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最初で最後の問いかけ



兄に促されアーチボルトの隣という定位置まで戻ったのは良いが……。

フランは顔を綻ばせ兄に話しかけ、兄はそれに対してきちんと返答し、アーチボルトは楽しそうなフランを横目にご機嫌という構図が出来上がった。

グエンは立場を弁え一歩下がった位置に立っているのに対して、クライヴはさり気無くフランの隣を陣取り会話にちょくちょく入っている。

ヴィアンでは護衛騎士が気軽に王と会話が出来るというのは当たり前のことなのだろうか?周囲の誰も眉を顰めたりせず、全く気にしていないのだ。

いやいや、貴族教育はどうなっているのかと声を大にして叫びたい。

まぁ、フランがアーチボルトの愛妾だと公然の秘密になっている時点で然もありなんなのだけれど。

ヒロイン(フラン)とアーチボルトとクライヴ(攻略対象)の三名はもとより、気まずい状態の兄から離れるべく「涼んで来ても良いでしょうか?」とテラスに視線を流しアーチボルトにお伺いを立てたのだが、すぐさま却下されてしまった。

つい最近テラスで襲われたばかりなのだから自重しろ!とアーチボルトにやんわりと言われたが、輪の中に入っているのにボッチなのよ、私。

輪の中心が夫の愛妾で本妻は隅。お前が自重しろと言わなかっただけ偉いと思う。

それに、これ以上兄とフランが並び立っている姿など見ていたくなかった。


今の私には護衛騎士も兄がつけた影もいる。ついでにブレアとクレイも連れて行くと笑顔で押し切りテラスへと出ていたら、姿が見えないと思っていたスゥーが足早に此方へと駆け寄り不穏な空気を醸し出していた。

駄目な子を見るような眼で見られながら言葉を交わしていたとき、『彼奴か』とスゥーが呟き、目の色を変えた彼は止める間もなく人を押し退けて一直線に兄の元まで辿り着き、主人であるレイトンの胸倉を掴み広間から連れ出すという暴挙を起こした。


周囲は騒然としていたが、私は兄にあんなことが出来る人間がいたのかと素直に感動してしまった。


アーチボルトは広間の出口と私を交互に見ながら助けを求めていたが、無視だ、無視。

フランは一応スゥーを止めようと動いてはいたが、彼にあっさりと躱されていた。

私はアデルとテディを連れて広間の中央へと足を進め、唯一事情を知っているであろうグエンを手招きした。


「お呼びですか?セリーヌ様」

「えぇ、お兄様は、放って置いても平気なの?」

「はい。スゥーですから」

「スゥーは黒服隊よね?お兄様絶対主義者にしては、少し乱暴だったような気がするのだけれど」

「あの二人はいつもあのような感じですから」

「そうなの?良くギーが許しているわね」


スゥーって実はとんでもない人物なのではないだろうか?と、にこにこしているグエンの頭をなでなでしていたら、私達の周囲に居た人達は波が引いていくかのように左右に割れ、その真ん中を堂々とスゥーが歩いて来ていた。

間違いなく、私に向かって……。


「グエン」

「はい」

「凄く嫌な予感がするのだけれど……」

「流石セリーヌ様。恐らくその嫌な予感は当たっています」


え、それ真顔で言うことなの?

次のスゥーの獲物は私ってこと!?ちょっと、ブレアとクレイは何処よ。今が、出番でしょ!


