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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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63/113

帰還した護衛騎士


「クライヴ……蛇は?」

「は?蛇ですか?」

「そうよ!その辺に落ちていない?」

「……いえ、ですが、何故でしょうか?」


数十メートル先にいるお面の男から目を離さずにクライヴに問いかけるが、何故?と返ってきた。何を悠長な!?と思いながらもドレスを両手でパタパタ探るが、音が鳴るものなど持っていない。


「アネリ、クライヴ、落ち着きなさい。死んだふりも駄目だし、反撃なんてもってのほかよ。走らないで、なるべくゆっくりとあのお面の男の様子を窺いながら離れるわよ」

「……死んだふり?反撃をしてはならないのですか?」

「セリーヌ様?ぐっ……」


真剣に私の言葉を聞くアネリにコクンと頷き、動かずに呆けているクライヴの胸には肘を打ち込みゆっくりと下がらせる。後から思えば、咄嗟に浮かんだ熊に出会ったときの対処法など落ち着くのはお前だ!と指摘を受けても可笑しくはないだろう。

でも、良く考えてみて欲しい。助けが現れたと思ったら、ホラー映画から抜け出してきたような面を付けた男だったのだ……もう、恐怖以外の何者でもないと思う。


「セリーヌ様、あの者達はどうなさるのですか?あのままでもよろしいのでしょうか?」

「そうね……クライヴ!」

「はっ」

「逝きなさい」

「は……ぇ?行くとは?」

「女性を助けるのも騎士の務めなのよ」

「私は王族警護を任されている近衛です。何度も言いますが、セリーヌ様のお側を離れるわけにはいきません」

「その筋肉は一体何の為にあるの?さぁ、逝くのよ」

「筋肉とどう関係があるのですか!?」

「セリーヌ様とクライヴ様のお言葉が微妙に食い違って聞こえくるものがありますが。セリーヌ様のご命令です。逝きなさい、クライヴ様」

「いや、ですからお側を離れるわけには……」

「大丈夫よ。熊の対処法なら任せておきなさい」

「熊……獣という点では同じようなものでしょうか?あの身形ですものね」

「何故熊が出てくるのですか!?お二人共しっかりなさってください!アレは人です」


私達がそんな遣り取りをしている間、戦況は動いた。

仲間がやられたことで敵と判断したのか、黒装束が一斉にお面の男に襲い掛かり、身構えていたエリス達は即座にその場から離れ私達の元へと走って来た。

エリスの怪我の心配やら、アレは何なのか?など思うことは沢山あったが、誰も口を開かず離れた場所で行われている戦闘に目を奪われていた。


お面の男の背中から抜かれた剣は細長く鋭い形状の物で、四方から放たれる黒装束の攻撃を躱し、振り落とした剣を戻しながらも体勢を変え突く。扱いづらそうな長い剣を自在に操り確実に一人、また一人と敵を地に沈めていく。

強いなんてものじゃない……クライヴが苦戦しながらも退けていた相手を、赤子を相手にするかのように有無を言わさずに斬り伏せていくのだから。

数分か、数十分なのか。一方的な戦いに終止符が打たれた。お面の男は周囲を見回し敵がいなくなったことを確認したあと、剣を振り背に戻すとゆっくりと私達の方へと歩いて来た。

瞬間、エリスを護るかのように楽師と舞い手が前に出て、私はクライヴからアネリの腕の中へと移動させられる。

皆を背に、クライヴがお面の男へ剣を向け「止まれ!」と静止の言葉をかけると、同意するかのように軽く頷き数メートル離れた位置に立ち止まった。

側にいるエリスに「貴方のお仲間?」と聞いてみたが引き攣った顔で即座に否定され、逆に「王妃様の方では?」と聞かれ思いっきり首を左右に振って見せた。

だとしたら誰の味方なのだろうか……ぇ、無差別?我の通る道に居る者は全て排除する!みたいな感じなの?

物凄く不審な人物と会話しようと試みるクライヴに(頑張れ!)と心の中でエールを送りながら固唾を呑んで見守る。


「何者だ?」


お面の男はクライヴの言葉に首を傾げ、何を思ったのか薄汚れた衣服を手で叩き、それでは返り血は落ちないと気づいたのかガクンと項垂れてしまった。

なんだろう……不審者にあるはずのない耳と尻尾が見えるのだけれど。


「……答えろ。お前は何者だ?」

「何者って……久しぶりに会った同僚に酷い物言いだ。流石に傷つく」

「……っ!」


面の中から聞こえたくぐもった声にクライヴが反応し、私をきつく抱き締めていたアネリの腕が緩んだ。

今、不審者は何と言った?久しぶり?同僚?だとしたら……あの不審者はヴィアンの者!?しかも、騎士!!

