騎士として
テディside
「入隊試験の合格者は名を呼ばれたら前に出ろ」
ヴィアン国の王都で開かれる年に一回の騎士入隊試験。貴族、平民と身分差が無く行なわれるこの試験は十五歳から受けられる。
それを知ったときには既に十五で、僕は村から王都に向かう為の旅費を稼ぐのに二年かかってしまった。だから十七での入隊試験だった。
試験は番号順に実技試験が行われ、刃を潰した剣で戦い何方かが負けを認めた時点で終わる。
広い会場で民衆に見られながら相手と初めて顔を合わせたが、貴族かそうでないかは身形を見れば一目で分かる。
それに。
『……はっ、平民風情がっ』
喉元に剣を突き付けると必ずこう言われたから。
全勝した僕は間違いなく受かると思う。それでも自分の名が呼ばれないんじゃないかとドキドキして、手に汗をかいていた。
「今回の入隊試験、トップは……テディ。前に出ろ!」
「はいっ!」
沸き起こる歓声の中、会場の中央へと足を進め嬉しさを噛み締めた。
※※※※※※※
王都から離れた小さな村は貧しくて治安が悪い。王都のように騎士や兵士がいない村は大人達が剣を取り守ってきた。父さんの身体には傷が沢山ありそれを見るたびに僕も大人になったら家族や村の人達を守るのだと決めていた。
十五のとき、家の裏で父さんの真似をして剣を振っていた僕の前に身形の良い旅人達が現れた。
「君は村の子だな?すまないがこの村に宿が無いか教えてほしい」
各地を旅していると言ったその人達は僕が剣を振っているときに現れ色々なことを教えてくれた。
「テディ、剣は相対した者を殺傷するためのものだ。相手もそのつもりでテディに剣を向けてくる。覚悟があるのなら剣の扱い方を教えてやる」
セオさんは見たことが無いくらい容姿の優れた男の人で、僕の下手な剣が気になったらしく毎日遅くまで稽古をつけてくれた。
「テディ、無知は罪だよ?学べる機会に恵まれたのだから貪欲になりなさい」
「テディは小柄だから身軽さを生かした方が良い。筋力は素振りで鍛えること、剣もそれではなく軽い物の方が扱い易いだろう。セオ様が何本か持っているから貰うと良い」
セオさんの護衛だと言っていたリアスさんとバートさんの二人も、休憩中にこの国や他国の話し、騎士団や王都で行われる入隊試験のことを教えてくれた。
彼等が村へ居たのは数週間だけれど、色々なことを学びセオさんを守っているリアスさんやバートさんを見て、僕は王都へ行き家族や村の人達が住むヴィアンという国を守る騎士になりたいと思うようになっていた。
彼等が村から去る日、入隊試験を受けて騎士になると言った僕にセオさんは苦笑しながら頭を撫で、地面に膝をつき目線を合わせ真剣な表情で最後に言葉をくれた。
「テディ、出会いは奇跡だ。騎士となるのなら、一生涯かけて守りたいと思った主を見つけたら迷うな。それはお前にとって最初で最期の出会いだからな」
僕がセオさん達に出会えたのも奇跡だったと思う。きっと本来なら僕が出会えるはずのない身分の人達だ。
その日の夜、父さんと母さんに話しをした。
帝国が領土を広げているのならヴィアンに手を出してくるのも時間の問題らしい、その帝国を牽制する為にヴィアンと同盟を結ぶ事になった隣国ラバンから王女様が嫁いでくる。
けれどこの王女様に何かあれば帝国より先にラバンと戦争になる。どちらにしても国境に近いこの小さな村や街は一番に被害を受けるだろうとリアスさんは言っていた。
平民が何を夢見ているんだと思われるかも知れない。王都へ行っても入隊試験に受からないかも知れない。
それでも、僕も父さんのように大切なものを守れる人になりたいから。
「行って来い。なに、騎士になれなかったら俺と一緒に村を守ればいい」
まずは鍛えないとな?と笑った父さんと、旅費は私も頑張って稼ぐわ!と笑った母さん。
反対されると思っていた僕は嬉しかった。
※※※※※※※
会場を見渡し、セオさんから貰った剣に手を当てそっと目を閉じた。
僕を送り出してくれた父さんと母さんに伝えたい。
僕に騎士となる道を示してくれたセオさん達に伝えたい。
「僕は、今日ヴィアンの騎士になりました」
