護衛騎士
ガツッ……。
執務室の扉を開けたら変な音がした……。何の音だと見渡してみるが王の護衛と私を待っていたアネリ。護衛は無表情で立っているしアネリは、口元を押さえ私では無く別の方向を見ている。
丁度開けた扉の裏だろうか。
何をそんなに凝視しているのかと扉を閉めて理解した。
足元に蹲り顔を押さえ小刻みに震えている人間がいたから……。
「た、たいしたことはありません!丈夫なことが取り柄ですから、此方こそ失礼しましたっ」
そう言って何度も頭を下げる少年の鼻は真っ赤で、たいしたことある気がするのだけど。
どうしょう……折れてるんじゃ。
「医師に診てもらいなさい。真っ赤よ」
「あのっ、訓練で、怪我には慣れています。すみませんでした」
訓練?と疑問に思いよく見てみると確かに隊服を着て腰に剣を下げている。
クライヴ率いる近衛は白の隊服、第一騎士団は濃緑、第二騎士団は赤銅、紺の隊服を着ている少年は第三騎士団だろう。
帰還式の時に広間にいた煌びやかなのとは違って普通の顔立ちだ。
アーチボルトを筆頭に美形のキワモノ達と面していたからか物凄く和む。
私が動かずジッと見ていたからか姿勢を正し胸に拳を当て意を決したような面持ちで固く結ばれていた口を開いた。
「第三騎士団所属、テディです。フラン担当です」
真剣な顔をしているところ悪いが、最後の可笑しいでしょ……。
「フラン、担当?」
「はい、あ、フランというのは同じく第三騎士団所属の騎士です。クライヴ様からフランに何かあれば知らせるようにと命じられているので、フラン担当と……」
何をやらかしているのだクライヴは。
どうやってゲームで毎回フランの危機に駆けつけているのかと思えば、同じ部隊の騎士に見張らせてるなんて。しかも、喜んでやっているようには見えない。
「何故、テディが?志願したわけではなさそうだけれど」
「同じ、平民出身だからだと思います」
「だからといってテディである必要は無いわね……」
「僕、ではなく私は、今年の騎士入隊試験に受かったばかりなので……」
語尾が小さくなるに連れ困ったように笑うテディは実際困っているのだろう。
クライヴに知らせるということはフランに何かしている者達からテディが睨まれている可能性が高い。
騎士には貴族の子息が多いのに平民のテディでは我慢をすることしか出来ないだろう。
フランが近衛に移動した後、今度はその矛先がテディに向かうかもしれない。
断れとは言えない、新人が近衛隊長の命令を断れるわけがないから。
訓練中だろうが、休みの日だろうが、こんな事をしていたらテディは訓練どころじゃないだろうに。
かといって、私が口を挟めることでもない。
「どうぞ、何か用があるのでしょ」
クライヴがいる王の執務室に態々来たのだからフランに何かあったのだろう。用件を早く済ませてあげないと。
視線を下げそわそわしている少年に場所を譲りアネリを連れてその場を離れた。
※※※※※※※
「セリーヌ様、お話し合いはいかがでしたか?何かされたりしませんでしたか?」
「大丈夫よ」
話し合い、にはあまりなってはいなかった。何かされたというよりも、私が何かした。殴ったり踏んだりとか。
「今日はもう遅いから、後日私付き侍女を集めておいて。アネリが信用出来る者のみで構わないから」
「かしこまりました。セリーヌ様、お早目にお部屋へお戻りください」
周囲を警戒しながら言うアネリに頷き少し歩くスピードを上げた。
本来なら護衛が言うセリフなのだが私には護衛がついていない。これも部屋と一緒でアーチボルトの仕事なのだが、忘れているのか、部屋からあまり出ないから必要無いと思っているのか、襲われても構わないのか。
アレのことだ、全てな気がする。
まだアーチボルトと食事をしていた時にセリーヌは一度だけ護衛について尋ねたが返ってきた答えは「必要無いから連れて来なかったのだろ」だ。
前王の言葉を信じ、自身の護衛や侍女が既婚者ということもあったが自国の者を側に置くより嫁いだ先の国の者達と良い関係を築こうとしたのが裏目に出た。
いくら部屋からあまり出ないからといっても国のナンバー2でしょ王妃様は。
「明日ジレスと話しをするからそのときにでも護衛のことを相談してみるわ」
「でしたら、セリーヌ様がお選びになるかラバンから来ていただくかした方がよろしいかと思います」
信用出来ないからね!とアネリの心の声が聞こえた気がしたが、選べと言われてもあのキラキラ達から……嫌すぎる。
「私の護衛騎士を呼び寄せても良いのだけどそれは最後の手段ね。出来れば今の状態でラバンの者を側に置くことはしたく無いわ」
絶対に兄に筒抜けになる。
強制帰還に国崩壊、一生軟禁生活が待っているのだから。
足早に進んでいると、後ろからバタバタと廊下を走る足音が聞こえ「王妃様!?」と執務室の前で別れたテディの声がした。
足を止め振り返ると肩で息をしたテディがいつの間にか直ぐ側にいて、私の周りをキョロキョロと見渡し「え、ええっ!?」と言いながら何かに驚いている。
いや、びっくりしたのはこっちだから。
どうしたのかと様子を伺っているとまたもや煩い足音が……廊下は走ってはいけませんと誰か教えてあげてほしい。
「テディ!何をしている、先に行けと言っただろう」
「クライヴ様」
数分遅れて走って来たクライヴに怒鳴られ可哀想にテディはビクッと肩を上げ半泣き状態だ。
「っと、セリーヌ様?テディ何をしている」
「あの、護衛が、王妃様に護衛がいなかったので」
「護衛……?」
テディが驚いていたのは護衛がいなかったからか。王妃が侍女を一人だけ連れて歩くなんてあり得ないものね。
「護衛をお連れになっていないのですか?」
クライヴから咎めるような視線を投げられたが私のせいでは無いのだからしょうがないでしょ。
アーチボルトにやれ。
「直ぐに部屋へお戻りください。私は火急のため失礼します、行くぞテディ」
火急って、多分フランよね。
ここで王妃よりフランを重視するあたりクライヴの程度が知れる。
やっぱり護衛騎士はラバンから呼ぶかなぁ。
「あの、フランのとこへ僕が向かっても何も出来ないので、王妃様がよろしければ、お部屋まで護衛を、します」
ヴィアンの騎士は駄目だと思っていたところでのテディの発言にちょっと感動した。
「セリーヌ様の護衛はテディが出来るようなものじゃない。それに今自身で言っていただろ、何も出来ないと」
優しい脳筋隊長さんは柔らかい口調でテディをたしなめているが何も出来なくは無いと思う。
アネリや私よりテディの方が強そうだし、女二人より危険度はぐっと下がる。
脳筋の頭の中ではテディより私やアネリの方が強いのだろうか?
「いざとなったら盾にでも何でもなります。駄目だと言うのならクライヴ様が王妃様をお部屋まで送って差し上げてください、フランなら僕と二人でなんとかしますから」
隣にいるアネリから「まぁ……」と感心するような声が聞こえ私も頷く。
コレ、立場が逆じゃない?
「分かった、セリーヌ様の護衛をしたあと直ぐに向かうからフランを頼む」
「クライヴは必要ありませんわ」
別の者に気を取られている護衛なんて使い物にならないでしょ。仕方無く護衛されるなんてこちらからお断りだわ。
だったら……。
「テディ、部屋へ戻ります。護衛につきなさい」
「はい!」と敬礼したテディに微笑みかけ何か言いたそうにしていたクライヴを手で追い払った。




