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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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打算のない友愛


「若作り……態度だけではなく、性格まで悪くなった?」

「そっくりそのまま、大司教様にお返ししますわ」


誰が、小娘だ。あの頃ならまだしも、成人して結婚までした立派な淑女よ。

四十手前という年齢にも拘らず皺の一つもなく、人外の顔を引き攣らせているルーティア大司教は、帝国に置かれている教会を任されている人。

彼に初めて会ったのはラバン国。まだ王女だったとき、月一回開かれる礼拝に参加していたセリーヌに声をかけてきたのがルーティア大司教だった。

今と変わらず不遜な態度で「おい、お前」と王女を呼んだ彼に当然クレイは噛みついた。

彼の背後では顔を真っ青にし、何度もセリーヌに頭を下げる司教達。

セリーヌは驚きながらも「本日は一信者としてこちらへ参りました。ですので、お気になさらずに」と、司教達に微笑んだ。

彼はセリーヌが不敬罪だ何だと言ってくるものとばかり思っていたのだろう。驚いた顔をしたあと片眉を上げほくそ笑み、何が琴線に触れたのか……その日は文句を言いながらも纏わりついてきた。

丁寧な対応をした結果、絡まれるという事態に陥ってしまったのだ。

頻繁に教会にやって来るようになった彼は、礼拝では態々隣に座り大司教の癖に祈りもせずに話しかけてきて、生活困窮状態にある民への炊き出しでは汚れるのも気にせず食事を作り配給まで行う。対外献金の一部を補う為に手作りの物を販売するときも、妙な札を作り楽しそうに売っていた……。

その彼が、帝国で大司教という地位に就いていると聞いたときは一瞬呆け、何度も司教達に確認した。本人は「何故、私に聞かない!」と怒っていたが、言わずもがな。

帝国領内でなくラバン国でそれを行う彼を訝しく思いながらも、屈託なく笑い子供のように無邪気な面を見せる彼にセリーヌは次第に絆されていった。

王女と大司教という互いの身分も気にせず、言いたい放題、遣りたい放題。周囲に居た者達はハラハラしながら二人を見守っていただろう。

様子を見に来た兄に、彼は厳格な威厳ある大司教として盛大に猫を被り挨拶をした。その横では母親のような顔で見守るセリーヌ。全て報告を受けているであろう兄は二人を見て苦笑し、その背後で舌を出し笑い合ったりもした。

歳の離れた親友と呼んでも差し支えないルーティア大司教。

彼と最後に会ったのはヴィアン国へ嫁ぐ数週間前。

お別れの挨拶をしたセリーヌに、聞きたくないと耳を塞ぎ、考え直すようにと訴えた。それでも首を横に振り続けるセリーヌ。


「絶対に、幸せになどなれない。それを理解してから、嫁げ」


いつになくきつい眼差しと共にそう吐き捨てた彼が教会を出て行くのを見送りながら、親友との決別にセリーヌは声もなく泣き続けた。

幼い王女相手に毒を吐き、甘え、駄々を捏ねる大司教なんてこの先彼以外いないだろう。

二度と会うことがないと……そう覚悟を決めていたのに、彼はこうして何時でも私の前にあっさりと現れる。


「護衛は声が届かない場所まで離れて」


私の側にいる護衛達に鬱陶しそうに手を振り、威嚇するように睨みつけるルーティア大司教に苦笑する。相変わらずなのは貴方だと。


「無理を言わないで」

「何故?お前の国ではそうしていた」

「此処がどこか、おわかりでしょう?私はヴィアン国の王妃で、帝国は敵国。護衛を離すわけにはいかないの」

「だから、なに?視界に捉えているのだから大丈夫。それに、何かあれば私が盾になる。ほら、さっさと散れ。邪魔」


大司教の命令だろうと、私の専属護衛が主の許可無しに離れるわけがないのに……。

私を見下ろしながら腕を組み、眉を顰める彼に悪戯心が沸き上がり「お願いしますは?」と囁いてみた。

口の端を上げて笑う私に気づき、渋い顔をしたルーティア大司教。


「……お願い、します」


本当に嫌そうに、この世の終わりのような顔でそう口にした。

この遣り取りも久々だったりする。

護衛として側にいる彼等に「少しだけ離れてちょうだい」とお願いすると、ウィルスは頷きクライヴの腕を掴みテラスの端へテディ達と移動し、ルーティア大司教に付いて来ていた者達は同じく頭を下げ離れた。