目を開け、雲一つなく晴れ渡った空を見上げ呟いた。
※※※※※※※
そうして始まった僕の騎士生活は驚きの連続だった。
配属先が決まるまでの数日間でアデルという友人が出来た。同じ歳のアデルは僕より一年早く試験を受け寮生活をしている。
入隊試験で僕を見ていたらしく態々探して会いに来てくれて、配給される物や用意しなければならない物などを教えてくれたばかりか王都の案内や買い物に付き合ってくれた。
容姿や身形の良いアデルは王子様だと言われたら信じてしまうかも知れない。
僕はアデルに貴族なのかと聞いてみた。もしそうなら平民の僕と一緒にいたら何か言われてしまうかもしれないから。
でもアデルには「内緒ー。気にすんな」と言われてしまった。
配属先は第三騎士団。
僕は隊長に呼ばれ部屋に入って瞬きを忘れ隊長の横に座っている人を凝視した。
近衛騎士隊の隊長、クライヴ様がいたのだ。
訳がわからないうちに第三騎士団所属のフランを見守る任務を与えられ、部屋からふらふら出てきた僕はアデルに捕まり「ふざけんなぁ!何でテディが第三なんだよ、トップ合格なら第一だろ!おまけにフランの護衛だぁ?ちょっと待ってろ、ブチ殺して来てやる」と本気で隊長の部屋に入ろうとするアデルを止めるのに疲れた。
普段は訓練をして、フランが絡まれていたらクライヴ様に知らせに走り、休みの日も訓練をして、またフランに何かあればクライヴ様に知らせに行くという生活になっていた。
フランとは同じ平民同士助け合いながら仲良くしていると思う。
けれど、貴族の騎士からはどうやら嫌われているみたいだ。クライヴ様に纏わりついているとか、フラン担当とか言われ度々軽い嫌がらせを受けている。
このことは第一騎士団のアデルには隠していたのに何故か知られてしまい「アデル兄ちゃんに任せろ」と笑顔で嫌がらをした騎士に殴りかかるアデルを止めるのに苦労した。
……アデル、僕達同じ歳だから。
暫くして帝国との国境沿いでの戦争が始まった。第三騎士団が先陣を切って何日も続いた戦い。訓練では無く、人を殺傷するために剣を握る、セオさんが言っていた覚悟が試されるときだった。
帝国の指揮官まで辿り着き、剣がぶつかり合う音が鳴り続け、衝撃で落としそうになる剣を握り直しどちらも退かず誰も入っては来なかった。
どのくらい経ったのか……相手の剣を弾き首元目掛けて剣を横に振ったとき、目の前の敵は僕の剣が届く前に地面に倒れた。
「大丈夫、テディ!?」
「フラン……」
背後から指揮官の首を取ったフランが駆け寄り僕の身体を確認し「良かった、間に合ったよ」と心配してくれた。
これで戦争は終わると安堵した僕は帰還している途中、第三騎士団まで来たアデルが「フラン何処だ!一騎討ちの邪魔した挙句背後から敵を斬りつけるとかっ、騎士なんてやめちまえ!」と喚くアデルの口を手で塞ぐのに苦労した。
王都へ戻り直ぐに帰還式があったのだが、僕は新人なのだからと荷物の移動や片付けをするように命令され、帰還式には出られなかった。ある程度終え疲れた身体を動かし部屋へ戻ろうとしたら、寮の前でフランが先輩騎士に掴みかかっているのを見て周りにいた人に話しを聞いて慌ててクライヴ様の元へ走っていた。
どうして僕の周りは直ぐに暴れるのかと困惑しながら廊下を走り、目的の場所で深呼吸しノックをしようと手を上げた僕は扉から攻撃を受けていた。
扉から現れたのは美しいお姫様だった。
どう見ても貴族階級の方に失礼をと何度も頭を下げた僕に、その方は優しく声をかけてくださるどころか心配までしてくれて。
部屋へ入りクライヴ様にフランの現状を伝え、走り出す前にさっきの方は何方ですかと聞いて返ってきた言葉に驚いた。
「ラバンから嫁がれてきたセリーヌ様だ」
騎士になって一番驚いた。
噂だけなら知っていたんだ。騎士の中でも貴族の方達が良く話しをしていたから。
愛想の無い、我儘王妃様……。
笑うどころか常に冷めた目で王を見て、部屋からは出ずに好きな物を好きなだけ買い国の財産を食い潰すなど。
でも、セリーヌ様は噂されているような方には思えなかった。
