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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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予兆



部屋の扉が閉まったのを確認したレイトンは、ソファーに背を預け長い脚を組み、にっこりと呆けていたアーチボルトに笑みを向けた。

ゾクッと鳥肌が立つ腕を摩りながら、アーチボルトも笑みを返した。


「仲良くやっているみたいだね」

「あぁ、私のせいで……初めのころはセリーヌに辛い思いをさせてしまったが、その分も含めて今は幸せにしようと思っている」

「……そう」

「セリーヌは良くやってくれている。安心して私の手に委ねてほしい」

「……それは、そこの二人も同じ想いなのかな?」

「ジレスとクライヴも、セリーヌには頭が上がらないからな」

「ふふっ……ははっ、あははは!……なにを今更、馬鹿なことを」

「レイト……っ」


急に笑い出し、直ぐに顔から一切の表情がなくなったレイトンは、立ち上がりゆっくりと左手を上げた。

その瞬間、レイトンの背後に待機していた護衛が動いた。

ギーはアーチボルトの隣にいたジレスの喉元にナイフを当て、ブレアはアーチボルトとジレスの背後にいたクライヴの顔すれすれに剣先を向けた。


「なにを……レイトン?」


状況を理解していないのか、それとも許容範囲を超えているのか、強張った顔でレイトンの名を呼ぶアーチボルトの目の前でレイトン・フォーサイスは剣を抜いた。


「一体どの口が、辛い思いなどと言った?幸せにするだと……お前がセリーヌになにをしたのか、僕が知らないとでも思っているのかな?」

「レイトン……このようなことをして、ただではすまないぞ!」

「その言葉、そっくりお前に返すよ。初めから、僕はお前を許す気などないのだから。あぁ、あとのことは心配しなくて良いよ」

「なにを、私はこの国の王だぞ!」


アーチボルトの身の危険を感じ微かに動いたジレスに、ギーは「動いたら、ぐちゃぐちゃにしちゃうよ?」と囁く。

クライヴもブレアの隙を伺うが、指一つ動かせない状況に気持ちばかりが焦り唇を噛み締めた。


「レイトン!いい加減にしろ!」

「大丈夫だよ。アーチボルトがいなくなっても、この国は滅びてヴィアンという国自体なくなるのだから。安心して、あの世にいくと良いよ」


心底可笑しそうに笑うレイトンを、青ざめた顔で震えながら見上げるアーチボルトは、己の最後を悟った……。


「……のような感じになっているかもしれませんね」

「それは、否定できないわね」


廊下を進みながら、楽しそうにアーチボルト暗殺?の妄想を口にする女性騎士に思わず同意してしまった。

だって、兄ならその辺散歩してくるよ!なノリでやってしまいそうだ。


「大丈夫です。追手がかかっても、私が命をかけて姫様を連れて逃げますから」

「命をかけてお兄様を止めてきてくれるかしら?」

「今からでは間に合いません」

「クレイ……貴方は相変わらずね」

「はい。クレイは姫様の下僕です」


嬉しそうに下僕だと言い切る黒い隊服を身に着けた長身の美女、クレイ。

扉の外で待機していた彼女は、黒服隊が急に現れ驚く私の前に跪き、フードも口元を隠していた布も取り去り身を屈めドレスの裾に口をつけた。

テディとアデルがその光景に絶句している間に、部屋までの護衛だと言うや否や本来の護衛であるアデルとテディを押しのけ私の隣を陣取っている。


「まさか、いくら何でも……やりませんよね?」

「可能性はゼロではないわね」

「セリーヌ様……。テディ、セリーヌ様の冗談だ。聞き流すように」


焦るテディに苦笑しながら答えると、横からアデルに咎められた。純粋なテディに変なことを吹き込むなということだろうか。まったく、あんたはテディのお父さんか。


