自覚がある者とない者
何かを探すかのように息を切らし闇夜を走り続ける。
焦燥感に駆られながら止まろうとする足を動かし、何度も、何度も、繰り返し自問していた。
俺がすべきことではない。広間に大勢いた騎士に知らせれば済んだことだ。余計な行動は己の危機に繋がる。
俺は、何をしている。ここは敵国だ……やめろ、今なら間に合う、首を突っ込むな。
頭では分かっているのに心が騒ぎ互いに一致しない。
舌打ちしながら、急に現れた仄かな光に手を伸ばした。
『離しなさい!』
震える声で拒絶する女。
華奢な身体を、むせかえるような花の香りと共に腕の中に閉じ込めた。
安堵した。このまま腕に抱き何者からも守ってやりたいと思った。
『よく、頑張ったな』
乱れた髪とドレス、汚れた素足。
泣くことも喚くこともせずに彼女は最後まで抗った。
背後に迫る足音に、彼女の姿に、怒りに身を震わせる。
粗末な扱いをされているのなら、いっそこのまま……。
※※※※※※※
「……このまま?」
窓から差し込む光に、開きかけた瞼を固く閉じた。
昨夜の出来事を夢に見たらしい。
守ってやりたい、か……ヴィアンの王妃を?馬鹿げた夢だ。
けれど、このまま寝てしまえばもう一度同じ夢が見られるかもしれない。
「……くだらない」
ベッドから起き上がり脱ぎ捨てていたシャツを羽織り首を回す。
昨夜は疲れていたからか随分と寝ていたらしい。コーネリアスとエルバートは何故起こしに来ない?
身体をほぐしながら寝室の扉を開け、誰も起こしにこない理由を悟った。
「おはよう。ゆっくり休めたようだね」
昨夜懐かしい顔を見に城に侵入し予定外の救出劇。疲れて宿に戻れば、人の部屋に勝手に入り優雅にワインを飲んでいたレイトン・フォーサイスがいた。
去り際に六日間がどうのと言っていたが。
「ここで、なにをしている?」
「先に朝食をいただいているよ。セオの分はギーに頼んであるから」
「……黒髪はどうしたんだ?逃げられるぞ」
「それはエルバートが動いているよ」
「俺の片腕を勝手に使うな……コーネリアスはどうした?」
「ギーと一緒に朝食を取りにいったところだよ。さあ、食べたら僕達も動くよ」
「了承した覚えはないのだがな。奴はまだ街にいるのか?」
「愚鈍でなければ。でも、もう街にはいないと思うよ。エルバートが逃すくらいだからね……期待はしていない」
「この街に住んでいたのなら手掛かりくらいは見つかるだろ」
「そうだね」
やはり、似ているな……。
スープを口に運ぶレイの顔を眺めながらセリーヌと似ている場所を探していた。
髪の色、瞳の色、綺麗な鼻筋に……口元は違うか。二人並べたら紛れもなく兄妹だな。
だが、幾ら似ていてもレイに対して守ってやりたいなど微塵も思わない。
ジッと見過ぎたのか……目が合い嫌な笑みを浮かべるレイから視線をそらした。
「気づかなかったよ。見惚れるほど僕の顔が好きだったとは」
「見惚れてなどいない。ただ、似ていると思っただけだ」
「似ているって……あぁ、セリーヌか。昨夜から随分とセリーヌを気にするね。まさか、セオ……」
「なんだ?」
「確かに僕のセリーヌは儚く可憐で愛らしい花の妖精のようで。ふとした瞬間に妖艶な女神のごとく気品溢れる「もう良い、黙っていろ」……セリーヌは渡さないよ?」
「誰が寄越せと言った?別に気にしているわけではない。ただ……」
なんだというつもりなんだ?
