イベントは突然に
詳しい事は明日話そうと、一先ずテディを騎士寮に戻らせた。
アネリは付き添いで部屋を出たので私の世話は双子のエムとエマが行っている。
にこにこしながら私の髪をすくエム、手早く動きながら寝室を整えるエマ、この小柄で可愛らしい二人が騎士を押さえ込んでいたとは信じられない。
「セリーヌ様、ご無事で良かったです」
「えぇ、助けてくれてありがとうエム。アネリとエマにも後でお礼を言わないといけないわね」
「いえ、やっとお役に立てて嬉しいです。セリーヌ様付きの侍女にも拘らず今迄何のお役にも立てませんでしたから」
寂しげに震える声を出すエムに困惑する。
アネリや双子は何故他国の者である私の味方をするのだろうか?上辺だけならまだわかるが、先程の行動を見ても三人は国や王よりも私を上に置いている節がある。
これに納得がいかず、純粋な好意として受け取れないのは私の性格が悪いからだろうか。
信じられる者達と足並み揃えなければいけないときに懸念があれば上手く事が運ぶはずがない。だったら聞いてみようか……。
「ねぇ、エム」
「はい」
「貴方達は何故、王に逆らってでも私に仕えてくれるのかしら?私の待遇は貴方達なら良く解っているはずでしょ、この国の王妃とはいえ名ばかりだわ」
「はい、もうこれ以上ないというほどヴィアンの王妃、至高の存在のセリーヌ様を蔑ろにしている王やその他の者達が憎いです!何度この手にかけようかと思ったことかっ」
「……エム?」
「本来ならセリーヌ様の足元に這い蹲りこうべを垂れ、全てにおいて許しを得て生きていれば良いものを……あの、クソ共がっ」
ギリッと何かを握り潰す音が背後から聞こえてくるのは気のせいだろうか、低い声で物騒なことを言っているのは聞き間違い?
……え、私の後ろに立っているのはあのエムよね?何処ぞの暗殺者とかじゃないわよね?
「ご安心くださいセリーヌ様、私達は幼い頃からセリーヌ様を主としてお仕えする為だけに生きてきました」
「どういうことかしら」
「国の中枢を担う家からセリーヌ様に近い歳の者達を選び、侍女、護衛騎士となる者を育てたのです。ですが、最終的に選んだのは私自身です。決して家の為や国の為にでは無く父に命じられたわけでもありません」
「……そう。ありがとうエム」
「はいっ!」
嬉しそうにするエムを横目に、初めて知った計り知れない計画に頭を抱えたくなった。
何してんだ狸じじい共……これアレでしょ。マインドコントロールってやつでしょうが。
幼少期から「将来はこの国の王妃に仕えるのが仕事だ」とか何とか言われ厳しく躾けられていたらそれが当たり前になり最終的には自分の意思だと思い込むだろう。
まあ、貴族の家に産まれた子は親に逆らえないことの方が多いのだけれど。申し訳ない気持ちでいっぱいだわ。
何故だ、私の周りにいる者達は皆不幸になるのか?
「セリーヌ様、お部屋の仕度が整いました」
寝室から出て来たエマ見て、この子に聞いてもエムと同じ回答が返ってくるのだろうなぁと思った。
「セリーヌ様?」
「えぇ、大丈夫よ。貴方達も私が幸せにしてみせるから」
「ふぇっ!?えっ、あの?」
よし、頑張ろう。取り敢えず、明日は腹黒宰相に勝ってみせるから!
慌て出したエマの頭を軽くポンポンと叩き明日に備えて寝ようと寝室へと入った。
※※※※※※※
布団入って三秒で寝るとか久々過ぎる。
最近は寝つきが悪いうえに眠りが浅かったから寝不足だったのよね。
アネリが起こしにくるまでふわふわの布団でゴロゴロ。このまま一日寝て過ごしたい、腹黒宰相とか会いたくない……。
「セリーヌ様」
アネリの声に目を開け、ゆっくりと起き上がり窓の外を見て雨が降っていることに気が付いた。
「セリーヌ様、どうかなさいましたか?」
ぼんやりしていたのだろう。
窓から視線を外し、憂わしげなアネリに大丈夫だと微笑みかけた。
嫌なことを思い出す、私は雨が嫌いだ。
「…………」
右を向いても左を向いても緑、緑、緑。
部屋の改装の前にドレスだわ。
本日はいかが致しますか、とか聞かれてもデザインが違うだけで色は淡いのから濃いのまで緑しかない。
これ、夜会はどうすればいい?あの変態王の色を身につけるとか絶対に嫌なんだけど。
これらを着るぐらいなら既製品でも良いのだが、無理だろうなぁ。
だとしたら若干この国のとはデザインが違うがラバンから持って来た物を着るしかない。
「ここにあるドレスはもう要らないわ。この色の物は二度と身につけない」
「畏まりました」
別の場所に置いてあったとてもなめらかで手触りも柔らかい深紅のドレスを手に取る。
他の物もこれとそう変わらない最高級のものだろう。