「セリーヌ様の護衛騎士。手を出さないよう」


段々と近づいてくるスゥーに、警戒したテディとアデルが動こうとした瞬間グエンが二人を制した。


「ですが、危険はありませんか?」

「セリーヌ様には、指一本触れさせませんよ?」


本来なら同じ護衛騎士を警戒などしないものだが……主人(兄)が飼いスゥーに手を噛まれたばかりなのだ、近づけたら何をするか分からないと思っているのだろう。

寧ろ、どうして先程グエンが動かなかったのかが不思議でしょうがない。

きっと何か理由が必ずあるのだろうけど。黒服隊は兄の盲信者だからね。


「念の為、後ろに下がっていてくださいセリーヌ様」

「グエン殿に何と言われようと、私達は動きます」


私の為を想ってのことなのだろう。

二人の気持ちが嬉しい……でも、普段はふわふわにこにこしている可愛らしいグエンもあの狂犬黒服隊の一員で。


「……ん?聞こえていませんでしたか?」


それでもって、ギーの双子の兄。ただの可愛い侍従なわけがない。

微笑んでいるのに、口調は優しく問いかけているのに、グエンからはもの凄く怖いオーラが漂っている。


「主に忠実なのは結構ですが、状況に合わせて切り替えてください。何の為にスゥーがレイトン様を外へと連れ出したのか、黒服隊が黙ってそれを傍観していたのは何故か。セリーヌ様の盾であるブレアとクレイが動かない時点で瞬時に悟って欲しかったのですけど」


あの曲者夫婦や黒服隊という濃ゆい面子の行動を察しろと!?付き合いの浅い二人には無理だから……無茶ぶり過ぎるでしょグエンさん。


「主の憂いを取り払うこともまた御勤めのひとつです。お二人は、レイトン様とセリーヌ様には今直ぐにでも会話が必要だと、そうは思いませんか?」


黙った二人にグエンは大変良い笑顔で頷くと、もう直ぐそこまで来ていたスゥーに私を手渡すようにスッと後ろに下がった。


「別に護衛が必要ないというわけではないのです。離れた位置から見守っていれば良いと」

「その通りだな。王妃を借りていく」


スゥーのあの暴挙も、グエンのこの行動も……。

要は、拗れてしまった兄と私の仲を修復しようとしてのことらしい。

傍から見ても分かるくらい私達の距離は不自然だったのだろう……どのみち夜会の後、もう一度話しをするつもりだった。このドレスだってその為のものだわ。

ここまでお膳立てされたのなら、潔く腹を括るしかなさそうだ。


「お兄様はどちらに?」

「ご案内いたします、王妃様」

「……」

「どうかなさいましたか?」

「いぇ……」


腹を括った瞬間にガクリと膝から崩れ落ちそうになったのはスゥーの所為だ。

寡黙な人なのだろうと思っていたのに、全然違った。

仕事柄とか寡黙だからとかいったことでは無い。声を出せない理由があったわけだ。


特徴ある声とおどけた口調で促され、先日の夜会で助けてくれたセオフィラスだと気づいて眩暈がした。


黒服隊が、あの兄が、彼が何者であるのかを知らないはずがない。

どういうことだろうか……まさか、親しい仲とか?帝国の皇子とラバンの王子が?いや、あり得ないでしょ。皇子を侍従扱いする奴が何処の国にいるのよ……親しき中にも礼儀ありでしょ。