横からジッと熱い視線を感じ、そろっと見上げるとエリスがそれはもう素晴らしい微笑みを浮かべていた。誤解だと声を大にして言いたい。私の知り合いに不審者などいない!

けれど、次の瞬間。クライヴの口から出た名前に場の空気が凍りついた。


「ウィルス・ルガードか?」

「そうだけど……あぁ、少し汚れていて分からなかったのか」

「いや、そうではなくて……その面は……?」

「前の物は近寄りがたいと言われて、新しい物にしてみたんだ。どうかな?」

「……」

「黒い仮面は少々不気味だったと反省した。やはり白の方が明るく見えるだろうと急いで作らせたんだけど……似合うだろうか?」

「……」


お面とクライヴ……二人共、そこで私を見ないで欲しい。

前の物がどういった物かは分からないが、明らかにソレは失敗だと思う。不気味さで言えば群を抜いて断トツだわ。


「もう良いかな?主君に挨拶をしたいのだが」

「あ、あぁ。セリーヌ様、よろしいでしょうか?」


よろしくはないです……と言ったら駄目なのだろうか?うん、駄目よね。


「セリーヌ様、ご心配なく。ウィルスはセリーヌ様の僕ですわ」

「いぇ、私の騎士よね?護衛騎士……」

「えぇ。僕ですわ」


アネリが召使とか使用人のことを指して言っているのは気の所為だろうか……。

クライヴが道を譲りお面の男……改めウィルスが私の前に膝をついた。


「ご無事ですかセリーヌ様?駆けつけるのが遅くなってしまい申し訳ありません」

「貴方が、ウィルス?」

「はい。ウィルス・ルガード、只今帰還致しました」

「えぇ……」


喜ぶべき場面なのに、この不気味な面のせいで素直に感謝出来ない……。もう、本気でソレ怖いのよ。涙腺が緩みそうになるのを必死で堪えなるべく全体を見ないよう口元辺りに視線を固定させてみたが、コレ駄目だわ、安定の不気味さだわ。


「で、そちらの者達は?侍女や侍従ではなさそうですが」

「舞い手の一団の者達よ。先日王城で開かれた夜会に招いたのよ」

「……何故此処に?」

「襲われたのは彼女達で、私達は巻き込まれたのよ。詳しいことは城へ戻ってからね」


一緒に来てもらうことになるだろうと、エリスを窺うと微笑みながら立ったまま私達を見ていた。何を考えているのかさっぱり分からない。


「迎えも来たことだし、お兄様も心配しているでしょうから戻ります。で、ウィルス」

「はっ」

「貴方は私の専属護衛騎士として、王都へ戻ったのよね?」


いつまでも立ち上がる気配を見せないウィルスに苦笑しながら問いかける。


「我が身は主君を守るための剣と盾となり、我が身が折れようと命朽ち果てるその瞬間まで忠誠を誓います」


テディとアデルとも違った言い回しに、騎士の誓いは人によって異なるものなのかと胸に手を当てたまま首を垂れるウィルスを眺めていた。

王家の血を引いていながらも継承権を持たない元王族。優秀な腕を疎まれ辺境へと飛ばされた元近衛騎士。アーチボルトやクライヴのコンプレックスの元になっている人物。

王都へ戻るよう指示してから幾日経ったのだろうか。汚れた衣服、乱れて所々固まったくすんだ金髪を見て急いで戻って来てくれたのだと知った。


「お帰りなさい、ウィルス」


労わるように優しく言葉を紡ぐ。顔を上げ「只今、戻りました」とウィルスの安堵を含んだ声に、今どのような表情をしているのか、真っ白なお面ではなく貴方の顔が見てみたいと思った。



※※※※※※※※



ウィルスが合流した直ぐ後、彼が現れた位置からテディとアデルが飛び出してきた。その後ろに続くように私達を逃がす為に敵を足止めしていた近衛隊と、援軍だろう第一騎士団も現れ無事で良かったとほっとした。

