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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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決断と青年



執務室の扉が完全に閉まり、クライヴは掴んでいたアーチボルトの身体から手を離そうとし慌てて掴み直した。


「アーチボルト様!?」


突然脚から力が抜けたように崩れ落ちそうになるアーチボルトを支えソファーに座らせるが、背凭れに頭を預け、歯をくいしばり固く目を閉じたアーチボルトの顔を見て何も言えず視線を逸らした。


「何時迄、そのようになさっているおつもりですか?」


沈黙していた室内にジレスの冷たい声が響き、アーチボルトの肩が揺れる。

閉じていた瞳を開け、アーチボルトは天井を仰ぎ大きく息を吐き出した。


『貴方は……王に相応しくない』

『今のアーチボルト様に、一体何が出来ますの?』


頭の中は、先程のセリーヌの言葉でいっぱいだった。

頭に血が上り怒鳴ってしまったが……セリーヌの言ったことは間違いでは無いと、アーチボルト本人が誰よりも分かっている。


「アーチボルト様、貴方には為すべきことがおありでしょう?時間を無駄になさらないでください」

「ジレス!アーチボルト様にそのような」

「クライヴ、貴方はまだ事態を飲み込めていないのですか?」


クライヴとジレス、二人の間に流れている空気が悪くなるのを感じアーチボルトは手で二人を制した。


「やめろクライヴ……」

「ですが」

「今は私達しかいない……お前も先程私の名を呼び無遠慮に羽交い締めにしていただろ」

「あれは」

「ジレスと……セリーヌが言っていることは正しい。それくらいなら、私にも分かる」


分かりたくなど、なかったが……。


「王になどなりたくなかったと……そう言ったのは、私に王など務まらないと知っていたからだ」


祖父のように全ての者を率いる器量も度量もない、父のように全てを諦め王という駒に徹することも出来ない。

中途半端な存在の己が、今更何をどうすれば良いのか。

祖父はもうこの世にはいない、父は早々に王位を退き王都を離れた。

ベディングがいなければ何も出来ないのが今のアーチボルトだ。


「アメリアを処罰すれば、ベディングが黙ってはいないだろう……」

「そうですね、ですが夜会には大勢の者達がいました。このまま何も手を打たなければ侮られますよ」

「私に、どうしろというんだ。王失格というのならば、私の他にもっと相応しい者がいるだろう……あいつだって王族の血を引いているのだから」

「アーチボルト様、彼には継承権がありませんし、血筋を疎まれ侯爵に王都から遠い地へ飛ばされたのですよ?それに、今は貴方がこの国の王です」

「…………」

「王失格だと言うのなら、私も宰相失格ですしクラィヴなど近衛隊を率いる価値もない。ですが、アーチボルト様は王として決断し、私達はそれを実行しなければならない立場にいるのです」


決断……何を、など聞かなくとも分かっている。


『今夜は運良く逃げられても、次はそうであるとは限りません。命は取られずとも、自ら捨ててしまいたくなるほどの苦痛を味わうかもしれませんわ』


守ると、口にしたことすら出来もしない。

守れなかったのに、私が守ると、再度口にしていた。


「……クライヴ、今夜中に件の騎士を拘束し尋問しろ。もしベディングを盾に拒否するようであれば王命だと言え。それと、二日以内に近衛騎士隊を一新する。身分関係無く実力と、ベディングではなく国にまだ忠誠を誓える者のみだ」