「セリーヌさまも、冗談を言えるようになったのですね」

「あら、私だってふざけることもあるわよ」

「いえ。この国で……冗談を言える相手が出来た、ということです」


ふわっと頭に乗った手の温もりに胸が震え、そのまま頭をぽんぽんされ離された手を眼で追った。

懐かしいな……と、セリーヌの記憶にほっこりしていたら、ちょっと寂しそうな声で「あの、お二人はどういったご関係で……」とテディが声をかけてきた。

それに答えたのは、足を止め振り返ったクレイ。


「主従関係ですよ。私は、セリーヌ様の護衛騎士隊長でしたから」


目を見開き驚いているテディの横で、アデルも同じような顔になっていた。

まぁ、この国から出たことがない者は驚くだろう。女性が騎士ってだけではなく、私の護衛騎士隊長だったのだから。

が、驚くのはそれだけではない。


「クレイはブレアの奥様よ」

「肩書は妻ですが、アレと私は契約婚ですよ。セリーヌ様のおそばにいるには男女共に既婚者のみでしたので、互いに利害が一致した結果の婚姻です」


とんでもない理由で結婚した二人は兄ではなく私の犬だと、下僕だと平気で口にする。


「ブレアさんの」

「あの人の……」


テディは瞳を輝かせ、アデルは心底嫌そうな声で呟いた。

なんだろうこの微妙な反応、ブレアこの二人に何かしたのだろうか?


「それにしても、この国には女性騎士がいないのですね。王妃、王女、側室方には女性騎士の方が良いでしょうに……」

「女性は男性よりも劣るなどと、馬鹿な盲信が根強く残る国ですからね」

「貴殿はそうではないと?」

「帝国、黒服隊の女傑は有名ですから。一度でも戦場で目にしたならば、誰でも考えを改めるというものでしょう」

「ほぉ……」


帝国の方は分からないが、黒服隊の女傑とは間違いなくクレイのことだわ。彼女が素手で大の男達を殴り倒していたのを覚えている。しかも、一度や二度ではなく数えきれないくらいだ。


「確かに、本来もつ力のみならば男性騎士には勝てませんね。だからこそ私達女性騎士はありとあらゆることを模索し偽装の技術を手に入れるのです。女性の戦い方は恐ろしいですよ」

「是非手合わせしていただきたいですね」


挑発的なクレイにキラキラスマイルで対応するアデル。

なんかこの二人は腹の中が似ている気がするのだけれど……。

それに、アデルの王子様仕様に慣れていないせいか、中身を知っているだけに妙にむず痒い。


「ところで、クレイ。ブレアの許可は出ているのよね?」

「勿論ですよ、姫様。前回はアレにラバンの使者のお供の座を譲りましたので、此度は私の番というわけです」

「私はブレアとは会ってはいないわよ」

「アレは姫様がおられる国で、同じ空の下、同じように空気を吸っていたのですよ?」


国とか空とか空気って……ラバンは兄を筆頭に何故こんなに濃い人ばかりなのだろう。


「……あとで揉めないのであれば良いわ。貴方達の喧嘩は真剣を使った殺伐としたものだから」

「大丈夫です。もう既にアレを地に沈めて許可を取りましたので。さぁ、私が姫様をお守りいたしますからね」


あぁ……すでにやられちゃったのねブレア。

若干テンションの高いクレイに口元が緩みながら止めていた足を進めた。


「さぁ、私達はお兄様をお迎えする準備をしなくてはね」


アーチボルトがどうなるかなど私には大した問題ではない。暗殺なんて愚かなことを兄はしないだろうから。精神的にやり込められる確率の方が高そうだしね。

それよりも、滞在期間中の甘々兄を回避する方が、今の私には重要な問題なのだ。



※※※※※※※



そして。

クレイの妄想ではなく現実の方では、この国の王でありセリーヌの夫であるアーチボルトは椅子に座り手を前へ伸ばした状態で静止するという、間抜けな姿になっていた。

アーチボルトは何も言っていないのに、レイトンの言葉一つで素直に退出したセリーヌ。呼び止めようと伸ばした手は当たり前だが届かず、王妃は振り返ることなく部屋を出て行った。