願っていた通り、私についていた影の一人が城に居た兄に状況を報告していた。

敵が何者で、人数も把握出来ていない状況では王太子である兄と国王であるアーチボルトは城から動けない。目的が分からない以上兄から黒服隊を離すことも出来ず、城に居るアーチボルトを護る近衛隊も動かせない。

そんな状況に怒り狂った兄は、クレイとブレアという最恐コンビと共謀し黒服隊を叩き伏せ部屋を脱走したという……。

それを止めようと城の門の前でギーとグエンが三人と押し問答していたとき、丁度帰還したウィルスと会ったという。

兄は知らせを聞き駆けつけて来たテディとアデルにウィルスと共に私の捜索を行うよう指示を出し、アーチボルトはそれを見届け動かせる第一騎士団を動かした。

黒装束達は第一騎士団に全て捕えられ牢に繋がれている。

事情を知っているであろうエリス達は……テディとアデルに気を取られている間に姿を消していた。


城へ戻るなり兄にもみくちゃにされ、それを無理矢理引き剥がしたギーは侍女sに私をポイッと受け渡し、エムとエマには泣きながら湯浴みをされ衣服を整えられた。

一息ついたあと、ラバンへ帰国する兄を見送る為に城外へ出た私はまたもや兄に捕まった。そのまま私を連れて帰ろうと馬車へ誘導する兄を宥め賺し、駄々を捏ね続け一向にその場から動こうとしない兄の頬へ渋々、本当に渋々口づけをした。恥ずかしい思いをしたのに若干不満顔をした兄は綺麗さっぱりと無視してやった。

そして現在。

今日は疲れているからと夕食を自室で取り、食後のお茶を口に含みながら微妙な空気が漂う室内を観察している。

テディとアデルはどこかそわそわとし、侍女sはにこにこと頬が緩みっぱなし。原因はウィルスなのだけれどね。

ウィルスとは城へ戻ったあと早々に別れ、あれからかなり時間が経った今もまだ此処へは戻って来ていない。恐らくあのボロボロな身形を整え、王であるアーチボルトに挨拶にでも行っているのだろう。


「テディ、アデル。ウィルスならそろそろ戻って来ると思うわよ?」


落ち着きがない二人は見ていて面白い。侍女sもクスクス笑っているし。


「すみません。ウィルス様の噂が凄いものなので、緊張してしまって」

「噂?……元王族でダリウス様の孫というものかしら?」


血筋とかそういうのでテディが緊張するのも分かるが、どうも違うようだし……なんだろうとアデルに視線を向けると呆れたような顔をされてしまった。


「ウィルス・ルガード様の血筋など誰でも知っているようなことで緊張しているわけではありませんよ?」

「あら、それなら……あのお面かしら?」

「あ、れは……驚きはしましたが。そうではなくて、あの人は騎士団の中でも別格な存在ですから」


やはりアデルもあのお面にはびっくりしたらしい。


「幼い頃から前任の近衛騎士隊長に腕を見込まれ直々に訓練を受け、まだ成人前にもかかわらず宰相補佐の仕事までしていたと、次期近衛騎士隊長と誰もが思っていたなかの辺境の砦への任務という名の左遷です。劣悪な環境、騎士の墓場と言われている地で帝国の襲撃を幾度となく凌ぐ猛者ですよ?人の域を超えた超人を一目見てみたいとは思っていましたが、まさか同僚になるとは……とても、とても感謝していますよ。セリーヌ様」


(よくもそんな者を呼び寄せやがったな!?)とアデルの心の声が透けて見える気がする。

だって、あのアネリが凄く優秀だと、おすすめだって言ったのよ!?優秀なのだから良いじゃない!?とアデルと笑顔で睨み合っていると部屋の扉がノックされた。

居住まいを正しソファーに座りながら待っていると、アネリと共に黒い隊服を身に纏ったウィルスが入って来た。相変らず真っ白なホラー面を付けて。


「お待たせしました。明日以降の護衛の件でお伺いしたいことが数点あるのですが、よろしいでしょうか?」

「えぇ、構わないわ。アーチボルト様への報告は済ませてあるのかしら?」

「……はい」


その間は、どういう意味があるのでしょうか?大丈夫よね?ちゃんと済ませて来たわよね?