これで何かあれば絶対に彼を盾にしよう……。


「これでよろしいかしら?」

「本当に、相変わらずだ……」

「あら、挨拶のようなものでしょ。それで、聞かれたくないお話(「話」は名詞で、「話し」は動詞ですが、この場合に使用するのは名詞の方の話ですので送りがなの「し」は必要ありません)があるのでは?」

「……」

「普段気にもしない周囲を遠ざけるなんて、貴方らしくありませんわ。何かあるのでしょう?」

「……」

「そのように怖いお顔で黙ったままでは、私には伝わりませんわ」

「皇帝とはどういった関係だ?」

「……お兄様の、知己よ」


私の隣に並び立ち、広間の方へ視線を向けたまま素っ気なく聞かれたのはセオフィラスのこと。てっきりヴィアンのことか、アーチボルトのことを聞かれると思っていた私は、一瞬間を置き無難な答えを返したのだけれど……。


「馬鹿なの、か?」


がばっと覗き込んできた彼の顔は心底呆れた!といった顔で、そこからの罵倒……。

どうやらこの回答はお気に召さなかったらしい。

手でシッシッと払うと、再び広間へと顔を戻したルーティア大司教にそれで良しと軽く頷いた。


「関係を問われても他に言いようが……あ、お父様みたいな感じかしら?」

「は?」

「お兄様と言うよりは、お父様に近いのよね」

「だから、お前は何を言っている?血の繋がりがない成人した男を、父親?馬鹿がっ!」

「皇帝陛下には危ない所を何度も助けていただいたのよ。敵国の皇帝というよりは恩人扱いになるのも分かるでしょ?」

「悪意どころか、好意を持ったと?お前こそ分かっているのか?兵を引いたとはいえ、敵国の皇帝だ」

「私と貴方だってそうでしょ?」

「教会の者と皇帝では周囲の捉え方も思惑も違う。皇帝に助けられるというのも有り得ないが、それでどうして父親扱いになる……」

「それについては、私の態度と様子から、皇帝陛下とお父様を重ねているのではないかと助言してくださった方がいましたの」

「お前の周りはお前を筆頭に間抜けばかりだ。そんな馬鹿なことを誰に言われた?そいつも、お前も、本気で言っているのなら頭がどうかしているとしか思えない」

「失礼ね。助言をくださったのは、誰よりも信頼出来る方なのよ」

「……信頼?誰よりも?」

「えぇ」


互いに視線を合わせず淡々と会話をしていたのに、やや拗ねた声を出したルーティア大司教は「信頼?信頼……一番?」とぶつぶつ呟き出した。


ナニコレ、怖い。


「まて、不動の一番がいる」

「お兄様?」

「アレは外せ。一番、信用ならない」

「では、私の侍女か護衛しか残っていないわね」

「誰よりも頼りになる、賢く、美しく、地位もある者が、今、お前の、隣に立っている!態とか!?」

「なにを、馬鹿なことを……」

「馬鹿はお前だ!」


彼がなんて言って欲しいのかは分かっていたのだけれど、ちらちら此方を窺いながら自身の名が出てくるのを待っているのが可愛くて、つい意地悪してしまう。


「話が逸れたが、皇帝が父親云々は間違いだ。多少の好意はあれど、それがどういった形のものであるかは、お前にしか分からない。他人が口を出すことではないし、分からないからと考えもせずに決めつけるものでもない」

「答えが出ないときは、どうすれば……?」

「……それは、どういった意味だ?家族愛か友愛かで問うているのか?まさかとは思うが、恋愛の方ではないだろうな?」

「どう違うの?」

「愛には様々な形があるが、お前があのヴィアンの王へと向けていたものは【求める愛】だ。【無償の愛】ではないからこそ、道を逸れ、憎み、狂うこともある。想いが強ければ、強いほど……まぁ、まだ平気そうだが」

