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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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琴線



大切な人と好きな人。

この二つは似ているようで全く違うもの。

比重としては大切な人の方が重いと私は思っている。親、兄弟、親友、この世で誰とも比較できない存在であり、いなくなったら心にぽっかりと穴が開いてしまう存在。いなくなって欲しくない、私というものが壊れてしまうから。

それくらい、私の中で大切な人に分類されている者は重い。


「待たせたかな?」


着替えて部屋で寛いでいたところに兄がやって来た。

数時間ぶりに再会を果たしたセリーヌのお兄様。

彼女の大切な人であり、その記憶を共有している私にとってもとても大切な人。


「……うん、良いね」


兄は部屋の中を見渡し、私の姿を見て蕩けるような笑みを浮かべ頷いた。

アーチボルトを思い出させるモスグリーンの壁は日の当たる暖かい部屋をイメージするような色づかいのものに変わり、壁に飾ってあった絵画は取り外されている。

そして、兄に笑みを返した私は……ラバンの使者としてギーが訪れたときに置いて行った、あのアイスブルーのドレスに着替えて座っている。


「ラバンにあるセリーヌの部屋とはまた違った感じになっているけれど、これも中々良いね……とても暖かい色だ」


扉の側に立ち、壁を指先でなぞりながらそのまま動かない兄をソファーに促そうと口を開きかけたとき、壁に触れていた兄の手が上がった。


「ごめんね、セリーヌ。……ギー」


謝罪の言葉に反応する前に、兄の背後にいたギーの殺気に身体が硬直し目を見開いた。

一瞬の出来事だった。

ギーが動いた瞬間、私の視覚は黒いもので覆われていた。


「一体、どういうおつもりですか?」


それがテディの背中だと気づいたのは、彼が声を発したからだ。


「ごめんね、セリーヌ様」


直ぐ近くで聞こえたギーの声に驚き、テディの隊服をそっと掴み背後から顔を覗かせ、その惨状にこめかみを揉んだ。

ギーのナイフを剣の柄で受け止めているテディ。エムとエマは私の左右に立ち自身の身体を盾にし、アネリはギーの首元にナイフを当て。アデルは腰から抜いた剣を兄に向け、ブレアの剣に止められている。

一体なんなのよ、これは……クレイの妄想の再現だろうか。


「何を、なさっていますの……お兄様?」

「え、ごめんねって最初に謝ったのに!」


若干低くなった私の声に慌てた兄は謝罪を口にするが、ごめんでは済まないでしょうに。


「すまなかったね。どうしてもセリーヌの周囲を確認しておきたくてね」

「お兄様……」

「そんなに可愛らしく頬を膨らませないで。食べてしまいたくなるからね。ギー、ブレア、もう良いよ」


兄は嬉しそうに不穏なことを口にしながら、手を振りギーとブレアを下がらせ、私の隣に腰かけ頬を人差し指で突く。

私の口から、ぷふぅ~と間抜けな声が出てしまい兄を睨むがどこ吹く風だ。

テディとアデルは元の位置まで下がったが、侍女sはまだ警戒をしているのかギーとブレアを睨みつけていた。

それに気がついたのか、二人はきちんと頭を下げ、初対面であろう侍女sに名を名乗りだした。


「失礼しました。レイトン様付き黒服隊のギーです」

「大変失礼いたしました。同じく黒服隊のブレアと申します。姫、お怪我はございませんか?この馬鹿は手加減というものが全く出来ないもので……もしどこかお怪我をなさっておられたらすぐに私に、この馬鹿をきっちり地獄へと叩き落としますので」

「我が主様の宝物を傷つけるわけないー。それに、ブレアより強いよ?返り討ちだよ?」

「安心しろ、もれなくクレイも参戦する」

「…………」


凄い……あのギーが黙った。

どれだけ恐ろしいのだろうか、私の元護衛隊長は。

それにしても、懐かしいわね。

相変わらず人間離れした容姿のブレアとレイトン命のギーに、その二人をまるっと無視し私の頭を撫でる兄。ここにグエンとクレイもいればと……ラバンで過ごしていたあの幸せだった日々を思い出す。