胸を痛めているのではないか、また何か起こってやしないかと気にかかるだけで……。
「主様ーー!」
「ですから、私が持ちますと……セオフィラス様、お目覚めでしたか」
「……主様?」
「セオフィラス様?」
言葉の続きを待っているレイに何も言えず黙るセオフィラスと、怪訝な顔をし食べる手を止めたレイトンに朝食を持って来たギーとコーネリアスは首を傾げた。
朝食後、エルと合流し黒髪の捜索に出た。
思っていた通り奴はこの街に長いこといたらしく、雇われていたという屋敷はベディング侯爵の妹が嫁いだアドゥセイ家だった。
「黒幕はベディング侯爵か……?」
「まぁ、普通ならそうなるかな」
「クラウディア・アドゥセイの従者で、二人は昨夜から屋敷に戻っていないとなると、奴が隠れているのは侯爵の屋敷か?」
「侯爵家となればエルバートやコーネリアスでは厳しいね。ギーを行かせるよ」
「日が明るいうちは止めておけ。街道はコーネリアス、俺とエルとレイは港だ」
「「はい」」
「街を出るなら港が一番確率が高い。ギーは屋敷で黒髪の青年を見つけたら手を出さずそのまま見張るように。逃げる素振りを見せたら捕らえて良いよ」
「はい、我が主様」
さて、誰が奴を捕まえるのか。さっさと逃げないと恐ろしい男がお前を狙っているぞ。
港に着き黒髪を探す。
フードを被っている者や背格好が似ている者を重点的に見ていくがそれらしき者はいない。
日が沈む頃、今日最後に港を出る船の乗船口ですれ違った男を振り返った。
黒髪ではない。だが、何故か気にかかる。
「見当たらないね。せめて顔を知っていれば良かったんだけれど……セオ?」
足を止め一点を見つめるセオに気づき、レイもその方向に視線を向けるが黒髪らしき人物は見つからない。
「セオ?」
「……レイ、髪の色は変えることが出来るのか?」
「不可能だと言いたいところだけれど、可能にすることが出来る人物がいる。現に僕も出来るからね」
「先に言え!だとしたら、奴が黒髪だという保証はないだろう!」
「待てセオ!エルバートだ」
先程の男の後を追おうとし、駆け寄ってきたエルから「ベディング侯爵が王に召喚されました」と聞きレイと顔を見合わせる。
黒髪が捕まったのか?俺やエルは顔をハッキリとは見ていないがセリーヌは見ているはずだ。
「一度宿に戻ろう。あのアーチボルトが侯爵を召喚しからには、何か手札を持っているはずだよ」
「だがその手札が黒髪の奴だとは限らないだろ」
「けれどね、セオが推測したように髪の色を変えていたとしたら捕まえることは不可能だよ。戻ってギーと合流して情報を整理した方が良い。船も、もう出てしまったし」
すれ違った男が気になるがもう手遅れだ。
宿へと戻りコーネリアスから街道にそれらしき者はいなかったと報告を受け、ギーが戻って来るのを待つことにした。
翌日。
二晩同じような夢を見た俺は、ベッドに腰掛け項垂れ、コーネリアスが呼びに来るまでその体勢から一歩も動けなかった。
「爵位を落とし、娘は修道院……捕らえたのはあの晩セリーヌを護衛していた騎士と暴漢だけとは。逃げられたね」
ギーの報告に黒髪はいなかった。
ギーが見落とすわけがない。だとしたらレイが言った通り逃げられたわけだ。
「仕方がないね。ギーはラバンの使者としてセリーヌの様子を見て来てくれるかい?それと、折角だから暴漢共は排除してきて」
「騎士の方はどうしますかぁ?」
「そっちはアーチボルト次第。でも、騎士の方は貴族だからね……間違いなく許可は下りないかな」
さっさと黒髪を諦め二日後の話しをする二人にエルとコーネリアスは苦笑し、俺は肩を竦める。
期待はしていないと言っていたから切り替えが早い。
「では、我が主様。先にセリーヌ様に会ってきます」
「ブレアも同行予定だったね。ヴィアンは一応まだ同盟国だから、あれが暴れないよう注意して」
「了解しましたー」
今日、明日はギーがレイから離れる。その為俺達はレイを宿から一歩も外へは出さないと決めていた。
護衛を付けずにふらふら彷徨うレイに付き合っていられない。
ギーが宿から離れたのを確認し、エルとコーネリアスに手で合図を送る。
こちらに背を向けているレイに態と「レイ」と声をかけ、振り向く前にレイの首に腕をかけた。空いている方の手でレイの腕を掴み捻り上げ拘束し、椅子にでも縛り付ける予定だったのだが。
「何をする気かな?」
