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額の包帯が取れた翌週の休日。
わたしは久世と会うことになった。
待ち合わせ場所は、わたしたちが卒業した中学校だ。
時折、さわやかな風が吹く。
中庭にある花壇には、まだ蕾もできていないひまわりの茎が風に揺れていた。
「ここ、憶えてる?」
わたしが花壇を示しながら訊く。
「俺がほとんど耕してたところだろ。誰かさんはブーブー文句たれるばかりで……」
「そこには見解の相違があるね」
わたしは冗談交じりの膨れ顔を作りながら、久世を睨んだ。
それに対して久世は、わりと真面目な表情で、わたしの顔を見つめてくる。正確にはわたしの額の傷を。
右目の上あたりに、二センチくらいの傷跡が残っている。
お医者さんから、時間とともに目立たなくはなっていくだろうが、それでも完全に消えることはないだろう、と言われていた。
なるべく前髪で隠すようにしているけど、こういう風のある日には、どうにも存在を主張してくる。
「ちょっと!」
「え?」
「人の顔、ジロジロ見ないでよ。何かついてる?」
「いや、何も……」
久世がバツの悪い顔をするので、わたしは助け舟を入れてやる。
「じゃあ、わたしの美貌に見惚れてるわけだ」
「いや、それはない」
「なんで即答?」
そこまで言って、お互いに笑い合った。空気がだいぶ軽くなる。
それでも、久世の表情にはまだ、なんとも言えない深刻さが貼り付いていた。
不意に、久世は大きく深呼吸すると、意を決したように「あのさ……」と切り出した。
「ん?」とわたしは軽く応じる。
「俺……」
たぶん、次の言葉は用意されているのだろう。でも口に出すには、それなりに勇気が必要な言葉に違いない。
自分はなんて性格が悪いんだろう、と思いながら、わたしは「まさか……」と先手を取りに行く。
「『責任取る!』とか、そーいうダサいこと言わないよね?」
「えっ」と洩らした久世の目が見開かれる。図星だったようだ。
久世の顔を見て、思わず笑ってしまった。
「マジでそう言おうと思ってたの?」
「悪いかよ?」
久世が不貞腐れる。
正直なところ、すごく嬉しい。そんなふうに考えてくれる久世がますます愛おしくなる。
でもわたしは……。
「悪いね、悪だね、最悪だよ」
自分の気持ちと逆走する台詞を吐いてしまう捻くれガールなのだ。
「そこまでか……」と久世が項垂れる。
わたしは苦笑して、前髪を上げると、久世に額の傷跡を見せる。
「触って」
わたしの言葉に、久世は恐る恐る手を伸ばし、額の傷跡に触れた。
「そりゃ確かにわたしはさ、名実ともに、『傷モン』になっちゃったけどさ……」
久世が苦しそうな顔をしたので、わたしはその両頬をつまんだ。
「……はにふんだよ?」
「いちいち落ち込まれると、わたしが話しづらいんだよ」
わたしは仕切り直すように言い直す。
「わたしは、まあ名実ともに『傷モン』になちゃったけどもぉ」
久世の目をしっかり見据えて言う。
「でもそれと、久世の未来とは、何のカンケーもないから! てゆーか、そういうの逆に重いし!」
わたしは弾くようにして、久世の両頬から手を放した。
「だけどさ……」
久世が納得いかない様子で話を蒸し返そうとしてきたので、わたしは「もし!」と声を張り、その流れを断ち切った。
「え?」
「もし久世が、どうしてもわたしに対して、すまないなって気持ちが消えないなら……」
次に何を言われるのか、と久世が唾を飲み込んでいる。
「わたしに勉強教えて」
「え?」
「そんで、わたしを東大に入れて」
「はあ?」
「知らない、東大? 東京大学、日本の大学の最高峰」
気が抜けたように、久世が急に笑い出す。
「いやいやいやいや、東大は無理だろ」
「ちょっと! 決め付けないでよ」
わたしは真面目な顔になる
「わたしらには、未来を変える力があるんだから!」
そう言ったとき、憑き物が落ちたような顔をした久世は、いきなりわたしを抱き締めた。
驚いたわたしは「な、何?」と声を発する。
「ゴメン。そうだな。もしかして、お前ならできるかもな」
「でしょ! 別にわたしと一緒に目指してもいいからね」
「ああ。そのためには、俺はまず高認を取らないと……」
「うん……」
わたしたちはゆっくりと体を離す。
「行こうか」
わたしが手を差し出すと、久世が頷いてその手を握ってくれる。
わたしたちは歩き出す。
その先にあるものを考え出したら、不安で怖くてたまらなくなる。
でも今は……。
今だけは……。
わたしの手が握られている、そのぬくもりだけで十分だった。
FIN




