夜会前
廊下を歩きながら先程のジレスとの会話を反芻し、これからの予定を立てる。
王妃としての仕事は茶会が優先事項。
前世の感覚からすれば、茶会は友人達と集まって息抜きに日頃の鬱憤やら誰それがどーしたなどの噂話で盛り上がる場。
けれど、この世界のセリーヌからすれば茶会は社交界の噂や各家のパーティの計画等、女性達の交流の場。
招待客は慎重に選ばなければならない。
貴族には派閥もある。現王派はベディング侯爵側が筆頭だろうが、前々王派の筆頭は誰なのだろう。
しかも、現王側は分かりやすいが、前々王側は何を考えているのか全く分からない。
それを探る為にも茶会という場は使える。
まあ、最初は各派閥の貴族ごとに集め茶会を開き、慣れてきたら二つ一緒に同じ席に呼ぶのもありだ。
部屋へ戻ったら、ジレスに渡された結びつきやら派閥やらの資料を直ぐに確認した方が良いわね。
寄付に関しては私一人で勝手に出来ない。
セリーヌ個人ではなく、王妃としてなのだから国の予算から出される。
……あー、孤児院、大丈夫なのだろうか?
きちんと機能しているのか物凄く不安なんだけど。
今迄政を動かしてきた人間が居なくなって、引き継いだのがアレでしょ……ヤバイ気がする。一度誰かに調べて貰おう。
他国の情報や外交官云々は後回しね。
先ずは……今夜の夜会かぁ。と気落ちしながら部屋へ入ると。
「セ、セリーヌ様!!」
「エマ!そっちにいった!」
エマとエムが真っ白な鳥に襲われ逃げ回っていた。あれは私の鳥ではない、兄の鳥だ。
……私、昨日、お手紙書いたっけ?
「セリーヌ様、一先ずお部屋に」
「え、えぇ」
唖然とその光景を見ていた私は、アネリに急かされ部屋へと入り飛び回る鳥に声をかけた。
「セリア、おいで」
真っ白な羽が美しい鳥は私の肩に止まる。
『この世で最も美しい種族は鳥類である』と、以前何かの本で読んだことがある。
甘えるように擦り寄るセリアをひと撫でし、首元のふかふかした部分に付けられている筒を手に取った。
兄との連絡用の鳥は何種類かいる。
私の部屋には大きな黒い鳥のレイ。レイが私の手紙を兄の元へ運び、兄からの手紙は普段ならレイと同じ色の一回り小さな鳥が運んで来る。手紙が多い日は他の種類の鳥のときもあったりするが。
今回セリアが私の元へ来たということは確実に私に手紙を届けたいからだ。
兄は私の幼い頃の愛称をつけた鳥、セリアを溺愛している。因みにレイは兄の愛称だ。
マズイ、レイが部屋にいるということは……手紙書いてないわな。
どうしょう……開きたくない。
アネリがエムとエマと部屋を片付け、テディは部屋から退出しても良いものかと右往左往しているなか、恐る恐る手紙を開いた。
『愛するセリーヌ。
昨夜手紙が届かなかったのだけど、君に何かあったのかい?
心配で、心配で、一日中空を見上げながら届かない手紙を待っていたよ。
あぁ、まさか、あの顔だけ王に何か無体なことをされたのではないのか?
夜中に押入られ起きられない状態にされたのでは?
今このときも、僕のセリーヌを離さず手紙を出す邪魔をしているの?
存在そのものが目障りなくせに、そうだ、消そう。それが良い。
大丈夫、君は何も心配しなくても良いよ。
サクッとやるから。その後も僕と君の邪魔をするものは全て排除するからね。
会いたい、会って無事を確認したい。君と話したい。
待っていて、これが届いている頃に僕は国境へ着いているはずだから。
心配は要らないよ。僕の私兵は元から国境に待機させてあるから。
あぁ、僕のセリーヌ。やっと会えるね。』
どうしょうか、突っ込みどころが満載だ。
一日中?うん、本気で庭にでも突っ立っていただろう。あの兄ならやる。
顔だけ王ってアーチボルトよね?仮にもセリーヌの想い人で旦那でしょ。
てか、昨夜のことを知っているの!?何でそんなピンポイントで指摘してきたし。
消す?排除?国境に?ヤル気満々だわ。
「アネリ!紙とペン、急いでっ!!」
すぐさま手紙を書き上げレイに括り付け「お願い、急いで、奴は国境よ!」と、レイを空に放ちその場で脱力した。
あぁ、もう疲れた……。
未だに肩にいるセリアに癒しを求め、私から擦り寄った。
※※※※※※※
さて、今日はもうベッドでゆっくりしたいのだがそうはいかない。
疲れきっていた私はアネリに促されるままに浴室まで行き、上から下まで磨き上げられ現在エムにマッサージされながらエマが広げているドレスを片手間で眺めている。
勿論ヴィアンの物ではなくラバンの物だ。
「こちらの淡いお色のものはいかがでしょうか?」
「エマ、右の濃い色の方がセリーヌ様には似合うのでは?」
「どうしましょうか、どちらも捨てがたいですね」
どれでも良いと思う。
絶妙な力加減で筋肉を解されながら、貴族の派閥資料に目を通している私はヘロヘロのふにゃふにゃだ。前世でも何度かマッサージにいったが比べものにならないわ。
ラバンの侍女達ですらエムのゴッドハンドには敵わないだろう。
そんな腑抜けた状態だったのが悪かったのだろうか、アネリが手に持って来たものに気付くことなく言われるがままに着替えさせられたときに我に返った。
「セリーヌ様……お美しいですわ」
「流石アネリ!」
「まさに、女神様です」
鏡に映る私の後ろで、アネリ、エムとエマが感無量の表情で頬に手を当てている。
