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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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ティーサロン


日々各部署から膨大な書類が運び入れられる宰相執務室。

紙を捲る音とカップがソーサーに振れる微かな音だけが聞こえる執務室には、十分な睡眠がとれず顔色悪く今にも倒れそうだった男はもう居ない。自身の補佐や各部署の人事を再編したことで休憩時間を確保できるようになったジレスは、肌艶も良く女神に例えられていた容姿を取り戻していた。


――トン、トン……トトン……。


考えを巡らせているときの癖なのか、机を指先で叩くジレスは今朝方上がってきた貿易関連の報告書に目を通しながら「多いな」と呟く。

他国を回り品物を売買する商人との取引とは別に、国同士が直接遣り取りをしているのが貿易だ。使者を送り互いに納得のいく条件で自国では賄えない品物を取引するのだが、それは小国や大国関係なく、この国も周辺諸国や別大陸にある国とも貿易を行っている。


手元にある報告書には取引国の名と品物名だけでなく、港に入って来た船やその乗員の数まで詳細に記されていて、一月前の報告書を横に並べ確認していたジレスは明らかにオルソンからの船が増えていることに疑問を持ったのだ。

海を統べる国と称されるだけありどの国よりも高度な船の技術を持つオルソン国は、海が荒れる冬を目前に漁を終える国とは違い季節を問わず海へ船を出せると言う。港や船はあるが技術が拙い国、四方は山か陸地しかない国など、これらの国との貿易や船の技術提供などによってオルソン国は発展し続けている。


「不自然……では、ない」


主な取引は生物多く月に何度も船が港に入ることは当然で、時期的にもそろそろオルソン国に頼る季節でもあるのだが……。


「微々たる差ではあるが」


二月前の後宮襲撃に関わりのあった国だからこそ警戒してしまう。


……トン!


ふっと息を吐き出したあと指先で机を強く叩き、執務室の隅に机を置く補佐を手で呼び寄せた。

唯の杞憂であればそれで良い。

ジレスにはラバン国との調印式のときのような失態は許されないのだから。


「コレを監査の者達に」


確認事項を記した書類を作り宰相印を押し、丸めてケースに入れる前に補佐に手渡す。


「何か不審な点でも?」

「確証はありません。ただ、少し気になっただけです」

「では、監査の者と共に私も現場へ向かいます」

「その方が良いでしょうね」


疲れた首を回し執務机の端に揃えて置いてある書類を眺めていれば、補佐から「もう向かわれますか?」と声が掛かった。

午後からは明日後宮入りする側室についてセリーヌと討議をすることになっているのだが、約束の時間にはまだ大分早い。


「昼食を終えた頃でしょうか……」

「明日に迫っている内容なので、先触れを出し早めに向かっても問題はないかと」

「では、先触れを」


パッと表情を明るくさせどこかソワソワしているジレスの姿に補佐は微笑み、隣室に居る部下に指示を出した。



※※※※



後宮内にある庭園の中央には、真っ白な可愛らしい外観のティーサロンが建てられている。

そのサロンでは、後宮内のルールである国王陛下以外の男性、親族の立ち入り禁止が解除され、前以て申請さえすれば自由に会えるという抜け道のようなものだ。

全面ガラス張りのサロンは後宮で生活する王の華達が美しい景色を楽しめるよう、サロン内に居る要人の護衛が容易であるようにと設計され、室内には繊細優美なロココ調の家具が並び、椅子やソファーにカーテンの布は全て深紫で統一されている。


因みにこれらも前王妃様が自ら手掛けたものでセリーヌはノータッチなのだが、このサロンを気に入っていたセリーヌと同様に私も一目で惚れ込んでしまい、療養という名目でここ最近は入り浸っているほどだ。

だからこそ、明日の行事についての打ち合わせ場所を城ではなく此処に指定し、ジレスが来る時間までこの素晴らしい部屋で軽食を取りながらゆっくり本でも読もうと急いで来たのに……。


「この菓子は甘過ぎる、直ぐに取り替えろ」


側室の話題を出すと逃げ回っていたアーチボルトが目の前に座って居る。


「よくもまぁ、私の前に顔を出せたものだわ」


側室の選定を終え各家に通達を送り、家柄や派閥等を考慮して与える部屋を決めたら身元の確かな業者を後宮に入れ各部屋の改装が行われる。それが終われば次は各家の侍女が後宮へ先入りし、部屋の内装を整え、衣装や装飾品といった主の荷物を運び入れる。