そのような姿をレイトンは呆れたように見やり周囲に聞こえるように息を吐き出した。

ハッとしたアーチボルトは咳払いをひとつし、正面に座るレイトンへと声をかけた。


「セリーヌは?」

「ここからは王と王太子として、同盟国同士の話し合いだからね。セリーヌには退出してもらったよ」

「あぁ……そうだな。しかし、驚いた。鬼才と名高いレイトン・フォーサイスも、妹相手ではああも砕けたものになるのだな」

「鬼才?可笑しなことを言うね。私はね、力がないばかりに大切な宝を奪われてしまった愚鈍な王太子だよ。……一時的に預けただけで、必ず取り戻すつもりだけれどね」

「宝?」

「君には、わからないよ。そうそう、先程のようなこと、私とセリーヌはこのような場であれば普段だったら絶対にしないよ」


先程までとは違うレイトンの人間味を感じさせない表情に、アーチボルトとジレス、護衛についているクライヴの三人は無意識に体が強張った。


「態と見せてあげたんだよ、君に。いや、君達にかな?私が、ラバンが、どれほどにセリーヌを大切にしているのかを。実際に目にしなければ、頭の出来が悪い君達には一生分からないと思ってね」

「……どういうことだ?」

「愚かな君は嫁いできたセリーヌを見て、あの先日処罰された令嬢と同じようにセリーヌがラバンから捨てられた王女だと思っていたのだろう?護衛騎士も侍女も連れて来ていないあの子を見て」

「……あぁ。だが、それは父がこちらで用意をすると言ったからだと聞いた」

「そうだね。ヴィアンの前王と側近は、セリーヌをどうしたかったのだろうね」


レイトンの言葉にアーチボルトが眉間に皺を寄せたことで、レイトンは苦笑した。


「セリーヌは……君の元へ嫁げることが嬉しくて、あまり深く考えてはいなかったんだよ。けれどね、ラバンや私からしてみれば、あれは人質と何ら変わりはないよね」

「人質だと?」

「説明をして欲しそうに見えるけれど、それくらいは自身で頭を使ってくれないかな?そうそう、同盟のことだけれど、【ラバンの至宝】であるセリーヌの身の安全、精神の安寧、私との手紙のやり取り、この三つのうち二つは破られたね。残りはセリーヌ次第でどうとでもなる。そのときは、同盟は破棄しセリーヌを返してもらうから」