「……品が無いのではないかしら」
肩がモロ出しよ……有りなの?コレは。
薄いゴールドベージュのドレスにキラキラ輝いている宝石が刺繍されている。
上半身から腰までは身体にフィットし、裾へ向けての部分にはギャザーが入っていて広がりがひかえめなマーメイドラインのドレス。
着る人を選ぶドレスデザインだわ。
「ヴィアンでは見たことの無い形ですね、とても素敵ですわ」
いやいや、アネリさん。なぜにコレにした。
もっと肌を見せないものもあったはずだろうに……。
兄がデザインしたドレスなのだからラバンでも私しか持っていない。
嬉々として私の髪をいじるアネリ達を見て苦笑し、ドレスを撫でながら懐かしいわね、とラバンに居た頃を思い出していた。
準備を終え、部屋の外で護衛をしていたテディを呼んでもらった。
今日の夜会は戦場で戦っていた騎士を労う為に開かれたもの。
当然、テディも労われる側なのだ。
「帰還式には出られなかったのだから、テディは私の護衛ではなく、一騎士として夜会に出なさい。夜会の最中はアーチボルト様から離れる予定は無いし、側にはアネリ達が控えているから護衛の心配はしなくても良いわ」
元から護衛はいなかったし、アーチボルトの側にいれば何かあったとしても彼の護衛が対処している間に逃げるし、最悪アーチボルトを盾にするから。
テディを夜会の間だけ護衛を外すことにはアネリ達も賛成してくれている。
反対されるのでは無いかと思っていただけに拍子抜けだ。アネリ曰く、そこらの騎士や暴漢には負けないらしい。
昨夜のエムとエマを見ていなかったら冗談だろうと思うが、彼女達なら返り討ちにしそうだわ。
「テディ?」
「……ぁ、は、はいっ」
部屋へ入って来てから様子のおかしいテディに首を傾げる。ちゃんと聞いていたのだろうか。
アネリ達はテディに「お返事を」と促し声をおさえて笑っている。
「……とても、美しくて、ぁの、神々しいです」
「…………ありがとう?でもね、今は別の話をしていたのだけど」
「あっ、すみません……」
聞いていなかったのね……。
顔を両手で覆いながら頭を下げるテディは耳まで真っ赤だ。
訓練ばかりで女性に対して免疫が無いのだろう。大丈夫よ、今の職場は女性しかいないのだからそのうち慣れるわ。
「アーチボルト様の元までは護衛をしてもらうことになるけれど、その後は美味しい食事や飲み物を楽しんでちょうだい」
「はい、感謝いたします。何かあれば直ぐにお側に行けるようにはしますので」
真面目だなぁ、テディこそ近衛隊に相応しいだろうに。
そんなことをしみじみと思いながらテディの隊服を見てハッとした。
今着ているのは、第三騎士団の紺の隊服だ。
今日はもう仕方が無いとして、これからはそのままでは良くないわね。
「テディ、好きな色はあるかしら?」
「好きな色ですか?」
「今着ているのは第三騎士団のものでしょ?テディは私の護衛騎士なのだから専用の隊服が必要だわ。新しく作るのだから好きな色にしようかと思って」
前王妃の護衛は近衛隊の者達だったのだろうから白の隊服だろうが、テディは近衛隊ではないし私が好きにしても良いだろう。
「……ラバン国でセリーヌ様の護衛だった騎士はどのような隊服だったのですか?」
「形はこちらとあまり変わらないわね、色は黒だったわ」
「黒ですか」
『王国の騎士』のレイトンのイメージカラーは黒。
だから兄が勝手に決めた選りすぐりの私の騎士は、兄のとは形こそ違ったけれど銀の縁取りの上下黒だった。今思えば兄と私の護衛騎士の黒集団はパッと見、悪い奴等にしか見えないのではないだろうか。
「白に濃緑、赤銅と紺以外なら好きな色を選んで良いわよ。ヴィアンでの私の初めての騎士だもの、貴方が決めなさい」
「でしたら、後から護衛騎士になる方達には申し訳ありませんが、黒がいいです」
「黒……金とか銀とか、派手な赤とかでも良いのよ?」
「いえ、黒にしたいと思います。駄目、でしょうか?」
駄目では無い。
けれど、紺と黒って地味じゃないのかな?
近衛隊に入りたかったのだから白は無理でもそれに近い明るい色を希望するのかと思っていたのよ。
だからテディ、そんな叱られた子犬みたいにならないでちょうだい……。
「明日私もドレスを作り直すから、テディも一緒に黒い隊服を作りなさい」
「はい」
アデルも呼び出しているし、丁度良いわね。
「セリーヌ様、お時間です」
「ええ、行きましょうか」
今夜の夜会に、どのような者達が集まるのだろうか。
ベディング侯爵にアメリア嬢、政から手を引いた古狸達。様々な思惑をもつ貴族達。
帰還式で顔を合わせたヴィアンの騎士達に、アーチボルトやクライヴ、ジレスにフラン。
「遅かったな、セリーヌ」
「お待たせいたしました、アーチボルト様」
熱のこもった目を向け差し出してきた手に、シャンパンゴールドのレースグローブをつけた己の手を乗せ微笑む。
アーチボルトの護衛騎士達からも熱い視線を感じ、其方にもうっそりと微笑む。
セリーヌでは無く、私としての初めての夜会は喜劇となるのか悲劇となるのか。
「緊張しているのか?」
私の手を握り顔を覗き込むアーチボルトに首を振る。
「何かあれば私に頼れ」
「はい、アーチボルト様」
広間の扉の前で行われる茶番劇。
何であれ演じることには変わらない。
目の前の、広間へと続く扉が開かれた。