首に回していた腕を取られ身体が浮き、視界が反転する。固い地面に背中から叩きつけられ、更に一緒に回ったレイの肘が胸にめり込む。
こいつ……体重を乗っけてきやがった。
「つい反射的にね……背後から近づくから」
「っぁ……声、かけただろうがっ!」
一瞬呼吸が止まり呻く俺より先に立ち上がったレイの軸足を片手で掴み、それを見たエルが動きだす。
「三対一は卑怯だよ、セオ。それに、無力化ではなく息の根を止める気で来なければ無理だっ」
掴んでいた手を逆の足で踏み潰され、手を離してしまった。自由になったレイは体当りしようとしたエルの顔面を蹴り飛ばしコーネリアスが押さえている扉へ向かって走りだす。
が、コーネリアスは両手を上げ扉から離れレイの脱走を見送った……。
「七勝三敗、負け越しです」
俺とエルの恨みがましい目に気づいているくせに「レイトン様の圧勝でした」と口にし何事もなかったかのように扉を閉めた。
「コーネリアス……せめて拘束する素振りくらい見せろ」
「セオフィラス様とエルが瞬殺されているのに私にどうしろと?傷つけないように手を抜いて勝てる相手ではありません」
「的確に顎を狙ってきましたからね……追いますか?」
「あれを野放しにすれば俺に火の粉が飛んでくる」
「この隙に国へお戻りになればよいのでは?」
「セオフィラス様はレイトン様がお好きでいらっしゃいますから……放っては置けないのですよ」
「その生暖かい目はやめろ。いつものように二手に分かれる。俺とエル、コーネリアス。拘束はしなくて良い、飽きるまで付き合ってやれ」
「それが一番大変なのですが……」
「いや、コーネリアスはまだましな方だ。私とセオフィラス様は寝る間もなく盗賊相手に戦闘していたこともある」
「あの方は何をなさりたいのですか?」
「知らん」
痛む胸を押さえ仕方無く街中を捜索するが一向に見つかる気配がない。
大抵は屋台、見世物小屋、武器屋、酒場を回れば鉢合わせていたが……。
「ヴィアンはレイの庭だからな」
「同盟国の裏に精通している王太子なんてレイトン様ぐらいですよ。妹君の為とはいえ素晴らしい執念ですね……」
「笑えないな、そのうち帝国も裏から殺られるぞ」
「……警備を見直します」
明日はギーも戻る。それにいくらレイでもセリーヌが嫁いだ国で派手なことは起こさないだろうと、宿に戻るのを待つことにした己を恨んだ。
「我が主様は鬼ごっこの真っ最中です」
何を言っているんだこいつは?……と思うのは俺だけではないはずだ。
翌日黒服隊の姿で戻って来たギーは、レイが居ないことなど気にする素振りも見せず鬼ごっこと口にした。
「……鬼は誰だ」
「セオフィラス様です。残り三日以内に見つけられなかった場合、我が主様のお願いを聞き入れなければなりません」
「……あれか、お前はレイの居場所を知っているのか?」
「はい」
「エル、コーネリアス、荷物を纏めろ。国へ帰還する」
幾ら何でもふざけ過ぎだ。何処かへ隠れていてそれを護衛が把握しているのならあとは俺には関係が無い。
何が鬼ごっこだ……勝手にやっていろ。
「セオフィラス様が勝った場合は我が主様がお願いを聞き入れます。国以外であれば、欲しいものがあれば例えセリーヌ様であったとしても考えるそうです」
「……レイがセリーヌを手放すわけがないだろ」
「例え話しですよ。セオフィラス様は、セリーヌ様が欲しいのですか?」
「…………」
黙り込む俺に一斉に視線が集まった。
セリーヌとはたった一度会っただけ。
ヴィアンの王妃でレイの妹……頼まれても拒否する。
だが……このままでは癪だな。
「レイに言っておけ、お前の大切なセリーヌを貰うとしよう。あとから苦情は受け付けない、とな」
「了解しました。では、頑張ってください」
窓からギーが走り去る方角を確認し、探すのは明日からだなとエルが呼び止める声を無視し寝室に入った。
※※※※※※※
花の香りがする。
あぁ、また夢かと闇夜を凝視し光を探す。
『私を、助けてくれてありがとう』
仄かな光を纏い現れたセリーヌはふわりと綺麗に微笑み、それに誘われるように手を伸ばした。
彼女の手ではなく頬に。
あと少し……手が触れる前に目の前にいた人は光と共に拡散した。
※※※※※※※
「もしレイトン様を見つけられた場合、本当にセリーヌ様をもらうおつもりですか?」
残り二日の晩、街で一番でかい酒場にエルと二人で訪れた。
前日に三人で手分けし少々乱暴に情報を集めた。結果、行き着いたのがここ。
