ジレスとの対談
ジレスは慌てて部屋を出たのか、多少豪華な執務机には書類が置かれたままになっている。
無用心だなぁと呆れながら麗しき宰相様の執務室を眺めた。
全体的に丸く造られた室内に高い天井、暖炉のそばには小さなテーブルに向かい合う形で置かれた薄紫のソファー。そこから右に視線を動かせば大きな窓を背に執務机。
アーチボルトの部屋とはまた違った、中々趣味の良い部屋だ。
壁際にある本棚には読んだことのなさそうな本が沢山あり手を伸ばしたい衝動を抑える。
こんな部屋でソファーに横になり好きなだけ本を読みたい。
何で私王妃様なんだろう……王様の方が良かった。だって、何も考えないで好きなことだけして生きてるのが仕事みたいだし彼。
「セリーヌ様、お茶をご用意いたしますのでお座りください」
扉の側に立つテディに声をかけ部屋から出るアネリさん、扉の外に居るであろうあの二人を気にしないとか強者だわ。
ソファーに腰掛け「はぁー疲れたわ」と盛大に吐き出してしまった……淑女にあるまじき失態だ。
「セリーヌ様……」
「平気、少し疲れただけだから」
「すみません、僕の説明が下手だった所為でフランが」
「アレは仕方がないわ。テディがどうこうでは無くて、フランに理解する気がないのだから」
「いえ、普段はもっと……上手く言えないのですが、フランは周りの人に気を使っているというか、先程のような物言いや自身の為に無謀なことをしたりはしないのです」
「……そぅ、確かにテディから聞いていた話しとは少し違っていたわね」
「……あのように取り乱すフラン、初めて見ました」
「ねぇテディ、フランには気をつけなさい。あの子……」
空気が読めないとか天然だとか、そういうものじゃない気がする。もっとこう、異質な。
「笑っていたわよね?」
「え、フランですか?」
「私がアメリア嬢とやり取りをしていたときにあの子、横で笑みを浮かべて見ていたわ」
「すみません、僕は御令嬢方を注視していたので」
そりゃそうだろう、あの場でフランにも意識を向けていたのなんて私くらいだと思う。
視界の端で確認しただけだから違っていたかもしれない。でも、アレは嬉しそうに微笑んでいた。助けてもらえたと思った?
……私は助けたつもりは無い、両者に向かって退けと言った。
良いように解釈したにしても、アメリア嬢が居なくなったあと、私はフランを視界に入れず話しかけられても無視し居ない者として扱った。
何故だろう違和感が。
思い出せ……何がそんなに気になるの。
「……扇子で叩かれる直前に他に目を向けていた?」
「扇子ですか?」
「そう、声をかける前から……」
そうだ、イベントだと思ったのはフランだと気付いたから。だから何をしてるのだと呆れて「出来の悪い芝居」と称した。
あのとき既に笑っていたのよ。
他にじゃない、違う、私に目を向けていた。
あの場で起きたことの一つ一つが私には気味が悪い。
気のせいなら良い。でも……常に笑顔で、言動と行動が可笑しく見えてもそれには何かしら意味がある、私や他人からすれば気味が悪く深く関わりたくない。そんな人間なんて、一人しか……。
「まさかね……」
「どうかなさいましたか?」
「考え過ぎたみたい。優秀な宰相様との話し合いの前に頭を使うものじゃないわね」
「そうですね、アネリ様のお茶で一旦休息しましょう」
二人で笑い合い、戻って来たアネリが私達を見て不思議そうな顔をしているのが余計に面白くて、波打っていた心が落ち着いた。
一瞬でも、フランとお兄様……ラバン国王太子、レイトン・フォーサイスとを重ねたことなど頭の隅に押しやった。
※※※※※※※
「遅くなり、申し訳ありません」
「構わないわ。アネリがいれてくれたお茶を飲みながら待っていたから」
「……気が利かず、申し訳ありません」
「謝ってばかりね、もう謝罪は結構よ。話しが進まないわ」
アネリが戻って来てから数十分足らずで部屋へ入って来たジレス。
和やかにお茶会をしていたのだが、直ぐに私の向かいに座り謝罪を始めた。
聞きたいことは沢山あるのだが、先ずは一番気になることから聞いてみよう。
「ジレス、貴方昨夜は寝ていないの?」
「……は?それは、どういう」
「麗しき美貌を誇る宰相様の目の下に隈があるわよ。それに、顔色も良くないわ」
濃さからいって昨日今日のことではないんじゃないだろうか。肌が白いから余計に目立つのよ。
「昨夜はアーチボルト様にセリーヌ様の護衛騎士の説明をしていましたから。随分と時間がかかったので、その後は仕事を片付けて、そうですね、寝ていません」
「アーチボルト様は納得したのかしら?」
「しませんでした。予想以上にお怒りでしたから。もっとも、文句を言ったところで人事に関しては私の仕事です。ですから、テディと言いましたね」
「はい」
「貴方は第三騎士団所属では無く、セリーヌ様の専属護衛騎士です。後見人はリンド家。今朝、リンド伯爵からは許可を得ました」
へぇ、仕事が早いわね。アネリ父も文句を言わず後見人になったんだ。
「こちらがその旨を記載した書類です」
「ありがとう」
「もし、この件で何かあれば私が全て対応します」
「あら、何かあったら責任を取って宰相を辞めろと言われるかも知れないわよ?」
「ですが、セリーヌ様を煩わせた時点で宰相の地位はなくなりますからね。どちらも同じことです」
