プレゼント
最早定例となりつつあるジレスとの会議を終えたあと一度後宮へ戻り、側室達から昼食を一緒にと誘われているので食事はせず、紅茶で喉を潤しながら自室で待機している。
「お誕生日会ねぇ……」
前世では一般的だったお祝い事ではあるけれど、この世界では王族が生まれたときにだけ数日間祝祭が開かれるだけ。毎年生まれた日を祝うお誕生日会という習慣はなく、私は見聞きしたことがない。それなのにこの後宮で側室達が主導してお誕生日会が行われることになった発端は、私のお誕生日のお祝いをするのはどうか?というミラベル嬢の一言からだった。
『家族、恋人、または親しい友人と共に食事をしながらお祝いをするらしいの』
『それはデビュタントとはまた違うのよね?あ、ティアはよく本を読んでいるからそういったことに詳しいわよね?』
『知らないわ』
『その無駄に詰めた知識はいつ使うのよ』
『それと、お祝いには大きなケーキとプレゼントが必需だと聞いたわ』
『ミラベルはテディベアにするのよね。ティアは?』
『最近手に入れたとても素晴らしい本が』
『訊くだけ無駄だったわ』
私の目の前で楽しそうに計画を立てていた三人。
彼女達は王族の側室に選出されるような家柄なので、自身でお茶会、晩餐会、サロン等を主催した経験があるのだろう。すぐさま控えていた私の侍女達を呼び、日程の調整、人員割り振り、備品から食事内容、給仕等、他にも色々と彼女達が無駄なく短時間で纏めていた。私はそれを眺めながら、この国の高位貴族の令嬢は素晴らしいわと心の中で賞賛しつつ、何故王族や高位貴族の男共は軒並みアレなのだろうかと呆れていたのを覚えている。
「セリーヌ様。そろそろお時間ですが……」
「エムかエマは?」
「戻って来ておりません」
「それならまだ準備が終わっていないのでしょうね」
いつもとは違って少しだけ苦味のある紅茶を飲み干し、無理もないと苦笑する。
私の日課であるティーサロンでの読書の時間を狙ってジレスが突撃してきたことにより、お誕生日会の開催場所であるティーサロン内の準備が遅れてしまったのだから。
開催場所は後宮内にある客室でもよかったのに、それでは特別感がないと言われあのティーサロンでとなった。
私は場所を提供しただけで、あとのことは全てミラベル、モーナ、ティアの三人が主導で動いている。彼女達とは協力関係ではあるが、全面的に信頼しているかといえばそれは別の話で。王妃である私が過ごす場所の警備、口を付ける物、それらまで丸投げにするわけにはいかず、ティーサロン内にはアデルとテディ、後宮内にあるキッチンにはアネリを派遣してある。そしてその二つを行き来し、準備が整い次第私を呼びに来るのがエムとエマ。
「側室達に睨まれながら逃げて行くジレスは、少し面白かったわ」
ふふっと笑いを零し、空になったカップを見つめていれば、すかさず温かい紅茶が注がれた。
「ウィルスは、紅茶も入れられるのね」
「美味しくはないかもしれませんが」
「自分で入れるより美味しいわよ?」
「そうですか」
「何処で習ったの?」
乾燥した茶葉を丸いティーポットに入れているウィルスを眺めながら尋ねると、ゆるりと口角を上げたウィルスが「本から」と答えた。
「本?」
「はい。まだこの王城内で暮らしていたときに、毎日蔵書室に入り浸り、必要だと思ったものは全て本から学びました」
「剣術や政治関連ならまだしも、紅茶の入れ方を?」
「他にも、衣服や装飾品の選定から保管、家事、化粧や髪を整えることもできます」
「……」
「一番自信があるものは剣ですが」
「寧ろ、どうしてそれらを学ぼうと思ったのよ……」
今ウィルスがあげたものは侍女が見に付けるものであって、騎士である彼が態々学ぶようなものではないのだから。
「どうして、と?」