「家族愛か友愛のどちらかだとは思うのだけれど……」

「お前の優秀な脳も、相変わらずそっち方面は使い物にならない。いや、確実に悪化しているな」

「失礼ね」

「くだらない男に騙されただろ」


彼が言っているのは、アーチボルトのことだろう。

アーチボルトは悪い意味で有名だったらしく、彼を通して知り合った教会関係者達は私達の婚約に皆眉を顰めていた。その筆頭がルーティア大司教。

彼にはセリーヌが騙されていたように見えるらしいが、アーチボルトは騙したわけではない。最初から最後まで、一切容赦なく好意の欠片さえ見せなかったのだから。

幼い頃から婚約者に対しての義務すら放棄し、婚姻関係を望んでいないと示してきたアーチボルトはある意味誠実なのかもしれない。彼が王族で、王太子でなければの話になってしまうが。

国同士の婚姻。初恋の相手に必ず嫁ぐことが出来る。そう浮かれ、足元が脆い道を選んでしまったのはセリーヌ本人。言わば自業自得というもの。

まぁ、決められていた政略結婚なのだから、本人が何を訴えても行き先は脆い道一直線。そこで逞しく生きていかなければ。

セリーヌが良い子で、愛されていたから、周囲の者達はアーチボルトに敵意を抱いてしまう。

彼がお花畑なアーチボルトに会ったら、首を絞めるかもしれない……いや、確実に殺るだろう。


「お前は変わっていない。安易に、自ら痛い目に合いにいく。私は言った筈だ。あの王との婚姻は何も生まれないと。苦しい思いをし、堂々巡りになり破滅すると」

「そうね」

「国同士の婚姻ならば、その国とて迂闊に手出し出来ない方法を逃げ道として用意してあった。よく考えるように忠告したにも拘らず……お前は嫁いで行ったが」


最後の方は聞こえるか聞こえないかギリギリの声音で……。

彼はセリーヌという友の為に最大限の努力をしてくれた。そのことにセリーヌは気づいてはいても、彼等の手を取ることはしなかった。

アーチボルトを、愛していたから。


「……お前が選んだ道だ。私には関係ないがな」

「……」


素っ気なく突き放された言葉に返す言葉もなく、そのまま互いに黙り込んでしまった。

これがルーティア大司教でなければこの気まずい空気をどうにかしようと奮闘するのだが、彼に関しては放置でも構わない。

隣からそわそわした気配を感じ、頬が緩んでしまう。


「……で、どうだ」

「どう、とは?」

「……だから、あれだ。上手くやれているのか?あの王に虐げられたりなどしていないだろうな?」


彼は関係ないと言いつつも、結局こうして私を気遣ってしまう。


「私を見放したのではないのですか?」

「情報は多いに越したことはない。……別にお前を心配して聞いたわけではない。噂通りの王かと、気になっただけだ」

「では、黙秘いたしますわね」

「……黙秘……黙秘?本当に……生意気な……!」

「私はヴィアンの王妃ですから、安易に情報を差し出すような愚かなことはしませんの」

「ふん。現状を見れば察せられる。あんな王など当てにはならないと、私は前から知っていたのだからな」


毒を吐いたかと思えば、心配するような言葉を口にする。

これがツンデレというものだろうか……四十前の大司教様のツンデレなんて需要があるのか分からないけれど。

広間に向けていた視線を隣に立つツンデレ様に変え、まじまじと眺めてみた。

神の御使いと称されているのも頷ける。黙っていれば手の届かない存在に感じてしまうのだから。

そんな美しい彼は、残念ながらゲームの攻略キャラではない。テディやアデル達もそうだが、どうしてまともな人間は皆モブなのだろう。顔よりも、大事なのは中身だと思うのだけれど。