「身内といえども警戒を怠ってはならないからね」

「……お変わりありませんね、お兄様は」

「僕はいつだって、セリーヌをこよなく愛するお兄様だから」


本当に、この人はぶれない。

そんな兄を見て侍女sは苦笑し、私は声を立て笑ってしまった。


※※※※※※※


久し振りだからと人払いをし、二人でソファーに並んで座りながら他愛もない話しをした。

部屋の模様替えやドレスを一新したことを話し、それを微笑みながら聞いてくれていた兄は偶に首を傾げ質問してくる。

手紙にはアーチボルトを連想させる壁紙に喜んでいたこと、アーチボルトの幼い頃の絵画は何時間でも眺めていられると、ドレスは全てアーチボルト色だと書いてあった。

セリーヌの頭の中には奴しか存在していなかったのだろうか?と思うくらいアーチボルト一色だった。

それなのにと、兄は私の心境の変化に疑問をもったのだろう。


確かに、乙女思考のセリーヌにしてはシンプル過ぎる部屋の内装に、先程まで着ていたドレスも極力肌を露出しないシックな色合いのドレス。


「お兄様、私はもう夢見る子供ではないのですよ」


下手に誤魔化すよりは良いと思って選んだ言葉だった。

恋をした人の元へと嫁いだセリーヌは一国の王妃となったのだ。国と民を背負う夫を支えていかなければならないのだから、いつまでも子供ではいられない。

実際は随分と違ったもので、色々な意味で夢も希望もぶち壊されたのだが。

まぁ、模範解答だろうと答えたのに……兄の微笑んでいた顔が歪んだように見えた。


「手紙に書かれている内容が、変わったことには気がついていたんだよ」

「手紙ですか?」

「そう。いつからだったかな……最初のころはね、本当に幸せだと心からそう思っていることが伝わってきて、少し妬いてしまっていたかな」


頭を優しく撫でられ、兄のゆっくりとした柔らかな声が真綿のように耳を包み、その心地の良さに兄の身体に凭れかかりそっと目を閉じた。


「毎日お返事を書くのは大変だったのですよ」

「それはすまないことをしてしまったね」

「思ってもいないくせに。でも……嬉しかった。お兄様のお手紙で、心が安らかになって、不安に感じたことも辛かったことも、笑顔で乗り切れた。地に足をつけて立っていられたの」


私は自分がなにを口にしたのか気づいていなかった。

撫でていた兄の手が止まったことにも、微笑んでいた顔から表情がなくなったことにも、目を閉じ兄に身を任せ夢心地だった私は気づかなかった。


「ねぇ、セリーヌ。あるときを境に手紙の内容が変化したんだ。書かれていることは、それだけを見たら幸せそうなのだけれど。僕にはね、無理をしているように思えた」

「無理ですか……そのようなことは」

「苦しくて、悲しくて、助けて欲しいと。僕が勝手にそう思っただけなのだけれどね。でもね、そのあと……セリーヌの手紙からアーチボルトへの思慕がみられなくなった」


『思慕がみられなくなった』その言葉に微睡んでいた頭はクリアになり、自分がなにを口にし、兄がなにを言っているのか理解し、閉じていた目を開き凭れていた身体を即座に起こした。

咄嗟に逃げようとした私を咎めるかのようにきつく腕を掴まれ、正面から向き合い初めて兄の変化に気がついた。


「セリーヌ、ラバンへ一緒に帰ろう」


帰る?ラバンに、帰れるの?でも……。


「なにも心配はいらないよ。僕と一緒に帰ろう?」


なにをとんでもないことを言っているのかと、首を横に振り拒否する私に、兄は子供を諭すように再び同じ言葉を口にした。

大丈夫って何が?

今同盟を破棄すれば領土を広げようと帝国が攻め込んで来る。

ラバンとヴィアンの同盟だって帝国に対抗するためだけに結ばれたものなのに。


「私が国に帰れば同盟はどうなるのですか?私一人の所為で民を巻き込んで戦争をなさるおつもりですか!」

「僕がなにも手を打たずにこのようなことを言うわけがないだろ。落ち着いて、ラバンは大丈夫だから」


では、ヴィアンは?兄にとっては自国の民はラバンだけなのかもしれないが、私は違う。

この国にはアネリやエムやエマの、テディやアデルの両親や親しい者達が暮らしているのだから。


「仮にも、ヴィアンの王妃として迎えられた私に、この国の民を見捨てろとおっしゃるのですか?母国さえ無事ならそれで良いと、お兄様はそうおっしゃるのですか?」

「セリーヌ、お願いだから駄々をこねないで」

「現皇帝がどれほど無慈悲で恐ろしい方かご存知でしょう!いいえ、歴代の皇帝は皆そうだと教わりました。属国ならまだ甘い方、王族の血を全て根絶やしにし、国を滅ぼすような残虐な国相手にどう大丈夫だと?たかがヴィアンとラバンの二国が手を結んだだけでは帝国の軍事力には勝てませんのに……」

「僕達は、ラバン国はそう簡単には落とされないよ。力が足りないのなら頭を使う。人が足りないのなら他から補う」

「ですから、同盟を解消などできないのです」

「他というのはヴィアンでなくても良い、僕はその為に他国を渡り歩いたのだから。ラバンへ帰り、もしセリーヌに何か言うような者がいれば僕が罰しよう。それに、帝国から僕が絶対にラバンを守ってみせるから」

