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『8/6 ノベルstory07 発売』私は悪役王妃様  作者:


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カウントダウン


「まだ利用価値はあるのよね」


床に這い蹲り無様な姿を晒すセドアを見下ろしながら、突き立てていた剣を抜き剣先を首元へ押し付けた。小さく悲鳴を零し暴れるセドアから足を退けると、床をするように前進したセドアが扉へ向かって顔を上げて動きを止める。

扉前に立つジェイを見つけ諦めたのだろう。

腕を組みながら扉に凭れるジェイは鼻で笑ったあと、セドアに大袈裟に首を振って見せる。


コツ、コツ……とヒールの音が鳴る度に肩が跳ねるセドアの背後に立ち、身体を屈め耳元へ口を近付けた。


「セドア兄様次第よ」

「……っ、何が言いたい」

「そんなに怖がらなくても……」


――トン、トン、トトン。


意図的に叩かれた扉の音にエルヴィスは顔を上げた。

セドアの自室前の通路は誰も通れないように人を配置し、余程の事がない限り声を掛けるなと厳命してある。

向こうの私室にはカルとジェナリアしか居らず、扉を叩いたのは恐らくカル。

彼が報せたほうが良いと判断した余程の何かがあるのかと、エルヴィスはジェイに目配せし対応を任せる。少しだけ開かれた扉からはカルの声が聞こえ、ジェイが隙間に手を伸ばし、訝し気な顔をしながら指に挟んだ手紙をエルヴィスに向かって振って見せた。


「手紙……?」

「至急だ」

「何処からよ……差出人は?」

「レイトン・フォーサイス」


ジェイが口にした名に一番驚きを隠せなかったのはセドアだった。

大陸は違っても大国の王族は注視していたのでレイトン・フォーサイスの名は勿論知っている。自身が国王になった際には海の向こう側に手を伸ばし領土を拡大するつもりだったのだから。

だからこそ、態々ヴィアン国と繋がりを持ち今迄水面下で動いてきたというのに、何故レイトン・フォーサイスからエルヴィスに手紙が届くのか……。


「おかしいわね……無事に国に戻った筈よ。何か、あったのかしら」


誰の話をしているのか先日の騒動を知っている者達なら簡単に推測できる。

エルヴィスが繋がりを持っているとしたらヴィアン国のアーチボルト王だと思っていたセドアは、必死に考えを巡らせジェナリアが狂ったように同じことを口にしていたのを思い出す。

大司教が連れていた司教達が騎士を一掃し、ジェイの隣に居た女を姫様と呼んでいたと。

失敗を誤魔化す為にいい加減なことを口にしているのだと思っていたから、その場に居た騎士達を呼び出してまで事実確認をしなかった。失敗したとしてもセドアに痛みはなく、鬱憤は全てエルヴィスで晴らすつもりであったからだ。

セドアはジッと耳を澄ませながら、自身が生き残れる道を模索する為にエルヴィスとジェイの遣り取りを見つめた。


「寄越して」


内心焦りながらも表情に出すことはなく、ジェイから手紙を取り上げたエルヴィスは素早くそれに目を通す。普段と同様くだらない挨拶文から始まった内容に安堵しつつ、無事に妹が戻ったくだりで笑みを零し、では本題だと意味深に書かれた後半部分を読み進め目を見開いた。


「どういうことよ……」


クシャッと紙の端が握り潰され不穏な空気を醸し出し始めたエルヴィスに、ジェイは嫌な予感しかせず反射的に距離を取る。

過去数回、このような状態のエルヴィスに迂闊に近寄り腹を殴られたことや、首を絞められ階段から落とされそうになったこともあるのだから当然の反応だろう。


「全く、あの子は」


一通り手紙に目を通したエルヴィスは天井を見上げて呟き、ゆっくりと顔を正面に戻したあと今にも扉から逃げ出しそうなジェイに向かって歩き、開いたままの手紙をジェイの胸に叩きつけた。


「……ぐっ、ごほっ。おい」


咳き込み口元を引き攣らせたジェイの肩を無言で部屋の方へ押し、立ち位置を変えたエルヴィスは床に座ったままのセドアに向かって口を開いた。


「残念だわ、セドア兄様」


ソレが死刑宣告だとセドアが気付く前に尚も続けられる。


「予定が変わったわ。ソレ、ジェイにあげるから、好きになさい」


もうセドアに興味がないと言わんばかりにあっさりと部屋から出て行くエルヴィスに向かって、やっと言葉の意味を理解したセドアが必死に腕を伸ばすが無情にも扉は閉められてしまった。