ジッと見られていることに気づいたのか、「大丈夫ですよ、少し思うところがありまして」と返ってきた。なんだろう、思うところって……。


「セリーヌ様のお側にいる護衛騎士と侍女は、此処に居る者達だけでしょうか?」

「えぇ。私の専属護衛騎士はそこに居るテディとアデル、そしてウィルスの三名よ。侍女はアネリ、エム、エマの三名。お兄様がアーチボルト様に許可をいただいてラバン国の影も数名ついているわ」

「影ですか……それは王太子についていた者達でしょうか?」

「お兄様の影よ。だから、私には正確な人数も姿も分からないわ」

「これ以降増える予定はありませんか?」

「そうね、護衛は多いに越したことはないのだけれど……信用の置けない人間を側に置くことほど危険なことはないと思っているから、増やす予定はないわね」

「わかりました。護衛の中で采配を振る者が必要となりますが、それはどなたが?」

「テディはまだ騎士になって日が浅く、アデルは第一騎士団の者だったから王族警護の経験がないわ。必然的にウィルスということになるわね」

「……では、二人は一度近衛騎士に昇格させます。籍を置くだけですのでセリーヌ様の専属護衛騎士であることに変わりありません。今回のように公務で城を離れる際に置いて行かれることはなくなるでしょう」

「そうね」

「騎士団と近衛騎士では色々勝手が違っていますから、そのすり合わせを先に済ませてしまった方がよろしいですね」

「任せるわ」

「承知しました。後程テディ、アデルの両名は私と訓練所に。互いに実力を知っておいた方が良いと思う」

「はい」

「承知しました」

「その際の護衛は、アネリに任せても平気かな?」

「お任せください」


護衛の纏め役よろしく!と丸投げされたのに軽く頷き直ぐに動き出したウィルスに【一を聞いて十を知る人】だと感心した。

自身の知識、誰もが知っている事柄は一度疑ってかかることが大事。当たり前も前提も、必ず確認する。鬼才レイトンとその人に見出された黒服隊はこのタイプだ。

まぁ、大抵仕事が出来る人というのが一を聞いて~の人なのだが。

当たり前のことを質問し確認する作業を怠る人間は多い。そもそも前提条件が間違っていると思わないのだ。この手のタイプも多かったりする。身近な者で言えば、アーチボルトやクライヴ、ジレスの三人だろう。

アーチボルトが卑屈になるのも分かる気がする……根本から違うものね、二人は。

護衛組で輪になり打ち合わせをしている三人を眺めていると、振り返ったウィルスと目が合った。一瞬ビクッとしたのはばれていないと思いたい。

平静を装いながら微笑むと、面を付けていても分かるくらい急にウィルスに覇気が無くなっていく。


「セリーヌ様、もう一つお聞きしたいことが」

「なにかしら?」


何故か再びウィルスにあるはずのない耳と尻尾が見えるのだが、ストレスだろうか?


「この、面なのですが……」

「えぇ」

「恐ろしいでしょうか?」

「……」


そうね、怖いわよね……という言葉を飲み込んだ。

ふざけているのではなく、真面目に聞いているのだと彼の真摯な瞳が語っていたから。

お面一つで何か言うつもりはない。寧ろ私が慣れてしまえば良いのだと思っている。


「私が恐ろしいと言えば、貴方はどうするつもり?」

「前の物に戻すつもりです」

「元からそのお面ではないの?」

「これは、良かれと思って新調したものです。元は、これですね」


懐から出した物は何の装飾もない黒い仮面。顔を全て覆うものではなく、舞踏会で使われていても可笑しくはない半分だけの物。

ウィルス……どうして、それ(黒い仮面)があれ(ホラー面)になった?


「セリーヌ様、ウィルスは少々感性がおかし……独特なのです」


戸惑っているとコホンと咳払いをしたアネリが助け舟を出してくれたのだが……今言い直していたけれど、感性が可笑しいって言ったわよね?


「その奇妙な面はセリーヌ様に良い印象を持っていただきたくて、彼なりに色々考えて作らせた物かと思われます」

「ウィルスは不気味だとは思っていないのですわ」

「恐らく、前の物より良いと本気で思っているかと」


アネリの援護にエムとエマも入ったが、多分援護になっていないと思う。ウィルス項垂れちゃったし。


「……ウィルス」

「はっ」

「好きなようになさい」


真っ白な面から眼だけ見えて怖いけど、きょとんとしているのは分かるわ。大丈夫、何だかそのお面も個性的で可愛らしく見えてきた気がしないでもないから。


「私は貴方が奇妙な面を付けていようが、感性が独特であろうが構わないの。貴方は私が望んで王都へ呼び戻した護衛騎士で、信頼出来る数少ない者なのだから」

「……」

「でも、出来れば素顔を一度見せておいてほしいわ」


ほら、ウィルス以外の人間がそのお面をつけたら私には偽物か本物か確認のしようがないし。そう思って口にすると、ウィルスはスルリと後ろで括っていた紐を解き、片手で面を外した。