「はっ」

「ジレスは……ベディングに召喚状を。無視、又は理由をつけ応じない場合は兵を引き連れ……拘束してでも私の前に連れてこい」

「よろしいのですか?」

「……よろしくはないな、ないが、王として決断しなければならないのなら……私は父ではなく、祖父の遣り方に沿う」

「かしこまりました、賊に関しては何か分かり次第ご報告に参ります」


二人が退室したのを見届け、アーチボルトは脱力し、ズルズルとソファーに沈む。


今更……。


祖父の存命していた頃は、王位を継ぐことに何等抵抗もなかった。

だが、祖父が亡くなってから……周りにいた者達が替わり、世界が変わった。


幼き頃に出会ったフランに再度巡り会えたとき、祖父がいた日々を思い出し懐かしさを覚えた。


「…………」


誰かに、自身の世界を守って欲しかった。

祖父のように進むべき道を示し導いて欲しかった。

そんな、甘ったれた己が初めて守ってやりたいと思ったのはぞんざいに扱っていた王妃。

アーチボルトを殴り、踏みつけ、取引しろと脅してきたくせに、セリーヌはどこか迷子のような顔をし泣いているように見えた。


「……本当に、今更だな」


許してなどもらえないだろう。

ならせめて彼女の隣、いや、後ろでも良い。

この先、道を違える日が来たときに彼女に笑顔を向けてもらえるよう……。




翌日、ベディングは召喚に応じ登城した。

呼ばれた理由が分かっていても涼し気な顔をし挨拶をするベディングは、何時もとは違ったアーチボルトの様子に多少困惑した。

娘が仕出かしたことは本来なら罪が重く侯爵家であろうとただでは済まない。

だが、この王はベディングの駒。

召喚状も形式的なだけであって何ら恐れることはないと思っていた。


だからこそ、アーチボルトの口から出た言葉にベディングは唖然とした。


アーチボルトは侯爵家に対し、娘のアメリア嬢は貴族位を剥奪し修道院へ、当主のベディングには家を残す代わり爵位を落とし、一部財産、領土を国に返還後、今迄持たせていた全ての権限を剥奪し、謹慎を命じた。