後宮の主である王妃は全てに手と口を出さなくてはならず、次々と渡される書類や各部屋の視察に各家の侍女達から受ける挨拶と、ここ最近は死ぬほど忙しかった。


だから、思わず本音がポロッと零れたのだが。


「アーチボルト様とは何もお約束していなかった筈ですが、何故、此処へ?」


沈黙が訪れ何やら気まずい空気が流れるが、それをサラッと無視して会話を続けた。


「用があるに決まっているだろう」

「側室についての変更は現在受け付けておりません」

「そ、側室のことではない。そうではなくてだな……」


だとしたら何の用だろうと首を傾げれば、何故か責めるような眼差しを向けられたのだが、意味が分からない。


「明日行う式の手順でしたら後程ジレスから詳しく説明があるかと」

「式……それも気になるが、そうではなく」

「どの側室の部屋から訪れるのかについては私に訊かれても困るのですが」

「へ、部屋……っ、違う。側室のことではないと言っているだろう!?」


だとしたら話すことはないので帰ってほしいのに。


「では他に何が?」

「帝国から使者が来た」


低い声で告げられた内容に目を瞬かせ、一瞬考えたあと「またですか」と苦笑する。

この数ヵ月の間、皇帝の親書を持ってヴィアン国へ遣って来た帝国の使者は四人。

親書の内容はジレスから教えてもらったのだが、特別何か書かれていたわけではなく話し合いの席を設けてほしいという簡潔なものだった。


「まただ。もう四度目だぞ?互いの国にとって有益な会談だと?皇帝である男が直接ヴィアンに遣って来ようとする真意は何だ……」


長年争ってきた敵国の皇帝が変わったのと同時に、国の方針を全く別なものに変え他国に歩み寄る姿勢を見せたが、直ぐに信じて友好的な関係を築こうと思う国はいないのが現状だろう。


「そのままの意味かもしれませんわよ?」

「使者を介せば良いことだろう」

「より良い関係を望み、本人が挨拶に来るのでは?」

「此処は、敵国だぞ!その場で捕われ処刑されてもおかしくは……何だ、その顔は」


珍しくまともなことを口にするアーチボルトに驚くと、彼の横に座るジレスも私と同じように驚いている。元がアレだったので些細なことでも成長したと感心されるのだから羨ましいわ。


「皇帝が直接ヴィアンに足を運ぶことによって、帝国が変わったということを周辺国家に示す為ではないのでしょうか?」

「戴冠式の言葉は嘘ではなく、帝国は今迄とは違うのだと見せつける為なのかしら?」

「ですが、アーチボルト様が仰っていたとおり身の保証もなく敵国に遣って来るのでしょうか?」

「それもそうなのよね……でも、他に理由が思いつかないわ」


レイトンのように遊びに来るとか軽いものではないでしょうし。

帝国でのセオフィラスの行動や言動を思い浮かべ、あの兄の友人でもある彼なら有り得るのでは……?と妙な考えが過り慌てて首を振る。


「本当に思いつかないのか?」


低い声で問われた言葉に眉を寄せ、アーチボルトにゆっくりと顔を向けた。


「どういうことでしょうか?」

「国に招待し、皇帝直属部隊を護衛に就けたのだぞ?セリーヌに何らかの下心があるに決まっているだろう」

「セリーヌ様を目的にヴィアンを訪れると、そういうことでしょうか?」

「それ以外に何がある?私は絶対に認めないぞ、何度使者が来ても追い返すからな!」


何を馬鹿なことを……と呆れていれば、アーチボルトが若干涙目で睨んできた。


「帝国の件は、ジレスに任せるわ。向こうの意図が分かったら報告してちょうだい」

「承知しました」

「待て、私ではなく、何故ジレスなんだ!?」

「外交は私が担当しておりますので」

「だが、私がハッキリと使者に言ってだな……」

「王であるアーチボルト様の手を煩わせるほどのことではありませんので」

「……っ、セリーヌ」

「ジレスの言う通りです。用件はそれだけでしたら、お忙しいでしょうからお引き取りを」

「わ、私が居ては都合が悪いのか!?」

「いえ、ですが……全く、これっぽっちも必要性を感じませんので」


親指と人差し指をくっつけアーチボルトに向かって見せてやる。


「側室の話題になる度に逃げ回っておられたでしょう?今からジレスとその側室について話し合うので、先に退出を促したほうが良いのかと思って口にしたのですがお気に障ったようですね、すみません」

