷だ」

「……」

「同盟国、傘下国の使者が此方へ向かっていると報告が来た。用件は分かっているだろう?」

「余り愉快なものではなさそうだな」

「当たり前だ。お前はもう皇子ではなく皇帝なのだぞ?発言から行動、一挙一動、全てに注意を払わなくてはならない。側室どころか婚約者も居ない状態で、セリーヌ王妃を個人的に招けば邪推されるに決まっているだろう。それか、気が狂ったと捉えられても可笑しくはない」


セオの皇妃、側室候補は今現在同盟国から慎重に選ばれている最中だ。

聖女との婚姻は拒否する姿勢を見せていたが、その他については何か言う事はなく国の為の婚姻だと割り切っていた。

皇帝に指名された時も、残り少ない自由な時間を満喫すれば大人しくその座に就くと言っていた。予想外に執着する者が出来たが、全てが順調に進んでいた。そう思っていた。

それが、今はどうだ?各国の使者が慌てて詳細を確認しに来るほどだ。


「帝国の在り方を変えると、そう宣言した」

「皆がお前のような者ではない。直ぐに切り替えることなど不可能だ」

「それでも俺が皇帝だ。従ってもらう」

「……何を急いでいる?何故この短期間で前皇帝派閥を潰そうとしている?」

「……」

「……兎に角、もう少し余裕を持って行動しろ。件の噂は直ぐに消しに動く」


私に視線を固定したまま口を開く様子のないセオに、首を横に振り小さく息を吐き出した。

教会の最高権力者を手足のように扱える者。

レイトン・フォーサイスと黒服隊が大切に慈しんできた至宝。

魔女と呼ばれたロメナが時間を割いてまで見送る程気に入った人物。

ヴィアン国の英雄の孫を専属護衛騎士に、王であるアーチボルトを手玉に取りベディング侯爵の地位を伯爵に落とした王妃。

そして、帝国の現皇帝が唯一執着心を見せた皇妃候補。

これら全てが同一人物だなどと、一体誰が想像するだろうか。どれか一つだけでも耳に入れば様々な意味で眉を顰めるものばかりだ。

焦って物事を進めれば必ずどこかで失敗する。そのようなこと言われなくても分かっているだろうに。

報告書に書いていない何かがあったのか?とエルバートを睨みつけ、この話しは終いだとテーブルの上にある書類を手に取ろうとしたときだった。


「悪いが。それは出来ない」


低く、威圧のある声が私の動きを止めた。


「……それはどういう意味だ?」

「前皇帝派閥は直ぐに潰す。噂に関しても、消す必要はない」

「セオ……良く考えろ。お前だけのことではない、皇妃にと望んでいるセリーヌ王妃にも害が出ると分かっているのか?私は反対しているわけではない。欲しければ彼女を力尽くで手に入れても良いと思っている」

「力で手に入れたものに、心は伴わない」

「今のやり方でも何も手にすることは出来ない。国が傾けば、その先に望んでいるものも無くなるぞ」


目を覚ませ!と腰を浮かせかけたとき。


「……あぁ、勘違いさせたみたいだな。俺はセリーヌを手に入れる為に動いているわけではない」


軽く頷いたセオが訳の分からないことを口にした。

困惑しながらソファーの背凭れに寄りかかり、片手で目元を覆った。

どういうことだ?セリーヌ王妃を皇妃にと望んでいたのではなかったか?初恋なのだろう?セオフィラス・アディソンが他国に侮られることになっても、帝国へ呼び寄せたかったのだろう?


「どういうことだ?」

「事の次第が分かるまではと思っていたんだが……エルバート」

「はっ」


何やら紙の束を持って近づいて来たエルバートを視界に入れ、ゆっくりと身体を起こし受け取った。

今迄隠されていた報告書か?と紙の束を捲り、一枚、また一枚と読み進めていくうちにセオに関しての報告書ではなく、国に関してのものだと気づき「これは……」と顔を上げた。


「前皇帝とその派閥。それと、ヴィアン国を長年影で牛耳ってきたベディングの調査報告書だな」

「……繋がっていたのか?」

「さぁ……?それらを今調査中だ」

「これはお前一人で調べたのか?」

「いや、初めに気付いたのはレイだ。ダリウス・カーライルが生きていた時代なら兎も角、これといった優秀な騎士も、ウィルス・ルガードも居ないヴィアン国を何故落とせなかったのか」

「ラバン国が背後にいたからだろう?」

「本当にそうか?俺に最前線へ出ろという命令は一度もなかった」

「お前が出れば、レイトン・フォーサイスと黒服隊が出るからだろう」

「……なら、一番手っ取り早い方法がある。アーチボルトを暗殺すれば良い」

「王族の暗殺など、そう簡単にはいかないだろ」

「帰還式の夜会、レイの護衛で、二度ほど王宮内に簡単に入れたな。影もつけていないようだったから、暗殺など容易い」

「……」

「王族の血を引く者はアーチボルトとウィルスの二名だけだ。アーチボルトに何かあれば継承権を持っていなくてもウィルスが王になる。不安要素でしかないウィルスよりアーチボルトの方がベディングには都合が良いのだから、本来なら厳重に周囲を固めていなくては可笑しい」

