敵か味方か
予定外の襲撃。
所謂ハプニングというもの。
想定外でも予想外でもない。全くの偶然で運が悪かった、多分本当にそれだけ。
近衛隊の人数もきちんと揃えていたし、前の貴族のボンボンとは違い王家に忠誠を誓っている平民の強者を集めて連れて来ていた。
クライヴの剣の腕がどれ程のものか分からないけれど、仮にも隊長を名乗っているのだからそこそこ強いと思う。そこそこと判断した時点で私の彼への期待度は察せられるだろう。
けれど、かなり低かったクライヴの剣の腕の評価は覆されることになったが。
無事森林を抜け出した馬車の中、アネリと二人でほっと胸を撫で下ろしていた。
別に暗殺やら何やらの心配をしていたわけではない。もし襲撃されるようなことがあればそれはあの一派で。元近衛隊の騎士、別名ベディング派閥の坊ちゃん共。
彼等は夜会でおきた王妃誘拐未遂事件?で捕らえられ、処罰を下された後家へと軟禁されることになった。
私に直接何かしたわけでもなく、間接的に協力することになってしまった等の言い逃れを行い、それをベディング伯爵が擁護し証拠不十分での甘い処置となった。今迄実権を握ってきたベディング伯爵は、地位を落とされようが子飼いに腐った貴族達がまだまだ沢山いる。下手に刺激すると何を仕出かすか分からないと判断した結果での処置である。
それでも家柄を笠に着て好き勝手なことをしてきた坊ちゃん達には、近衛騎士隊というエリートを首になり、自由に動くこともこの先婚姻も望めないと言うのは耐えがたい屈辱であったらしい。
子供の躾も出来ない親元に帰したところで彼等の思い上がりが修正されるわけではないのだから、もしかしたら公務中に襲撃してやろうと馬鹿なことを企てるかもしれない。
だって、お馬鹿さんだからこそ王妃に害をなそうとしたのだから。
けれど、その辺はジレスが手を打ってある。孤児院の訪問日は洩れないよう徹底的に隠し、坊ちゃん共とベディング伯爵には気づかれぬよう騎士を張り付けてあり、アーチボルト直々に「可笑しな動きをすれば捕えても良い」との指示を与えてある。
だからこそ、何事もなく済んで良かったと思っていたのに……。
今回のコレは、間違いなく古狸でもぼんぼん共の企みでもない。
では、何が起こってこんなことになったのかと頭を抱える。
森林を抜けた少し先の道で、馬車が急に止まった。アネリと私は一瞬緊張感に包まれたが、外の騒がしさと窓を叩くクライヴの困ったような顔に警戒を解き、何があったのかと尋ねた。
どうやら馬車の前に女性が飛び出してきたらしいのだ。
窓から顔を出し前方の遣り取りを様子見ると、馬車を囲むように配備された近衛隊の面々は警戒を解くことなくその場に留まり、女性は騎士の辛辣な態度にもお構いなしに早口に捲し立てていた。
開いた窓からは女性の必死に訴える声が聞こえてくる。
仕事を終え、王都を出る途中に何者かに襲われたと。彼女は助けを求める為に一人逃げて来たと。通りがかった馬車に王家の紋章を見て、無礼にあたると思いながらも近衛隊ならばと飛び出したと。
怪しくないと言えば嘘になる。タイミングが良すぎるから……。
「クライヴ」
「……彼女が逃げてきた方角は、あまり治安が良くありません。襲われたと言うのも嘘だと決めつけることは出来ませんが」
「もし、本当のことなら見捨てられないわね……」
「……身形は平民のようですが、彼女は貴族かもしれません」
「どういうこと?」
「ヴィアンの民かどうかも怪しいのですが……彼女の肌の色や髪、それに……何処かで見かけたことがある気がするのです」
クライヴの女性遍歴とか聞きたくないのだけれど……。
口には出していないが態度で気づいたのだろう。慌てて「いえ、そうではなく!」と焦るクライヴに白い目を向け手で先を促した。
「クライヴが目にしたことがあるのなら……貴族かもしれないわね」
「ですが、私は普段王宮からはでませんので。訓練場か王宮内か、夜会のどれかでしょうか?」
「その三つなら夜会の可能性が一番高いわね。仕方が無いわ……保護しなさい。それと、何名か近衛隊を襲われた場所へ様子を見に行かせることは出来る?」
「それは許可出来ません。セリーヌ様の護衛の人数を減らすわけにはいきませんので」
「それなら、王都の守備隊に知らせを走らせなさい」
身元の分からぬ者を馬車に乗せることは出来ないので、近衛隊の誰かの馬に乗せると言ったクライヴは女性を連れ近くにいた近衛に預けようとしたのだが、考える素振りを見せ自身の馬の方へと誘導している。多分、他の者よりも隊長であるクライヴの方が可笑しな動きをしたときに対処しやすいのだろう。顔が確認出来る位置まで連れて来られた女性を、観察するように窓からアネリと見ていた私は急いで窓を開け放った。