「非難されているように感じるのだが」

「まぁ……」


非難しているのだから分かってもらえて良かった。

あの空気の読めなかった男が凄い進歩を見せていると、音を出さずに手を叩く。


「すまなかった、ただ、気持ちが追い付かず」


アーチボルトの初恋を叶える為には、フランの代わりに跡継ぎを産んでくれる人が必要だと言ってあったし、それに関して不満のようなことを口にはしていても納得しているものだと思っていた。

それなのに、アーチボルトはその話をしようものならあからさまに顔を強張らせ両手で耳を押さえて席を立つという意味の分からない抵抗を試みたのだ。


「やっと観念なさったのですね。側室の入居は明日ですが」


遅いんだよ、ボケ……と心の中で悪態を吐きながら微笑めば、アーチボルトが手に持つカップがフルフルと小刻みに揺らした。


「菓子にお茶が合っていませんね。他の物を用意させましょう」


呑気にカップを傾けていたジレスはサロンに配置されている侍女を呼び寄せている。二時間以上も早くサロンに遣って来たので何か問題でもあったのではと身構えたが、ただ休憩がしたかっただけなのだろう。


予定外の客人と、時間指定の意味がない客人。

百歩譲ってこの迷惑な客人達は明日のことに関係しているから仕方がないと諦められる。


――けれど。



「クライヴ様とフランはサロンの外に待機をお願いします」

「だから、何故駄目なんだ。私は王の護衛で来たのだぞ?」

「僕もそうだよ?」

「ですから……」

「代われテディ。んんっ……此処は後宮ですから、王の護衛騎士であっても勝手に入ることはできません。サロン内に入る許可を下すのは王妃であるセリーヌ様だけなので」

「お前達はサロン内に入れるのか?」

「後宮とサロンの主であるセリーヌ様の専属護衛騎士ですから」

「ずるいよ、アデル。僕だってセリーヌ様の護衛をしていたのに」

「ソレは非常事態だったからだろうが。ほら、外に居ても中が丸見えなんだから良いだろうが、さっさと扉から離れろ」

「だが……そうだ、私が直接セリーヌ様に許可を」

「テディ、ウィルス、この二人に情けは必要ない。追い出せ」

「……っ、待て、ウィルス!?く、くびっを掴む、なっ……!」

「アーチボルト様!」

「あ、一匹逃げたぞ」

「フラン、止まって!」


サロンの入り口に仁王立ちするアデルに初めは何事かと驚いたが、コレを予想してのことであったのなら流石だとしか言えない。

私やアネリ達ですら今日此処にアーチボルトが来るとは思っておらず、サロンの扉を開け入って来た瞬間目を疑ったのだから。


「話せば分かるはずだ、先ずは落ち着いて……っ」

「テディ、僕も一緒に」


後宮内で唯一国王以外が入れるサロンとはいえ、此処は後宮。主である私が許可を出さないかぎり王の護衛騎士であろうと入ることは許されていない。

そのことをクライヴとフランが知らないわけがなく、無理にでもサロンへ入ろうとする二人の前にアデルが立ちはだかり、ウィルスとテディが武力行使に出たというわけだ。

同じような体格のウィルスに簡単に首根っこを掴まれサロンの外へ放り投げられたクライヴと、低姿勢ながらも意外と武闘派なテディに拘束され扉まで引き摺られていくフラン。


ゲームの主要人物達が集まっているのだが、コレは一体何のイベントなのかと胃をキリキリさせ深く息を吐き出してから口を開いた。


「ウィルス」


離れた距離に立つウィルスの名を呼べば彼は誰よりも早く反応して振り返る。

優秀な護衛騎士だと誇らしく感じながら、足を組み長い髪を払う。


「彼等も中へ入れなさい。煩くて話もできないわ」

「すみません」

「ウィルスが謝ることではないのよ、ねぇ?アーチボルト様」


呼ばれてもいないのに面倒な者達を引き連れて来たアーチボルトが悪い。

それに、どれだけ労力を割いたところでクライヴとフランには何を言っても無駄なので好きにさせ放置したほうが楽だ。


「怒っているのか……?」

「まさか。怒ると疲れるのですよ?そのような疲れることを何も得られるものがないアーチボルト様の為にする必要はありませんよね?」

「……す、すまない」

「主人に謝罪させるなんて、貴方達はとても優秀な護衛騎士なのですね!」


首を傾げ問えば、ビクッとしたアーチボルトが恐る恐る謝罪の言葉を口にし、そのタイミングで私達の席に来たクライヴとフランに聞こえるよう大袈裟に驚きながら嫌味を言えば、彼等は揃って身を縮こませてしまった。