皆の注目を集めながらスゥーの後に続くように広間の出口へと進み、本当に着いて行って大丈夫なのだろうか?と、私は顔が引き攣らないようにすることで精一杯だった。



※※※※※※※※



「久しぶり、と言っても良いのかしら」

「……」

「また貴方に助けられてしまったみたいね」

「……」

「今更黙っても……私、そこまで鈍くはないのよ?」


黙ったまま通路を歩くスゥーに、一人で会話する私。

それ以上突っ込んだ話しをするなオーラを出されても、気になるものは仕方が無いと思う。

あの派手なマントがなくても、顔や髪色を隠していたとしても、その美声は誤魔化せないのだから。


「セオ」


あの日、去り際にそう呼べと言われた名。

ねぇ、貴方なのでしょう?と、問いかけるように名を呼んでみた。

私の声は思った以上に通路に響き、前を歩いていたスゥーは立ち止まり唸るように息を吐くとくるりと振り返った。


「やっと、此方を向いてくれたわね」

「はぁ……誤魔化しても無駄か?」

「少し低めの通る声、それでいて艶のある声なんて、一度聴いたら忘れられないでしょうね。特に私は、助けてくれた恩人の声ですもの」

「参ったな」


王族ともなれば独特の雰囲気があるものだ。セオフィラスに限らず、兄にも、勿論アーチボルトにだってある。

一体何処に隠していたのか……誤魔化すことを諦めた彼は、雰囲気を一気に変え私を見下ろしている。

初めて会ったときにマントで隠されていた切れ長で涼し気な目元、アンバーの綺麗な瞳は別名【狼の目】とも呼ばれていて、彼にとても良く似合っている。


「流石に、声だけでばれるとは思っていなかった」

「あら、その可能性も考えて今迄声を出さなかったのではなくて?」

「フォーサイスの血は恐ろしいと、身をもって経験しているからな」


ほら見ろと言わんばかりに両手を広げ、肩を竦めるスゥーに自然と笑みが浮かぶ。

我が兄ながら恐ろしいことをするものだわ。

親しき中に礼儀なんて全く持っていなかったらしい……。


「お兄様に大分振り回されているのね。ご愁傷様」

「兄だけではなく、妹にも振り回されている気がするのは俺の勘違いか?」

「ふふっ。手のかかる兄妹でごめんなさいね」

「全くだ」


本当に嫌そうな顔をするスゥーに思わず笑いが零れると、彼の手が伸びてきて私の頭に置かれた。

そのまま優しく撫でられ、何が起きたのか分からず硬直する私に気づいたのか、スッと手が離れていった。それを少し寂しいと思ったことに、アーチボルトにはあった嫌悪感がスゥーにはないことに驚いた。


「済まない」

「いぇ……」


アデルやテディ、兄や黒服隊という身内も同然の彼等ならまだしも、まさか敵国の皇子がその身内枠に入ってしまった……?

それは以前のセリーヌなら可能なことかも知れないが、人一倍警戒心が強く男は悪だと思っている私には不可能に近い。

姉さんだって慣れるのに時間がかかったし、透君に至っては更にかかっている。

それが、素性を隠して顔さえまともに見たことのない相手を警戒していない?会って二回目なのに?

彼は敵国の皇子で、でも二度も私を救おうと動いてくれている……前も、今も。だからコレはそういうことで……駄目だわ、頭が上手く機能してくれない。

取り敢えずまた今度考えようと、何だかもやもやする心に無理矢理蓋をした。


「随分と遠くまで引っ張っていったのね」

「安心しろ。離れて護衛がついて来ている」


少しだけ気まずくて何か話題をと口にした言葉だったのに、私が警戒していると思ったのか苦笑しながらも優し気な声で教えてくれた。


「この先真っ直ぐ行った場所に噴水がある。見えるか?レイトン王子がいるだろ」

「えぇ……わかったわ。ありがとう」


遠目に兄の姿を捉えたが、足が竦み一歩が踏み出せない。

また拒否されたら?いや、それならまだ良い方だ。今度こそ拒絶の言葉を聞くことになったら……とてもじゃないが耐えられない。

悪い方へと考え出してしまえば止まらなくなり、吐き気までしてくる。


「セリーヌ!」


スゥーの怒鳴り声に思考が中断し、いつの間にか下げていた顔をノロノロと上げた。


「姿勢を正し、前を向け。アレは敵か?お前に害なす者か?違うだろ。お前の為に国一つ滅ぼすことを躊躇わないような、お前の絶対的な味方だ。何を恐れる必要がある。寧ろ、情けない兄の腹に一撃入れるくらいの気概を持っていけ」

「セオ……」

「弱々しく、今にも壊れてしまいそうなお前は俺が認めたセリーヌではない。あの日の夜会で、不甲斐ない王の代わりに自ら前へ出て立ち回っていたお前だからこそ、俺は身を挺して助けた」


