戴冠式
第二皇子セオフィラス・アディソンの戴冠式当日。
新しい皇帝を一目見ようと街路には膨大な数の民衆が押し寄せ、警備の為に宮殿から派遣された騎士達はせわしく走り回りながらも、それを誇らしく思いながらも宮殿から教会に至る道を整備していた。
皇太子でありながらも黒馬に跨り先頭を切って獅子のように戦場を駆け巡る皇子。ときには無用な戦争を回避するよう皇帝を諫めることもあったという。
自然と頭を下げたくなるような、何処までもついて行きたくなるような、崇拝に似た気持ちにさせる人物。彼の人が、帝国王冠をいただく。
帝国中が待ち焦がれた戴冠式であった。
「なぁ、俺は神にでもなるのか?」
宮殿の自室のバルコニーから街を見下ろし、セオフィラスはぽつりとそう零した。
皇帝としての正装は、普段セオフィラスが着ている軍服とは違い一人で身に纏えるようなものではない。
丈が長めの肌着の上に更に丈が長くゆったりとした衣装を着る。純白の衣装は縁取りが金糸で装飾され、宝石が縫い付けられた華やかなものとなっている。
その為、侍女や侍従が立ったままジッとしているセオフィラスの準備に動いているのだが……ただ眺めていることにそろそろ飽きてきたのだ。
暇つぶしにでもなればと外を見て唖然とし、支度を終えた自身を見て口にしたのが先程の言葉だった。
「ぶっ……ぶふっ……」
「常日頃から神などいないと仰っていませんでしたか?」
それを聞いて側についていたエルバートは吹き出し、コーネリアスは首を傾げた。
「いや、外を見たか?凄いことになっているぞ」
「当たり前です。セオフィラス様の戴冠式ですから……あまり動き回らないでください。髪が乱れます」
「ジッとしているのは性に合わない……エルバート、いつまで笑っている?」
「いえ、セオフィラス様が神なら私は天使かと……ぶふっ」
「お前なぁ……」
胡乱な目で見つめるセオフィラスにエルバートは軽く手を振り誤魔化し、コーネリアスは後ろで結われたセオフィラスの長い髪を横に流し、毛先のレディシュが見えるよう手直しをしている。
戴冠式後正式にセオフィラスのものになる皇帝の私室で、三人は思い思いに過ごしていたのだが招かれざる客に気づきそれまでの気安い空気を主君と家臣に戻した。
「寛いでいるところ悪いのだが、入っても?」
コンコン……とノックが聞こえたと同時に掛けられた声に振り返ると、線の細い男性が扉近くに立っていた。
セオフィラスと似たような衣装を身に纏った男はダークブロンドの短い髪を全て後ろへと流し、普段はボサボサな髪で隠されている容姿が露わになっている。
セオフィラスとこの男、二人を並べれば血の繋がりがあると分かるだろう。
「準備は……終えたみたいだな。似合うじゃないか」
「兄さんの方が似合うと思うが?」
「剣を扱えない皇帝など良い笑い者だ」
「結局、一度も剣を持たなかったからな……」
「下手に才能などあってみろ、戦場に出ることになるからな。常に神経を尖らせ、砂埃に塗れ、数時間前には顔を合わせていた者が倒れていく……頭が可笑しくなる」
「それを弟に強要している自覚は?」
「ある。だが、セオは私が苦しむ姿を見るくらいなら自身が身を投げるだろ?内側にある者にはとことん甘いからな、お前は。素晴らしい家族愛だ」
「はぁ……義姉は不満そうだが?」
「それはそうだろう。実力主義と知らずに嫁いできて当てが外れたからな。皇帝にセオが指名されてから随分と機嫌が悪い……もし、寝所に忍んでこようものなら切り捨てろ。まぁ、そこまで馬鹿でないことを祈るが」
「義姉が馬鹿なことをする前にお譲りしましょうか?」
「血塗られた皇帝など、私にはなんの価値もない」
セオフィラスは暗に皇帝は兄である貴方がなるべきだと言ってはみたが、眉間に皺を寄せ嫌そうな顔をし「要らん」と本気で口にする第一皇子アレン・アディソンに嘆息した。
本来であれば第一皇子が皇位を継ぐものなのだろうが、この帝国では力こそ全て。実力重視と言えば良く聞こえるが、実際は軍を率いて他国を蹂躙出来るだけの力を持った者。
剣を持ち戦場へ赴くことを嫌がり内政に力を注ぐ兄と、代わりに仕方なく戦場へ出るセオフィラス。前皇帝が一瞬も迷うことなく次期皇帝へと指名したのはセオフィラスだった。