部屋に残されたのは、国を滅ぼされ奴隷に落とされた騎士と、国を滅ぼし名の知れた騎士を奴隷に落とした王子。

セドアが乾いた唇を開く前に、ジェイが振り下ろした剣が右肩を貫いた。



※※※※



隠れるように部屋の隅にしゃがみ込むジェナリアは、態と少しだけ開かれている小部屋から聞こえてくる悲鳴と呻き声に恐怖し震えながら耳を塞いでいた。


夜会のあと、ジェナリアは癇癪を起し暴れるセドアに嬲られ身も心もボロボロだった。

自身の手で貧相な国の王女から大国をいずれ統べる王太子の側室まで昇り詰め、彼の側に侍る唯一の女性なのだから跡継ぎさえ産めば地位は安泰だった筈。

それなのに、どうしてジェナリアがこのような仕打ちを受けることになったのかと、ジェイとその隣に居た女を何度も呪いながら耐えた。


だから、騎士に連れられて来たエルヴィス達の姿を目にしてやっと溜飲が下がったのだ。

コレで全てが元に戻ると、そう思っていた、のに……。


「……ふうっ、ふっ、ふっ」


胸が苦しくて息が上手くできない。

小部屋から聞こえていた声は悲痛な叫び声を最後に音が止み、零れ落ちる涙を拭うこともせずにジェナリアはきつく瞼を閉じた。


「だから、だから……何度も、言ったじゃない」


ジェナリアを嘲笑いながら口にした言葉の数々。

早く伝えようと麻痺が完全に抜ける前から何度も同じことをセドアに訴えた。

エルヴィスは弱者ではなく、その姿すらあいつの計画の内だと、セドアすら手駒だから必要なくなれば捨てるのだと、そう口にするたびに頭がおかしくなったのだと笑われ一蹴され最後は諦めて口を噤むしかなかった。


――キイィィッ。


普段であれば気にもならない扉の音がやけに鮮明に聞こえ、壁に身体を寄せる。この部屋の床には絨毯が敷かれているので足音は鳴らない筈なのに、少しずつ近付いてきていることが分かるのは何故なのか。


「ち、違うの。私は……そんなつもりじゃなかったの。だって、アレは違うの。何もしないって、抵抗したから、そうよ、だから」


あの夜、抵抗せず降伏して城を明け渡せば良いと言った私を無視したのは彼等だ。私とジェイを自国に留めようと欲張ったお父様。王座を諦めなかったお兄様。私が間違っていると生意気なことを口にした護衛騎士。


「わ、わ、私は間違っていないわ……!」

「気でも狂ったのか?」


頭上から聞こえた憐れみの声に一縷の望みをかけ、目を開けたジェナリアは目の前に立つジェイの足に腕を伸ばし縋りついた。


「ジェイ、ジェイ……お願い、助けて」

「もう手遅れだ」

「ジェイは私のものでしょう……?ずっと、小さな頃から……ね、だから」


ジェイは情に厚く家族や仲間を見捨てられる人ではない。慕っていた国王の娘であり、親友の妹というジェナリアが何をしても、いつだって許してくれていた。


「言っただろう?もう、手遅れなんだよ」

「ジェ……っ、いやああっ!」


ジェナリアは冷たく吐き捨てられた言葉に目を見開くと、ジェイが投げたものが足にぶつかり転がっていく……セドアの頭を目で追い、悲鳴を上げた。


「お前の旦那だろ?」

「嫌、嫌よ!ジェイ、お願いだからっ、殺さないで……うっ」


縋り付いていた腕は簡単に振り払われ、勢いよく壁に身体を打ち付ける。

絨毯の上に転がったセドアのようにはなりたくないと、震える腕を伸ばすが届かず、剣を抜いたジェイに向かって懇願した。


「やっとだ、やっと、親父さんの仇を打てた」

「ジェイ……ジェイ……」

「あの日からずっと、憎いお前をこの手で殺すことを何度考えたか」

「ごめ、ごめんなさい……ジェイ、ジェ、っ、ひいっ!」


鈍い動きで振り上げられた剣から目を離せず、この場を切り抜けたいが為に口にする薄っぺらい謝罪の言葉を叫ぶジェナリアは、瞬きしたと同時に眼前に現れた剣先に悲鳴を上げた。


