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体が重い。食欲もない。
それでも、家にこもっていたら、嫌なことばかりグルグル考えてしまいそうで、わたしは学校へ行くことにする。
あのあと、宮沢と家族の会食は、何事もなく終わった。お母さんがしきりに「よろしくお願いします」と繰り返していた。わたしたちを送り出すときの宮沢の笑顔が、頭にこびりついて離れない。
わたしは制服に着替えると、パートで出ているお母さんのいないキッチンに入ることなく、玄関へ向かった。なかなか動く気になれなくて、今からだと学校に着くのは遅刻ラインすれすれだ。
「葵」
靴を履いているときに呼び止められた。
振り向くと、寝間着姿のお父さんが立っていた。もうハローワークに行く必要もないのだ。
「どうしたの? あのあとも深夜、バイトに行ったんでしょ? まだ寝てれば?」
「ああ……」
気のない返事をするお父さんに、「行ってきます」と言って、ドアノブに手をかける。
「なあ、葵……」
再び呼び止められて、わたしは軽く苛立ちながら振り返る。
「今話さなきゃダメ? 遅刻しちゃいそうなんだけど」
わりと不愉快を前面に押し出したつもりなのに、お父さんは意に介した様子もない。何か言いたげなのに、迷っているような印象だ。
「言いたいことがあるなら早くして」
「……父さん、あの会社に入ってもいいかな?」
「は?」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。登校前の娘に、する質問ではないだろう。
「なんでそんなこと私に訊くの?」
お父さんは「いや……」と俯く。
「昨日の食事会のとき、元気なかっただろ。もしかしたら葵は、私があの会社に就職するのを望んでないんじゃないかと思ってな」
「他にアテはあんの?」
ここで「やめてほしい」と素直に言える自分だったら、どれだけ良かったことだろう。わたしは自分の捩じれた性格を呪いたくなる。
お父さんが「いや」と首を横に振る。
わたしにどうしろと言うのだ。なんて言って欲しいのだ。お父さんの就職は、わたしと宮沢の関係があってのことだ、なんて言えるわけがない。
「好きにしなよ。お父さんの人生じゃん」
わたしの口から出るのは、どうしてこうも投げやりな言葉ばかりなのだろう。
自分に溜め息をつきながら、「行ってきます」と家を出る。
結局、学校は遅刻した。
昼休みは屋上で過ごした。
相変わらず食欲は湧かない。
わたしはフェンスに寄りかかって、パックのコーヒー牛乳をストローで吸っている。
「ねえ?」
わたしの横でサンドウィッチを食べている千絵が話しかけてくる。
「ん?」
「なんか嫌なことあった?」
「別に。なんで?」
「なんでだろう。なんとなく?」
千絵は首を傾げる。嫌なことはあったけど、話せるようなことは何一つない。
「舞子はさ……」
口をついて出ていた。
千絵が「え?」と訊き返してくる。
「向こうで愉しくやってんのかな……?」
「は? 何言ってんの?」
千絵が心配げな表情を浮かべる。
「ごめん。なんでもない」
「ねえ、葵……」
「んー?」
「なんか嫌なことあった?」
わたしたちはこんなやりとりを三、四回繰り返した。それくらい退屈な昼休みだった。