レイはある程度俺に情報を与えるように言ってあるらしい。確実に遊ばれている。
酒場の店主はレイと繋がっている。店主は金を握らせようが、脅されようが口を割らないだろう。
ならばと、狙いをつけたのは踊り手だ。
中央の舞台では数名の踊り手が陽気な音楽に合わせ舞っている。
フードから顔を見せ、酒を片手に踊り手が近づいて来るのを待っていたのだが……。
「エル、お前は俺を何だと思っている。本人に了承無しに賭けの対象にするような男か?一国の王女であり大国の王妃を物扱いする男か?」
「我が国の代々の皇帝は執着するものには手段を選ばれませんので」
「変人共と一緒にするな。そもそもラバンの至宝を簡単に差し出すわけがないだろ。取り戻す為に大国一つ潰す気でいる奴だぞ。レイを捕獲したら、帝国とラバンの国境にある鉱山を貰う」
「両国で不干渉とされているはずですが」
「願いを聞き入れると言っているのだから貰っておくべきだろう?あれは国王ではなくレイの管理下にあるからな」
「難しいのではないでしょうか?」
「どういった経緯でうちに譲るのかは見ものだな」
音が鳴り止み、各テーブルへと舞い手が動き出す。一人近づいて来る舞い手を確認し、離れていろとエルに目配せした。
「お隣、よろしいかしら……?」
舞台衣装なのか肌を露出し挑発的な格好をする舞い手の中、一人だけ肌を見せず口元をベールで覆っている女。
女にしては背丈があり、声もそう高くはない。
「私の席で良ければ、どうぞ」
「まあ、貴方のような良い男の席は取り合いになるのよ?」
長い髪を結い上げ、唯一見せている肌は白く細い首。目元は赤く化粧が施され、ベール越しに透けて見える口元はセオフィラスを誘うように弧を描く。
しな垂れ掛かる気の強そうな美女の肩を抱き寄せ、セオフィラスは普段は見せない魅力的な笑みをフードから覗かせ女の耳元で囁く。
そんな光景を離れた席で眺めているエルバートは「……演技なのだろうか」と一人不安を抱えていた。
「毎夜ここで舞っているのか?」
「いいえ、普段は舞わないの。良い男が来たときだけ……貴方は、初めて見る顔ね」
「この街へは来たばかりだからな」
「なら貴方は幸運よ!私がこの街一番の美女だから。それに、貴方が知りたいことなら何でも教えてあげられるわ」
「私は美女と酒を飲めれば満足だが……?」
「貴方のような人は大抵は情報を求め酒場を訪れるの。一晩相手をしてくれれば、ね?」
誘われるまま二階へと階段を上がり、付いてくる者、影に潜む者がいないかを調べる。
女が武器を所持していないかは確認済みだ。
「どうぞ」
レイとは別件で刺客である場合もある。
部屋へ入り中を見渡すが特に変わった様子はない。
たが、扉を閉めゆっくりと近づいて来る女に何故か違和感を感じ腰元にある剣に手を当てた。
セオフィラスの表情が違うものに変わったことに気づいたのか、女は挑発的に笑うと音を立てずに一気に距離を縮めた。
それに反応し剣を抜こうとしたが「セオフィラス・アディソン!」と、女の言葉に気を取られ抱きつく形で首に腕をまわされてしまった。
「今のところは貴方の敵ではないわ」
唇が触れるか触れないかの距離で囁く得体の知れない女の腰を掴み離そうとするが、巻きつく腕の力が強過ぎて離れない。
それどころかフードを下ろされ髪色が露わになる。
「残念だが、相手をするつもりはない。今すぐ離れろ」
「こんな美女を前にして拒否するなんて。セオフィラス様は心に想う方がいるのかしら」
「女に困ってはいないからな。それより、何故俺がセオフィラス・アディソンだと分かった?」
「あら、有名人よ貴方」
「この国の王とは違い俺の場合は髪色で認識されることが大半だが?」
「私、帝国の皇子様のファンなの……アーチボルト王の次にね」
首元に軽い痛みが走り、女の肩を突き飛ばした。距離を取ろうとしたがカクンと膝が折れ視界が霞む。
「なにをした……」
「大丈夫よ、毒ではないから。ちょーっと眠くなるだけ。安心して、手は出さないから」
「…………」
「残念だけど……この世界では同性婚がありだとしても、私は自分と同性の野郎相手はお断りなのよ。ごめんなさいね」
「お前、男か……」
「やだぁー気づかなかったの?」
落ちてくる瞼に力を入れなんとかしようとするが、身体がいうことを聞かず床に倒れた。
「ねぇ、ヴィアンの王妃様って……どんな人?」
「…………」
「我儘で、愛想のかけらもない嫌われ者?」