囁くように呟かれた声に耳を澄ます。
ウィルスの中低音の心地の良い声には色気のようなものがあり、側室付きの侍女達からは中々好評なようで、アデルが揶揄っているのをよく目にするようになった。
それなのに本人は、側室や側室付きの侍女達とは極力顔を合わせず避け続けている。
あからさまなそれに周囲が気付かない筈もなく、私が代表して訊ねた結果、背が高く体格のよい威圧感のある男性が、仮面で顔を隠していたら怖がられるので……と言うのだ。
確かに気の弱い深窓の貴族令嬢なら驚くかもしれないが、今のところそんな令嬢など見たことも聞いたこともない。
とくにこの後宮内には私を筆頭に、図太く、気が強く、たくましい女性しかいないのよ。
騎士が大好きだと公言しているモーナは、ウィルスを見て舌なめずりをしていたくらいだし。
ティーポットにお湯を入れ、ゆっくりと伏せていた目をあげたウィルスと視線が合った。
仮面を付けていても彼の端正な顔は隠せず、目を細めながら優しく笑うのを見るとつられて笑ってしまう。
「私が生涯お仕えする主には何一つ不自由がないよう、ただ幸せに笑っていられるようにと」
それはつまり……誰の為に?
そう訊ねる前に室内の扉が叩かれ、ティーサロンの準備が整ったと知らされた。
「ふふん、んっ、ふふっ……っ」
無意識にバースデーソングを口遊んでしまったのは、前世ぶりのお誕生日会に浮かれてしまっているせいだろう。そのことに隣を歩くウィルスも気付いたらしく、彼の方からふっと笑う声が聞こえ、私は抗議の意味を込め睨みつけた。
「すみません。お可愛らしくて、つい」
「可愛らしいという年齢ではないと思うのだけれど」
「セリーヌ様は、いくつになられてもお可愛らしいと思いますが?」
「貴方の場合、本気で言っているからタチが悪いのよね」
無自覚に女性を喜ばす人だと溜息を吐けば、ウィルスは何か駄目だったのだろうかとコテンと首を傾げる。大人の男性から急に子犬のようになるのだからずるい人だわ。
「お誕生日のお祝いなんて、いくつになっても嬉しいものなのよ」
それを教えてくれたのは、前世の姉だった。
大きなケーキもプレゼントも、もう子供ではないのだからと強がる私に呆れることなく、毎年過剰なほど準備してくれた。
たった数年だったけれど、とても心に深く残った思い出。
だからこそこうして浮かれてしまう。
「……では、これを」
青いリボンがかけられた小さな白い箱を差し出され、足を止めウィルスを見上げた。
「プレゼントは必需だと聞いたので」
「私に……?」
コクリと頷いたウィルスから箱を受け取り、リボンを解いて箱を開け、あっと小さく声を上げた。
「ブローチ?」
箱の中には花をモチーフにしたシルバーのブローチが。
中心に宝石がはめ込まれたいくつもの小さな花を蔓のようなものが覆い、その蔓にも同じ宝石があしらわれている。とても素敵なデザインで、どこのお店の物だろうかとブローチを指で撫でていたら、無自覚な男ウィルスがとんでもないことを口にした。
「手作りなので、あまり見栄えはよくありませんが」
「っ、手作り!?」
「はい。お気に召さないようでしたら、ブラックダイヤモンドは取り外せば他に加工することができますので」
「とても綺麗なのに、そんなことをするわけがないでしょう」
「気に入っていただけたでしょうか……?」
「勿論よ。とても大切にするわ」
ブローチを箱からそっと取り出し胸元に付けて見せると、ウィルスが破顔した。
プレゼントを貰った私以上に喜ぶ彼に胸が熱くなり、あとで彼の誕生日をアネリから訊き出そうと決意する。
「さて、どんなお誕生日会になるのかしら」
目の前に見えてきたティーサロンに向かって足早に進みながら、やはり浮かれているわねと小さく笑みを零した。




