決意を新たに
「そいつが……専属だと!おい、どういうことだジレス!私はセリーヌに騎士を付けた覚えはないぞ、誰がそのような勝手なことをした!ジレス、聞いているのか!?」
私とテディを交互に見遣り惚けたまま床に座り込んでいたアーチボルトはいきなり立ち上がり、同じく目を見開き突っ立ったままのジレスに掴みかからんばかりの勢いで捲し立て始めた……。
「いえ、私も今初めて聞いたのですが……」
「だとしたら、こいつは勝手にセリーヌの騎士を名乗ったのか?それどころか私に手をかけるなど、おい、テディと言ったな?覚悟は出来ているのだろうな!」
「アーチボルト様、落ち着いて下さい。セリーヌ様がご自身でそこの者は専属騎士だと仰っていたでしょう」
「私は聞いていないと言っただろう!」
「ですから落ち着いて下さい」
何コレ、アーチボルトとジレスの漫才か?
あーもうほんと嫌。
漫才してる二人を放置して周りの様子を伺ってみれば、アネリは私の背後へといつの間にか立っていてちょっとびっくりした。気配を感じなかったのだけど。
開かれたままの扉にはアーチボルトの護衛騎士らしき二人がエムとエマに腕を掴まれ拘束されている……え、何してるの二人共?
思わず二度見した私にエムとエマはにっこり微笑み頷き、その瞬間騎士からは呻き声が聞こえてくる。あっちでもこっちでもカオスだわ。
テディは私の前に片手を上げ前を見据えたまま動かないし。
何だろう……何故にこうなった?いや、私の所為だということは分かっている。
だからこそテディが処罰を受けないように発言したというのに……。
「ジレスも何故此処にいる?まさかお前!」
「アーチボルト様が護衛を連れてセリーヌ様の元へ向かったと報告を受け連れ戻しに来たのです」
「何故私がセリーヌに会いに来て連れ戻されなければならない?」
「……えぇ、本来なら王妃様に許可を得ている王を連れ戻しになど来ないのですが、アーチボルト様は許可を得てはいませんから」
「そもそも許可を得る必要性が分からないのだが?父は好きなときに此処に出入りしていたはずだ」
「…………はぁ。もういい、戻りますよ」
「おいっ、あの騎士はどうするんだ!」
漫才コンビの所為で台無しだわ。
納得がいかないのかジレスに促されてもその場を動かないアーチボルトは未知の生物にしか見えない。
碌な教育を受けていないのは先程聞いたが場の空気ぐらいはよんでほしい。
私はアーチボルトに許可を出していないがジレスにも出していない。ジレスの口から許可云々と出ていたから彼は知っていてこの場所に入ったということだ。
本来ならただの騎士であるはずのテディは処罰対象だ。けれど私が自身で彼は護衛騎士だと言った。アーチボルトやジレスが言っていたように誰の許可も取らず勝手に任命したので限り無くアウトに近いが、まぁ後から何とでも出来るだろう。出来なくてもやる。
ジレスも昨日までの私なら如何とでも出来ただろうが今日私は自身の価値を馬鹿三人組に見せつけてやったのだ、今この場でテディのことで私と揉めたくはないだろう。
藪をつついて蛇をだすことになるのだから。
ジレスは処罰対象はテディだけではなく己もということに気付いていて素知らぬ振りをしてこの場から退場しようとしている。
お馬鹿な王はジレスの意図に気付かず駄々をこねている。いや、気付いていないのでは無く知らないのだろうが。
だが、ジレスに関しては私は知らん。
「エム、エマ、もう大丈夫です。その馬鹿者達を離しなさい」
「「はい」」
「テディ、アーチボルト様を丁重に……摘まみ出しなさい」
「はい、アーチボルト様失礼いたします」
「は?待て、おいっ!離せ」
私の言葉でアーチボルトの護衛は解放され、テディは恐ろしく素早い動きでアーチボルトを拘束し扉へと引きずって行く。
