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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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お返事



――タッ、タタッ、タッ。


些細な物音で目を覚まし、重い瞼を開け音が鳴るほうへと顔を向けた。

音の正体は雨で、窓に雨粒があたり鳴っていた音。

今朝は雨が降っているのかと思うと、どうにも身体が重くベッドから出たくなくなる。

まだ寝ぼけている頭で今日の予定を確認し、何もないと分かればこれ幸いとベッドの中で微睡む。偶にはこんな日があっても良いのでは?と自分を甘やかしていたら、その数十分後にアーチボルトから呼び出しを受けた……。


早朝というほどの時間ではないが、それなりに早い時間だったので首を傾げつつ、また何か問題を起こしたのではないかとうんざりしながら執務室に向かうと。


「すまない」


開口一番に謝罪された。

扉の直ぐ近くに立ち、蒼白な顔をしたアーチボルトが震える手で一通の手紙を私に差し出す。何事かと驚きながらも受け取ると、ふらっとよろけながら歩くアーチボルトがソファーへ倒れ込む。


「……」


突然の謝罪とこの手紙。それに加え、この時間に此処に居るジレス。

面倒なこと確定だと肩を落としながら私もソファーに座り、手紙を開いたあとこめかみを押さえた。


「会談が、決まってしまったのですね……」


書状を持たせた使者を帝国に送り返したという話をしてから、まだそう日が経っていないというのに仕事が早過ぎるのでは?

あの条件を突き付けるほうもどうかと思うが、それを受け入れた帝国もどうかしている。


「会談場所はこの王城で、当日の護衛騎士は……たったの二名?」

「護衛騎士として皇帝と王城へ入るのは、皇帝直属第一騎士団団長と副団長の二名ですが、王都内に第一騎士団の他の者達を、ヴィアンと帝国の国境に他の騎士団を待機させるとのことです」

「よくそれで帝国の宰相が許可を出したわね……」

「破り捨てられるものだとばかり……まさか、会談が実現するとは思いませんでした」

「普通は実現しないわ」


頷き同意を示すアーチボルトをひと睨みし、手紙とは別に会談の詳細について書かれている書類を持つジレスに補足させていく。


「会談の日程は、祝祭の三日前で変更はないのね?」

「はい。当日は混乱を防ぐ為に王都の門が開かれる早朝に入られるそうです」

「会談の時間は?午前でも午後でも、その日は王城に泊ることになると思うのだけれど」

「午前中から行い昼食を挟み、会談の内容にもよりますが……早くても夕方近くにはなるかと」

「その日は王城の門を閉め会談に関係のない貴族の出入りを禁止しなさい」


あの三人は普段から自由に動いているのだとしても、今回は帝国とヴィアンの会談という名目で皇帝とその護衛騎士として正面から訪れる。彼等に傷のひとつも付けるわけにはいかず、危なそうなことは初めから排除しておかなくてはいけない。

静かに項垂れるアーチボルトに今更何か言ったところでもう遅く、さっさと気持ちを切り替え準備に入らなくては間に合わなくなる。


「要人用の客室は?」

「二部屋用意させます」

「一部屋にしなさい。皇帝と護衛を離さないように」

「そのように手配しておきます」

「当日クライヴはアーチボルト様の護衛にまわるから、監視兼護衛として副団長を皇帝につけ、他はクライヴと相談して選出してちょうだい」

「侍従はいかがいたしましょうか?」

「アーチボルト様の侍従から一名以上は必ずつけるように。王族を担当したことのない者を付けるわけにはいかないわ」


会談の三日後にこの国では初となる王妃の生誕祭が行われる。そちらの準備はアネリが主導となって既に準備が始まっていた筈。それだけでも忙しいというのに、更に帝国との会談となるのだから、できる限り今この場で色々と決めておかなくてはいけない。