護衛がいないと騒いで恥をかかせてしまったのに、クライヴ様では無く僕に部屋まで護衛について良いと言ってくれ、侍女のアネリ様と話しているときは表情が微かに変わっていたり、護衛なんて当然のことに対してお礼に僕を一度だけ助けてくれると言ってくれた。
セリーヌ様が部屋へ入った後、アネリ様は専属護衛騎士が何故居ないのかを説明され僕にならないかと言われた。
光栄なことだとは思うし、アネリ様の言うことが本当のことなら守って差し上げたいと思う。けれど僕は平民で、とてもじゃないが王妃様の騎士になれはしない。
それに……。
僕は首を横に振り丁重に断りその場を離れた。
※※※※※※※
「と、いうことがあったんだ」
「あったんだーで片付けるなよ……」
色々あって寝つけないと思い訓練所で剣を振っていたらアデルが来たので休憩しながら話しを聞いてもらった。
「で、どうすんの?王妃様の護衛騎士なんて一気に近衛隊に移動ぐらいの昇進だろ」
「身分が違うし、断ったんだよ?もう、二度会うこともないだろうし」
「……身分なんてどうとでもなるし、もう一度会う機会があるかもしれない。要は、テディがどうしたいのかだけだろ問題は」
「…………出会いは奇跡で、一生涯かけて守りたいと思った主を見つけたら迷うな。それは最初で最期の出会いだからって、教えてくれた人がいたんだ」
「一期一会だな」
「アデルって、偶に変な言葉を言うよね」
「そ?んでだ、セリーヌ様はテディにとってその主なわけ?」
「分からない。アデルは?」
「ん、俺?守りたい主ってやつ?」
「うん」
「んー、守りたいってより一生涯仕えたい人ならいるかな。ほら、守りたいってのは俺にとっては愛する女を指すし」
「じゃあ、アデルが守りたい女の人は沢山いるね。訓練の合間に囲まれてるし」
「アレは貴族のお嬢様方のお遊びみたいなもんでしょ。それに、俺が守りたい女はこの世にいないしな」
立ち上がり寮の方へ歩き出したアデルに並びこの世にいないという言葉が気になり問いかけた。
「ん、そのままの意味だけど……親友の義理の妹だったんだよねその子。男が苦手でさ、大事に親友と見守ってたんだけど、俺……二人に置いてかれちゃった」
アデルの顔が悲しげに曇ったことに気づいたけれど、声がかけられなかった。
「だから、まぁ俺は一生涯仕えたい主だけどテディは守りたい主を見つけな。多分、その時が来れば自ずと分かるだろ。頭で考える前に身体が勝手に動くよ」
「アデルって、凄い奴だったんだ」
「おぃおぃ、俺を何だと思って……テディ、あれ侍女じゃないか?」
アデルが指差した先に寮の前に立っているアネリ様がいた。
「アネリ様?」
近付き声をかけると振り向いたアネリ様は真っ青な顔で僕の腕を掴み引っ張った。
「セリーヌ様が!一緒に来てくださいテディ!」
「セリーヌ様に何かあったのですか!?」
「兎に角、私に着いて来てください!」
「はい、ちょっと待って」
引っ張られるまま足を踏み出そうとした僕の腕をアデルが掴み止めた。
「第一騎士団所属アデル・ブリットンです。貴方はセリーヌ様の侍女でよろしいですか?」
「はい、私はアネリ・リンドですわ。急いでますの、その手を離していただけますか」
「貴方がセリーヌ様の侍女でしたら尚更離すわけにはいきません。テディを何処へ連れて行くのかは敢えてお聞きしませんが、彼はただの騎士で後ろ盾の無い平民です。セリーヌ様の許可を得た昼間ならまだしも、このような時間に貴方が連れて行こうとしている場所に一歩でも足を踏み入れたらテディは処刑されますよね?」
「セリーヌ様の護衛騎士に許可は必要ありませんわ。後ろ盾なら私の家を使います」
「リンド家の養子になりセリーヌ様の護衛騎士になれと?勝手なことを……流石、我儘王妃様ですね」
「これは私が勝手にしていることです!セリーヌ様は何もおっしゃっていません。それどころか、努力して近衛隊に入りたいと言っていたテディを専属騎士になどしてはならないとおっしゃいましたわ!」
「でしたらお引き取りを、仕える主の命令に背いてまですることではありません。今騎士団から騎士を向かわせますから」