「……違う」
「じゃあ、高飛車な嫌な女?それとも、めそめそ泣くだけの女?」
「お前、何者だ……」
その言葉を最後に意識が落ちた。
だから、男が俺を置いて部屋を出て行くときに悲しげに「あの子の、敵かしら」と言っていたことを知らなかった。
そして、約束の日。
呆れた顔をするレイの前で俺は頭を抱え唸っていた。
俺が女と二階へ上がったあと、エルは部屋から少し離れた場所で待機し部屋の様子を伺っていた。
叫び声や怒鳴り声、争う音もしなかったのでそのままにしておいたが、部屋から出て来た女がエルに気づき「寝てるわよ」と声をかけたという。
中を確認し、床に倒れている俺の呼吸を確かめ声をかけたが目を覚まさない。担いで宿へ戻りコーネリアスに預け酒場へと戻ったが女の姿は無く、店主も知らないという。
それから二日間俺は寝ていた……と。
「それ、セオは何ていうか知っている?ハニートラップというらしいよ」
「……何だそれは」
「セオの身に起きたことだよ。まさかあのセオフィラス・アディソンがね……」
「お前の手の者じゃないのか?」
「僕ではないよ。女性に困ったことがないセオが引っかかるとは思ってもみなかったからね。でも、女性ではなく男性にすれば……次はそれも含めることにするよ」
「やめろ」
エルはあれから女を探していたらしいが、酒場の舞い手ではなく、しかも女ではなく男だった。見つかるわけがない。
「随分と都合良く眠らされたものだな」
「僕ではないと言っているだろ。心当たりはないのかい?」
「ない、とは言えないが……今迄差し向けられた刺客は命を取りにきていたからな」
「セオが昔捨てた男という可能性もあるよ」
「俺は女以外を相手にした覚えはない!」
「僕はセリーヌ以外の女性を相手にする気はないよ」
「お前の性癖など誰も聞いていない。それにな、何度も言わせるな。セリーヌはお前の妹でヴィアンの王妃だ」
「セリーヌの瞳に映るのが僕ではなくアーチボルトだなんて……それを真近で見て耐えられる自信がない。いっそ……この手で」
「何をする気だ」
ギー……レイの横で首を縦に振っていないで妹とは結婚出来ないと教えてやれ。
「美女に騙された情けないセオには悪いけれど、鬼ごっこに負けたのだから僕のお願いを聞いてもらうよ」
「レイトン様、美女ではなく美男かと」
「コーネリアス……態とか?」
「いえ、ですが報告書に誤った記載をするわけにはいきませんから」
「誰宛の報告書だ……で、願いとはなんだ?俺もお前と同様、自身で動かせるものは少ないぞ?」
「僕が欲しいものは軍でも領地でもない、セオに黒服隊に入ってもらうことだから」
「……は?」
「僕がヴィアンへ滞在している間、セオはギーとグエンの下についてもらう。エルバートとコーネリアスも黒服隊で良いかな?」
「レイトン様、それは幾ら何でも無理があります。私やコーネリアスなら兎も角、セオフィラス様は帝国の皇子です。ヴィアン側に直ぐに気づかれてしまいます」
「エルも大多数に顔を知られていますから、二人の代わりに私が」
「困ったね……どうしょうか、セオ?」
口では困ったと言いながら、愉快そうに喉を鳴らして笑うレイに舌打ちした。
一体何を考えているんだ……。
「俺を敵国に差し出すつもりか?」
「まさか、それでは僕に全く利益がない」
「だとしたら何が目的だ?それに、どうやって誤魔化す気だ。変装でもしろと?」
「髪色を変えてもらう。黒髪を探しているときに僕にも出来ると言っただろう?」
「……だから、そこまでして俺に何をさせたいんだ?」
「ねぇ、セオ。愛と憎しみは、表と裏のように切り離せないものなんだよ。さっき言っていたことは冗談ではない。いっそ、僕の手で壊してしまおうかと何度も思ってしまう。もう本当に危ういんだ……」
「狂ってはいないんじゃなかったのか?」
「そうだね」
「俺にお前の足枷になれと?」
「手枷もつけてくれると良いのだけど」
「はぁ……それ以外は好きに動くぞ。敵国の内情を知る良い機会だからな」
「好きに見て回ると良いよ」
俺の言葉を了承ととったのだろう。
帝国の皇子でさえ掌の上で転がすような奴が
手枷、足枷の為に俺を?他に何か思惑があるはずだ。
こいつに振り回されても手を切るつもりがない自身に辟易する。
「さあ、これからゆっくりと話し合おう」
蠱惑的な美貌で微笑むレイは、セリーヌとは似ても似つかない……まるで毒花のようだった。




