宰相と帰還式
「近衛騎士隊隊長、クライヴ・アルマン」
「はっ」
「両名、前へ」
少し低めの静かな透き通った声は同性でも思わず聴き惚れてしまうだろう。
第一印象は見た目で決まると良く言われるが、私はそれに声も当てはまると思う。
顔の造りやスタイル、肌や髪の美しさ、それらは勿論大事な要素だが声が魅力的なだけでその人は二割り増しに見える。
美声は顔に勝る武器だ。
異性、同性を引きつける要素として声は強力なポイントだろう。
その美声を使い下っ端騎士フランに蕩けるような笑顔を向け褒美の内容を読み上げているのがヴィアンの若き宰相。ジレス・カルバート。
『で、続きまして、麗しき宰相様!どう?この完璧な立ち姿、艶やかな長い絹のような銀の髪、女性的な顔立ち、まるで壁画から現れた女神!この外見でフランが泣いたり怯えたりする姿が何よりも好きなんてギャップ萌えー堪らん!』
『無し、次』
『ちょっとおおー!良く見て!外見女神でお腹真っ黒ドSだよー!』
『はい見た、無し、次』
『何その秒速のチラ見!姉さんはそんな鬼に育てた覚えはありません!』
『私を育てたのは、そこのダイニングテーブルでお茶を飲んでいる二人で姉さんではないから。そもそも、自分より美しい男なんて嫌だし、尚且つ腹黒ドS?姉さん……変な男に引っかからないよう気をつけなよ』
『ゲーム!コレゲームの話しだから!』
どうしょうか、頭を抱えて蹲りたい。
王妃としての仕事は教会関係の活動や社交と色々あるのだが、私は今日まで一切何もしていない。いや、させて貰えないの間違いか。
確か、それ関連取り仕切っているのが宰相のジレスだろう。
ああ、嫌だ……後で腹黒女神と話し合いをしないと駄目らしい。
ゲームだと聞いててもそんな男と関わりたくないと思っていたのに、私の選択次第ではガッツリ関わる事になるのだ悪夢以外の何者でもない。
「では、以上の事を踏まえまして、第三騎士団所属のフランを近衛騎士隊に、近衛騎士隊隊長クライヴ・アルマン宜しいですね」
「はっ、承りました」
前以て打ち合わせ済みだったんだろうジレスとクライヴは淡々と進めているが、近衛より背後に控えている騎士達は若干ざわついてるわよ?フランも呆然としてるし。
「静まれ、此度のことは私が決めた事だ。何か異論があるか?」
王の言葉で静まり返った広間を見渡したジレスがフランの耳元に顔を近づけ何か囁き、しっかりと頷いたフランとそれを見て嬉しそうな顔をしたクライヴは騎士の礼をし元の位置に戻った。
異論があるかですって?この場で王を相手に抗議なんて無理でしょ、とんだ茶番だわ。
近衛はクライヴが良しとしたなら誰も文句はつけないだろう。それぐらい彼は崇拝されている。
問題は騎士団の者達だ。
クライヴに可愛がられジレスとも親しげな雰囲気で、王が自ら近衛にしたフランを良く思わない人間が大多数だろう。
どんな功績を上げて帰って来たのかは知らないが明らかにやり過ぎだ。
某小説の召喚された勇者並みの待遇でしょ。
「皆良くやってくれた。暫し身体を休め疲れを癒してくれ」
「身に余るお言葉です。感謝いたします」
王が満足気に頷き立ち上がる。
やっとこの茶番劇が終わったのだろう。疲れたわ……記憶を思い出しながら整理して確認作業とかスペックの高いセリーヌだからこそ出来た技だわ。
真横から微かに圧力を感じ婉然と立ち上がり広間全体を見渡した。
『嫌われ王妃は幽閉されるんだよ!』
一番最初に思い出した姉の言葉だ。
王と王妃の仲は最悪、我儘三昧で愛想の欠片も無い嫌われ王妃様、それが今の私。
そんな王妃様は王や民に愛されていた主人公フランに嫉妬し殺めようとする。
それを王様と宰相と隊長が徒党を組み阻止しそのまま幽閉コース。
しかも、フランは男、王とくっついても跡継ぎが出来ない。ならばと王は嫌々幽閉された王妃に自分の子を産ませ取り上げた。
悲惨な結末だ、悲惨過ぎて腹が立つ。
……っ、ふざけんな!セリーヌがそんな仕打ちをされるなんてあんまりだ、お前達にセリーヌの気持ちが分かるのか!
と叫び出しそうになるのをグッと抑えた。
この場に集まっている全ての者に私は嫌われているのだろうか。
いや、そんな感情すら無いかも知れない。王妃なんてただのお飾り。同盟の為にこの国に置いてやっている程度かもしれない。
中々動かない王妃に不可解に思ったのか皆の視線が私に集まる。
ははっ、何だっけ?愛想のない可愛くない女だっけ?
前列にいる騎士二人に視線を向け、此方を伺っているクライヴでは無くフランに向かって優美に微笑んだ。
フランは目を見開き穴があくのでは?と思うほど凝視してくるのでそれが面白くて更に微笑んでおいた。
何がしたかったのかと聞かれたら知らんと答えよう。
なんかもやもやしたんだから仕方無いじゃないか。
さあ、終わり!と広間から颯爽と離れ先導する護衛騎士の後に続いた。
※※※※※※※
「待て!セリーヌ!」
さてと、部屋に戻ったらもう一度記憶を整理しなければと若干げんなりしていた私は誰にも聞こえないくらいの小ささで舌打ちをしその場で足を止め振り返った。
振り返った先には国、いや世界で一番美しいと言われている美丈夫、アーチボルト王。
眉間に皺を寄せ怒っているらしいお顔も冷たい声で呼ばれる自身の名も、私はそれすら嬉しくて泣いて喜んでいただろう。
数時間前の、私ならな。
「何か?」
いつもなら緊張し直ぐに返事を返すことや顔を見ることすら出来なかったが今は違う。
自分でもかなり低く冷たい声が出たと思う。
私に戸惑う王を見てもやもやが少し晴れた。
「私に、何か?」
私はその場に真っ直ぐに立ち、王の翡翠の眼を見つめもう一度尋ねた。