仕える主
アネリside
十六になると同時にヴィアンに同盟の為に嫁いで来たラバンの至宝と言われる王女様。
アーチボルト様と二人で城から民へと手を振り幸せそうに笑みを浮かべているのを、私は後ろに立ち見ていた。
王妃様付きとして侍女に選ばれた伯爵家の娘達。セリーヌ様が産まれたその日からこの国に嫁いで来ることが決まっていたように、私達もまた、産まれたときから王妃様に仕えるようにと決められ他の令嬢達とは異なるものを叩き込まれてきた。
大国同士の同盟は帝国を牽制する為に成されるものだが、一つでも間違えれば同盟では無く戦争になる。ヴィアンとラバンがぶつかれば大規模な戦争になるだろう。
だからこそラバンからお預かりするセリーヌ様を生涯の主とし自身の命をかけ守れるような者とし教育を受けてきた。
教養やマナーだけでは無く武術全般。下手な護衛よりは余程役に立つはず。
幼き頃より主と決めてきたセリーヌ様を初めてお目にした日、私とエムとエマは喜びに打ち震え名前を口にするのが精一杯。
『セリーヌ・フォーサイスです。アネリ、エムとエマ、至らない私を支えてください』
大国の王女様が侍女である私達の手を握り一人一人に目を合わせ微笑みかけ嬉しいお願いをされた。
結婚式までの数週間、本を読みながら静かに過ごすセリーヌ様。
時折、お寂しそうな顔をされそれでも私達に笑顔を向けてくださるセリーヌ様。
お部屋に飾られているアーチボルト様の幼き頃の絵を何時間も眺め頬を染めているセリーヌ様。
妖艶な美貌とは違い可愛らしい性格のセリーヌ様に私達は顔を見合わせ微笑んでいた。
その間、全く顔をお見せにならないアーチボルト様に私達が不信感を抱くにはそう時間はかからなかった。
※※※※※※※
結婚式の数日前、エムとエマにセリーヌ様を頼み私は実家に戻っていた。
確認したい事と、セリーヌ様に対しての扱いについて。
父の書斎の扉をノックし、この時間に居るはずの無い人の声が聞こえ乱暴に扉を開いた瞬間に声を上げた。
「お父様!一体どういう事ですか!」
私の行動に眉をひそめ手で扉を閉めるよう促され、また乱暴に閉めそのまま父の執務机に手を叩きつけた。
「何故お前がここにいるのだ。セリーヌ様の側を離れないよう言ってあったはずだが」
「離れたくて離れたわけではありません!お聞きしたいことがありましたの」
「何だ」
「セリーヌ様に護衛騎士がいらっしゃいません。ラバンからお越しになる際に騎士も侍女もこちらで用意するとお約束したのではありませんの?」
「ああ、私も王がそう言ったのを聞いていたな。まだアーチボルト様は護衛を選んではいないのか?」
「護衛どころかアーチボルト様はセリーヌ様の元へ一度も訪れていません!侍女も私とエムとエマ以外いませんわ!」
「……そうか」
「そうか、ですって!いくら私達でも出来ることと出来ないことがあります!しかも、それを伝えようにも政治の中枢にいた方達が全て入れ替わっているというのはどういう事ですか!?」
「……私達はアーチボルト様でも今の王でもなく、前王に仕えていたからな。あの方が支えよと仰られたのは今代の王のみ。ならばアーチボルト様を支える義理は無い」
「お父様?」
「今代には再三申し出ていた。次代に子が一人など何かあれば跡を継げる者がいなくなるのだからと。それだけではない、その子が過ちを犯したときすげ替えが出来なくなるからな。だが、王は頑なに側室を取らず、血の争いを嫌がり煩わしい私達を遠ざけて今に至る。その結果があれだ。たった一人の後継ぎであるアーチボルト様、あれは王の器では無い」
「だとしたら、尚更お父様達が必要なのではないのですか?」
「無駄だ。今代が私達の意見を聞かないのに次代が聞くわけがない。現に、アーチボルト様は可笑しな事を言い出したぞ。真に愛する者と結婚したいなどとな」
「セリーヌ様がいらっしゃるではありませんか!国の為の結婚はセリーヌ様とて一緒ですわ」
「それが分かる方ならお前がここに来る必要すら無かっただろ。幼き頃から私達はアーチボルト様を見ていたのだ、王としてではなく親として子を甘やかす今代に危機感を持ちカルバート家もアルマン家も側近として子を差し出したが、あれらも後悔していたな。ジレスもクライヴも側近すら出来ておらん」
「でしたらお戻りください!」
「戻ってどうする?次代の王はアーチボルト様しかいないのだぞ」
「……国を見捨てる気ですか?」
「いや、この国を、あの方が守ったヴィアンを別な形で守るだけだ」
「別な形?」
「ラバンの王も王太子も帝国に匹敵するほどの力をお持ちだ。その方達が大切にしているラバンの至宝がセリーヌ様。何かあれば黙ってはいまい……」
「何かなど、セリーヌ様は私が命をかけてお守りしますわ!」