皇帝が脳まで筋肉でどうするのだとセオフィラスは再三苦言を申してみたが、誰にも取り合ってはもらえなかった。
当たり前のことである。頭脳は申し分なく、力も持ち得る。民衆、軍、貴族からの支持も高い。誰が否を唱えるというのだろうか。
それもこれも、一部はアレンの策略であったりもするのだが。
「式典の段取りだが、宮殿から教会までの行進は先頭を宮廷楽団、次いで第三、第二騎士団と続き、傘下国の王族、貴族の馬車、自国の王族、貴族の馬車と続く。その後を精鋭である第一騎士団の半数、皇帝の馬車、第一騎士団の残り半数となる。エルバートとコーネリアスは軍馬で皇帝の馬車の横に位置してもらうことになる」
時間が惜しいとばかりに歩きながら段取りの説明に入るアレンは、立ったままのセオフィラスに手で座るよう指示を出す。そのぞんざいな扱いに呆れながらも近くの椅子に移動する間も説明は続いていく。
行進の順を言い終えたアレンはセオフィラスの向い側に座り足を組むと、ソファーの肘掛けに気怠げにもたれ掛る。
これではどちらが皇帝か分からないな……と思いつつ、普段通りに接してくる兄にセオフィラスは苦笑した。
「皇帝の馬車を牽引する馬にセオの愛馬を混ぜておいた。喜べ」
「……何故、俺の馬を?」
「何かあったときに何時でも逃げられるようにだ。普段乗りなれている愛馬の方が助かる確率は高くなる」
「俺の愛馬は普段馬車を牽引しないのだが?」
「そうか。馬車の中に剣も仕込んである」
「……それは、何か起きると言われている気がするのは俺だけか?」
「他意はない。備えておけば気が楽になるだろうと、配慮だ」
「逆に不安でしかない」
「……それは、すまないな。で、民衆の中を通り教会に到着したら戴冠式の儀式。宣誓を行った後、大司教に冠を頭に乗せてもらえば終了だ。宣誓に関してはこちらで用意してあるものを読めば良い。ここまでで、何か質問は?」
「ない」
「宮殿に戻ってからはバルコニーで正式に挨拶を行う。この挨拶は、皇帝としてのものだ。分かっているな?」
「あぁ」
アレンの警告とも言える言葉に対して不敵に笑うセオフィラス。その背後に目を向けると側近であるエルバートとコーネリアスは穏やかに微笑んでいる。
ふむ……と顎を手で撫でたアレンは口元を緩めた。
「歴代皇帝の思想を知っているか?」
「巨大国家」
「何百年前から続く帝国は、広大な土地と多様性が基盤となっている」
「要は、他国を蹂躙し手に入れて来たもので成り立っているということだ。呪われているのかと思うくらいにそれ一択……誰にも、どの国にも屈しない。道を阻むものは全て踏み潰せだったか?」
「知っているのなら構わない。皇帝にと望まれた者は皆それに執着していた」
「選択肢すら用意されず、有無を言わさず蹂躙される。他国からしてみれば、地獄だな」
「抗うことすら出来ぬ虚弱な国と王が悪い。宣戦布告されているにも関わらず、備えもしないのだから。なんだ?今更憐れんでいるのか?」
「いや、別にそれが悪いとは思っていない。現に、俺は数多の命を糧として育ってきたからな。それに、数時間後に俺は血塗られた皇帝だ」
くつり、と笑うセオフィラスがどこか楽しそうだと感じたアレンは、もう何年も前から戴冠式を伸ばしに伸ばし皇帝を拒否していた弟をまじまじと眺めた。
執着するものができるまでは皇位を継がない、と言い切っていたセオフィラスが帰国するなり戴冠式の準備を始めた。皇帝もその周りの者達もやっとその気になったのかと喜んでいたが、アレンにはそうは思えなかった。
あれほど拒否していたものを覆させる理由があるはずだと、考えを巡らせたがアレンに分かるはずもなく、好きにして良いと戴冠式の準備を任され喜々として行っていたのだが。
「欲しいものがあるのか?」
「さぁ?」
「領土、金、資材、技術……人?」
アレンは指を一つずつ折りながら、思いつく限りのものをゆっくりと口に出していった。その間セオフィラスからは目を逸らさず、わずかな変化も見逃さないように……。
怪訝な顔でアレンを見ていたセオフィラスの表情が微かに動いたのは「人」とアレンが口にしたときだった。
