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 晩御飯を終えたわたしは、所用である物が必要になり、家から近いコンビニエンスストア「ファミリースポット」へと赴いた。

 そう言えば、久世をここで見かけたんだよな、と思い出す。別にまた会えるかも、とか期待しているわけではない。あくまで、そうだったな、と過去の確認をしただけだ。

 店内に入ったわたしは目的の品と、それだけではあれなので、ペットボトルのジュースを買い物籠に入れて、レジのほうを見る。

 レジでは茶色い長髪を後ろで結んだお兄さんがレジを打っている。

 二人が並んだ列の後ろにつく。そんなわたしの後ろにすぐまた二人並ぶ。しかも夜だからか、籠に大量のアルコールやお菓子を入れている人も多い。

 髪を結んだ店員さんも、さすがに並び過ぎだと思ったのだろう。「レジ応援、お願いしまーす」と声を張った。

 店の奥で商品陳列をしていたらしい店員さんの声が「はーい」と聞こえる。

 なんか嫌な予感がした。

 薄緑を基調に白いラインで縁取りされた制服を着た店員が空いているレジを埋める。

「お待たせいたしました。お次のお客様、こちらのレジへどうぞ」

 わたしは買い物籠を放り投げたくなった。その衝動を抑えられた自分に「えらい!」と称賛を送りたい。

 もう一人のレジ担当は似合わない制服を着せられた冴えない中年男性――つまり、わたしのお父さんだった。いつの間に、こんなところに応募してんのよ! 声にならない突っ込みが次から次へと溢れてくる。

 お父さんは、次に並んでいたお客さんのレジをカウンターの上に乗せ、「お待たせしました」とぎこちない接客スマイルを浮かべる。そして、籠にある商品を手に取り、バーコードリーダーを当てるが、そこで出たのは“ピッ”という軽快な読み取り音ではなく、“プー”というエラー音だった。何かが間違っているらしい。

 お父さんは「あれ?」と首を傾げ、再びバーコードリーダーで商品を読み取ろうとする。しかし、結果は同じエラー音が発されるだけだった。

 若干イラついているお客に「すみません」と頭を下げたお父さんは、隣で順調に会計作業をしている青年のほうを見る。

 髪を結んだ店員は、お父さんの目から出ているSOSを受け取って、隣のレジにやって来る。その素振りはなんとも面倒くさそうだ。

 お父さんが、なぜか商品のバーコードが読み込まれないことを髪結い店員に伝える。

「あの、ネームプレート、スキャンしました?」

 髪結い店員の面倒臭そうな一言に、お父さんはうっかり八兵衛も真っ青の間抜け面をして「あっ」と声を上げた。

 お父さんはネームプレートにあるバーコードをスキャンして、再び商品にバーコードリーダーを当てると、無事に読みこまれたようだ。お父さんの表情が安堵に緩む。

「前に言ったじゃないですか。頼みますよ、忙しいんすから」

 髪結い店員はそう釘を刺して、自分の担当するレジへと戻る。お父さんが「すみません」と頭を下げるのを、聞いても見てもいなかった。

 わたしは列から出ることも考えたが、逆にどうしてわたしが逃げなきゃいけないのよ、と思い直し、列に居座ることにした。

 ただ、それでもお父さんにレジ対応されることは心の底から避けたい。けして良い奴には思えないけど、さっきの髪結いの青年のレジに振り分けられますように、と祈っていた。

 髪結い店員が袋を商品に入れ、「ありがとうございました」と客に渡そうとする。

 おし! 次はわたしだ! 

 わたしはフライング覚悟で、レジに踏み出そうとする。

「あ、そうだ。マイルドセブンの一ミリグラム」

 買い物をほぼ終えた客が、思い出したように言った。

 髪結い店員は、「お待ちくださいね」と頷き、タバコの積まれたケースのほうへ行って該当のものを探し始める。

 早く早く! わたしの中で、髪結い店員に対する盛大な応援コールが鳴り響く。

「お次のお客様、こちらのレジへどうぞー」

 隣のレジから聞こえた声に、わたしは愕然として宙を仰いだ。

「お次のお客様ー」

 わかってるっつうの。

 わたしは仕方なく方向を変え、お父さんの立つレジカウンターに買い物籠を置いた。

「いらっしゃいま……せ」

 今まで気づかなかったとは、さすがの察しの悪さだ。目の前に立つ客が、自分の娘だとわかったお父さんの表情は、きっちりと凍り付いていた。

 わたしは顔を大きく逸らし、目が合うことを避けている。

 お父さんは「こちら失礼します」と、籠にあった商品をつかみ、そこにバーコードリーダーをかざす。

 わたしの目が、お父さんが着る制服の胸に着けられたネームプレートに行った。「上永」という文字は別にいいとして、それよりもでかい字で「研修中」と書かれているのがわたしの心をカサつかせていく。

「あのー」

 わたしはお父さんの作業を見ていて、たまらず口を挟んだ。

「は、はい?」

 とぼけた感じの返事だった。わたしに呼び止められるなんて、考えもしていなかったのだろう。

「それ、紙袋に入れてからにしてくれますか」

 わたしは、お父さんがジュースと一緒のビニール袋に直接入れようとしていた生理用品を指差した。

「あ、いや、これは! たいへん失礼いたしました」

 お父さんは慌てて茶色い紙袋を取り出し、生理用品を包み、ジュースの入ったビニール袋に入れようとする。そのおどおどした不器用な手つきを見ていると、どうしようもない失望感に襲われてしまうのは、わたしの心が貧しいからなのだろうか。

 わたしは深い溜め息をついて、研修中の中年店員から商品を受け取った。



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