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 退屈な授業に癒しの時間が訪れる。

 わたしたちはそれを「昼休み」と呼ぶ。

 みんな思い思いのスタイルでヒーリングタイムを過ごす3年C組の教室で、わたしは千絵に話しかける。

「千絵ー、どこで食べる? 天気いいし、屋上とか?」

 だが、千絵は答えない。別に無視というわけではない。目の前のスマートフォンに向かって、文字を打っている。わたしもそれなりに早いほうだけど、千絵のフリックは両手でそれこそ目にも止まらぬスピードだった。

 わたしが再び「千絵?」と声をかけると、千絵はまるで獲物を狙うハンターのような目をスマートフォンに向けたまま、「先行ってて。今忙しいから」と答える。

 釈然としないものの、わたしは屋上へと向かう。片手にお弁当を持って。

 今朝の上永家は冷戦という言葉が体感できるくらい無会話の空間だった。それでもお母さんなりの矜持なのか、朝ご飯とお弁当だけは用意してくれていた。

 わたしは「おはよう」「いただきます」「いってきます」の最低限の挨拶だけはしたけれど、何も返答はなかった。

 今までにもあったことだから、しばらく身を縮こまらせていればいずれなあなあになって元の状態に戻ることはわかっている。それでも昨日のお父さんの言動は、ショックが大きかったのかもしれない。お母さんにも。わたしにも。


 大きなフェンスの張り巡らされた校舎の屋上には、すでに数組のグループが来ていて、ご飯を食べたり、ゲームや談笑にふけったりしていた。

 わたしは、遅れてやってくる千絵も含めて落ち着けそうな空きスペースを探して歩く。

 おや? ふと一人の女子生徒に目が行った。

 千絵情報で、どこかの大人の店でアルバイトをしているらしい、尾崎舞子だ。いつも取り巻きのいる彼女にしては珍しく、屋上で一人たそがれている。

 彼女はしきりに右手にある小さい銀色の箱らしきものをいじっていた。

 舞子の近くに行って、それが確か「ジッポ」と呼ばれるライターだとわかる。

 舞子は慣れた手つきで蓋を開けるのと同時に着火し、その蓋を閉める、という動作を繰り返していた。軽い手遊びのようなものだろうか。

「やってみる?」

 わたしの目に好奇の色が映っていたのだろうか。わたしを認めた舞子が、そう声をかけてくる。

 千絵が来るまでやることもないわたしは、「いいの?」と舞子からライターを渡された。 

 とりあえず、見よう見まねでやってみた。蓋を開けて着火……しない。蓋を空ければ勝手に火が着く、くらいに思っていたが、どうやらそういうメカニズムではないらしい。

「貸して」

 舞子はわたしからライターを受け取ると、再び先ほどのように自然な動作で蓋を開けて火を着け、それをわたしのほうに差し出した。火がわたしの目の前でたゆたっている。

「おお!」と感動したわたしは、「もう一回やらせて」と舞子に再びライターを借りる。

 何度か試行錯誤するうちに、火を着けるにはライターに付ている小さな車輪みたいなものを回すのだ、というのがわかった。蓋を開けるのと同時に、その車輪を回すというのを違和感なく舞子はやっているのだ、と思った。

「ねえ?」

 舞子が呼ぶので、わたしはライターをいじりながら「ん?」と返事をする。

「ブランドもんとか欲しくないの?」

「んー、あんま興味ない」

「じゃあ、何に興味があんの?」

「うーん……ダメ人間はなぜダメなのか、優秀な人間は、どうして優秀なのか、とか?」

 舞子が声を上げて笑った。そんな面白いことを言ったつもりはないのだけど。

「もしその気があったらさ、ウチで働きなよ、紹介してあげるから」

「おお!」

 舞子が言った瞬間、わたしは蓋を開けるのと同時にライターの火が着けられたことに感動の声を上げていた。

 わたしが改めて話をしようと舞子のほうを向いたときだ。

「葵!」

 屋上を轟かすように名前を呼ばれた。

千絵だった。スマートフォンを片手にわたしを見つけるや否や駆け寄ってくる。

「やったわよ、葵!」

「ど、どうされました?」

 あまりの千絵の勢いに思わず敬語になってしまう。

「デートの約束取り付けたのよ! 県縦のイケメン二人と! 私、頑張ったわ!」

「お、おめでとう」

 それ以外に言葉が見つからなかった。きっとわたしの顔には、苦笑いが浮かんでいるに違いない。

「じゃあね」

 不意に傍らにいた舞子が歩き去ろうとしていた。この会話に混ざりたくなかったのかもしれない。

「あ、これ!」

わたしはライターを示した。

「あげる」

舞子は惜しげもなくさらりと微笑んで、屋上から去っていった。

 ありがとう、の一言も言えないまま、わたしは舞子が消えた屋上のドアを見送る。

「そんなわけで、今度の日曜日空けといてよね!」

 わたしと舞子とのあいだにあったことなどまるで興味がないようだ。周囲を気にしないマイペースは、千絵の良いところでもあり、悪いところでもあり、悪いところでもある。

「なぜゆえに?」

 わたしは疑問を呈しないわけにはいかない。

「イケメン二人って言ったでしょ!」

 そう言えば、言っていた気がする。

「ダァブルデートゥよ! ダァブルデートゥ!」

「ダァブルデートゥ?」

 千絵が巻き舌気味に言うので、わたしも釣られて巻き舌になってしまった。



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