「ほう……人か」
「……」
「帝国の者ではないな。他国か、皇帝でなければ手に入らないのであれば……王族か?または伯爵以上の貴族か……コーネリアス、報告書はどこだ?」
「兄さん!」
戦が無ければ勝手に他国にふらふらと繰り出すセオフィラス。何処で、何をしていたのかは毎回エルバートに報告書を提出させている。そういえば、今回はまだだったなと思い至ったアレンが寄こせと手を伸ばすとそれを止めるかのようにセオフィラスが怒鳴った。
「なんだ?報告されては不味いことがあるのか?」
「いや……不味いのか?」
エルバートの顔色を窺うセオフィラス。まだ提出されていない報告書。無言のまま無表情を保つ側近二人。色々と察したアレンは「まぁ、良いが」と締め括った。面倒事に巻き込まれたくはないという本音を隠しながら。
アレンはどのような形であれ、国が豊かになるのであれば良いと思っている。
面倒な表舞台には立たずに、裏から国を動かしたい。皇帝を傀儡にしようとかそういうことではなく、可愛がっている弟の手足として生きていくことに喜びを感じるのだ。
けれど、セオフィラスの欲しているものが人であるのなら性別が気になる。男か女かでやりようが変わってくるのだから。
聞いても素直に吐かないと思ったアレンは遠回しに探ることにした。
「戴冠式後は婚姻か、相手はどうする?誰でも良いというのであれば聖女と婚約となるが」
帝国教会で聖女と噂される少女。平民という身分は大司教が後見人ということで問題は無く、民衆からの支持もある。教会が力を持ち過ぎるのでは?と問われても帝国は皇帝が絶対権力者だ。煩わしくなれば消して新たな者を置けば良い。
慈悲深く、民に寄り添う姿から聖女と呼ばれているが……アレンを含め、身分の高い者達は彼女を良くは思っていない。
それは、セオフィラスも同様のようで。
「そう嫌な顔をするな」
「そうは言われてもな、俺にも選ぶ権利はあると思うが?そもそも聖女とか可笑しいだろう。神にでもなったつもりか?慈悲深く、民に寄り添う?それは人に傅かれることを当然としている者が、身分が下の者と同じ目線に立ったときに使う言葉だろう。平民で、教会で働いて賃金を得ている者が何故聖女と呼ばれている」
「彼女は謙虚な良い娘だと報告されているが?」
「謙虚な人間が皇帝の正妃の座を望むのか?それに、帝国の国母は何の教育も受けていない者がなれるほど軽くはない」
「それを補う為に私達がいるのだが?それとも、私達では不安か?より優秀な者が必要か?」
「兄さん達以上に優秀な者がいるのであれば連れて来てほしいくらいだ。直ぐに登用してやろう」
「他国に良い人材は?」
「いないな……俺より優秀な者に心当たりはあるが、内に入れたらあっという間に帝国は崩されて終わる」
誰を指しているのかは大体予想はついている。確かに、あの国の者達は危険だな……と頷き視線を上げ、セオフィラスの刺すような眼差しに背筋が粟立つのを感じた。
「支えてもらわなければ立てない正妃など必要無い」
必要ないとハッキリと口にしたセオフィラス。でもそれはアレン達の支えを必要とする聖女のことで、正妃そのものではない。
何処かで、理想の正妃でも見つけてきたのだろうか……。
婚姻自体を拒んでいるのでなければ良いと納得し、セオフィラスが執着を見せるものは人であり女性であるかもしれないと分かっただけでも収穫だった。
それと……。
「女神を知っているか?」
「女神?」
「汚水を真水に変え、病を治し、貧しい民に光を与える。命尽きる瞬間、美しい調べとともに魂を天へと返すそうだ。誰もが女神に恋焦がれ、狂う」
「何の神話だ」
「いや、人だ」
「……実在するのか?」
「実際に目にした者達がいるからな。気になるなら、大司教に会ったときにでも聞いてみれば良い」
「大司教?」
「女神に心酔しているらしい」
「興味が無い……だが、女神とやらに何かあるのか?」
「教会の最高権力者を、操ろうと思えば簡単に出来る人間だ」
「女神教か?くだらない。人一人に何が出来る」