「……あ、あ、っ」

「けどな、親父さんは、最後までお前が生きていることを願ったんだよ」


どのみちもう此処では生きていけず、命があったとしても路頭を彷徨うことになるのだろうが……。

ジェイは涙を零しながら焦点の合わない瞳を宙に向けるジェナリアを一瞥し、哀れな元王女に背を向けた。



※※※※



「……任せたわよ」


セドアの私室から出たエルヴィスは待機していた影を呼び次の指示を出していた。

影が向かう先は国王と王妃の元。

前々から準備はしていたがまさかこのような突発的なものになるとは思いもよらず、エルヴィスは通路に立ちながら壁に背を凭れ深く息を吐き出した。


大分疲れているな……とカルは主人の身体を心配するが、言って聞くような人ではないと口には出すことはない。口にした瞬間どうせ睨まれて終わるのだから。


「良かったのですか?ジェイにアレを任せて」

「恨み辛みは自分の手で晴らすものよ」


それはそうだが、勢い余って誰かも分からないほどバラバラにされたら困るのだ。

王太子であるセドアの死は今日中に国内に知れ渡り、彼の葬儀は他の者達と同じく大々的に行われる。セドアに関しては側室であるジェナリアに全ての罪を背負ってもらうつもりなのだが、果たして彼女は生き残れるのか……。


「それで、誰が玉座に?」

「期待されても私は無理よ?後ろ盾のない王子なんて重鎮達が納得しないもの」

「それなら重鎮共を挿げ替えることも可能ですが?」

「もう時間がないから駄目よ。あら、もう来たみたいね」


エルヴィスの視線を追い、向かいから走って来る人物の顔を見てカルは口を閉じた。

相変わらず護衛も付けず感情を剥き出しにして突進してくるエドルが次の……とカルは肩を竦める。


「エルヴィス……?何故通路に、兄上は何処だ?」

「開口一番にソレなの?」

「良いから答えろ!」


何か焦っているエドルとは対照的に微笑みを浮かべるエルヴィス。

胸元を掴まれ至近距離で凄まれようがエルヴィスの笑みが崩れることはなく、その余裕そうな姿が人を煽る。


「兄上がお前を捕らえ連行したと、私はそう聞いてきたんだ。それなのに、お前は此処で何をしている!?」

「もしかして、私を心配して走って来たの?」

「そんなわけがあるか!お前が何か企んでいるとジェナリアが……おい、ジェイは何処だ?」


首を傾け「あそこ」とセドアの私室を指差したエルヴィスは、エドルが何か言う前に動いた。

胸元を掴んでいたエドルの腕を掴み捻り上げ、逆に彼の胸元のタイを引っ張り立ち位置を変えたあとエドルの身体を通路の壁に押し付ける。


お見事と心の中で拍手を送ったカルは、屋敷に待機しているカミラの元へ影を走らせた。

体調が思わしくないのにそれを悟らせず、高熱だというのにあのように動けるのだからもう意味が分からない。

だが、これから数日は無理をすることになる主人を想い先に寝込む準備をさせておく。


「ごほっ、っ……エルヴィス」

「少し黙ってくれるかしら?」


普段とは違うエルヴィスの冷たい眼差しを間近に目にしたエドルは、大人しく口を閉じた。

城内は妙に静かで、セドアの私室へ続く通路には誰も居らず、侍女や侍従どころか騎士すら見当たらなかった。明らかに誰かの手によって人払いされた道を走りながら、頭の中で警報が鳴り響いていたのだ。