苦笑しながら投げやりに言葉を発するジレスはキラキラオーラが無くなって、くたびれたサラリーマンのようだ。虐め過ぎたかも知れない。
だがしかし、すまんジレス。
「もう一人、護衛騎士に第一騎士団所属のアデル・ブリットンが欲しいわ」
「は?」
にっこり笑顔を付けたのに、また何か言いだしたよこいつ!みたいな顔をやめれ。
王妃の護衛が一人だけとか可笑しいでしょうが、後四、五人いてもバチは当たらないぞ。
「それと」
「お待ちください!そのアデル・ブリットンとは面識はお有りなのですか?」
ほんと、人の話しを遮るのが好きだな。
「ないわよ?でも、私の優秀な騎士の推薦ですもの。他に取られるか、ウィルス・ルガードのように急に何処かへ異動させられる前に確保したいの」
「ウィルスって……どこでその名を!?」
「私の侍女からよ。私の周りにいる者達は皆優秀で助かるわ、ねぇ、ジレス?」
「優秀過ぎて羨ましいくらいですよ。アデル・ブリットンは第一騎士団に話しを通しておきますが、護衛にされる前に一度顔合わせを」
「ウィルスもよ。呼び戻しなさい」
「……彼は、難しいかと」
「何か重要な任務についているの?」
「いぇ、数名の部下を連れ王都の端にある砦へと異動になったと」
「帝国との国境の警備とかではなくて?」
「彼を良く思わない者達が理由をつけて辺境の地へ飛ばしたのです」
「近衛隊に所属していたのだから、それなりに家柄も実力もあるのでは?」
「これに関しては順を追って説明しなくてはいけませんね。ウィルスのことは出来る限り手を打ってみます。セリーヌ様、私からもお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「そうね、私からは取り敢えず後四つ。王妃としての仕事に外交官達から入ってきている他国の情報。それと、調印式に行かせた補佐と文官に話しを聞きたいのと側室候補についてかしら」
指をひとつずつ折りながら確認すると、顎に手を当て黙っていたジレスが口を開いた。
「アネリ、セリーヌ様の夜会の準備にかかる時間は」
「今からでも間に合うかどうか。なるべく急いでください」
そうだった……ドレス着て化粧して終わりじゃないんだっけ。前世の私の感覚からすれば三十分あれば余裕でしょ!とか思っていたけど、私とセリーヌの身分の違いや常識、その他を考えればそもそもライフスタイルが別物だわ。
「でしたら、先にセリーヌ様のお聞きしたいことから。先ずは今迄行っていなかった王妃様主催での貴族のご婦人方を集めたお茶会を最優先に、今夜行われる騎士を労う夜会に訪れる貴族達の派閥や結びつきは纏めてありますのでアネリに渡しておきますから確認を。教会関係は寄付のことも含めまた後日」
「お茶会は早い方が良いわね」
「そうですね。他国の情報ですが、外交官達との意見のすり合わせが必要です。後、調印式へ向かわせた補佐と文官なのですが、直ぐに会うことは出来ません」
「すり合わせね……明らかにこの国は情報不足よ。帝国なら兎も角、同盟国のラバンに関しての情報も無いみたいだし。で、補佐と文官に会えないとはどういうことなの」
「人手が足りていないのです。前王からアーチボルト様に王位が変わってから、前々王に仕えていた方達が政から一斉に手を引きました。リンド伯爵や前宰相もその内の一人ですね。今迄国を支えてきた方達が居なくなり、残ったのは前王から国に関与し王を意のままに動かそうとする古狸達です。彼等に関係している文官は使えないので、私と私の補佐と文官で手分けして仕事をしている状態です」
「……一斉にって、国を潰す気なの」
「何を考えてそうしたのかは分かりませんが今はそれよりも優先することが多過ぎて」
「貴方の顔色の悪さは睡眠不足ね……補佐と文官はそちらの都合の良いときでいいわ、今は貴方から聞くから。調印式での報告に私と兄との約束ごとの話しは無かったのよね?」
「…………」
「まさか、報告を遮り他に意識を向けていたということは?例えば、フランとか」
「……フランですか?いえ、彼はアーチボルト様が目をかけているだけで、私は特に思うことは有りませんが」
「貴方もフランを可愛がっているのではなくて?近衛隊に入れたのはジレスでしょ」
「フランを近衛隊に入れたのはアーチボルト様の意向です。昨日話しをされて分かったでしょ、あの方は物事を余り良く考えないのです。昔から何を言って行動するか予測出来ないので、この忙しいときに構っているわけにもいかず……フランを与えました。私がフランを気にかけるのは余計な仕事を増やさない為にです」
「王を諌めるのも仕事でしょうに」
「私の優先順位は国ですから。けれど、その国を危険に晒していたのでは話しになりませんね……セリーヌ様、申し訳ありませんでした」
王やフランより国ね……。
ジレスの好感度を上げるには頻繁に会いに来なければいけなかったのよね。
ジレスが忙しくて会う機会が無かったのか?それとも、これから意識し始めるのか。
「頭を上げて、側室候補は?」
「何名か……ですが、身分的に釣り合う方達に問題があります。先程、フランから聞きましたがアメリア嬢と会ったとか」
「ベディング侯爵の一人娘ね」
「あの方が最有力候補です」
まじか……うわー侯爵家だもんね。
うん、彼女が側室になったらフランに頑張って貰おう。私はラバンからひっそりと心の中でエールを送るから。
「ウィルス・ルガードを飛ばしたのもベディング侯爵です」