「でも」

「セリーヌ、僕には君がなにを考えているのか分からないよ。どうしてそんなにこの国に義理立てするの?たった一言で良いんだ、帰りたいといえば君が抱えているもの全て僕が抱えて守ってみせるから」


違う、そうではないのだと何度言っても険しい表情の兄は聞き入れてくれない。自身が何とかするからと、心配はいらないと。

私の言いたいことが伝わらない。私の大切な者が増えたのだと伝わらない。


「もしかして」


このままでは無理にでも連れて帰られてしまうと思っていたとき、兄の冷たく囁く声にぞっとした。


「アーチボルトをまだ好きだと、言わないよね……」

「アーチボルト様……?」

「アーチボルトが、この国がセリーヌに何をしたのか……もう夢見る子供ではないのだろう?目を覚ましたのだろう?だったら、この国など、アーチボルトなど見捨てれば良い!」


兄が怒鳴ったことに驚き、掴まれていた腕を引かれ抵抗する間もなく抱き締められていた。

セリーヌに対して本気で怒ることなどなかったのに。余程心配をかけていたのだろう。

当たり前だわ。逆の立場だったら私だって同じようなことをした。

セリーヌは壊れる前に、この兄に助けを求めるのが最善だった。自身を大切に思ってくれている人達に心の内を話すべきだったのだ。だって、こんなに愛されているのだから。


「セリーヌ?」

「ぇ」


まずい、ぼんやりとしていた。兎に角、落ち着いてきちんと話しをしないといけない。

互いに冷静になろうと「お兄様」と声をかけたときだった。


「どうして……震えているの?」

「え、震えて?」


そんなことあるわけがない。アーチボルトのときのように嫌悪感などないのだから。


「そのようなこと」

「自分で気づいていないのかい?出迎えのときも、移動中も、アーチボルトの私室でも、今も……微かに震えている」


ゆっくりと、兄の胸に触れている手を見て息を呑む。

微かにだが、私の手は震えていたから。


「アーチボルトに何をされたの?こんなに、震えるほど酷いことを、あいつにされたの」

「なにも、されていませんわ。お兄様はもうご存知でしょう?」

「アーチボルトではないと言うのなら」


トン……と肩を押され、ソファーに背中から倒れこんでしまった。

この体制は嫌なことを思い出させる。

そう思い起き上がろうとした私の顔の横に兄が手をつき、泣きそうな顔で私を上から見下ろしていた。


「僕が、怖いの?」


自分で口にした言葉にショックを受けたのか、くしゃっと歪んだ顔に手を伸ばそうとするが、先に兄の指先が私の頬をなぞり、首へと移動していく。

兄が怖いわけでも嫌なわけでもない。それなのに、この体勢がアーチボルトのことを思い出させ、手どころか身体の震えが止められない。


「ねぇ、僕はなにをしてしまった?手紙の内容が気に障ったのかな。アーチボルトを悪く言ったから?セリーヌの危機に駆けつけることができなかったから?いや、ドレスが気に入らなかったのかな。急におしかけたから?勝手に影をつけること……ラバンに帰ろうと言ったこと?違う、セリーヌの意思を無視するつもりはないんだ。心配で、ただそれだけなんだ。ごめん、ごめんなさい。セリーヌがいないことに、僕が耐えられないだけで。我慢ができなくて」

「影……」

「そうだよ。先程アーチボルトからは許可を得てきた。セリーヌにはギーの部下をつける。無理矢理に連れてなど帰らないから」


許して、怯えないで……と目に涙を浮かべ懇願する兄へと今度こそ手を伸ばし、そっと頭を撫でた。

私が泣いているときにしてもらっていたように。優しく何度も。


何故レイトンはこんなに妹を大切にしているのだろうか。彼に何があってゲームとは異なる人物に変わったのだろうか。


『かなりの確率であいつもこの世界にいるはずだ』

『お前がこの世界にいると知らせないと、何するかわからないぞ』

『野郎を探せ!』


アデルとの会話を思い出し、もしかしたらと思った。

私やアデルのように、身近な人物に生まれ変わっていたのなら。

姉なら、義理の妹を大切にしてくれていたあの人なら実の妹なら尚更大切に慈しむだろう。


だから、一縷の望みにかけた。

もしかしたらと、選択をしてしまった。


「……えで」

「セリーヌ……」

「楓……兄さん」


けれど、それは。


「かえで……?兄さんだって?セリーヌの兄は僕だけでしょ」


私とお揃いの兄のヘーゼルの瞳は暗く淀み、鈍い光を放ち。

首に触れていた手に力が込められた。


「そいつは誰?今、誰の名を呼んだのかな?」


今、この瞬間に決してしてはいけない、最悪の選択だった……。





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