「……なにを見ている?」

「ルーティア大司教様を」

「今更眺めてどうする?飽きるほど顔を合わせてきただろ」

「随分と昔のように感じるわね……とても、懐かしいわ」

「……ふん。それが、友愛だ。覚えておくと良い」


先程まで眉間に寄せていた皺がなくなり、口元が緩んでいる。

あんな別れ方をしたのに、まったく、この人は。


「そうだ。アレは、大事に持っているのか?」

「えぇ」

「……ならば、良い。もし耐えられないのであれば、使え」

「あら、お優しい」

「お前が、頭を下げて、泣いて頼むのであれば、だ!大司教である私が、救いを求める者を無下には出来ないからな」

「それがお優しいと言っているのですよ?」

「手助け程度しか、してやれない……」


大司教とはいっても、彼一人で国や王を相手取ることは出来ない。

彼は、とても優しい人だ。

だから、手助け程度でしか私を助けることが出来ないと嘆いてしまう。


「アレは、手助けなどと軽いものではありませんわ。充分、国を相手取って戦う気ではないですか……」


私の言葉にルーティア大司教は鼻を鳴らし、広間に居る皇帝に人差し指を向け「あれは!」と指した。


「父親ではない。狼だ。男は皆、野蛮な狼だ。必要以上に近づくな」

「ルーティア大司教様も、男性ですわね」

「私は問題ない。お前の前以外では、神聖な神の御使いのように振舞うよう心がけているからな」

「……」

「私は美しいからな。迂闊に手など出せないよう、そうした方が都合の良いことが多々ある……聞いているのか?」

「御自分で、美しいとおっしゃられるのですね」

「何故、離れる……?おい、こっちへ戻って来い」


ルーティア大司教に背を向け、護衛の方へと足を向ける。背後で何か喚いているが、そろそろ時間切れのようだ。皇帝陛下が先程から何度もテラスを窺っている。


「セリーヌ」


お前や小娘ではなく、今日初めて名を呼んだ親友。

振り返り、手を振る親友に微笑んだ。

王妃では公務以外に城の外へ出ることはない。ヴィアンの教会がどの程度ベディング伯爵寄りなのかも確認が取れていない。

恐らく、彼に会えるのは当分先になる。

それは、私が王妃として教会を訪れるのか……王妃を辞めるときなのかは分からないが。



※※※※※※※※



「散歩は楽しめたようだな」

「えぇ。久しぶりに友にも会えましたわ」


セオフィラスの元まで戻ると、皇帝直属帝国第一騎士団の団長と副団長が彼の側に控えて居た。

……当たり前なのだけれど、なにか、こう雰囲気が。

どうしよう……物凄く嫌な予感がするわ。


「あれは大司教だろう?帝国領内の教会の者と、友とはな」

「教会関係者は敵国でも自由に行き来出来ますわ。ルーティア大司教様とは幼い頃にラバン国内の教会で知り合いましたの」

「教会での慈善事業か……王女ならではだな」

「お兄様もそうでしたが、男性の方はあまりそちらの方は手を出しませんから」

「……大司教と友なら、女神のことは知っているか?」

「女神……ですか」

「俺も人から聞いたので詳しくは知らないが、神の御業のようなことを行っている者がいるらしくてな。その者に心酔している大司教は女神教を立ち上げているらしいぞ」

「……さぁ、ヴィアンに嫁いでからは会っていなかったもので」

「そうか」


そんな面白そうな顔で私を見ないで欲しい。何も、答えられないのよ!

神の御業?女神?勘弁してよ……それら全て、かなり誇張されたものなのだから。

私の為にしたことだとは分かっているが、やり過ぎだ!と大きな声でルーティア大司教、その他周囲の者達に主張したい。


「なら、聖女は紹介されたか?」

「聖女ですか?いえ、お会いしていませんが」

「それなら良かった」

「その聖女も、ルーティア大司教様と関係がある方なのですか?」

「あぁ。大司教の庇護下にある、平民の少女だ」


女神のときとは違って、聖女の話を出したセオフィラスの顔はとても嫌そうなものだった。何かあるのだろうか……。

先程までいたテラスへそっと視線を向け問題の主を探すが、彼はもう移動したのか姿が見えない。まだ居たのなら、聖女とやらの話しを詳しく聞きたかったわ。

あの彼が態々庇護している者がいたなんて!しかも、少女ときた。ナニソレ、詳しく!


「その少女に何かあるのですか?」

「いや……そんな不安そうな顔をするな。ロメナのように、セリーヌを困らせなければそれで良い」

「困らせてなど……っ!」


不安な顔などしていただろうか?と、頬に手を当てセオフィラスを窺うと、アルカイックスマイルが返ってきて思わず固まってしまった。


「セリーヌ」

「……はい」


掠れないよう気をつけながらもなんとか小さな声で返事をしたが……。

触れている頬が熱くて、何か、こう胸がもやもやとするのだ。最近本当に調子が悪い。

そう言えば、広間にロメナの姿が見えないと無理矢理思考を変えた私と同様に、向き合っていたセオフィラスと側近二人の空気が変わった。


「明日、セリーヌと専属護衛達の時間を貰いたい」

「帰国を一日伸ばせとおっしゃられるのですか?」

「すまない。どうしても必要なことでな」

「構いませんが、何をなされるのですか?」

「セリーヌの護衛騎士と帝国騎士との親善試合だ」


頬がとか、胸がとか、ロメナがどうと言っている場合ではない。セオフィラスは今何て言っていたの?