その際ジタバタともがくアーチボルトをテディはガン無視だ。
呆気に取られている護衛騎士共々扉の外へポイッと捨てたテディは「後は宜しくお願いします」とエムとエマに言い扉を閉めその場で待機。私の意図を正確に理解するテディはかなり優秀な専属騎士だと思う。
貴族よりも教育の劣る平民が出来ることを何故この城の者達は出来ないのだろうか。
テディが規格外なだけだろうか?彼は一体誰に教育を受けているのだろう。
ゲームでは全く出てこない脇キャラ達が優秀すぎる。
「……セリーヌ様?私も退出させていただいてもよろしいでしょうか」
精神的に意識してしまう透き通るような声で問いかけられ、思考を止めジレスへと顔を向ける。
憂い顔で私を見つめるジレスは、美貌や美声という己の武器をふんだんに使ってきた。
普通なら顔を真っ赤にし頷くところなのだろうが。
「あら、貴方にはまだ退出の許可は出せませんわ。お座りになって」
「…………」
若干口元が引きつったジレスを嘲笑い椅子に座ればアネリがお茶を運んできた。うちの侍女が優秀過ぎる。
腹黒宰相も「では、失礼いたします」と微笑みながら座るが内心では盛大に舌打ちしていることだろう。
私ごときに腹の中を読まれているようでは大国の宰相など返上した方が良い。
ラバンや帝国にボロクソにやり込められるのが落ちだわ。
「何故貴方だけこの場に残されたのかはおわかりかしら?」
「えぇ、アーチボルト様は腐っても王ですからね。そこの騎士はセリーヌ様の専属らしいので」
「此処には私が許可を出した者しか入れませんわ。勝手なことをすれば何らかの処罰を受けますもの、それはおわかりかしら?」
「そうですね」
「あら、そんなに悲しそうな顔をなさらないで。貴方は宰相様ですもの、全てを承知で此処へ来たのですわよね。このような真夜中に供も付けずにたった一人で人目を忍ようにヴィアンの王妃の私の元へ」
「……不適切な言い方をなされますね」
「あら、事実を述べたばかりですわ。何も知らぬ者から見ればその通りでしょ?ねぇ、アネリ」
「はい。何をしに来たのかは存じ上げませんがこのような時間にお一人でセリーヌ様の元へ訪れになられるなど大変優秀な宰相様です、どう取られるかなど侍女の私よりおわかりかと」
「…………」
「アネリ、優秀な宰相様ですもの。私のただでさえ無い名誉を守るどころか更に傷をつけるようなことなどなさらないわ」
「私はアーチボルト様を引き取りに来ただけです」
「誰の許可を得て?まさか、たかが宰相ごときが王妃である私を蔑ろにし独断で此処へ入ったと?だとしたら処罰しなければいけないわね」
「それは……」
「アーチボルト様はジレスにもお怒りでしたものね」
「門番やアーチボルト様の護衛にも見られていますから直ぐにでも宰相様を処罰しなければセリーヌ様にもあらぬ疑いをかけられてしまいます」
「まぁ、それは困ったわ。ねぇ、ジレス。次の宰相の当てはあるのかしら」
私とアネリからまさかそのように言われると思っていなかったのかジレスは驚きを隠せず顔に出ている。
あらあら、何枚も被っていた仮面が剥がれ落ちてきているわよ。
「……私の配慮が至りませんでした。お詫びいたします」
頭を下げたジレスにふふっと小さく笑うと、声が聞こえたのか頭を上げ訝しげな顔をしているジレスに笑みがこぼれる。
「謝罪は結構です。頭の良い宰相様ならどうすれば良いのかわかるでしょ?」
「何がお望みですか……」
苦虫を噛み潰したような顔をする麗しの宰相様は私が何を言おうとしているのか分かったらしい。私はジレスを処罰し宰相の座から下ろすけど、そうなりたくないならどうすれば良いか分かってるよね?と脅している。
「アーチボルト様もジレスも何か思い違いをしているみたいだけれど、テディは元から私の護衛騎士です。あぁ、平民のテディの後見人はリンド伯爵ですわ」
