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日曜日。朝からハイテンションの千絵に連れられてやって来たのは、「ドリームアイランド」というかなり年季の入った遊園地だった。
「あれ? ここって……」
錆の目立つアーチ型のゲートを見て、記憶に引っかかりを覚えた。
「ん? どうかした?」
「いや、別に……」
千絵の問いにわたしは首を横に振る。今ここで話すようなことは何一つない。
「ねえ、葵、こっちこっち」
千絵はわたしを引っ張りながらゲートから逸れて、植え込みのほうへ向かう。何かを企んでいるらしいが、千絵の考えることだ。大したことではないし、ロクなことでもないだろう。
植え込みの陰に隠れて待つこと数分。
千絵はたくさんのラメで裏をギラギラと飾った鏡を見ながら、入念な顔面チェックをおこなっている。その横でわたしは言われるがままにゲートの辺りを見張っていた。
「ねえ、千絵、あれじゃない?」
わたしがゲートに向かって歩いてくる二人を指差すと、顔を上げた千絵が「来たぁ!」と目を輝かせた。
「ヤバっ! 前島くんっていつ見ても本当ヤバい!」
男の子二人の顔が視認できる距離まで来ると、千絵は「ヤバい」を連発する。ここで言う「ヤバい」はおそらく「カッコいい」という意味だろう。
しかし、これは……うーん……。
わたしはスマートフォンを取り出して耳に当て、電話をかける真似をする。
「もしもし、並木氏?」
千絵はこういうノリにはぴったりと合わせてくる。すかさずスマートフォンを取り出して応答してきた。
「はいはいなんでしょう、上永氏?」
わたしたちは電波を介さない電話の会話をする。
「前情報に誤りないですか?」
「どんな情報でしたっけ?」
「イケメン、ふ! た! り!」
二人の男子のうち、確かに一方は、誰がどう見ても「イケメン」と言って差し支えない
カッコいい男子だ。まず間違いなく彼が「前島くん」だろう。
問題はもう一方。なんと表現すればいいのか。ブサイクキャラの芸人がコントで演じるイケメンのような仕上がりだった。芸人さんは自覚があるからまだマシだ。彼からは勘違いオーラがびんびん伝わってくる。常に前髪を指で触り、独創的なセンスの服は体型と合っていない。
「お願い!」
千絵が突然、わたしに向かって合掌をした。
「はい?」
「お願い、葵! 県縦のコネを手に入れるためには、奴にすがるしかなかったの!」
千絵が言う「奴」とは、前島くんでないほうの男子だろう。
「ね、一生のお願い! 奴の相手を任されて! そして、葵のキラーパスで、私にゴールを決めさせて!」
こういう自分の欲をあけすけに言える千絵が羨ましいと思う。そんな千絵が、わたしは嫌いじゃなかった。
「……オウンゴールだけはしないでね。千絵の愚痴、二時間以上聞くのはつらいから」
こうして、わたしと千絵の交渉は成立した。
「……でぇ、そいつらが、俺に殴りかかってきたんだけどさ。俺、こう見えてボクシング
ちょっとかじってっから、こう向こうの拳をスッとかわして、カウンター決めてやったわ
けぇ」
千絵にとっては、イケメン前島を召喚する触媒であった友原は、わたしに実演つきで語
り聞かせてくれる。
「スゴいねー」
わたしの作り笑いの成分は、千絵への友情が九割でできている。
得意満面の友原の舌はさらに滑らかになる。「そんでぇ、倒れてるソイツに言ってやったわけ、『俺は、ココも、ココも、お前より上なんだよ』ってね」
友原は最初に頭、次に二の腕の辺りを指差した。
わたしは「そうなんだー」と棒読みに近い発声をしたあと、極小声で「まだ着かないの……」と悲嘆する。
「ん? なんか言った?」
「あ、うん。この観覧車、古いからスピードも遅いのかな……って」
「そのほうが良くない?」
一緒に乗る相手によるんだよ、とは今のところ言えない。
わたしたちが乗っているのは、ときどき鉄板らしきものの音が、不自然に弾ける観覧車のゴンドラだ。わたしと友原は向かい合うように座っている。
わたしたちの前を行くゴンドラでは、千絵と前島のペアがよろしくやっているはずだ。でないと、わたしがしている鳥肌ものの努力が報われない。
まだ頂上にさえ達していない窓の外を見る。曇っていて景色はまるで良くなかったけど、なんとかこの下らない会話の流れを断ち切りたかった。
「なんかさ、こっちより景色良さそうだから、そっち行っていい?」
前に座る友原が、わたしが座るシートの隣を指差した。
「どうぞ」
あっけらかんと応じると、友原は嬉しそうに、わたしの隣に腰を下ろした。それと入れ替わるように、わたしは友原がもともと座っていた席に移動する。
「あれ?」と友原が首を傾げる。
「どっちも景色変わんないねえ」
わたしはさっきまで友原が見ていた景色の感想を述べた。
「あ、そうなんだ」
友原はそう言って、再びわたしの隣にやって来る。仕方がないので、わたしは元いた席に戻る。
「あれ?」
この不毛な攻防が面倒になり、わたしは話題を捻り出す。
「そう言えば友原くんてさ、県縦なんだよね? スゴいね、学区トップの県立高校じゃん」
友原は得意げに前髪をいじる。
「ん、まあね。大したことないけど」
わたしはあることを思い出した。
「じゃあさ、久世って知ってる? 久世悠介。同中だった奴なんだけど……」
「久世? ああ、久世ね、知ってるよ。同じクラスだったから」
「ねえ、アイツ県縦じゃどうなの? ウチの中学じゃずっとトップだったんだけどさ、やっぱ県縦じゃ、埋もれちゃったりしてるの?」
「うーん、埋もれようがないよね」
「やっぱ県縦でもすごいの?」
「いやいや、いないから」
「は?」
「学校にいないのに、埋もれるとか、ないでしょ」
「え?」とこぼしたわたしは、「どういうこと?」とはじめて友原の顔を真剣に見る。
「アイツ、辞めたんだよ」
「……何を?」
「高校を」
友原は平然と口にした。
係員の人がゴンドラのドアを開けてくれたのと同時に、わたしは飛び降りた。
降り口には、先に着いていた千絵と前島のペアが待っている。
「ゴメン! わたし、先帰る」
千絵の前で止まらず、わたしは言った。体勢的には走り出す寸前だった。
「ちょっと? どうしたの?」
千絵が目を丸くしている。事態が呑み込めていないのだろう。
「ごめん。詳しいことはまた今度」
わたしは階段のほうへ向かおうとする。
「お前! 葵に何かしたんかっ!」
怒鳴り声に振り向くと、わたしのあとから下りてきた友原の胸ぐらを千絵がつかんでいた。友原は「してない! 濡れ衣だ! 冤罪だ!」と必死に首を横に振っている。
「あ、ぜんぜん! 友原くんは悪くないから! むしろ情報教えてくれて、ありがとうって感じだから!」
それだけ言い残すと、わたしは階段を駆け下りた。