「あぁ、そう育てたからな。命をなどとは言っていない、寧ろそれは許されない。ほんの些細な事でよい、それだけであの国はヴィアンに牙を剥く。私達は大国ヴィアンでなくて良いのだ、この国が存続しているだけで良いラバンの属国としてでもな」
お父様達はヴィアンを捨てたのでは無く、アーチボルト様を捨てたのだ。
「セリーヌ様はお優しい方だ。ラバンがこの国を滅ぼそうとしても、属国にとしてくださるだろう」
「セリーヌ様を何だとお思いですか!あの方を何だとっ!」
「私達とてアーチボルト様が王の器であればこのような考えなどもたん!だが、あの方では駄目だ!ラバンのことがなくとも国がいずれ滅びるぞ!」
「ヴィアンの為にセリーヌ様に犠牲になれというのですか!些細なことと仰られましたがどのようにラバンに報せますの!?」
ラバンから護衛も侍女もお連れになっていないのに、私が側を長く離れるわけにもいかずラバンに繋ぎを取れる者もいないのに。
「セリーヌ様は、手紙を出しているはずだ」
「……手紙など、どうやって」
「毎日ラバンの王太子宛に手紙を出すのを嫁ぐ条件に入っていると、私は報告を受けた。何かあれば……手紙に書くように進言しなさい」
あの後、エムとエマも家に戻り私と同じようなことを言われたと語った。
……お可哀想なセリーヌ様。
代われるものなら代わって差し上げたい。
端から見れば喜びの涙だろう、だが実際には悔し涙。喜ばしい日に涙を流す侍女達を誰も気に留めはしなかった。
※※※※※※※
結婚式と戴冠式が行われた夜。
私達は今直ぐにでもラバンへお返ししたい気持ちを隠しながら、緊張からかお顔の色が優れないセリーヌ様の支度を整えた。
寝室へと繋がる部屋でジッと座り、王となったアーチボルト様をお待ちしていた私の元へ来たのは部屋の前に立っていたエムと王の従者だった。
「ここを何処だと思っているのです!王でもない者が来て良い場所では無い!」
「その王からのお言葉をお持ちしました。今宵、王は此方へはお越しにならない、と」
それだけ言って立ち去った従者を見つめ私は手を握りしめた。
あの方を、セリーヌ様を馬鹿にするにもほどがある。
唇を噛み締め血を流すエムの肩を叩き、寝室で愛する方を待つセリーヌ様に血反吐を吐くおもいでお伝えした。
『今宵、王は訪れになりません』
お許しください、セリーヌ様……。不甲斐ない私達を、貴方のお心をお守り出来ない私達を、どうかお許しください。
※※※※※※※
日が経つにつれ笑顔が減ったセリーヌ様を気晴らしになればと思い庭園へと連れ出した。
本来ならお部屋も庭もセリーヌ様の為に新しく王が造り直すはずが、今も前王妃様のときのままで……。
それに私達が耐えられず、王に進言して貰おうとジレス様に繋ぎを取ろうにも何故か取れず。
一日のうち数時間しか無い愛する方と会える夕食の席にアーチボルト様が来なくなりセリーヌ様の顔からは笑顔が消えた。
ある日、窓辺に立っていられたセリーヌ様が急に部屋を飛び出し私は慌てて後を追いかけた。護衛がいない今、お一人にするわけにはいかない。
追いついた先で見た光景に私は目を疑った。
茫然と立ち尽くすセリーヌ様の視線の先にはアーチボルト様が愛おしそうに騎士の少年の頭や頬を撫で楽しそうに会話をしていたのだから。
アーチボルト様には愛する方がいるとは聞いていた。その者と会う為に時間を作り逢瀬を重ねていると……。
王が何処で何をしていようが構わない。今更何も期待などしていないのだから。
けれど、これは余りにも酷い仕打ちではないだろうか。
「セリーヌ様……お部屋へお戻りください」
「何故?どうして私が去らなくてはならないの?」
「……今声をおかけしたらセリーヌ様がお叱りを受けます」
「私が、怒られるの……?」
「……はい」
「……そう」
俯きながら涙を堪えるセリーヌ様……。
主を傷つける言葉しかかけられない私など消えてしまいたい。
その日から本がお好きだったセリーヌ様はドレスや装飾品を買い、夕食の席へは向かわず部屋で食事を取るようになった。
庭へも行かなくなり部屋から出ない日々が続き、何も知らない者達からは愛想の無い我儘王妃と呼ばれ、その度に私達は涙を流してきた。
お父様が言われていた通り、セリーヌ様は毎日窓辺に置かれている籠から美しい鳥を出し手紙を括り付け外へと放っている。
次の日には戻って来ているということはラバンに手紙は届いている。けれども、一向にラバンからの接触が無い。今の状況を手紙に書いていれば使者の一人くらい直ぐにでも寄越すだろう。
多分、セリーヌ様は書いていないのだ。
あんなにお辛そうなのに。
『セリーヌ様が国へ帰りたいと一言でも書けば即開戦だ。そうなれば私達は降伏をする。あの国は手加減などしてくれないだろうからな』