グッと拳を握り締め、様子を窺っていたエドルは……。


「おめでとう。今日から貴方が国王陛下よ」

「正気か……!?」


パッと笑みを零しながらとんでもないことを口にしたエルヴィスに思わず声を上げていた。

冗談では済まされないのだとゆるゆると首を左右に振り、馬鹿な弟を諭すように声を掛ける。


「国王陛下は健在だ。不敬罪で牢に入る気か?兄上や母上が聞いたら……っ」


大変なことになると続けようとしたエドルはタイを引っ張られ、強制的に言葉を止められてしまう。


「ぐっ、エル……」

「国王陛下なら、先程病で亡くなったわ」

「……は?」

「王太子であるセドア兄様は側室に殺され、ソレを知った王妃はセドア兄様の後を追ったの。残された王族は貴方と私の二人だけ。ほら、必然的に王座はエドルの物になった」

「父上に持病はなかった筈だ……いや、兄上が何だと、母上まで……?お前、まさか」

「まさか何よ。身体が弱く、何の後ろ盾もない名ばかりの王子に何かできるとでも?」

「誰が、お前は裏でコソコソと動いていただろう!」

「第三王子が全て仕組んだことだなんて、誰も信じないわよ」


エドルの身体が震えているのは怒りか恐怖か……。

本人ですら分からないソレを押し込め、目の前に居る得体の知れない者に問いかける。


「何故、私がっ……お前が王になれば良いだろうが」

「大国の貴族達は一筋縄ではいかないのよ。反発されるのは必須だし、ソレを押さえ込むのに時間が掛かり過ぎるわ。煩わしいことを避け余すことなくこの国の力を使うなら、国王と正妃の血筋を王に立てないと」

「だから、私なのか……?」

「セドア兄様でも良かったのだけれど、アレは扱いにくいのよね。ある程度力を持っているからいつ裏切るか分からないし。時間が惜しくて」

「時間……」

「エルヴィス……?まだ此処に居たのか」


何故そんなにも急ぐのかと口に出す前に、セドアの私室の扉が開く。

中から出て来たジェイの服にはおびただしいほどの血が付着し、通路に無造作に投げ捨てられた手袋は真っ赤に染まっていて、そのような恰好をしたジェイが出て来た私室からは声すら聞こえず静かだった。


「気が抜けているところ悪いけど、これから忙しいわよ」

「……何が」

「先ずは葬儀からね。近隣諸国にも使者を送り大々的に行うわ。シナリオは、王太子と王妃を同時に失った国王は持病を悪化させ倒れて亡くなる、こんなところね。カル」

「直ぐに使者を手配します」

「軍部の掌握はジェイに任すわ。逆らう者は力でねじ伏せなさい」

「了解」

「待て、何を勝手に……」

「それと、エドルの戴冠式ね。貴方の補佐は私がするから」

「傀儡にして……この国を乗っ取る気か?」


弱弱しく問うエドルにエルヴィスは吹き出し、首を左右に振った。


「違うわ、この国なんてどうでも良いもの。目的を達成したら全て貴方にあげる」

「目的だと?」

「そうよ。海の向こうにある国を、一つ落とすの」


まるで遊びに行くかのように軽く口にした内容に、エドルだけでなくカルやジェイの頬が引き攣る。


「どこの、国だ」

「ヴィアン国よ」


ヴィアン……?と黙ってしまったエドルに、カルとジェイはコレが王で大丈夫なのだろうかと呆れながら、その王よりも自分達の方が死ぬほど忙しくなるのだと遠い目をする。


「だから、良い子にしていなさい」


地位も名誉も要らないという男が欲するのはたった一つの国。

その国はこの化け物に一体何をしたのかと同情しながら、エドルはセドアの私室へ目を向けた。

血の繋がった家族が亡くなったことは悲しいが、彼等の為に身を危険に晒してまで復讐しようとは思わない。非情だと罵られようが、そうあるべきだと育てられたのだから。


「貴族達は私が手を回す」


首元のタイを直しエルヴィスの目を真っ直ぐ見つめながら告げた言葉に迷いはない。

エドルから差し出された手を握り、エルヴィスは微笑みを浮かべた。




――さぁ、終演へのカウントダウンが始まる


「少し早い誕生日プレゼントをあげるわ……綾」








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― 新着の感想 ―
[良い点] エドルがちゃんとどうするべきか考えてるところ…? 施政者らしいところがあってオルソンは安泰…?かなと [気になる点] エルヴィス姉さん?、前妹さんは国を回るようにして出て行こうとしてるので…
[良い点] 王妃様の境遇が切なくて、誰か早く王妃様を救ってあげてって、ずっと思っていたのですが、とうとう動き出しましたね、楓姉さん!ばーっんとやっちゃって下さい!楽しみです!
[気になる点] アーチボンボンはこれからどうなることやら… [一言] これで楓姉さんは確定!! そして相変わらずやることがえげつない!! 愛ですねー!
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