「……そうでしたね、私の思い違いでした。後ほどアーチボルト様には説明をしておきます」
「ふふっ、間違いは誰にでもあることだわ。次から気をつければ良いのよ……次があればのことだけれど」
「申し訳ございません」
微かに震えた声を出すジレスは腸が煮えくり返っているだろう。ドS宰相様がちくちくと虐められ脅されるなど屈辱だろうに、どうしよう笑いが止まらない。
「もう退出して良いわ」
手を振り帰れと言うと、ジレスは戸惑うような曖昧な笑みを浮かべた。
そりゃそうだろう。私の用件は終わったがジレスの方は終わっていないのだから。
彼は許可を得ようが得まいが一人で此処へ来たことが問題なのだ。
「まだ何か?」
「私はどうすればよろしいですか」
何を言っているのだろうこの男は。
自分が悪い事をしておいて、どうしたら良いかなんて。
「知らないわ」
「え……」
「大国ヴィアンの優秀な宰相様でしょ?私に迷惑をかけずに自身の後始末をするくらい簡単に出来るでしょ。だって、優秀だからこそ宰相になれたのだから」
コネでない限りはね。
「私、明日が楽しみだわ」
「……夜分遅く失礼いたしました。明日執務室でお待ちしております」
ジレスはこれ以上は無駄だと判断したのか頭を下げ素晴らしい作り笑いで退出した。
あーー、疲れた……私一人ならソファーに足を上げてダラッとしたいとこなんだが。
取り敢えず、まだやる事があるのだ。
「テディ……座りなさい」
「はい」
私の正面に座らせ緊張からか唇を噛み締め小さくなるテディに苦笑する。王や宰相の前であんな啖呵を切ったのに、今は捨てられた子犬みたいになっている。
「近衛隊に入りたかったのでは?」
「はい、近衛隊に入る為に努力してきました」
「そうよね……貴方は近衛隊では無く、私の専属護衛騎士になったわ」
「はい」
真っ直ぐに私を見つめるテディから目を逸らしたくなる。彼は優し過ぎるのだ……たった一度だけ会った関係の無い王妃など放って置けば良いものを。
夢を捨て悪い噂しかない王妃の騎士になるなんてお人好し過ぎる。
「解放してあげられないわ……」
「分かっています。処罰覚悟で勝手に来た私を助けて頂き感謝致します」
頭を下げお礼を言われ胸が痛む。
助けて貰ったのは私のほうだ。男に触れられてパニックになるなんて、あの頃の、前世のときの弱い私のままだ。
アーチボルトに組み敷かれたときに自身で何とかしなければならなかったのに、一番助けを求めてはいけない相手に縋ってしまった。
後悔やら罪悪感でぐちゃぐちゃになっていた私の耳に「セリーヌ様」とテディの澄んだ声が聞こえた。
「私は自身でセリーヌ様の専属になると決め生涯唯一の主にと望みました」
「…………」
「何も、本当に何も持っていないただの平民の私が王妃様の騎士など烏滸がましいでしょう、私の所為でセリーヌ様が悪く言われてしまうかもしれません。ですが……命尽きるまでセリーヌ様の盾となり剣となりお守りします。どうか、お願いします、側に仕えることをお許し下さい……」
捨てられた子犬みたいになっていたのは私に要らないと言われると思っていたのか。
確かに後悔はしていた。けれどそれはテディが思っていた事とは違っていて……私は何をしているのだろう。
決めたじゃないか、この国から大事な者だけを連れラバンに帰ると。
「テディ、私の騎士になることを許します」
「……はいっ!」
後悔?罪悪感?何だそれ。テディが近衛隊に入りたいのならラバンの騎士団に入れてあげるわ、ヴィアンの近衛隊になど入らなくて良かったと言わせてあげるわ。
「私が、貴方を幸せにしてあげるわ」
選んで良かったと思われる主になってやるわよ!
「え、ええっ!?」
真っ赤になって声を上げたテディを見て、アネリと目を合わせ久しぶりに大きな声で笑った。