「クライヴ!」
「セリーヌ様いかがなさいましたか?」
「彼女、夜会で舞っていた舞い手の一団の子よ!」
つい先日、褒美と称して舞い手と踊ったときに歌を歌っていた女性。綺麗な歌声と、エリスとは違いベールを付けずに素顔を出し、異国風のメイクが似合う美人さんだと感心したばかりなのだ。
あの日のような扇情的な装いではないが、目元の赤い化粧と顔立ち、それに肌の色はあのときの女性そのものだ。彼女は何と言っていた?襲われたと……一団が襲われたのだと言っていた!ならば、それはエリスを含む舞い手の一団のことだ。
「クライヴ、直ぐに」
行動に移そうと指示を出そうとしたとき、路地から数名の黒装束の男達が飛び出してきた。
一瞬私につけられた影か黒服隊登場か!?と驚いたが、どうやら招かれざる人間だったようで。近衛隊は皆騎乗していた馬から降り、それぞれ剣を構える。近衛隊と明らかに襲撃者だと思われる黒装束達が睨み合った。
クライヴに窓を閉め扉からなるべく離れるよう言われその通りに動く。
「何者だ!」
アネリに抱き寄せられながらも外から聞こえるクライヴの怒鳴り声に耳を傾け、次に行うべき行動に思考を巡らす。目的は彼女達舞い手の一団か、王妃である私なのか……。
それとも、彼女は元から黒装束の仲間の可能性も。それによっては打つべき手も変わってくる。
「あちらは、囮か!?」
「王家の馬車だ。こっちが本命だ!」
だが、黒装束共はクライヴの質問には答えずに意味の分からないことを喚き、それと同時に鋭く響く金属音が鳴り響いた。
暫く外の様子を探りながら動かずジッとしていたが、扉を睨んでいたアネリが私を背後に庇い手にしていた短剣を扉に向かって放った。
「っ!?私です!」
突然開いた扉から現れたクライヴは剣で短剣を弾くと「急いで出てください!」とアネリと私を馬車の外へと連れ出し、私はそこで目にした光景に唖然とした。
近衛隊を上回る数の敵、それぞれが手にしている得物は剣ではなくギーが普段愛用しているような暗器。
近衛隊は防戦一方に対して、私につけられている影は馬車に狙いを定めている黒装束を押し返してはいる。でも、人数差と明らかに黒装束よりも劣る近衛隊に、私の元へ向かわせないよう動いている所為で思ったよりも手間取っている。あのギーの配下が……。
「クライヴ様。外よりも中の方が」
「いや、馬車を引いていた馬がやられている。それに、何かしらの合図で人数が増えた。思っていたよりも手練れだ、馬車に火を放たれる前にセリーヌ様を連れてこの場を抜ける」
「ですが」
「セリーヌ様の影も動いてはいるが、どうやら敵もその手の類の者達だ」
「目的はどちらですか?」
「分からない。彼女も狙われているようだからな」
アネリとクライヴの会話を聞きながら、クライヴに庇われながらもしきりに路地の奥を気にし、今にも走って行きそうな彼女の手を掴む。一団が心配なのは分かるが、今捕まって人質に取られるような邪魔をされてはかなわない。相手が手練れなら尚更。
ラバンの影は優秀だ。あのギーの部隊なのだから優秀なだけでなく非道さも持ち合わせている。その影があっさり倒すどころか苦戦している。近衛隊も辛うじて戦えてはいるものの時間の問題かもしれない。でも、だからこそ疑問が……。
王家の影が苦戦するような相手がただの舞い手の一団を襲撃するのだろうか?
「セリーヌ様!此方へ」
アネリに手を引かれ、女性と共に走り出す。クライヴは追って来ようとする黒装束を剣でいなし蹴り飛ばすと「走れ!」と後衛につく。
必死に足を動かし、途中追っ手を撒く為に私達は物陰に隠れクライヴが単独で動き敵を引きつけ暫くして合流する。その度にクライヴの髪は乱れ、真っ白だった隊服は汚れ破れほころびが目立つようになっていった。
アネリとクライヴに誘導されながら森林へと逆戻りし孤児院の方向へと行かないように奥へ奥へと進んで行った。
得体の知れない者を子供達がいる孤児院に誘導するわけにはいかない。
それに、森林よりは屋敷の方が安全かもしれないが、囲まれてしまえばクライヴとアネリの二人だけで全員を護ることなど不可能だから。
けれど、このままではいずれ捕まってしまうかもしれない。
「セリーヌ様、失礼致します」
そう焦り始めたとき、私の手を引いていたアネリに引っ張られ狭い場所に押し込まれた。人が入れるくらいの穴。根株の空洞だ。
「セリーヌ様。なるべく身体を小さく、奥へ」
アネリの言葉に従い広がるドレスの裾をかき集めぎゅっと膝を抱え小さくなる。それを確認したアネリは入り口を隠すように土や葉を集め積んでいく。
私を隠そうとしているのだろうが、あの舞い手の女性やアネリ、クライヴはどうする気なの?