お父様……当ては外れたようですわ。
セリーヌ様はご自分を犠牲にしてでもアーチボルト様を守っていますもの。
セリーヌ様お願いですから手紙を、ラバンに帰りましょう。手紙に書かずとも一言で良いのです、もう嫌だと、そう仰られたら私達が何をしてでもラバンへお連れしますから。
アーチボルト様をお捨てになることが出来ないのであれば、あの騎士を私達が消して参りますから。
泣くのを我慢などなさらないでください。王がいつか訪れるのを期待などしないでください。
王など、ヴィアンなど、私の主を傷つけるものなど滅びてしまえば良いのに。
※※※※※※※
帰還式を終えた後、セリーヌ様はどこかいつもとは違っていて。
どこが違うのかと言われれば立ち振る舞いというか、儚げだった方が凛とした雰囲気を纏っているというか……。
廊下ではアーチボルト様を冷めた目であしらい、部屋へと戻られた後はお部屋の改装をすると仰って。
一体帰還式で何があったのか。
それでも久々に見たセリーヌ様の微笑みに嬉しくなり、アーチボルト様の執務室へ向かう為にとはいえ着飾るのに力を入れてしまい美しいセリーヌ様を見て後悔してしまった。あのような男に見せるのは勿体無いと。
お手紙が入っている木箱を持ち、これから起こるであろうことを予想するが何も分からない。俯かず前を向いて歩くセリーヌ様は本当にお美しく、アーチボルト様より余程王に相応しいと思った。
執務室へと入っていったセリーヌ様に心の中で祈り、王の護衛から離れた場所で主が出てくるのを待っていた。
暫くすると慌ただしく走って来た騎士が扉の前に立ち、数回呼吸を繰り返しノックをしようと手を挙げたとき部屋の扉が開き見事に顔を打ち蹲るのを見て口元を押さえた。
中から出て来たセリーヌ様は訝しげな顔をし扉を閉めやっと騎士に気づき二人のやり取りに思わず笑みを浮かべた。
王の護衛はセリーヌ様をいない者と扱うなか何度も頭を下げ謝る騎士に私は好感を持ち、その後の廊下でのやり取りでクライヴ様とは違った対応に感心し、ついテディという騎士に探りを入れてしまった。
聞けば聞くほど誠実で真っ直ぐな努力家のテディを是非護衛にと進言しましたが、セリーヌ様はテディのことを考え諦めるように言われてしまった。
ですが、役に立ちそうも無いお飾りの護衛ならテディの方が身分は無くともセリーヌ様には必要だと思うのです。
帰還式の後といい、執務室で何があったのかは分かりませんがアーチボルト様が黙っているなどあり得ないのではないだろうか。何か嫌な予感がする。
※※※※※※※
その嫌な予感は当たってしまった。
部屋の外からはエムとエマ、そしてその二人とは違った声を聞いて椅子から立ち上がると廊下へと繋がる扉が開きこの場所へ訪れるはずが無い方が入って来た。
「アーチボルト様!此処はセリーヌ様の許可が無ければ入れません!直ぐにお戻りください!?」
「セリーヌは何処だ?私が来たと伝えろ」
「アーチボルト様!それ以上はお入りにならないでください」
部屋の外ではエムとエマが王の護衛に押さえられながらこちらを伺っていた。
許可も無く王が来るなど、しかも護衛まで中に入れるなんて!
「セリーヌ様はお会いにはなりません。用があるのであれば後日先触れで許可を得てくださいませ」
「侍女ごときが私に逆らうというのか?処罰されたくなければそこを退け」
「退きません。いくら王とてこの場所はセリーヌ様の……!「もう寝ていたのか?」」
王の前に立ち行く手を遮っていた私の耳に扉が開く音が聞こえ、後ろを振り返ると寝室からセリーヌ様が出て来てしまっていた。
「……アーチボルト、様」
真っ青な顔をし茫然とする姿に「セリーヌ様……」と声に出した私にセリーヌ様は強張った顔をし首を横に振った。
私は処分されても構わないのです、このような時間に来るなど何をしに来たのか分からないのですか!?
けれどセリーヌ様は再度首を横に振られ、それ以上動く事が出来ない私は頷き部屋の外へと出た。
私が扉を閉めた瞬間エムとエマは騎士を振り払い、私は「二人は部屋の前で待機を、叫び声が聞こえたら構わず入りなさい!」と言いながらある場所へと走り出した。
門の外には騎士がいた。だとしたら許可も無く王を通したというのか!
激しい怒りを感じ怒鳴りつけたい衝動を抑えすれ違い声をかける者を無視し一歩でも早くと足を動かした。
目的地にたどり着き呼吸を整え足を踏み入れようとしたときだった。
「アネリ様?」
どうやって呼び出そうかと思っていたが、目的の人物が現れその者の腕を掴み助けを求めた。
「セリーヌ様が!一緒に来てくださいテディ!」
すみませんセリーヌ様。
ですが、貴方には必要なのです。貴方だけを主とすることが出来る護衛騎士が。