「それは……ラバン国王も」

「了承するよ」


別に疑っていたわけではないのだろうが……。

全てはセリーヌ次第なのだと、この短時間でアーチボルトは嫌というほど実感したことだろう。


「何故、ラバン国はその三つを同盟の締結条件に入れた?」

「君は、本当に嫌になるほどのんびりしているね。【至宝】を、私が何の手も打たずに君に渡したと思うかい?力がないなりに足掻いた結果だよ」


レイトンが先程奪われたと言っていた【宝】と、今口にした【至宝】が同じものなのだと思い至り、ジレスとクライヴは驚き呼吸を止めた。

が、アーチボルトだけは分かっていたかのように、真っ直ぐレイトンを睨みつけていた。

それに真っ向から向き合うレイトンは、冷笑しゆっくりと言葉を紡ぐ。


「セリーヌやラバン国王が許したとしても……私は許さない。取り戻すときは、根底から覆してあげるよ」


アーチボルトがセリーヌにした仕打ちは酷いものだった。今になって後悔したところで何をしても既に遅く、セリーヌの中では人として底辺に存在している。

兄であるレイトンがアーチボルトを恨むのもわかる。

が、どうしても腑に落ちないことがあった。

ぐっと拳を握り、瞳を逸らさぬままアーチボルトも口を開いた。


「レイトンは、セリーヌを愛しているのか?」


この場にいる誰もがそう思っているだろう。

寧ろ、それ以外あり得ないと思いアーチボルトは聞いたのだが……。


「また、それかい……どいつもこいつもくだらない。いいかい?私のセリーヌは頑張り過ぎて我慢ばかりしてしまう。でも、本当は泣き虫で、人前で弱みは見せず、誰かに縋って泣けるような子ではない。一人で、誰もいない部屋で泣くような子。それなのに、愛する者のために自身を犠牲にする。そんなの心配で目が離せないし、放って置けないだろう?まぁ、兄妹で婚姻を結べて、セリーヌが私を愛しているのなら、それもやぶさかではないけれど。もっと、深いんだよ。私の全てを捧げても良いと思えるほどに。そばに置くと決めたら、私はセリーヌを離さないだろう。鎖に繋いででも逃がしてはあげられなくなる」


ヴィアン側は熱く語るレイトンに対し、それは……愛以外のなんだというのだろうか?と思ったが誰も口に出せなかった。

いや、出してはいけない気がしたのだ。自覚させてはならない、絶対に。


「そういえば」


まだ何か言い足りないのか!?とアーチボルトは身構えたが。


「ウィルス・ルガードを呼び戻したみたいだね。折角遠くに追いやってもらった一番の脅威を呼び戻すとはね……」

「ウィルス……何故レイトンがそれを知っている?」

「あぁ、セリーヌではないよ?あの子はこの国のことに関しては絶対に私に報告しないからね」

「では」

「ヴィアンは穴が多い。他国の間者が容易く入り込めるなんて、ある意味異常だよ」

「……見直す」

「そうしてくれるかな?そうだ、安心してセリーヌを預けて置けないからあの子には影をつけることにしたよ。この国には前々王の代にいた影が、前王の代からいないらしいからね」


影の存在の有無まで知っているのか!?とジレスが顔を引きつらせている間に、アーチボルトが抗議した。

それはそうだろう。他国の影が自国の、しかも城の中を歩き回るなどとんでもないことだ。


「誰の許可を得て、そのような勝手なことを!」

「今、王である君に報告しただろう?あの子に何かあれば、うちと戦争だよ。分かっているよね?心配しなくても、君に手をだしたりはしないから安心して」

「だが、ヴィアンは私の国だ、好き勝手になど」

「ねぇ、アーチボルト。君から王冠を取ったら、一体何が残るのかな?何も無くなった君のそばに誰が寄り添ってくれると?全てを失っても、君の隣にいてくれる可能性があった唯一の味方の手を、君は叩き落とし傷つけたのに」

「……」

「アーチボルト王。欲を出さず、愚王は愚王のままでいろよ。その方が幸せだ」

「私は!」

「倒れるなら、国や民を巻き込まず、一人で逝け」


立ち上がり、扉へと向かうレイトンに、アーチボルトは何も言えなかった。

今すぐこの場で恥も外聞もなく叫びだしたい衝動を抑え、気を抜くと崩れ落ちてしまいそうな身体を保つことで精一杯だった。

ジレスもクライヴも、顔を歪め今にも泣きだしそうなアーチボルトに声をかけられなかった。


「あと一つ」


どこか切迫したようなレイトンの声に、のろのろと顔を上げたアーチボルトは耳を疑った。


「セリーヌの眼に触れるような場所に、果物ナイフを置かないように」


静かな音を出し閉まった扉を見たまま「果物ナイフ?」と、ぽつりと零された声が室内に響いた。



※※※※※※※



コツコツコツ……と、靴音を鳴らしながら足早に歩くレイトンにギーが軽やかな足取りでついて行く。


「我が主様ー。ふわふわありませんでしたねー」


首を傾げながら問いかけるギーの頭を撫でながらレイトンも首を傾げた。


「ふわふわ?あの子に似合う可愛らしい表現だね。ギー、僕はセリーヌに関しては誰にも負けないと自負しているんだよ。例え変装しようが、性別が変わろうが、絶対に間違えないと言えるよ。だからね、あの子は間違いなくセリーヌ本人だよ。外見はね……」

「では、中身は?」

「それを今から確かめにいくつもりだよ」





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