「人は一人ではなにも出来ない。だが、その一人に魅せられた頭の可笑しな者達は数を増やし続け、女神の為なら命をも投げ出す。宗教とはそういうものだ。それに、各国の教会権力者共が血判を押した紙が存在するという噂もある」
「頭の隅に置いておく」
「そうしておいてくれ。……戴冠式に発する皇帝の言葉は各国の首脳陣に伝わる。新たな皇帝は、どのように国を動かすのか。楽しみだな」
「楽しみにしていると良い。きっと、驚くぞ」
悪い顔をするセオフィラスに「ほどほどにな」と声をかけアレンは部屋を出て行った。
最愛の弟の戴冠式が無事に済むよう祈りながら……。
※※※※※※※※
戴冠式の準備が整い、エルバートとコーネリアスを引き連れ宮殿の外へ出たセオフィラスは、張り付けていた笑顔が崩れそうになりながらも用意されていた馬車に乗り込んだ。
それなりに重量がありそうな式典用の黄金の馬車は4頭の馬によって牽引される。その内の一頭であるセオフィラスの愛馬も目を引くほど華美な装飾具がつけられている。
ここまでならセオフィラスの顔が引き攣ることもなかったのだが、問題は視界を遮るものがなく何処からでも狙うことが出来る馬車だということだろう。
前皇帝の戴冠式のときに使用されていた馬車は安全を考慮され屋根がついていた。けれど今回使用されているものは車高が高く、広さは十分にあるが屋根がない。
剣を忍ばせ、エルとコーネリアスを左右につけたのはこの為であった。
セオフィラスは立ったまま目を細め前方を窺い、既に動き出している行進が視界に映り覚悟を決めたときだった。
「なんだ……?」
思わず口から漏れたセオフィラスの言葉は、前方で鳴り響く重低音と、示し合わせたかのように足踏みを始めた騎士団の音に消された。
エルバートとコーネリアスも困惑を隠せずにセオフィラスに視線を向けるが、戴冠式を行う本人がなにも知らされていないのだから首を横に振るしかない。
この状況を把握しているのは、遥か先で皇族用の馬車に乗り行進しているアレンだけなのだから。
鳴り止むことなく続けられる音に、空気が大きく震える。
街路に集まった民衆の前にセオフィラスが姿を現すと、歓喜の声が沸き上がった。
宮廷楽団の演奏の音に合わせ皇帝を称える声に怯むことなく前を見据え堂々と立つ新たな皇帝を、側近二人も、セオフィラス直属の部下である第一騎士団も自然と口元が緩む。
ゆっくりと進む中、エルバートから「前方左、宿、二階」と耳打ちされたセオフィラスはその方向に視線を向け、掴んでいた馬車の手摺をぐっと握り直した。
変装することもなく素顔を晒し宿の二階から手を振るレイトン。セオフィラスは呆れながらも、危険を犯してまで戴冠式を見に来たことに嬉しく思い知らずに微笑んでいた。
教会に到着したセオフィラスは、先に到着していた皇族、貴族達の中を進み祭壇の前に立つと、二階フロアのステンドグラスを見上げ目を瞑りその場に膝をついた。
国家と教会が分離していれば前皇帝が儀式を行い、新たな皇帝の頭上に王冠を乗せるのだが、帝国は教会を管理下に置いているため大司教が行う。
大司教がセオフィラスの額、鼻、頬、顎を聖水で清め、目を開いたセオフィラスに杖、ローブと順に手渡していく。最後に何千と貴重な宝石が使われた王冠を頭上に乗せると、静まり返っていた教会内に歓声が響いた。
「定めに従い、国、民に、我の全てを惜しみなく尽力することを……神に誓う」
セオフィラスは立ち上がると、決められていた宣誓を行いそのまま宮殿に戻りバルコニーへと急ぐ。宮殿の周囲に集まった民衆に挨拶を終えれば戴冠式は終了となる。
ここでの挨拶は教会で口にしたような予め決められていたものではなく、皇帝セオフィラスの思想を言葉で伝えるもの。
歴代の皇帝は皆が同じような内容を口にしていたのだから、恐らくセオフィラスも同様のものだと思われているのだろう。
バルコニーの隅、外から見えない位置で軽く衣装を直していると、前皇帝、皇妃、第一皇子、第一皇女がセオフィラスに微笑みかけながらバルコニーへと出て行く。
沸き上がる歓声が鎮まる頃、セオフィラスがバルコニーの中心に立つ。一瞬目が合ったアレンにニヤリと笑うと、皇帝セオフィラスは口を開いた。