……試合?誰とだれが!?


「私の護衛と、まさか……」

「エルバートとコーネリアス、それと俺だ」


数々の国を落としてきた帝国最強の騎士団長と副団長だけでなく、それらを指揮し自ら先陣を切ってきた皇帝と、試合ですって?

敵国でありながら客人扱いされているだけでも異例だというのに、皇帝陛下に剣を向けろと?私の護衛を殺す気なの!?

もう!だからどうして、私の悪い予感ってこうも当たるのよ……。


「お受けいたしかねます」

「試合をするだけだ。殺し合いをするわけではない」

「ですが、皇帝陛下に剣を向けた結果、怪我をさせでもしたら私の護衛騎士が罪に問われるのではないでしょうか」

「俺が、怪我をすると?」

「えぇ。私の護衛は優秀ですから」

「では、罪には問わないと誓約書の一枚でも書けば、許可するのか?」

「皇帝陛下、並びに団長と副団長であるお二人。更に帝国領内、皇帝陛下の御前での真剣を扱う許可。私の護衛達の身の安全。多少の怪我ならば許容範囲内ですが、騎士としてあることが出来なくなるような状態でしたら、皇帝陛下の腕の一、二本はいただきますわ。それでも構わないとおっしゃるのであれば、私も考えますわ」


結構な無理難題を吹っ掛けたのは分かっている。護衛と皇帝陛下の価値が同等と不敬なことを口にしているし。それを側近二人が聞いている。

私一人が咎められるのであれば安いものだ。彼等は私が全力で守ってみせるわ!

どう考えても簡単に頷けないような内容。それなのに……。

断ってくれることを願いながら、動揺を微笑みの下に押し隠す私の耳には不穏な言葉が聞こえてくる。

セオフィラスは気分を害した様子もなく「それで構わないか?」と聞いているし、側近二人は「なんなら首でも差し出せば良いのでは?」や「腕が無くとも、セオフィラス様ならばなんとでもなりましょう」と訳が分からない。そこは普通止めるでしょうが!


「よし、全て誓約書に書くことになった。これで明日の試合の許可を貰えるな?」

「本気でおっしゃっておられるのですか?何故、そこまでして試合など」

「今宵この場に呼んでいない者達の中で、何やら不穏なことを画策している阿呆共がいるらしくてな」

「それと試合にどのような関係があるのですか?」

「ヴィアンの英雄の存在を忘れた愚かな者達に思い出させる為と、セリーヌが……」

「……私が?」


セオフィラスは途中で言葉を止め、ジッと私を見つめながら何か考えているようだ。聞き返すと、開きかけていた口を閉じ「いや……」と苦笑した。


「……何でもない。セリーヌの護衛にウィルス・ルガードがいると知ったからな。一度手合わせもしてみたかったんだ」

「そうですか……」


なにか腑に落ちないが、セオフィラスのことだから意味があることなのだろう。

けれど、譲歩してくれたセオフィラスには悪いが、大切な身内同然の私の護衛騎士をそんなにほいほいと貸し出すわけがない。彼等が良いと言わなければこの話は終了よ。

私が止めれば彼等は試合などしないのだから!



※※※※※※※※



「良い経験にもなるでしょうから、構いません」


そう思っていた時もありました……。

夜会後に部屋へと彼等を集め、セオフィラスから提案されたことを話した。

誓約書があるとはいえ何が起きるかは私にも分からない。その場合は庇えなくなることもあるかもしれないと。無理に受けなくても良いと、そう説明したのに。

……二つ返事で引き受けたのだ。

唖然とする私を置き去りにし、彼等は明日の準備とばかりに楽しそうに部屋を出て行ってしまった。


「ねぇ、アネリ」

「はい」

「男性は、危険だと分かっていてそこへ飛び込むものなのかしら?」

「いいえ。彼等はセリーヌ様に使われることに喜びを感じる方々なのですわ」


にこにこと綺麗に微笑みながら、とんでもないことを口にするアネリさん。

私、家族を使ったりしませんよ!?そんなに非道な人間じゃないのよ!





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