お茶会
王妃主催のお茶会。
上級貴族のご婦人方にご令嬢方を集めたアフタヌーン・ティー。
これだけだと可愛らしい響きだ。
昼食を軽くすませ、通常なら夕方開かれるものらしいが、つい最近襲われたばかりの私は防犯上の理由でそれよりも二時間早く茶会を行うこととなった。
紅茶、軽食、菓子が出され楽しく会話をしながらのきゃっきゃ、うふふというイメージは捨てた方が良い。
お茶会、別名【女の戦場】と私は名をつけてみた。
ジレスと話し合い兄が訪れる前に、週に一度、三回王妃主催のお茶会を開くことになった。
一度目はベディング伯爵(旧ベディング侯爵)の派閥に組していた貴族を集める。
二度目は前々王(アーチボルトの祖父)に付き従っていた貴族。中枢から撤退し隠居生活を送っている者達だ。
三度目はアーチボルトの側室候補として名を挙げられている三人の令嬢達。
この中にはジレスの妹が入っている。
アメリア嬢が脱落した今、順当にいけばジレスの妹が側室にあがる。
中枢から退きベディングに権力を持たせていたくせに今更なんのつもりなのか。
ジレスにカルバート家は何を企んでいるのかと問い質してみたが、彼にとっても急な話しだったらしく何も聞いていないときた。
「この、役立たず」と、にっこり笑って言ったらジレスの麗しい女神様の顔がくしゃっと崩れていた。
まあ、ある程度の情報は手に入れた。あとは本番を待つばかり。
茶会を開く場所、食器、その他諸々を決めつつ迎えた初の王妃主催お茶会が始まった。
※※※※※※※
ベディング伯爵の派閥は思っていた以上に多かった。爵位を落とされ離れた者もいたらしいが、まだ結構な数の貴族がベディング伯爵に追従している。
挨拶を受けながら、顔とセリーヌが頭に叩き込んでいた名前を一致させる作業に取り掛かる。
「お会い出来て光栄です」と心にもないことを言う者達にうっそりと笑いながら、各家の夫の役職、領地などを軽く口にすると顔を引きつらせそそくさと離れていく。
私を侮っていた者達が急に態度を変えたのには理由がある。夜会での出来事と、私が部屋から出られなかった間に流れた噂。
【元ベディング侯爵は王妃を怒らせ中枢から外された】
【王妃は側室筆頭だったアメリア嬢を疎ましく思いベディングを失脚させた】
【アーチボルト王は王妃の操り人形になってしまった】
私は何処の悪女だ……あ、【王国の騎士】の悪役だけれど。
ただ単に確認作業をしていただけなのに、こんなに怯えられると逆にちょっと楽しくなってくる。
さてさて、次は誰ですか?と辺りを見回し、視界に捉えた令嬢に近づいた。
令嬢の周囲から人が離れたことで私に気づいたのか、一瞬驚くも直ぐに立て直し優雅にお辞儀をする令嬢に「ごきげんよう」と声をかけた。
「お初にお目にかかります。クラウディア・アドゥセイと申します」
「アドゥセイ……ベディング伯爵の……」
「アメリアは私の従姉妹です。先日はその従姉妹が失礼をいたしました。何も知らなかったとはいえアメリアが精神的に追い詰められていたことに気づきませんでした。ですから改めて私からもお詫び申し上げます」
誰もが躊躇っていた話題を投下してきたクラウディアの瞳の奥には強い憎悪が見える。
私は彼女に相当恨まれているようだ。
「謝罪は結構よ。クラウディア嬢は関係していなかったことなのでしょう?」
「血の繋がりはありますので……セリーヌ様にお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「セリーヌ様が、あのような非道な処罰をなさったのですか?」
「非道?まぁ、面白いことを言うのね。あの程度で済んで感謝して欲しいくらいなのに。それに、私にそのような権限はないわよ」
「あの程度……そうですわね、たかが侯爵家の娘が王家の方に無礼を働いたのですから。私の不適切な物言いをお許しください」
態々この場でアメリアの話題を出し非道な、と口にしたからアメリア嬢のように噛み付いてくるのかと思ったがそこまで馬鹿ではないらしい。
あの夜会ではアメリアの取り巻きの中には居なかったが数ヶ月前までは常に隣に居たと聞いた。
化粧もドレスも控えめで、一見地味に見えるクラウディア嬢。
