意外な繋がり
私用で数名の部下と国を抜け出し、そのついでにと久々に友に会いにラバンを訪れて見れば……。
「会いたい、会いたい、顔が見たい、会いたい、声が聞きたい、会いたい会いたい会いたい、ねぇ、後いくつ会いたいと書けば会えるかな?」
もう数刻もの間机にかじりつき手を動かしている。しかも、呪いの様に会いたいと口に出しながら。
「……お前達の主人は病気か何かか?」
「何をおっしゃいますかセオフィラス様」
「我が主は常にこの様な方です」
平然と主人の奇行を見て頷き合う二人の従者に唖然とする。コレが常なのか……。
「あぁ、大丈夫だろうか……いや、今頃あの子は泣いて僕に助けを求めている気がする」
「幻覚まで見えてるようだが?」
暫く会わない内に、ラバンの王太子、レイトン・フォーサイスの頭がいかれていた。
原因は分かっている……レイの妹セリーヌだろう。
帝国に対抗する為に爺さん達が結んだ同盟。互いの子供達を結婚させようとしたが、両国共産まれてきたのは王子、ならばと孫に白羽の矢が立った。今年、十六になった第一王女セリーヌはヴィアンに嫁いだらしい。
帝国は他国と比べて軍事力の質が大きく違った。相手国より大軍で軍の訓練も特殊だ。
戦争をすれば大人が赤子と戦うくらい違いがある。更に、うちの爺さんも父も国土を広げることに楽しみを見出す変人だ。かと言って国ごと滅ぼすわけでは無く属国にするだけなのだが、大国からしてみれば他の国から支配を受けるなど許せるはずがなく。一国で駄目なら二国、帝国への牽制の為に手を組んだ。
「そんなに心配ならやめさせれば良かっただろう。帝国は直に俺の物になる、俺はレイがこの国にいる限り手を出す気は無いしな」
出せないの間違いだが、俺はレイを敵に回したくは無い。頭脳戦は間違いなく負けるだろうし、かといって剣で斬りかかったとしてもこちらも駄目だな。
レイは全ての分野において鬼才だ。
顔を上げたレイがゆらりと立ち上がり、無表情で俺を見つめながら隣に座りにやっと笑った。
顔が整ってるだけに正直かなり不気味だ。
「父に頼んだよ、この結婚はセリーヌが不幸になる、同盟などしなくても帝国ごとき僕が滅ぼしてやるって」
「おい、次期皇帝の前だぞ」
「でもね、あの子が、セリーヌが喜んでいたんだよ。嬉しそうに嫁ぐ日を待ち侘びていたんだよ?僕にどうしろと?やめさせたら嫌われるじゃないか」
「あー、セリーヌはヴィアンの王子……もう王だったか?が好きなのか。なら仕方無いな諦めろ」
「は?仕方無いだって?セオはあの子が不幸になっても良いと言うんだね……へぇ、そうなんだ」
ちょっと待て、何故怒りの矛先が俺に向くんだ。
「あのな、自ら進んで嫁くことを望んだんだろ。だったら不幸になろうと自己責任だ。周りがとやかく言う事では無い」
「違うんだよ……」
「寧ろ政略結婚に幸せを求めるな。愛の無い結婚だ」
「そうじゃないんだ……」
項垂れながら両手をきつく握りしめるレイに怪訝に思う。何がそんなに心配なんだ?ラバンとヴィアンは対等な同盟を結んだはずだ。
だとしたら、愛は無いかも知れないが大切にされているだろう。
慰めるよう肩を数回叩くとレイは顔を上げ真っ直ぐに前を見つめたまま動かなくなった。
俺も足を組み同じように前を見つめた。
「会いたい……」
どのくらいそうしていただろうか。
掠れた声で微かに呟いた言葉に苦笑する。
レイと出会ったのは十五の時だった。今みたいに数名の部下を連れ他国の情勢を調べるために各地をふらふらしていたら同じくふらふらしていたレイに会った。
この話しをすると本人は公務の帰りだと言い張るが、王太子が共もつけずに一人でいるなど有り得ない。俺以上に無茶苦茶な奴だ。