「アネリ……」
「ご心配なく、セリーヌ様。私も、あの女性も、クライヴ様もお側におります」
「でも……」
「第一優先はセリーヌ様です。私が、クライヴ様が、決してセリーヌ様の元まで敵を辿り着かせません」
ある程度不自然にならないよう塞がれた入り口から息を殺すように周囲を確認する。女性は私が隠れている木の側で身を小さくし頭から草を被された状態でアネリと共にいる。クライヴは空洞の入り口の前にしゃがみ周囲を窺っていた。
日が落ちてきたのか、辺りが暗くなり緊張感が漂う。少し肌寒くなり腕を何度も擦り暗闇の中ジッと助けを待つ。もう当に城へと戻っても良い時間に王妃が戻っていないのだから皆不審に思うはず。もしくは影が兄に知らせていれば直ぐにでも助けが来る。
「セリーヌ様」
それまでの我慢だと耐えていた私に目の前に、くしゃくしゃに丸められた白い隊服が差し出された。
空洞に入れる為に小さくしたのか、丸まった隊服を受け取ると少し崩れた葉を戻していく。
「汚れていますが、上から羽織っていてください。寒さくらいなら凌げます」
隊服を広げるとそこから短剣が落ち、クライヴに視線を向けた。
「少し、お側を離れます」
そう言うや否やしゃがみながら前へとゆっくり進んだクライヴが走り出した。それと同時に数人が飛び出してくると私達の居る少し先で戦闘が始まった。
絶え間なく鳴り響く金属音と呻き声。
カタカタと震えだす身体を両腕でぎゅっと抱きながら、暗闇の中光る剣を凝視していた。
今頼りになるのはクライヴのみ。彼が落とされれば次は私達の番になる。足元に置いてあった短剣を掴もうとするが何度も落としてしまい、それに苛立ち舌打ちしてしまう。
短剣の柄を握り締め乾いた唇を噛み締めたとき、状況が変わった。
クライヴの側に人影が増え敵側であろう者達が倒れ伏す。助けが来たのかと期待したが、そのまま走って此方へ戻って来たクライヴの後ろには二名だけ。
「ご無事ですか?」
「……えぇ」
空洞を覗き込み声をかけるクライヴの背後には……私の見間違いなのではなく、あの夜会で踊ったエリスが楽師と共に立っていた。
「エリス様!」
「無事で良かったわ」
「お怪我は!?」
「平気よ。貴方を追っていたら近衛騎士がいて、私達も逃がしてもらったのよ。運がよかったわ」
私やアネリの側でジッとしていた女性がエリスの側に走り寄り、怪我の確認をしている中聞こえてくる遣り取りにまたもや疑問が。
心配だったのは分かるが、エリス様?子弟関係だとしても、様をつけるものなのだろうか?それに、楽師と舞い手が剣を扱うの?しかもあの手練れを相手に出来るほどの腕前?