「会談が行われるということを民へ周知する予定です。その際の諸注意や暴動などの対策として第三騎士団を動かします」

「周知すると同時に門の警備も厳しくするように。騎士を門に数人配置することは可能かしら?」

「でしたら、第二騎士団の半数を門へ回しましょうか?」

「王城が手薄になると困るから数人でいいわ。夜会や後宮でのことを考慮して警護を配置してちょうだい。あのような失敗は許されないわ」

「客室のほうには第一騎士団を配置する予定です」


後宮が襲撃されてからは、守備範囲を広げ警護にあたる人数を増やすといった体制の強化はしているが、だからといって脅威がなくなったわけではない。

準備もそうだが、会談のことを耳にしたベディング伯爵の動向も注視しておく必要がある。


「アーチボルト様」

「あっ、何だ?」

「過ぎたことは仕方がありません。あの帝国が武力行使ではなく会談を望んでいるのですから、迎え撃つ為にジレスと綿密な計画を立ててください」

「迎え撃つ、のか?」

「はい。粉々に粉砕してやるというお気持ちでいてください」

「粉砕……」

「冷静に、この機会を逃さないよう、ジレスとよく話し合い、勝手な発言や行動はお控えくださいね」

「わ、分かった」


子供に言い聞かせるかのように念を押すが、決してアーチボルトを馬鹿にしているわけではなく、彼はある意味子供なのでこれくらいが丁度良い。


「ジレスは都度報告をしてちょうだい」


あとは追々決めていこうと話し、突然開かれた会議を終了した。





「……雨」


早々に執務室を出て後宮へ戻る通路を歩いている途中、まだ振り続けている雨が目に入った。

雨が降ると身体が重くなり、頭痛が起こる。これは精神的なものだと分かってはいても、どうにもできないのだから困ったものだ。

足を止めボーッと雨を眺めていたからか「セリーヌ様?」とウィルスに顔を覗き込まれ、大丈夫だという意味を込めて首を横に緩く振る。


「雨の日になると身体がお辛そうですが」

「どうして……」


知っているのかと訊くのは野暮だろう。ウィルスは私の護衛騎士なのだから。


「体調が悪いのとは違うのよ。ただ、雨を見ると憂鬱な気分になるというか」

「雨ですか?」

「雨の音も匂いも。おかしいでしょう?」

「分かる気がします。私にもそのようなときがありますから」

「ウィルスにも?」

「はい。私は、雲ひとつない晴れた日が苦手です。風もなく、空気は乾燥し、雨が降ってほしいと願っても叶わない。そんな日は、とても嫌なことを思い出しますので」

「私とは逆ね」

「そうですね」


仮面があってウィルスの表情は読めないが、彼が嫌な思い出だと口にするとしたらひとつしかない。雨が降ってほしいと願ったのは、燃え盛る屋敷に取り残された祖父を想ってのこと。


「こればかりは、どうにもできないものよね」

「そうでしょうか?」


てっきり同意されると思っていたのにと驚き見上げれば、ふっと笑うウィルスに肩を支えられ歩みを再開する。彼が壁側ではなく外が見えるほうへ並んで立つのは、私の視界に雨が入らないようにする為なのだろうか。


「私がセリーヌ様に初めてお会いした日も、よく晴れた日でした。あの日に貴方と出会えたから、今の私がいます。そう思えば報われた気がするのですから、案外単純なものですよ」

「……」

「そう言えばアネリが何か面白い話をしていました。部屋へ戻られたら尋ねてみると良いかと」

「そうね、ウィルスが面白いと言うくらいだから期待してみるわ。もし面白くなかったら罰を与えるわよ?」

「罰ですか?」

「例えば、長期休暇とか……ウィルス!?」


罰を与えるというのは冗談だと分かるように休暇と口にすれば、何故かウィルスは瞳を潤ませ今にも泣きそうな声で「休暇は必要ありません」と言う。

私室へ戻っても大きな身体を縮こませシュンとしたままのウィルスに皆が驚き、アデルからは「何をしたのですか?」という言葉と共に非難の目を向けられてしまった……。



※※※



「着ぐるみ?」

「大きな人形の中に人が入って動いているものをそう呼ぶらしいのですが、最近流行しているテディベアを模したものだとか」

「アネリは見たことがあるの?」

「私やエムとエマはまだ目にしたことがありません。ですが、王城に居る侍女達が休日に王都で見たらしく、その噂が広まっています」

「またテディベアなのね……」


王都の中央には今サーカスのテントが建てられ、まだ祭日ではないというのに既に盛り上がっているらしい。そのサーカスは、様々な国へ赴き高度な曲芸を披露する有名な一団をアーチボルトが呼び寄せたらしく、この国に滞在していることは知っていた。


けれど、着ぐるみというのは今初めて耳にしたもの。


「着ぐるみが歩いていると楽しいものなのかしら?」

「とても可愛らしいものだと聞きましたが、どうなのでしょうか?」


前世で貰った大きなテディベア思い浮かべ、確かにあれくらいなら可愛いと頷く。


「どこまでテディベアを流行させる気なのかしら」


もう正体を隠す気もないのだろうかと呆れながら、晴れた窓の外を見つめ苦笑した。








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― 新着の感想 ―
[一言] いつも投稿を楽しみにしています。 次回は私の好きなセオフィラス皇帝が登場するのかなあ。楽しみです。でも、セリーヌ王妃とは結ばれないんでしょうね。ぐすん(泣) 早く続きを読みたいです。 『悪役…
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