吸い込まれるような真っ直ぐな翡翠色の瞳、手触りの良さそうな金の髪、セリーヌが恋焦がれ手を伸ばし続けた人と同じ色。美丈夫と呼ばれるアーチボルトと似通った容姿。

けれど、ウィルスは顔の左側、額から頬にかけて肌の色が変色している。彼はその傷を隠すために仮面をしているのだろう。

安易に触れてはならない傷というものを誰しも一つは持っている。不用意に触れてはならない。

でも、多分……私はこれを知っている。

立ち上がりウィルスの前まで来た私を、彼は止めることなく何かを確認するかのようにジッと見つめていた。

そっと手を伸ばし、指先で傷跡を辿っていく。


「似ていないわね」

「……」

「訂正するわ、ウィルス。瞳も髪も、その容姿も。アーチボルト様より魅力的で、とても綺麗よ」

「覚えて……いらっしゃるのですか?」


正直ウィルスを覚えているかと聞かれたら怪しいもので。

セリーヌが記憶に残しているものはアーチボルトと同じ色彩を持つ少年がいたということぐらい。それと、その少年の顔の傷。

アーチボルト関連で微かにそんなことがあったな……くらい。

でも、アーチボルト一色で構成されていたセリーヌが、この傷跡に触れ涙を流したのはウィルスの為だったと思う。辛くて、悲しいと表情が物語っているのに涙を流せない彼の代わりに泣いた。


「セリーヌ様は……変わらないのですね」


柔らかく微笑むウィルスに、私も微笑み返した。



※※※※※※※※



翌日。

疲れた身体を気合で起こし、朝食を取ったあとアーチボルトの執務室へと移動した。

昨日のこともそうだが、ジレスには孤児院の寄付金の話しもあるし、アーチボルトにはそろそろ側室を決めてもらわなければならない。クライヴは……まぁ、置いておこう。

思っていた以上に心配させたのだろう。執務室に入ると直ぐにアーチボルトとジレスから労わりの言葉が降ってきた。

まだ寝ていた方が良いというアーチボルトを落ち着かせ話しをしていたとき、慌ただしくノックされた扉から入ってきた文官がジレスに耳打ちした。

王の執務室まで来るのだから余程のことなのだろうと黙っていたのだが……。


「帝国の皇帝が代わります。一月後、戴冠式が行われるそうです。新皇帝は、セオフィラス・アディソンです」

「ジレス、セオフィラス・アディソンは確か第二皇子だったな?」

「そうです。ですが、帝国は実力主義です。本来であれば第一皇子だったのでしょうが、セオフィラスは帝国の軍を率いる将軍でもありますし、正妃の子でもありますから問題はありません」

「今の皇帝ですら厄介な者だというのに……セオフィラスも領土拡大を目指しているのか?」

「彼については戦場で会った者に聞くしかありませんね。絵姿くらいしか情報がありません」

「今まではベディングが全て担っていたからな……クライヴは防衛の確認を。ジレスは帝国の情報とラバン国へ使者を」

「承知しました」

「もう一日早ければ良かったのですがね」


私は三人の会話を聞きながら、姉の言葉を思い出していた。


『帝国との戦争で勝利して国の英雄になるのよ!』


凄い出世だと他人事のように思っていたのに、我事になるとこうも恐ろしく感じるなんて。

私が目にしたのはセオフィラスの一面であって全てではない。彼が戦争を起こすか?と問われても返答しようがない。

でも、イベントというものがあるのなら……間違いなく帝国と戦争になる。


それから一月の間、不安を隠しきれないまま各国は必死で帝国の情報をかき集めた。

しかし、たいしたものも得られないまま行われた戴冠式当日。

教会での宗教儀式を終え、集まった人々の歓声の中城のバルコニーに立った皇帝セオフィラスの宣誓の内容によって、大国から小国まで全ての国が動き出す事態に陥った。










途中で間があいたウィルスの思うところは、番外編の方で更新中です


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― 新着の感想 ―
前世のお姉ちゃんとか血まみれの佐清とかてんこ盛りで情緒が大変な回でした。 楽しかったです!
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