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「それはっ!」
「なっ!」
「お前に帰る場所などないだろ」
私の帰る宣言を正しく理解していると思われるジレスとクライヴは同時に声を上げ、アーチボルトは……まあ、相変わらず理解していないらしい。
私が帰るということは即ち同盟解消となるのだけど、お前が突っ込むのはそこなのかと。
「ありますわよ?ラバンに帰りますもの、それと先程から気になっていたのですが、何故私がラバンの要らない王女ですの?」
さっきからちょいちょい出てくるソレはどこ情報なのだろうか。
他国の情報をしっかり集めていたら絶対に出てこない言葉でしょ。私がラバンで何と呼ばれているか知らないの?この国の外交官何してるのよ。
「嫁いで来たときに大国の王女が侍女も護衛騎士も無しに来るなど有り得ん。結婚した後も便り一つ寄こさず、お前の安否を気遣う者すら訪れないだろ。要らないのだから当たり前だがな」
え……それだけ?確かな筋からの情報とかじゃなく小さな脳を振り絞った結果そのわけわからん思い込みで言っちゃったの?
まさか……いやいや、あり得るか?この人なら。
「もしかして、私蔑ろにされた挙句、侮辱されています?」
「事実だろ。誰が見ても「アーチボルト様!……もう黙っていてください」何だジレス?お前だって見ただ「いいから、黙れ……」」
ジレスに笑顔で威圧されしょんぼりするアーチボルトにクライヴが「あのな、色々良く考えて口にしてくれ……」と項垂れている。
あぁ、幼馴染だっけこの三人は。
本来なら不敬罪で首が無くなっても可笑しくないだろうに、日頃から公私混同の区別をつけないで一緒にいるからこうなるのよ。
「安易な考えですわね……。ラバンには私の侍女も護衛騎士もいましたわよ?この国に連れて来なかったのは皆、既婚者でしたの。私について来るのなら家族とは離れてしまうので置いて来ました」
「…………何とでも言えるな、お前の妄想じゃないのか」
変な間があったけど、考えた末にその答えだろうか。
面倒くさいなぁ。貴方の近くにいる青い顔をしている二人が見えないのか?
目が会うと何か言いたそうに口をパクパクしているクライヴ……池の鯉みたいで面白い。場を和ませようと捨て身作戦とはやりおる。
顔は無表情を保ち心の中では大爆笑していたらジレスから「許可を……」と囁かれ一瞬ビクッとしてしまった。
許可も何もちょいちょい会話に入ってきてるじゃん脳筋隊長……。
「クライヴ、発言を許可します」
「は、はっ!アーチボルト様、ラバンにセリーヌ様の護衛として第一騎士団が派遣されたのは覚えていますか?」
「何だお前まで」
「その際の報告では、派遣した騎士団を上回る人数の騎士がセリーヌ様を見送るためにその場にいました、侍女も数十名はいたと」
「…………国の対面を保つためだろ。現に半年の間に使者すら訪れていない」
「必要ありませんもの」
私の言葉に三人の視線が集まる。
ここで何を言っても水掛け論で揉めるだけ。なら明確な証拠を提示した方が早い。
「ジレス、調印式には誰が?」
「……その日は、私は城に、国境沿いの争いで離れるわけには」
「貴方の言い分は聞いていないわ。誰を向かわせたの」
「私の補佐と文官を数名。後から書面で報告を受けています」
「そう、それに関してはまた後で聞くわ」
「おい!今は関係無いだろ」
「関係ありますのよ。調印式でラバンの宰相補佐と兄の子飼い?信者、盲信者?の文官がヴィアンの文官にくれぐれもと念を押した約束事がありましたの」
「約束事だと?」
ジレスを見ると難しい顔をし何か考えている。文官が報告を怠ったのか、ジレスが報告を聞いていなかったのか、どちらにしろ職務怠慢だ。
まったく、セリーヌが守らなければ開戦していたわね。
「二日、私との連絡が途絶えたらラバンはヴィアンへ攻め込む」
手を前に出し指二本でVのじを作ってみた。