「それは出来ません!」
「……騎士団の者ではなくテディを名指しで護衛騎士として連れて行くと、侵入者は何方ですか?」
「…………」
「はぁ、テディ。お前が決めろ」
「えっ」
「下手したら、いや確実に処刑コースだ。自分で決めろ。何なら俺も付き合ってやる」
アデルは腕を離し、僕に決めろと言った。
二人の会話から僕がセリーヌ様の元へ行ったら処刑されるらしい。それを回避する為には専属騎士にならないといけなくて、アネリ様の家の養子にもならないと駄目らしい。
「……行きます。ですが、養子や専属騎士は今は決められません」
「テディ!」
「ごめんアデル。此処で待っていて、アネリ様案内してください」
「……あーもぅ、もし護衛騎士にならないで処刑されそうになったら、何をしてでも俺が助けてやる!」
走り出した僕達に叫んだアデルに手を上げ奥へと進む。
さっきも通った道、驚いている門番を素通りし真っ直ぐ廊下を走り抜け目的の場所へ近づいた時だった。
「ーーーー!!」
セリーヌ様の悲鳴が微かに聞こえた瞬間、アネリ様が扉の前にいる人達に叫ぶ。
「エム、エマ!」
扉の前に居た侍女が騎士を取り押さえていた……。
「何事ですか?」
そして、騎士の腕を捻り上げている侍女の側にそれを見て唖然としたジレス様が居た。
「ジレス様!?すみません、失礼します」
「アネリ!?」
「セリーヌ様っ!!」
ジレス様を退かし部屋の扉を開けたアネリ様に続き中を覗き足が止まった。
セリーヌ様の身が危ないのだと思っていたのだけれど、部屋の中に居たのは王様とセリーヌ様の二人だけで……。
アネリ様の様子を伺うと、アーチボルト様を睨みつけ拳を握っていた。一体どういうことなのだろう?
王に組み敷かれていたセリーヌ様はゆっくりと此方を向き、僕と目が合った瞬間顔を歪ませた。
今にも泣き出しそうな、そんな辛そうな顔を何故されているのですか?
「……どうして」
微かに聞こえたその一言で、セリーヌ様は僕がこの場所へ来ることを望まれていないのだと思った。それどころか、多分僕の心配をしている。
侵入者が王様で、何故アネリ様が焦って僕を呼びに来たのかは分からないがセリーヌ様にとってはこの状況は最悪なことなのだろう。
周りでは何か言い合っているみたいだが、僕はセリーヌ様だけを見続けた。
悲痛な顔で僕を見ているセリーヌ様。
僕はセリーヌ様を生涯の主と決めて此処へ来た訳では無い。でも、選択を迫られたときに行かないといけない気がして。これが正しい選択だったのかは分からないけれど、僕が決めたことだ。
だから、助けを求められたら応えるつもりだったのにセリーヌ様は僕から視線を逸らさず見つめるだけで。
それでも、セリーヌ様の行動を見逃さないように僕も視線を外さなかった。どんな些細なことでも直ぐに対応出来るように。
横にいたジレス様に肩を叩かれ何か言われたとき、セリーヌ様の口から「テディ」と名が紡がれた。
一言、たった一言だった。
距離を詰め、一応「失礼します」とだけ言ってアーチボルト様の腕を掴み椅子から落としセリーヌ様を背に庇う。
アデルの言っていた通りだった。
僕の身体が勝手に動き、遅れて動き出した頭で考え、しっかり宣言することにした。
「元第三騎士団所属、現ヴィアン国王妃セリーヌ様専属騎士テディ。此処はセリーヌ様の許可が無くては入れません、部屋へお戻りくださいアーチボルト様!」
アーチボルト様は今はセリーヌ様の敵だ。
セリーヌ様は驚いているだろうし、まだ震えながら怯えているだろう。
「セリーヌ様、一度だけなら僕を助けてくれると仰っていましたよね?」
アデルの真似をしておどけて言ってみたら背後に居たセリーヌ様が僕の横に並び、真っ直ぐ姿勢を正し凛とした声で言った。
「ええ、テディは私の専属騎士ですわ。国でもなく、王でもなく、私のみに仕える騎士。アーチボルト様おふざけが過ぎますわ、騎士に摘まみ出される前にご自分でお帰りください」
セオさん、最初で最期の守りたい主を見つけました。
優しく気高いセリーヌ様、僕の命運を貴方様に託します。




