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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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一月前 報告会


美しい令嬢達を側室として迎え入れてから一月が経つ。

あのアーチボルトと取引をした日から色々あったが、それらの苦労が報われると喜んでいたのも束の間。


「そう、まだ逃げ回っているのね……」


側室をティーサロンに招き、お茶会という名の報告会をすること既に数回。

近頃王都に入ってきて流行しているという磁器製のティーカップやプレートに描かれた繊細な絵柄や、味もさることながら見た目も華やかなお菓子を堪能する間もなく、側室達からの報告に私は片手で目元を覆い項垂れていた。


「もう一月よ……子供でもないのに、本当に、困った人だわ」


言葉と共に心の中にあるドス黒い感情も口から出たのか、自分でもマズイと思うほど低く冷たい声にハッとし、顔を上げた。

ある意味協力者であるモーナ、ミラベル、ティアに向かって、貴方達に文句があるわけではないのだと緩く顔を左右に振り微笑むと、微笑み返してきたモーナが口を開いた。


「初日からあれでしたから、ご自身の足で後宮へ通われることは期待できませんわね」


肩を竦め「あれでは、ね……?」と遠い目をするモーナに同意するかのように、彼女の隣に座っているミラベルが頷く。

側室が後宮へ入ったのだから、国王であるアーチボルトは側室達の部屋を順に訪れ、挨拶するなり労いの言葉を掛けるなりして、いずれ正妃となるフランの為に心証をよくしなくてはならない。

それなのに、後宮へ向かう途中から何かと理由をつけて駄々を捏ね始めたアーチボルト。ジレスと騎士に見張られながらも後宮へ入ったが直ぐに足を止め、挙句その場から脱走し、激怒したジレスの指示によって一時的に意識を落とされたままティアの部屋へ放り込まれたらしい。翌日の朝にアネリから報告を受けた私は唸り声を上げ突っ伏したほどだ。

しかも、それは初日だけではなくモーナやミラベルとも色々あったと聞き、その傍若無人は今もなお行われているのだから始末に負えない。


「体裁すらお気になさらないとは思いませんでしたわ」

「口さえ開かなければ良い男なのに、残念ね」


愛するフランの為とはいえ、正妃どころか側室まで受け入れたアーチボルトの心中は複雑なことだろう。でもそれがフランを正妃にする未来を得る為だと思えば耐えられる筈だと、側室のお披露目式を行う前に散々言って聞かせたというのに、アレは何も聞いていなかったということだ。

まだ一月だというのに側室達からの心証は頗る悪く、名前を口にするだけで眉を顰められてしまう。流石にこれではマズイのでは?と後宮内で騒ぐアーチボルトの元へ向かおうとした私は、「甘やかしてはいけません」と皆に止められ、そのまま今迄ずっと静観している状態でいる。

なので、こうして週に一度彼女達をティーサロンへ招待して報告を受ける度に、心の中で謝罪しながら口では頑張ってとしか言えないのだ。


「嫌々部屋に入って来るアーチボルト様に笑顔で対応しているのに、口から出る言葉は「私に絶対に触れるな」よ?」


昨夜モーナの元を訪れたアーチボルトは、珍しくすんなり部屋へ入ったかと思えば部屋の隅へと移動し、そう口にしたと言う。失礼な物言いを思い出し怒りが再熱したのか、頬を膨らませたモーナが「嫌な人だわ」と吐き捨てた。

それでも側室として主人である国王を迎えなければならず、仕方なく優しく話し掛けはしたが、言葉や態度で威嚇してくるアーチボルトに呆れ、最終的には放置したのだと。


「ずっと爪を出したまま唸る子猫なんて可愛くはないわ」


あの男を子猫に例えたモーナにミラベルが「子猫……」と呟き、確かに自分を虎だと思っている子猫だわ……と私も失笑する。


「部屋に来るたびにああでは、お手上げですわ」

「モーナがそれなら、私はもっと無理よ……」


ティーカップを傾け、ふうっ……と溜め息を吐いたミラベルが顔を左右に振った。

側室の部屋を国王が順に訪れると説明を受けていたミラベルは、ティア、モーナの次は自分だと静かに部屋で待っているのだが、夜が更けても一向に部屋の扉が開くことはなく、扉の外からは何やら人が走り回る音や怒声などが頻りに聞こえてくるのだと言う。様子を見に行くわけにもいかず、取り敢えずジッと待っているのだが……。