「……攻め込む、だと?同盟国に?」
「ええ、もしくは、私が兄に今の現状を伝えたら即開戦ですわね」
「お前はっ、何を言っているのか分かっているのか!?たかが王女一人の為に国が同盟を破棄し戦争を起こすなどあり得ん!」
「アーチボルト、落ち着きなさい!」
「ジレス、だが!」
落ち着かなきゃならないのはジレスもでしょうに。王相手に口調が完全に無礼講になってるから。
「セリーヌ様、連絡が途絶えたらと仰っていましたが、それはどのように?」
美声をフルに使って、どのように?と言われてもね。
テーブルの上の木箱の蓋を開け、一番上にある白い布に包まれた物を出し横に置く。
取り敢えず、コレではない。
「それは何だ?」
「お気になさらず。今はまだ必要ありませんから」
箱の下に仕舞ってあった(封印していた)紙を数十枚手に取り三人に見える位置に置いた。ソレには押印がされている。
「コレが何か分かりますか?」
「国印……ラバンのかっ、一体何の手紙だこれは!」
「私の兄、ラバンの王太子からの私宛の手紙ですね」
「手紙、どうやってやり取りをっ「セリーヌ様、拝見してもよろしいですか?」」
「……どうぞ」
アーチボルトを遮り身を乗り出したジレスに一瞬躊躇いながら頷いた。
出来れば、いや、本当は見せたくないが。
「………………」
目を素早く動かし内容を確認していたジレスが一枚、また一枚と手に取るたびに顔色が悪くなっていく。
うん、分かるわぁー。内容がアレなだけに人には見せたくなかった代物だし。
「何が書いてあ…………」
「私も、失礼します……」
あ、全員の顔色が変わった。
私もテーブルの上にある毎日届く分厚い手紙を見てふっと遠い目になる。
『やっと一周目クリア!二周目いくよ!』
『……またやるの?だったら自分の部屋でやりなよ』
『チッチッチッ、一周目で全員の好感度を上げて友人エンドにして二周目に入ると隠しキャラが出るんだよ!』
『そのまま隠れていればいいのに……」
『さあ、お待たせしました!二周目メインキャラ一人目、ラバンの王太子!レイトン・フォーサイス様。あ、王妃のお兄さんね』
『ぶっ!ゲホッ、ゲホ……』
『うわっ!紅茶吹き出すとかアニメみたい』
『待て、何考えて作ってんのゲーム会社』
『ん?萌えでしょ!』
『妹が幽閉されてんのに、何で攻略されてんの兄は』
『さあ?でも、兄妹仲は良くなかったってなってるし。なんかねーレイトンは攻略するのに色々条件があるみたいで、まだ掲示板に情報出てない』
『この表紙の後ろにいる真っ黒な姿のやつ?赤いやつ?』
『黒い衣装の人!顔が王妃に似てて私はあんまりタイプじゃないんだけど、レイトンルートはかなりキテルらしいの!』
『胡散臭そうな奴だ。んで、キテルって何語?』
『日本語だよー!だから、ヤンデレなの!』
『……ヤンデレって何?』
『えー、そこから!?んとね、精神的に病んでる人がする愛情表現?好きになり過ぎてデレデレ状態が病的な人?』
『病気なの?』
『うーん、説明しにくいなぁ。見れば分かるから!ほら、見てて』
『はいはい』
『って、何で本読むの!?』
『レポート書かなきゃいけないから調べものをね』
『もー!終わったら見てよー』
あの後、一通り調べ終わったら寝た……。
紙にびっしりと書かれた「会いたい、声が聞きたい、帰って来ておくれ」の文字に兄妹仲が良くないなど微塵も感じられない。
それどころか、隠しキャラ、レイトンはヤンデレというやつに妹相手になってしまったらしい。
今なら分かる、ヤンデレがどんな病気かと。
さて、要らない王女では無いとわかっただろうか?まだ何か言ってくるかも知れないが少なくとも未来のラバンの王にとって私は物凄く必要なのだ。
この先、フランとレイトンに何かあり私は必要では無くなるかもだけどそれはその時に考えよう。
「それで、私はラバンに帰ってもよろしいですわよね?」
「「駄目です!!」」
見事にハモったな、脳筋と腹黒。