侯爵家の処分、それと同時期に行われた近衛騎士隊の入れ替わり、これらを指揮したのがアーチボルト王だという話しは直ぐに貴族達に広まった。


全てが終わるまでに、三日を有し。

これが、アーチボルトが王として、初めて自身で決断し行った責務だった。



※※※※※※※



「…………」


淡い色合いのドレスをふわりと翻し、髪につけた花飾りを揺らし、少女は屋敷の廊下を進んで行く。


屋敷の一番奥、当主が居るであろう部屋の扉前で立ち止まり、中から聞こえてくる怒鳴り声に息を呑む。


少女は周りに誰も居ないことを確認し、そっと扉に耳をつけた。


「……ってことをしてくれた!!」

「…………お、お父様」

「もう、お前は私の娘ではない……馬鹿なことを、そこまで愚かだったとは」

「違うの、私は、あの子に言われてっ」

「黙れ!私が城へと赴き、あの若造に何と言われたか……」

「お父様、許して、嫌よ。私は修道院なんて行かないわ!」

「……王命だ、大人しく修道院へ行き、生涯をそこで過ごせ」

「嫌、嫌よ!私ではないわ、あれは、あの子が勝手にしたことよ」

「……お前が言うあの子とやらは、クラウディアのことか?」

「そう、そうよ。クラウディアが全て仕組んだことよ」

「この期に及んで、従姉妹の所為にするとは……あの子は夜会の夜、急に倒れ広間から離れていた。お前が仕出かしたことは何も知らん」

「そんなっ……」


ベディング侯爵の怒鳴り声、アメリアの泣き叫ぶ声。

扉から耳を離し、少女は口元に手を当て震えながら部屋へと走った。



※※※※※※※



少女は部屋へ入り、忙しなく周囲を見渡しある人物を探していた。


「……しょ、どうしましょう、きゃぁ!」


震えながらおぼつかない足取りで窓辺に近づくと肩に手が置かれ、思わず叫び声を上げてしまった。

恐る恐る振り返ると、黒髪の青年、少女が探していた人物が立っていた。


「ぁ、あっ……あの、私、アメリアがっ」

「多少予定は狂ったが、俺もお前も目的は果たした」

「そんなっ、貴方は大丈夫だとおっしゃっていたでしょ!」

「お前には何も罰は与えられていない」

「でも、アメリアと叔父様が……」

「アメリア・ベディングを社交界から追い出したいと言っていただろ?社交界どころか貴族でも無くなった。望み通りだろ」

「確かに、そう言いました、でもあんなの酷いわ。修道院なんて……それに叔父様まで。貴方がアーチボルト様は何も罰することはしないと言ったから私は」

「予定が狂ったと言っただろ」


泣きだした少女を前に、青年は別のことを考えていた。

雇い主から命じられたのは二つ。

ヴィアン国のベディング侯爵家の力を削ぎ落とすこと。

それと、ラバン国から嫁いだセリーヌ・フォーサイスに接触すること。


正直青年には雇い主が何を考えこのような命令を出したのか分からなかった。

ヴィアン国は雇い主には関わりがない国だったからだ。

ひとつ目は簡単だった。

ベディング侯爵の妹の屋敷に従者として雇われ、アメリア・ベディングの従姉妹クラウディアに接触した。

クラウディアは常日頃からアメリアに軽く扱われ鬱々としながら過ごしていた。

歳も近く、自身を気にかけてくれた青年に心を開き「アメリアがいなければ……」と青年に愚痴をこぼし始めたのだ。

青年はクラウディアに甘い言葉を吹き込み実行に移させた。

アメリアは我儘で自尊心が高い。そこを狙った。


『アーチボルトは側室筆頭候補のアメリアを軽んじている。他国からやって来た王妃やお気に入りの騎士よりアメリアが大切にされるべきだ。侯爵家がなくては何も出来ない王に思い知らせてやれば良い』


クラウディアを通し囁き続けた結果、城内を我が物顔で歩きアーチボルトのお気に入りの騎士を虐げ、王妃にまで接触したという。

青年はほくそ笑んだ。

問題は二つ目だったからだ。

セリーヌ王妃は部屋から出ず、公の場にも顔を見せなかった。

派閥作りや貴族同士交流を図る茶会も行わない。

貴族の従者にはなれても城に潜り込むことは難しかった。

だが、クラウディアから夜会に王妃が出席すると聞き、青年はクラウディアにアメリアに恥をかかせ社交界から少し遠ざけようと提案した。

それに喜んだクラウディアは青年に言われるがままアメリアに告げた。


『アメリアを馬鹿にした王妃を驚かせて差し上げましょう。大丈夫、少し怖がらせるだけだわ。アメリアの力を貸してちょうだい』


クラウディアの家の従者として夜会に来ていた青年は初めて王妃を目にした。

広間へと入って来た王妃はこの場にいる誰よりも高貴で、息を呑むほど美しかった。

夜会の最中、侯爵と対峙した王妃は毅然と振る舞い青年は再び息を呑むことになった。


夜会も終盤にさしかかり、テラスへと歩いて行く王妃に気づき青年はクラウディアに指示を出した。

クラウディアは騎士の前に倒れ込み人目を引き、青年はテラスへと先回りし王妃が来るのを待っていた。


途中邪魔は入ったが、難なく連れ去り人気のない庭園で意識のない王妃を起こし目的を達した。

雇った奴等は、ばれて追われたときに使う予定で待機させていのだが。

青年はテラスで見た派手なフードの者が追ってきていることを知っていた。だから待機させていた奴等をけしかけその場から離れた。

何の根拠もなく、彼女なら大丈夫だろうと思ったから。


何故か後ろ髪を引かれながら追って来ている者を撒き屋敷へと戻って来た。

屋敷の中ではクラウディアが倒れ、侯爵家で休んでいると聞き侯爵家へ訪れた。


クラウディアはアメリアが騎士に連れられ屋敷へと戻ったこと、酷く取り乱していることを青年に告げた。


『大丈夫、心配しなくていい』


顔を真っ青にし縋るクラウディアに青年は囁き続けた。

大丈夫、大丈夫だ、あの人なら……。

最後に目にした王妃を思い浮かべ、青年は自身に言い続けた。


翌日ベディング侯爵は城へと赴き、夕方戻り部屋にアメリアを呼び出した。


青年が予定外だと言ったのは侯爵家のことではない。これは予定通り。

誤算は、追っ手のことだ。

あのフードの者が何者かは知らないが嫌な予感がした。青年はこの国から離れ自国へ戻ることにしたが、最後にクラウディアと話す為に部屋で待っていた。


泣いている少女、クラウディアの頭をそっと撫で、縋るように見上げてくるクラウディアに初めて微笑んだ。

クラウディアは頬を染め、期待を込めて手を伸ばすが青年はその手を弾きクラウディアの耳元で囁いた。


「お前の罪じゃない、俺の罪だ」


屋敷から出た青年は港で船に乗り、帰りを待っているであろう雇い主を想う。


あの方は結局何をしたかったのだろうか。


病弱などという世間で噂されているものとは程遠い雇い主は青年にはまだまだ理解出来ない。


「キャラ作り……というんだったか?」


首を傾げながら、青年は自国へと戻った。











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― 新着の感想 ―
[良い点] アメリア嬢のお父様はまだ常識的な部分がある点? [気になる点] 下記文章ですが、 > アーチボルトは侯爵家に対し、娘のアメリア嬢は貴族位を剥奪し修道院へ、当主のベディングには家を残す代わ…
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