そもそもラバンでは兄が私のドレスに口を出してきた所為で緑なんて一着も無い。主に黒か赤が多いのだ。公の場でエスコートされるときは兄が黒、私が白。
侍女や護衛を付けない代わりにドレスやら装飾品やら持たせ過ぎだと思うくらい持たされてるし。しかも、城の見取り図やら何処に何があるのか換金場所やその用途まで書かれている城下の地図……当時は何も考えず受け取ったけれど、今思えばあんなに結婚に反対していたのはアーチボルトやヴィアンのことを知っていたのではないだろうか。
それだけでなく、アネリ達のことも。
しかし、城の見取り図って、これヴィアン的にはまずいわよね。こんなのが手元にあれば容易く攻め込める、これを調べた兄の信者やそれを指揮している兄が怖すぎる……。
「さあ、仕度が整いました。テディも既に控えておりますわ」
「早いわね、余り寝てないのではなくて?」
「昨夜の状況を見聞きして主より遅く来るような者であればセリーヌ様の騎士になどしませんわ」
「ふふ、厳しいわねアネリは」
笑いながら寝室から出ると、部屋の端で立っているテディがいた。
目が合いはにかむテディ……歳上なのに弟みたいだわ。
「朝食を取り次第ジレスの元へ行くわ、アネリは手配を。テディは護衛として付いてもらうのだけど、私の護衛騎士は現在貴方一人しかいないのよ。それだと、テディに休みをあげられないし訓練する時間もないわ」
「休みは、あっても剣を振っているだけですし、訓練が出来なくても身体を鍛えることは出来ますから気になさらないでください」
「そう言ってもらえるのはとても嬉しいのだけれど、護衛が一人しかいないというのはとても危険なのよ。私だけではなく、アネリ達やテディもね」
「何方か護衛にしたい方がいらっしゃるのですか?」
いないわね……。
寧ろこの国の騎士など信用出来ない。誰に通じていて、どのような思惑で側にいるのかなど気にして過ごしていられない。
もし選ぶのなら、踏み絵でもさせようか。
「そういえば、アネリ。昨夜エムから少し聞いたのだけれど、私の為に侍女や護衛として教育を受けたと」
「はい、侍女は私とエムとエマ。護衛は近衛隊所属のウィルス・ルガードです」
「そのウィルスはどうしたの?本人が断ったのかしら」
「あり得ませんわ、私達に劣らずセリーヌ様の信奉者ですもの。ウィルスもお会い出来るのを心待ちにしていたのですが、セリーヌ様が嫁がれてくる前の年に急に何処かへ移動になったと聞いたのですが」
「近衛隊の者が理由も無しに移動?それならジレスに聞いた方が良いわね」
「ウィルスなら信頼できますわ」
アネリが太鼓判を押すのだから大丈夫なのだろう。けれど、今居ないのなら使えない。
当初の予定通りラバンから呼び寄せるか、または。
「テディ、貴方が信頼出来る騎士に心当たりはないかしら?他の者より、貴方からの推薦なら側に置いても大丈夫だと思えるのだけれど」
「まだ騎士になって日が浅いので、信頼出来る者と言われましても……あ、一人だけでしたら心当たりがあります」
「同じ第三騎士団かしら?」
「いえ、第一騎士団所属のアデル・ブリットンです。入隊初日から嫌な顔をせず僕の面倒を見てくれた唯一友と呼べる者です。昨夜アネリ様はお会いになっているのですが」
「……昨夜ですか?」
「はい、寮の前でアネリ様と僕を止めた」
「あの者ですか、そうですわね、一度会ってみてはいかがでしょうか。テディを心配なさってセリーヌ様の元へ行くのを止めた方ですし、話した限りでは騎士の中ではまともな方かと」
「そう、それならジレスの後で一度会って話しをしてみるわ。アネリは第一騎士団に通達をしておいて」
「畏まりました」
さて、どんな人物なのだろうか。
上からの呼び出しに応じないわけにはいかないだろうからどんなに嫌でも此処へ来るしかないし、テディのことを本当に想っているのなら私から話しを聞きたいだろう。
騎士にと命じられればアデルは断れない。
なるべくなら無理矢理騎士になどしたくはないが此方も切羽詰まっているのだ。まともな人材が貴重なのよこの国では。
アデルには悪いが先に根回しはさせてもらうわ。
※※※※※※※
朝食もしっかり食べ、いざ行こう戦場へ!と意気込んで来たのに……。
「ねぇ、アネリ」
「はい、セリーヌ様」
「此方はいつから出来の悪い芝居を見せる場所になったのかしら」
ジレスの執務室の前で繰り広げられている茶番に向かって聞こえるよう言ってやれば、その場にいる者が一斉に此方へ顔を向けた。
「邪魔よ、退きなさい」
私が誰だか分かっているだろうに、睨みつけてくる貴族であろう令嬢。取り巻き引き連れてるところなんて如何にもだわ。
そして、その令嬢の手にある羽根扇子で叩かれそうになっていた騎士。
何だコレ、イベント?
フランよ、あんた一体何してんのよ。