「いつの間にか寝ているのよね」


退屈で寝てしまうらしい。

それは即ち、結局アーチボルトが部屋を訪れていないということで、彼女はまだ一度もアーチボルトと対面していないらしい。


「ミラベルは寝られるのだからずるいわ。私なんて、あの嫌そうなお顔で毎回一度は嫌味を言われるのよ?」

「律儀に話し掛けるからではなくて?」

「挨拶くらいはしなくてはいけないでしょう?それからは放置しているわよ」

「挨拶の合間に嫌味を入れてくるなんて、ある意味凄いのね」

「そうよね」


お菓子と紅茶を口にしながら楽しそうに会話をするモーナとミラベル。二人の話を静かに聞いている……というよりは、私がこのティーサロンに置いている本を物色し、二、三冊抱えずっと熟読しているティアへと目を向けた。彼女も側室ではあるが、モーナやミラベルとは少し立ち位置が違う。

ティアは派閥等を考慮し現国王派として本人も望んで後宮へと入ったが、アレとどうにかなることを求められてはおらず、後宮にただ居ればよいというお仕事だ。

家の為に嫁ぎ女主人としての役割を求められる生活などまっぴらだと、社交界に顔すら出さなかったティアは、好きなだけ本を読んで好きな実験ができ、側室としてのお給金すら貰えると聞き飛び付き、両親を説得して今に至っている。


「んふふ……」


最後のページを捲り、満足したのか小さく笑い声を漏らしたティアが本を閉じながら「兄が無能でごめんなさい」と口にする。

自身を見つめ直し、周囲の者達を上手く動かしながら仕事をしているジレスは、以前と比べると格段に宰相らしくなってきているのだけれど、ティアが言うにはまだまだ甘いらしい。


「長く側に居るのに、どうして手のひらで転がせないのかしら。ああいった人は意外と簡単に操れるのよ?」


初日に部屋へアーチボルトを放り込まれたティアは直ぐに彼を叩き起こし、苦言から忠告へ、脅しながら諭し、復唱させ、夜通し色々と足りていないアーチボルトの頭にこれでもかと叩き込んだと言う。

だからか、ティアの部屋を訪れたアーチボルトはどこか怯えを見せ、彼女が指を差した先にあるソファーに大人しく移動したあと丸まって眠っているらしい。


「ティアは害がないと思われているからよ。もう、睡眠不足でお肌が荒れているのに」

「モーナも私のように無視して寝てしまえば良いのよ」

「椅子から動かず、一睡もすることなく、無言で部屋の隅に居られたら、いくら私だって眠れないわ。しかも、何もしていないのに朝方逃げるように部屋を出て行くのだから」

「モーナの目が怖いのかしら?」

「目って、そんな目でアーチボルト様を見てはいないわ。あんな中途半端に鍛えた身体に興味はないもの」

「見たことがあるの?」

「こちらから動くべきかしらって、……手を振り払われたから止めたけれど」

「そろそろ観念してくださらないかしらね。嫌がりかたが幼稚で、あまり愉快ではないわ」


散々な言われようのアーチボルトだが、新しいお茶を入れているアネリや、護衛として控えて居るアデルから同情の色など見えず、寧ろ先程から笑みを浮かべ同意するかのように小さく頷かれている。


「本気であの愛妾を隣に立たせる気があるのなら、意識を落とすだけではなく、媚薬のひとつくらいは盛らないと」

「……っふ」


新しい本を手に取り真顔で媚薬などという言葉を口にしたティアに、私は口に含んだばかりの紅茶を吹き出しそうになった。

え、今、何て……?

