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今日は土曜日だった。
わたしは街中をブラブラと歩いている。
あれ以降、宮沢が接触してくることはなかった。
わたしは気になった洋服店のショーウィンドウを覗き込む。そこには、額に包帯を巻いた生意気そうな女の子の顔が映っていた。
わたしは近くに見えた歩道橋に上ると、そこから抜けるような青空を眺めながら、スマートフォンを取り出し、電話をかける。
数コールで相手が出た。
「もしもし? わたしだけど……うん……ねえ、今日って暇だよね? ……あのさ、今から……デート、しない?」
わたしは待ち合わせ場所を伝えて、通話を終える。
わたしが立っていたのは、以前、千絵とダブルデートのときに訪れた遊園地、「ドリームアイランド」の入場門前だ。
待つこと、数十分。わたしが呼び出した相手がやって来た。
「何、その格好?」
わたしは思わず吹き出してしまった。
目の前に立っているのは、グレーのスーツに、水色のストライプのネクタイを着けたお父さんだ。
「驚いたよ。いきなり電話かかってきて、デートなんて言うからさ。どんな服着てけばいいかわかんなくて……」
お父さんは困ったように笑う。
わたしは、入場門のはるか向こうに見える古い観覧車のほうを向いた。
「ここってさ……昔、お母さんがカルチャーセンターにハマッてたとき、よく来たね」
前に千絵とここに来たとき、引っかかりを覚えた記憶。それは小さい頃、お父さんと一緒に訪れた頃のものだった。
「そうだな……あの頃は、ここに来るたびに、葵は『デート、デート』って言ってたな」
お父さんが懐かしむような目で観覧車を眺めている。
「あのときは、『デート』って言葉の意味もわかってなかったからね」
わたしは強がってみせた。本当はデートの意味くらい知っていた。幼稚園の頃のわたしにとって、お父さんは一番素敵な男の人だったのだ。無知って恐ろしい。
ひとしきり軽口を叩いたわたしは、お父さんのほうを向く。
「えーっと……」
わたしの間の抜けた声に、お父さんが、なんだ、というような表情をしてこちらを向く。
「……わたし、頑張るからさ」
突然の宣言に、お父さんは「え?」と声を洩らした。
「だからお父さんも、やれるだけやってみてよ。まあ、無茶はしないで欲しいけど」
お父さんは一瞬、どう反応していいか迷ったように目を泳がせたけど、一呼吸おいて、目に力を込めた。
「ああ。頑張るよ」
わたしは、自分の中で用意してきた二つの伝達事項のうち、一つを言い終えた。
さて、次はもう一つだ。
わたしは、大きく息を吸い込むと、深々と頭を下げた。
「……ごめんなさい、いろいろ。今までありがとう、いろいろ……これからもいろいろ、よろしくお願いします」
ひと言ひと言に気持ちを込めた。
わたしが顔を上げると、お父さんの目は心なしか赤くなっているように見える。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お父さんがわたしにお辞儀をする。
「じゃあ、行こっか……」
言うべきことを終えたわたしは、遊園地のほうを向く。
「いや、今日はやめておこう」
お父さんの声はなぜか清々しい。
「なんで?」
「これから、母さんを迎えに行ってくる」
お父さんの中で決意が決まったらしい。
「居場所わかってんの?」
「娘よ、夫婦の絆をナメるなよ」
いたずらっぽく笑うお父さんを久しぶりに見た気がした。
「でも、そう簡単には許してもらえないんじゃない?」
「とにかくひたすら謝り倒してくるよ。母さんなあ、押しに弱いんだ、昔から……。父さんが母さんと結婚できたのも、父さんが押しに押して押し切ったからなんだぞ」
なんだか得意げだった。
「はーあ。わたしはお母さんが押し負けた結果なわけか」
「父さんが押し勝ちした結果でもある」
「じゃあ、頑張って押してください」
わたしがおざなりに言うと、お父さんは「ああ」と笑う。
「母さんが帰ってきたら、三人であれに乗ろう」
お父さんが指差す先に、ゆっくりと回転する古びた観覧車が見えた。




