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登校するときにコンビニエンスストアで見かけた男の後ろ姿を再び目にしたのは、駅前の本屋だった。
予備校での退塾手続きはお蔭さまで滞りなく済んだものの、家に帰ろうと思うまでにもうワンクッション欲しい。そんな心理的手持ち無沙汰感に流され、わたしは品揃えもそこそこの駅前の本屋へ入る。お店の迷惑も考えず、買う気もないファッション誌をパラパラ捲っていたとき、たまたま受験・参考書のコーナーに目が行った。
朝とは違い、彼はタンクトップではなくTシャツにジーンズ姿だった。それでもすぐに同一人物とわかるくらい、その立ち姿に雰囲気があった。信念めいた何かを感じるようにピンと張った背筋に、わたしはたしかに見覚えがあった。
「あ……」
わたしは気づいた。どこかで見たことがあるのに、すぐに特定できなかったのには理由があったのだ。
わたしは受験・参考書のコーナーへと歩み寄る。
「久世?」
本棚に手を伸ばそうとしていた彼が、ビクッとその動きを止めた。振り向いた彼の顔は万引きでも見つかったかのように、苦々しいものだった。でも、間違いない。わたしは彼を知っている。彼は中学のときの同級生だ。すぐに彼だとわからなかったのは、彼の身長が、わたしが知っている頃より十センチ近く伸びていたからだ。
「やっぱり久世だ。久しぶり。中学の卒業式以来じゃない?」
わたしの顔を見てしばらく固まっていた久世悠介は、不意に口を動かした。
「……上永?」
同じ中学区だったのだから、帰り道もだいたい同じ方向になる。
わたしは久世と並んで歩いた。
「久世はどこ受けんの?」
わたしの知っている久世は久しぶりに会った同級生と昔話に花を咲かせようとするタイプではない。その傾向は今も変わっていないようだ。ここはわたしが大人になって会話のきっかけを作ってあげることにする。
そんなわたしの親切心から出た質問に対する久世の返答は「は?」というなんとも素っ気ないものだった。
仕方なくわたしはもう少し言葉をやわらかくする。
「大学、どこ受けんの? 志望校はもう決まった?」
久世はちょっと考える素振りを見せたものの「……まだ」と答えを濁した。
「そうなんだ。でも、久世はいいよね」
「何が?」
今度は久世が問いかけてくる。うっすらと険を感じるが、聞き流す。
「だって県縦じゃん、県立縦須賀高校。学区トップの進学校。ウチらとはほら、頭の出来が違うからさ、大学だって選び放題じゃん」
久世は答えない。
「わたしなんて頑張ったって、大した大学行けるわけじゃなし。そのくせ親からは『大学くらい出とけ』とか言われるし。なんかメンドくさくてさ……」
わたしの軽い口は軽快さのギアを上げる。
「だいったいさあ、親も考えが甘いんだよね、自分のDNA受け継いでる娘なんだからさ、その結果なんて高が知れてるじゃんねえ……」
わたしは、ここ笑うところなんだけど、という感じで自虐的に言った。
「くれよ」
不意に久世が立ち止まった。
わたしは「へ?」と間抜けな声を出して久世のほうを見る。
「だったら、そのチケット俺にくれよ」
意味がわからなかった。でも、その声と表情から久世が怒っている、ということだけはわかった。
「チケット? つか、何切れてんの?」
「お前、目ぇ悪すぎ」
わたしの質問に答える気はないらしい。久世はさらに続ける。
「頭悪いのは前から知ってたけど、目も相当悪いわ。くだらねえ愚痴吐く前に、自分の目ん玉どうにかしろって」
久世は吐き捨てるようにそこまで言うと、首を横に振って、早足で歩き去っていく。
ついていける雰囲気じゃない。さっきまであった同級生との再会を懐かしむ気持ちもごっそりと削がれていた。
チケットって何? それにわたし教室の後ろから黒板の小さい字も見えるくらい視力はいいんだけど。裸眼で一.五なんだけど。
どうでもいい反論を心で反芻しながら、わたしは苛立たしげに歩いていく久世の後ろ姿を見送った。その張り詰めたような背中に、やはり信念めいたものを感じる。
「ワッケわかんね……」
久世が見えなくなったあと、わたしの口から行き場のない憤りが出てきた。それを自分の耳で聞いて、語彙が少ないな、とがっかりする。