「……アーチボルト王が狙われることがないと、そう知っていたのか?」

「前皇帝は、ウィルスが飛ばされた国境の砦に狙いを定め散々兵を出していたらしい」

「威嚇ではなく、ベディングと何か取引をしていたのか?だが、それならば国境にお前を行かせているだろ?」

「……英雄の孫相手に、次期皇帝を行かせるか?前皇帝からしてみればウィルスの命などどうでも良かったんだろ」

「約束を守っていると示せれば良かったと?だが、セオの言った通り賢王とダリウスの居ないヴィアンなど交渉相手にもならない……それこそ力尽くでどうとでも出来た筈だ。何を餌にされた?」

「……余程手に入れたいものがヴィアン国にあったんだろ」

「馬鹿な……お前より以前の皇帝の望みは巨大国家だ」

「それは聞いてみなくては分からない。何か心当たりはあるか?」

「……いや」


一瞬。皇帝であった父の部屋で見た絵画が脳裏を掠めた。

口を開きかけ(まさかな……)考え直す。ラバン国ならまだ分かるが、ヴィアン国を攻めない理由にはならない。


「帝国とヴィアン国が繋がっているのだとしたら、同盟国の王女相手にあの扱いも納得がいく。ベディングからしてみれば、攻めてこないと分かっている国に脅威などないのだから同盟国など必要ない。寧ろ、邪魔だろうな……自身を追い落とすようアーチボルトを諭したセリーヌと、王族の血を引くウィルスは」

「……!」

「ベディングに何か利が無い限り、セリーヌは命を狙われる」

「お前……だからセリーヌ王妃を招いたのか……?」

「皇帝との繋がり。帝国の要となる鉱山の場所。これだけでも奴にとってセリーヌは利用価値がある。それと、俺との醜聞で周辺国は動向を探ろうと敏感になっているだろ?セリーヌに手を出し難い状況にしたかったのもあるな」

「……帝国の皇帝陛下が恥も外聞もなく敵国の王妃を溺愛しているのだから、何かあれば皇帝直属の第一騎士団が動くと、そう思われているだろうな」

「ははっ、溺愛か。間違ってはいないな」

「獅子は色事に溺れ、無能者になったらしいぞ」

「俺のことなど好きに噂してくれて構わない」


――セリーヌさえ無事ならば。

言葉にはしていないが、そう後に続いているのだろう。

安易に帝国へと招くのではなかった。セオが何と言っても許可など出さなければ良かった。

皇帝の命は絶対。皇帝を指針に我が国は進んで行く。

セオがセリーヌ王妃を皇妃と定めたのならば、私達はそれを叶える為に動く。

それが、例え我が国を滅ぼす引き金になり得る危険人物だとしてもだ。


「そこまでして、手に入らなかったらどうする気だ?」

「枕を濡らして毎晩眠るしかないな」

「……」

「今直ぐにとは思っていない。まだ、調べる事があるしな」

「まだ何かあるのか?」

「恐らく……もう一国、関わっている」


トントン……と組んだ腕を叩いていたセオが、紙の束から一枚書類を抜き出し私の前に滑らした。

内容は……。


「あぁ、お前が騙され、取り逃がした美女……いや、美男か」


私の言葉で項垂れてしまったセオに笑い「これがどうした?」と話しを促した。


「セリーヌを襲わせた黒髪と、夜会に現れたエリスと名乗った者はどちらも異国の者だ」

「だからもう一国か……?」

「エリスは、俺達は何も知らないと……そう言っていた。邪魔さえしなければ敵にならないとも言っていたが」

「味方と言うことか?」

「さぁな。だが、邪魔をすれば敵になると言うことだ。それと、昨夜レイから届いた書簡がこれだ」


バサッ……と放り投げられた手紙に視線を移し、目を見開いた。


「オルソン……」

「あぁ。海を挟んだ向こう側の国だ。……黒髪は船を使って逃亡。エリスは夜会後にもう一度セリーヌに接触し、その後姿を消しているらしい。レイの部隊が追えなかった理由は一つ。海の向こう側に逃げられたからだ」

「あの国は、難しいぞ」

「レイが動いている」

「レイトン・フォーサイスに伝手があるのか?」

「オルソンの第三王子であるエルヴィスと知己らしい。人脈が広すぎるだろ……本当に、恐ろしい奴だな」

「……お前の将来の義兄だろう?」

「……」


私の指摘に間の抜けた顔をしたまま固まったセオに笑いが込み上げ、必死に耐えた。エルバートに至っては吹き出している。

アレが義兄か……同情はするが助けてはやれない。私はロメナで手一杯なのだから。



※※※※※※※※



君は深く傷つき、朦朧とした意識の中、それでも愛する人の名を呼び続けていた。


――寂しい。

――悲しい。


俺にはそう聞こえた。

気づいたときには間に合わなかった。

俺は、二度も過ちを犯した。


『ありがとう……名も知らぬ方』


最後だと、そう言い微笑んだ君の涙を拭ってあげることも出来なかった。

君の望みを叶えてはあげられなかった。仇を討つことも敵わなかった。

なにもかも、遅すぎた。

君が存在しない世界など、全てが空虚で。

何度世界を恨み、神を恨み、自身を恨んだことか。


――だから、次は間違えない。


邪魔をするものは全て排除する。

君が幸せでない世界など必要ないのだから。

一緒には居てあげられないけれど、約束は守るよ。

君を幸せに出来る男が現れるまでは。


「大切な家族で、妹で……」


愛している女性だから。


「恨まれるかしら……泣かせてしまうかもしれないわね……」


大丈夫。今回は出来うる限りの手は打っている。

俺の代わりも、君の味方となる者も用意した。


「エルヴィス様。書簡が届いております」

「……えぇ」


俺が君の幸せを邪魔する存在となる日が来たのなら

――自身を、消してしまえば良い。





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