数日だけだが共に旅をし夜通し話しをし別れる日にラバンの王太子だと知った。
驚く俺とは違い悪そうな顔で笑ったレイは「次に会った時には敵になってないと良いね、セオフィラス・アディソン」と言った。
もう笑うしかなかった。最初からレイは俺が誰だか知っていたんだから。
それからも度々思いもよらない場所で会ったり、側に居る者以外にばれないようにこうして互いの国に会いに来たりもする。
隠れて付き合う恋人同士かと部下に言われた事もあったな。
同性同士で結婚は珍しくは無いし、別に良いとも思う。だが、レイとするかと聞かれたら断る。お互い次期王と皇帝だし、俺はレイがどんなに美しかろうが固い身体より柔らかい方が良い。
まあ、それでも欲しいと思わせる男に出会うかもしれないが。
「会いたい……会いたい……会いたい……」
「いい加減気持ち悪いぞ。流石に血の繋がりがある者との応援は出来ないからな」
「僕を何だと思ってるのかな?コレは妹を想う兄の純粋な気持ちだよ。変な勘ぐりはしないでくれないかな」
「純粋……」
「誰が?」
そこの侍従二人、俺も思ったが口に出すな。
レイも殺気を出すな。
「泣き言でも言ってきたのか?」
「そんなことあの子がする訳無いよ。賢い子だったし、無駄に我慢強いんだ」
「なら何をそんなに心配しているんだ?お前の杞憂かもしれないだろ」
「……夢を見るんだ」
一瞬何を言ってるんだと呆れたが、レイの真剣な顔を見て続きを促した。
「幼い頃から何度か同じ夢を見る。成長した美しいセリーヌが不幸になるのを見ているんだよ。何もせず見ているだけなんだ」
ただの夢だろ?とは言えなかった。
「不幸にするのはね、毎回ヴィアンの王、アーチボルトなんだ。だから、僕はあの子が嫁ぐ事のないように力をつけた。でも、止められなかったから、約束をしたんだ」
妹が、家族が大切だとは聞いていたが……。
「約束?」
「そう、毎日一回必ず手紙を寄越すこと。隣国だから僕専用の鳥が毎日届けてくれる」
「だったら何かあれば書くだろ」
「そうなんだけどね、はぁ〜心配なんだよ」
「まあ、手紙が届かなくなってから心配するんだな」
「え?手紙が二日途絶えたら攻め込むよ?」
「は?何処に」
「ヴィアンに、同盟を結ぶ際に向こうの文官にうちの宰相補佐が通告したよ?」
「だとしたら尚更大切にするだろうが」
「だよねー、うん、でもね、万が一あの子に何かあったなら……王は勿論その周りも民も全て、国ごと滅ぼすよ」
頭が痛い……ヴィアンはどこの悪魔と同盟を結んだんだ。
「あー、アレだ。頑張れ?」
「うん、ありがとう」
お前じゃない、ヴィアンだ。
さて、これ以上此処にいたら頭が可笑しくなる。さっさと退散するか。
立ち上がり侍従を見ると頷き部屋を出ていった。安全に誰にも見られずに城を出ないといけないからな。
「そういえば、私用の途中で寄ったと言っていたね。これから何処に行くのかな?」
「あの状態で聞いていたのか……。先日の国境沿いの争いは知っているだろ?その時にな面白い奴がいたんだよ。だから見に行こうかと」
「まだ前線に出てるの?戴冠式近いんだから止めなよ。でも、セオが人に興味を持つなんて珍しいね」
「流石に前線にはもう出てないからな。まあ気になる程度だ、だからついでに調べてきてやるよ」
「……ん?」
「お前の妹、俺ヴィアンに行くから」
「んん!?」
顔は知らないが何とかなるだろう。妹なんだからレイに似ているだろうしな。心配性な兄の為に良い報告を持ち帰ってやろう。
用意が出来たと扉から顔を出した侍従を確認し、フードで首から上を隠しレイに手を振り部屋を出た。
部屋の中から何やら叫び声が聞こえ、焦った俺は人が集まる前に慌てて城を後にした。