「長きに亘り、帝国を導いて来た前皇帝に感謝を。帝国を支え続けている者達に感謝を。国の為に命を懸け散った者達へ、感謝と祈りを……」
目を閉じ、胸に手を当てたセオフィラスに倣い皆黙祷を捧げる。
領土拡大で戦の絶えない帝国。豊かさ、力を得たが、それと引き換えにした者達の数は膨大だった。戦場で妻子や恋人の元へ必ず帰ると、愛する者達の為に戦うのだと、そう口にしていた者達の大半が冷たくなった体で帰って行った。
自国だけではない。侵略される側にも家族や知人と大切な者達がいる。
各国を放浪しながら、セオフィラスは学び、友を得た。
「帝国は他国を侵略し、領土を得てきた。慈悲も与えず、抵抗する者は皆切り捨ててきた。全て、我が国の為に……歴代の皇帝が宣言した巨大国家とは、数多の命を糧とし、死体の上に成り建っているものだ」
左右から視線を感じるが、セオフィラスは無視し口を開き続ける。この場で皇帝の言葉を止められる者などいないのだから。
「充分過ぎるほどに巨大国家は成しえた……これ以上の領土は必要ない。過ぎたる欲は身を滅ぼし、いずれは国をも滅ぼす。相手にもならぬと侮っていれば明日は我が身だ」
覚えているのだろうか。敵無し言われていた帝国を、圧倒的な戦力差でありながらも退けた英雄を……。その英雄が存在していた国を。
大国が同盟を結び、小国もそれに倣えば帝国とて苦戦する。四方から攻められればどこか綻び、そこから致命的な攻撃を受ける。
「他国から、我が国の皇帝は何と呼ばれているのか知っているか?血塗られた皇帝だ。戦場で誰よりも敵を斬り、返り血を浴びてきた者が皇帝となるからだ。私にも血塗れた道を歩んで来た矜持がある。誰にも、どの国にも屈するつもりはない。帝国にとって必要であると思えば、必ず手に入れる。それが、技術であり、資源であり、人であろうとも」
執着するものが出来れば、何としてでも手に入れる。皇族の狂った血は間違いなくセオフィラスも受け継いでいる。手に入らないのであれば、奪えば良い。会えないのであれば、向こうからセオフィラスに会いに来なくてはならぬよう仕向ければ良い。
「まずは、私の望む未来の為に帝国の在り様を変える。力だけが全ての蛮族などと侮られては困るからな、我が国には交渉術に長けている文官もいるのだと、他国に知らしめよう。だが、もし武力で抵抗するというのであれば、今迄のように全力で抗い、命でもってその覚悟を示せ」
※※※※※※※※
「いきなり戦争ではなく、交渉の席を用意してやろう……そういうことかな」
フードを被りバルコニーを見上げていたレイトン・フォーサイスはくるりと踵を返した。
「力の無い国にとっては有難いことだろうね。属国として国の名は残るだろうし。うちは……狙われるとすれば、資源と技術かな」
「滅ぼされるよりは良いと思いますけど、差し出すものがないのでは?」
「あるよ。さっきセオが口にしていた人がね。セオはまだ正妃がいないから、逆に喜んで差し出してくるんじゃないかな」
「主様は差し出すのですか?」
「まさか。可能な限り、抗うよ」
レイトンの背後、バルコニーに立つセオフィラスを冷たい瞳で一瞥したギーは、先を歩いて行く主にスキップをしながらついて行く。
「問題はヴィアンだね。あの国に価値あるものなど一つしかない」
「あの国に、そんなもの……ありましたか?」
「ラバンの至宝。国母となれ、と教育された王妃」
「セリーヌ様!?」
「あの馬鹿王は気づくかな……セオが狙っている者に。さぁ、困ったことになったね」
「こうなると分かっていて、会わせるからです」
「……大丈夫だよ。セオは無理強いなんてしないから。手に入れるときは心ごとだよ」
「それなら、困ったことにはならないのでは?」
「うーん、でもね……セオは決して良い人ではないから。ギリギリの隙間を縫って、最短で欲しいものを手に入れにくるよ。それによって、セリーヌ以外のものがどうなろうと気にもせずにね」
「主様でも?」
「僕であろうとも、踏み潰していくよ。僕とセオは似ているところがあるから……困ったね」
レイトンは腕に擦り寄るギーの頭を撫でながら、道の端に落ちていた花を足で踏み潰し、一度も振り返ることなくその場を後にした。