口元を指で拭いティアを窺えば、キリッとした顔で「お香のほうがばれないわよ」と、賛同しているモーナとミラベルと何やら計画を立て始めている。

国王が口にする料理や飲み物に媚薬などという怪しげなものを混ぜるわけにはいかないが、お香くらいなら構わないかもしれないと一瞬思った私も、相当切羽詰まっているのだろうか。


「でも、そうよね……」


アーチボルトの悪口で盛り上がる三人を眺めながら、椅子の背凭れに身体を預ける。

彼女達にだって思惑や目的はあるにしろ、家の為に様々な努力をし、自身を磨き、本当に望んでいたものすら諦め、こうして側室として後宮へ入ってきている。

セリーヌのときもそうだったが、花のように美しい年齢を無駄にさせている自覚などあの男にはないのだから。


「いい加減、どうにかしなくてはいけないわね」


どういって聞かせるか、または、脅すか……などと考えていたのだが。


「あのフランって子、側室が三人も入ったというのに随分と余裕そうよね」

「アーチボルト様から色々聞いているのではないかしら」

「それも有り得るけれど……彼のあの顔、絶対に恋をしている顔じゃないわよ」


アーチボルトって何だっけ?くらいの勢いで三人の話題が変わっていた。

切り替えが早く、この状況すら楽しんでいるこの子達に労わりや慰めなど必要なく、こうして素敵な場所で美味しい物を食べればそれで良いらしい。

本当に、逞しくて何よりだわ。


「フランのことかしら?」

「はい。昨日、このティーサロン付近で見かけましたの」

「此処で?」

「モーナも?私も先日ティーサロンに来る前に見かけたわ。確か、ティアも庭園で会ったのよね?」

「えぇ。勝手に入ってきてはいけないと注意をしたのですが……おかしいわね」


このティーサロンがある一画は王妃である私が管理しているので、私の侍女や護衛、または招待した者しか普通であれば入って来ない。ティーサロンの周囲と中に護衛騎士を配置はしているが、庭園の入り口に騎士は置いていないので勝手に入れはするが、見つかれば処罰を受けるかもしれないので余程のことがない限り近付かないのだけれど……。


「アネリ。ウィルスに伝えて、警備の見直しを」


スッと隣に立ったアネリに囁けば、頷いた彼女がアデルの元へ向かい耳打ちする。今このサロン内にはアネリとアデルしかいないので、あとでアデルからウィルスへと伝わるだろう。


「そういえば、また帝国から使者が訪れているのでしょう?」

「どのような用件かは分からないけれど、こうも頻繁に訪れる何かがあるのよね?」

「何かって、そんなのひとつしかないわよ」


ジッと三人からの視線を感じ、私は知りませんよ?といった風に微笑む。

アーチボルトも帝国の使者がどうのと言っていたが、私には関係ないもの。


「帝国の皇帝が会談を求めているとか、それも、直接皇帝が足を運ぼうとしていると、父がぼやいていましたわ」

「……ラインズ伯爵は、外務を担当していたわね」

「はい。ですから、皇帝が戴冠式にセリーヌ様を招待したことや、帝国ではとても大切に扱われていたことなど、皇帝がセリーヌ様をとても気に掛けている情報が既に入ってきていますからね」

「モーナのお父様でなくても、帝国でも噂になっていたくらいですから、ある程度は皆知っているかと」

「噂……?」

「皇帝と長年争い続けた国の王妃のラブロマンスです。本になるのではないかというくらい凄い騒ぎだったそうです。噂を聞きつけた同盟国から使者が沢山訪れたとか」

「そんな噂、知らなかったわ……。ミラベルは、どうしてそれを?」

「私の家は他国での事業も行っていますから、情報という分野だけでしたら、モーナやティアの家よりも格段に上です」


だからこそこうして側室として此処にいるのだと、そう控えめに微笑んだミラベルはとても美しく、元婚約者であるジレスの嫌がる顔が何よりのご馳走だと日頃から言っているのが嘘のようだ……。


「それで、真相はどうなのですか?」

「皇帝がセリーヌ様に恋をしているという噂は事実なのですか?」

「セリーヌ様がまだ王女であったときからお慕いしていたのですよね?」


キラキラと瞳を輝かせて質問してくる彼女達は何かを期待しているようだが、事実もなにも、皇帝であるセオフィラスと私の間には今も昔も何もない。


「全て、嘘よ」




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