――コホン。


軽く咳払いをしたジレスに目を向けると、「こちらを」と書類を差し出され受け取る。


「明日、ティア・カルバート、モーナ・ラインズ、ミラベル・オルホフの三名が側室として後宮へ入ります」

「式での順番は」

「ラインズ家、カルバート家、オルホフ家の順に広間へ入ります」

「ラインズ家はベディング伯爵の派閥筆頭だからこの順で良いけれど、オルホフ家のほうは最後で構わないの?」

「オルホフ家の当主はベディング伯爵と距離を置いているようです。派閥を抜け中立になるのではないかと」

「確証がないうちは注視しておいたほうが良いわ」

「はい」

「それと、カルバート家は現国王派と見做して良いのかしら」


国王であるアーチボルトとベディング伯爵とで派閥が割れているならまだしも、現国王を無視して既に亡くなっている前々王とベディング伯爵とで派閥が割れているなんて笑い話にもならない。


「現国王派です」

「それは良かったわ。お父様も復帰なさったことだし」


賢王に仕えていた者達の気持ちは分かるが、何もかも投げ捨て引き籠ったところで何も解決しないどころか国が沈む。国外にも伝手を持つ貴族はそれで良いかもしれないが、力のない民には為す術なく蹂躙されてしまう。


「先ずは環境に慣れてもらう必要があるわね、後宮に入れば全て制限され自由がなくなるから。公務に関しての勉強を徐々に始めるとして、二年くらいを目途に計画を立てましょう」

「二年ですか、短くはありませんか?」

「本来であれば幼い頃から始めることなのだけれど、仕方がないわ」


王家が抱えている公務は数多くあり、王妃が担当する公務は国賓のもてなし、儀式への出席、他国への公式訪問、慈善事業関連だろう。

だからこそ勉強することは山ほどあり、付け焼刃でできるものではない。

当然のことだがそういった教育を一切受けていないフランに任せることはできず、彼のサポートとして側室に頑張ってもらうことになるだろう。


「短いのか?二年もあれば十分だと思うのだが」

「はい?」


一癖ある側室達だがそのぶん優秀そうなので三人で分担して公務を行ってもらうつもりだと、そう口にする前にアーチボルトの迂闊な発言に反応してしまった。


「一般教養とマナーは勿論、言語は自国を合わせて最低でも五つ。嫁ぎ先の国だけでなく同盟国や諸外国の歴史や慣例を覚え、非常時の国王陛下の代理ができるよう法律や算術に地理、王妃としての公務と、他にもありますが優先順位的には今口にしたものから頭に叩き込みます」

「……幼い頃からと、言っていなかったか?」


口元を引き攣らせたアーチボルトに力強く頷く。

例えにだしたものは必要最低限で、他と一括りにした方が割と大変だったりもする。まだ幼かったセリーヌは完璧を求め睡眠時間を削っていたのに、嫁ぎ先の王がコレだったので彼女の努力は全く無意味なものになってしまった。


「学ぶことは多いので時間は幾らあっても足りません。アーチボルト様も幼少期から帝王学や剣術を学ばれていたでしょう?」

「いや、祖父が亡くなってからはあまり……」


言葉を濁し俯くアーチボルトから書類へと顔を戻す。

王が傀儡でもお飾りだとしても、国が正しく機能しているのであればそれでも構わないと思う。現に二代にわたってベディング伯爵に支配されていたこの国は、王都以外の街や村でも民は飢えることなく平均的な生活ができているのだから。


ただ、ソレは私とは関係のないところでやってほしいというだけのことで。


「後宮のことに関して口を出せないよう、予め各家に念書を……」


ジレスの説明を聞きながら手元の書類に目を落とした。




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― 新着の感想 ―
うーん、セリーヌが頑張って組み立ててきた計画がお姉ちゃんの暗躍で潰されるとなると納得がいかないんだがどうなるのかなぁ
[良い点] だいぶ経ちましたが、更新ありがとうございます! ついに側室の3人がやって来るのですね⁉︎楽しみです! [気になる点] まさか、皇帝本人が来ようとしてるとは思わなかったので、何があるのかと気…
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