そんなことを考えていると、クライヴがしゃがみ込んだ先を覗き込むように腰を落としたエリスと目が合い、無事だったのかと安心する私を他所にエリスは口をあんぐりと開け呆然としている。
「……都合良く近衛が居たと思ったら。そうよね、こんな所に近衛騎士隊の隊長様が一人でウロウロしているわけがないのよね」
呆れたような、何とも言えないような顔をするエリスに苦笑する。クライヴは立ち上がるとエリスと共にいた楽師とこれからのことを話し合っている。最初に助けを求めて来た舞い手はエリスの側に護るように立ち、それはアネリが私の側に居るときのような動きだった。
「お久しぶりです王妃様。私達の都合に巻き込んでしまったようで、申し訳ありません」
「あの者達の狙いは、エリス達で間違いないのね?」
「はい」
頭を下げ謝罪するエリスに再度確認し、アネリに手を貸してもらい空洞から外に出る。戦闘が起きた場所にいつまでも隠れているわけにはいかない。
「……それならば、どうして王家の紋章が彫られた馬車は狙われたのかしら?」
「恐らく、私が王家主催の夜会に招かれたことを知っていたのでしょう。褒美をいただいたことも……その内容を知らなければ王家の馬車に乗っていると思われても可笑しくはないかと」
「他国でも、王家の馬車に乗るようなことがあったのかしら?」
「えぇ」
エリスの目を真っ直ぐ見たまま質問し、微笑みながら彼女はそれに答えていく。動揺は見られない……あれほどの舞い手なら王族のお手付きになる可能性もある。それでなくてもそこそこ優遇されるのではないだろうか。
「まぁ、良いわ。此処でこれ以上時間をかけてはいられないもの」
「賢明なご判断ですね。私達の仲間はバラバラになってしまいましたが、港で落ち合う予定です。王妃様は?」
「さぁ?それはクライヴに聞いてちょうだい」
「……でしたら、数は多い方が良いでしょう。王妃様の助けが来るまでは御一緒しますわ」
「エリス様!」
「なぁに?恩人なのだから当たり前でしょ?それに、私達にとっても悪い条件ではないわよ」
確かにエリスの言う通りだわ。人数は多い方が良い。
クライヴと楽師も話しがついたのか、皆で森林を抜け広い通りまで出ることにした。クライヴと楽師を先頭に女性が続き、私とエリスが並び背後にアネリが。
進んで来た道を遠回りするように歩き続け、誰も何も話すことのないまま進み続ける。
隣から「大丈夫よ」と声をかけられ、前を向いたまま握り締めていた手をエリスにそっと掴まれ撫でられる。その手を払うことはせず、何も言わずにそのままにしておいた。
「大丈夫。大丈夫。貴方には、私がいるから」
まるで歌うように囁かれた言葉に驚き、私の手を撫でていたエリスの腕を掴む。それに驚くこともなく、彼女は目を細め口元を緩めただけで……。
「それ……どうして……」
忘れるわけがない。
『大丈夫。大丈夫。綾には、私がいるから』
何かある度に私に言って聞かせた姉さんの口癖。それをどうしてエリスが?
「セリーヌ様!」
「エリス様!」
クライヴと楽師の叫び声にハッとし何事かと身構えると、エリスに抱き寄せられ視界が揺らぐ。何かから護るかのように抱き込まれ、エリスの「ぐっ……」という呻き声に護られたのだと確信した。
「エリス!」
「クライヴ!受け取れ!」
咄嗟に彼女の名を呼ぶと、ドンと突き飛ばされ悲鳴を上げる間もなくクライヴの腕に抱きとめられ、いつの間にか現れた黒装束に囲まれたエリスは斬りつけられたであろう腕を押さえ楽師と舞い手に守られながら腰に下げていた剣を抜く。
「さぁて……貴方達の目的は私一人よね?全く、諦めが悪いんだから。何度も、何度も……私だけなら未だしも、いい加減にしてくれる?」
エリスの纏う空気が変わり、対峙している黒装束達が一歩後退る。
エリスが剣を扱えるとはいっても腕を怪我している。このままでは……そう思った私はクライヴを咄嗟に見上げた。
名ばかりの隊長だと思っていたクライヴの腕前は嫌と言うほど目にした。そこそこどころではなくかなり強い。だったら……!
「クライヴ、彼女を!」
「いけません、セリーヌ様!奴等の目的はあの舞い手です。今の内にこの場を離れなくては」
「でも!」
「セリーヌ様!貴方とあの者では価値が違う!諦めてください」
肩を押され、その場から徐々に離されていく。
離れたくないのに、だって、もしかしたら彼女は姉さんかもしれないのに。違っていたとしても何か知っているのかもしれないのに!
腕を庇いながらも剣を振るエリスに焦り、クライヴの腕を何度も叩くが止まってくれない。
「お願い、待ってクライヴ!」
「……」
「大人しく身を潜めているわ。危なくなったら短剣を使うわ。お願い!彼女を助けて!」
「……すみません、セリーヌ様。アネリ殿、走るぞ」
「きゃぁ……クライヴ!」
クライヴは懇願する私に首を左右に振り、足を止めようと力を入れる私の身体を抱えた。
「離して!離しなさい、クライヴ!」
「口を閉じていてください。舌を噛みます」
エリスの背に無意識に手を伸ばしたときだった。
馬の鳴き声がしたかと思うと、人の足音が近づき、クライヴは私を降ろし腕の中に囲い剣を構えた。その間も私の視線はエリスに釘付けで……だから、急に飛び出してきた馬に蹴られた黒装束がハッキリと見えた。
「な、に……?」
転がる黒装束を馬から見下ろし、周囲を見渡したあと地面に降りたのは、薄汚れた格好をした背の高い者で……辛うじて目や鼻や口などが分かる程度のおうとつがある真っ白な面を、顔全体を覆うようにつけた如何にも怪しい者だった。
 