言葉の端々に嫌味を感じさせるのは無意識なのか、或いは意図的に言っているのか……。
「クラウディア嬢、聞きたいことはもう良いのかしら?」
謝罪をしたあとジッと足元を見ていたクラウディア嬢は私の言葉聞き、ゆっくりと顔を上げた。けれど、彼女の瞳はどこか虚ろで。
「クラウディア嬢?」
声をかけたのは良いが、何かクラウディア嬢の雰囲気が……と警戒した私の斜め前にテディが立った。
急に現れた護衛騎士に驚いたのか、一歩下がったクラウディア嬢はこてりと首を傾げ笑みを浮かべた。
「王や騎士に守られ……放恣にお過ごしになっていらっしゃるセリーヌ様が、とても羨ましいですわ」
放恣ねぇ……気の所為ではなく、初めから喧嘩を売られてたらしい。
さて、どうしょうか?今日の私の立ち位置は悪役王妃だ。
「クラウディア嬢」
「……はい」
私達を遠巻きに眺めている者達には聞こえないよう声を潜め、唇を噛み締めているクラウディア嬢に話しかけた。
「アメリア嬢は、此度のことは全て従姉妹であるクラウディア・アドゥセイが仕組んだことだと証言しているの」
「……私は、何も関係しておりませんわ」
「そうよね、アメリア嬢が貴方に罪をなすりつけ逃げようとしただけ。大丈夫よ、そのように顔を真っ青にしなくても、何もしないわよ?」
「…………」
「クラウディア嬢、私の不興を買わないようにね」
貴方はアメリア嬢とは違い、証拠不十分で見逃してもらえたのだから。
扇子をたたみそのままクラウディア嬢の足元に突きつけた。
「手を出してはならない領域には踏み込まないよう、お気をつけなさい」
何故そんなに憎いのか、何故テディを見て悲し気な顔をするのか、私にはクラウディア嬢が何を想い考えているのかは分からない。
「承知しております。セリーヌ様に関わると、大切な者が手からすり抜けていってしまうのですから」
大切な者、ね……クラウディア嬢が去って行く後ろ姿を眺めながらそっと息を吐き出した。
それが誰を指しているのかは彼女にしか分からない。だからこそ釘は刺しておかなければならない。
喧嘩は勝てる相手に対して売るものだと。
「すみません。余計なことをしてしまいました」
私を守るように前に出た格好良い騎士様は今はおどおどしながら「大丈夫かな?間違ってなかったかな?」と顔に出ている。
「いいえ、助かりました。ありがとうテディ」
癒し効果抜群よ!
そのままテディを側に置き、次の獲物へと笑みを向けた。
アーチボルトがベディング伯爵と決別し近衛騎士隊を一掃、ジレスの補佐も入れ替えたことにより今日この場に集まっている家の子息達の殆どがエリート街道から外れた。
嘸かし不満だらけだろうと、もしかしたら鬱憤を晴らすお馬鹿さんがいるのでは?と気合いを入れていた私は肩透かしをくらった。
ベディング伯爵や子息達を擁護する者は居らず、横柄な態度を取る者もいない。
それどころかお茶会が終わりに近づくに連れご婦人方の顔色が悪くなり最終的には口を閉ざしてしまった。
あの狸……余計なことを言わないよう、仕出かさないように何か根回しでもしたのだろうか?
娘は駄目だったのに自身の派閥は管理出来たとは……。
「セリーヌ様の冷たい眼差し、あの笑みに口調……皆顔色悪くお帰りになりました。本当にお見事でしたわ」
部屋に戻り一息ついていた私は興奮するアネリに褒められた。
ん……褒められたのよね?
アネリに続きテディまでが「迫力がありましたね」と零し、アデルには「何か話す度に余裕の笑みで牽制されれば口も閉ざしてしまいます」と呆れたように言われてしまった。
いや、うん……良いんだけどね……うん。
※※※※※※※
さて、お茶会も二度目ともなれば緊張もせずに初回よりは余裕を持って行える。
前回と同じように挨拶を交わし席についたご婦人方。その中にはカルバート家、アルマン家、リンド家がいる。
何十年も中枢を担っていた旦那様を支え続け社交の場を潜り抜けてきた人達だ、一筋縄ではいかない。
当たり障りのない話題から始まり、気づけば私の体調やら日々の生活など過剰なほどに気遣われていた。
ちょっと待ちなさい、このままではお茶会が終わってしまうじゃない!?