背後から肩をそっと掴まれ、勇気づけるように喝を入れられた。


「美しいだけの王妃は国に必要ない。お前は、セリーヌはそれだけの王妃か?自ら動くことをせずに、嘆くだけの女か?……俺を失望させるな」


トンと肩を押され、自身の力では踏み出せなかった足が一歩、また一歩と進み、気づけば必死に足を動かし遠目に見える兄目掛けて走り出していた。


「胸の内を全てぶつけてこい。骨は拾ってやる!」


帝国の皇子様が後の面倒は見てくれると言ったのだ。

何も遠慮することは無い。前世の記憶があろうが無かろうが、私はセリーヌ。

レイトンが溺愛して止まない、大切な妹。

兄は中身がどうとか、身体を乗っ取ったとか、尤もなことを言っていたけれど実際は向き合うこともせずに逃げただけじゃない。


足音に気づき、振り返った兄の目を見開いている間抜けな姿を見て口元が緩んだ。

暗闇にライトアップされた噴水。その直ぐ前に立っている兄は麗しい見目も相俟って一枚の画のようだった。

この画を私は見たことがある。フランと兄が急接近するイベントだ。

夜会を抜け出したレイトンを追いかけてフランが此処へと辿り着く。この場所で、レイトンの憂いを含んだ顔を見てフランは駆け寄って行く。

そう、今みたいに。


「セリーヌ?」


確かめるように名を呼ばれたフランはそのままレイトンに抱き着き、言葉巧みに彼の憂いを払ってあげるのだ。

けれど、それはフランならの話。

実際に今兄の口から出た名は私のもので、イベントだろうが何だろうが人が違えば展開も変わるというものだろう。


「お兄様!」


勢いのついた足を止めることなく、私は立ったまま動かない兄へと両手を伸ばした。

兄は困惑しながらも咄嗟に身体が動いたという感じだろう。

私を迎え入れる為に両手を大きく広げ、それに対して私は無防備に立つ兄に満面の笑みを向け、胸に手が触れるその瞬間。


「ぇっ!?」


両手で思いっ切り、兄を突き飛ばした。

深夜に盛大に響く水音、水しぶき、ずぶ濡れで噴水に尻餅をつくように座り込んだ兄は呆気に取られた様子で私を見上げていた。


ドレスとヒールで全力疾走なんて二度としない!汗で肌に纏わりつく髪とドレスが気持ち悪い!兄に見せようと折角着飾ったのに……台無しじゃない!


ゼーゼーと息を吐き出し肩を上下させ、王妃?王女様?ナニソレ?な姿になっているであろう私とは違い、濡れて色気が増した兄が恨めしい。


「これは、どういうことなのかな……」


濡れた髪をかきあげ、さり気なく私から視線を逸らした兄。

それに苛立ち、噴水の中へと足を入れた。


「耐えて、耐え続けて」

「……」

「あの人がいつか私を見てくれるのではないかと、そう思いながら耐えたのよ。でも、いつまで耐えればあの人は私を見てくれたの?愚かな私は壊れる前に自己防衛しただけ。もう全て切り捨てることを選んだのは間違いなくセリーヌ本人よ。前世がなんだっていうのよ、記憶を思い出してもお兄様を愛していることには変わりなかったわ!会うのが怖かった、でもそれ以上に会えることが、こうして会いに来てくれたことが嬉しかった!私は、お兄様を信じていたから全て打ち明けたの」

「セリーヌ……」


一歩近づくたびに、兄は同じ分だけ後ろへと下がっていく。

前世の私を否定されようが、拒絶されようが、絶対に逃がしてなんてあげない。


「目を逸らされても、私を妹だと思えなくても、レイトン・フォーサイスは一生私の大切なお兄様よ……離れてなんてあげないわ」


だから、貴方も腹を括りなさい。


「お兄様。今、貴方の目の前にいるのは誰ですか?」


目を逸らさずに、逃げないでちゃんと答えて。


「……ょ」


足を止め、ジッと兄を見つめていた私の耳に微かに声が届いた。

その瞬間……私達を見守っているであろう護衛のことも、王妃としての恥も外聞も、全てをかなぐり捨て座り込んでいる兄へと抱き着いた。


「本当に、困った子だね」

「っ、ふぅっ……」


首に両手を巻き付け縋りつく私の背をそっと撫で、兄は何時ものように優しく、大切なものを扱うかのように抱き締め返してくれた。


「何度でも言うよ、君はセリーヌだ。僕の世界で一番大切な妹だよ」


そして、私と視線を合わせ微笑んでくれた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ほぼ関係ないのに、レイトン殴ってでもセリーヌと仲直り?できるように面倒見てくれるセオフィラスの懐?です。 あと、レイトンとセリーヌの噴水でのやりとりです。 最後に、冒頭の常識人セリーヌ…
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