彼女達には隠居している旦那に中枢に戻るように説得してもらうつもりなのだ。
「そういえば……」と会話を中断させ注意を引きつけ、アーチボルトが自身の手で行なった政務の話を切り出したのだが……。
「アーチボルト様が行なったこと、それらは全てセリーヌ様が行なったこと、と私達は捉えています」
「手綱を握っている方が変わっただけです」
「……人というのはそう容易く変わるものではありません。今は良く見えても明日どうなるかなど誰にもわかりませんわ」
口々にそう言われ、苦笑いしか返せない。
どれだけ信用がないのよアーチボルト。
「アーチボルト様には助け手が必要です。名君と呼ばれた前々王にお仕えしていた方々が必要なのです」
ベディング伯爵は謹慎、使えない者達は移動をした。穴が空いた場所へは再び権力を取り戻せないよう牽制出来る者達に入ってもらわなければならない。
「セリーヌ様」
誰も口を開こうとしない中、リンド家……アネリの母が真っ直ぐ私を見つめ口を開いた。
「セリーヌ様がそうおっしゃるのであれば私達も何かして差し上げたいのです……本来なら私達は夫の仕事のことに口を挟むことは出来ません」
貴族階級の妻の役割は一家の維持、拡大の為の社交、後継を産むこと。
彼女達だけではなく、称号を相続する長男でさえ容易く口を挟めないだろう。
「ですが、娘から送られてくる手紙と夜会でのセリーヌ様を拝見して、心が痛みました。勝手に諦め全てをセリーヌ様に背負わせた罪は償わなければなりません」
お茶会を開くと決めた日、アネリ達から教えてもらったことがある。
アーチボルトに見切りをつけ、ラバンの属国としてヴィアンの名を残すと決めた父は駄目だが、母は違う。初めから全て反対していたと。
このカミングアウトには頭を抱えた。
セリーヌが身を削り回避してきた属国エンドを望まれていたとは。
何故か都合の良い展開を期待しているらしいが、兄のシスコンを舐め過ぎだと声を大にして言ってやりたい。
セリーヌが想いの丈を全て手紙に書いていたら属国なんて生易しいもので終わるわけがないでしょうに……。
「私に力を貸していただけますか?」
この一言で、アネリの母達は動くだろうと言っていた。
頷いたご婦人方は私以上に悪役面をしていたのだが、まあ大丈夫だろう。
ほら、母は強しというくらいだし……。
※※※※※※※
三度目のお茶会。
華やかなドレスを身に纏いお上品に笑うお嬢様方の口は止まることを知らないのか。
室内の装飾から始まり食器や食べ物、庭園の花に話しが飛んだと思えばどこぞの貴族の話。まあ良く出てくるわ……と感心するほどの美辞麗句の嵐だ。
微笑みながら相槌を打ちソーサーを持ち上げ紅茶を口に含む。
うん、前世でもお馴染みのあの味だった。
「セリーヌ様はいかがでしょうか?」
私の右隣に座っている伯爵家の令嬢に声をかけられ「そうね……」と淡く微笑む。
すると勝手に色々想像し解釈してくれる。
どうでも良い内容のものは適当に聞いていても何とかなるものだ。
流石に重要な内容、派閥関係のものは言質を取らせないよう濁しながら言葉を紡ぐけど。
「セリーヌ様の夜会で拝見したドレス、ラバン国の特別な生地だとお聞きしましたがとても素敵でしたわ」
「ありがとう。お兄様が作ってくれたものなのよ」
またもや右隣から話しかけられた。
確かミラベル・オルホフ令嬢。
先程から熱い視線を感じるとは思っていたがこのドレスの所為だったのね。
今着ているドレスもラバンから持って来たもの。いつもの普段着より少し気合いの入ったもの程度なのだけどね。
夜会のドレスには劣るがこれも他国からしてみれば中々手に入らない生地だろう。
なるべく肌が見えないよう、けれど野暮ったくならないよう計算されたデザインは言うまでもなく兄が手をかけたもの……。
「とても素敵なお兄様ですね」
頬に手を当てミラベル嬢と共に楽しそうにお喋りをしているのはモーナ・ラインズ令嬢。
二人は普段から仲が良いのだろう。嫌な感じもしないし、今回だけ護衛の一人として部屋の隅にいるフランに不快な顔もしなかった。
「セリーヌ様もティア様も素敵なお兄様がいらっしゃって羨ましいですわ」
「お兄様ですか?」
モーナ嬢に反応し今迄静かに微笑んでいた三人目の側室候補の令嬢が初めて口を開いた。
ジレスの妹、ティア・カルバート。
「あれは身分不相応なものを得て調子に乗った挙句、何もやり遂げることなく潰れるただの見栄っ張りです」
ジレスと良く似た顔を歪め、心底嫌そうに吐き捨てた言葉に沈黙が流れる。
「あれとセリーヌ様のお兄様を同列に扱ってはなりません。ジレス・カルバートは虫以下です。あ、虫に失礼ですね」
側室筆頭候補は、一癖も二癖もある者がなるのだろうかと、気が遠くなった……。




