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 元とはいえ、クラスメートであったわたしたちの3年C組は、クラス一同で舞子のお通夜に弔問することになった。

 葬式仕様になっていた舞子の家は、「お屋敷」と呼んでも大袈裟ではない風格があり、高い塀がぐるっと周囲を囲んでいた。

舞子のお通夜なのだから、わたしらみたいな学生がそれなりにいるのは当然として、中高年のビジネスマンが多く参列していた。きっと舞子の父親関係の人たちだろう。

 僧侶の読経が聞こえる中を、焼香台に向けて四人ごとになった列が、じりじりと前へ進んでいく。

 わたしは、舞子と会ったときのことを考えないようにしていた。もし考えたら、ここで発狂してしまいそうだった。

 計っていたわけではないけど、おそらく三十分くらいが経った頃、わたしに焼香の番が回ってくる。前の人のやり方を見ていたので、それに倣えば問題なくおこなえるはずだ。

 わたしは親族側の席に形式的なお辞儀をし、焼香台の前に立つと、祭壇に飾られた舞子の遺影を見る。

「……こんなの舞子じゃない」

 勝手に言葉が出ていた。

 隣で焼香をしていた千絵が、ギョッとしてわたしのほうを向き、「どうしたの?」と小声で訊いてくる。

 祭壇に飾られていた遺影は、わたしが最後に会った地味な舞子の写真だった。舞子はきっとこんな写真を望んではいない。もっと舞子の最後を飾るにふさわしい、舞子らしい写真があったはずだ。クラスの中心で、いつもキラキラする笑顔を放っていた、そんな舞子の写真が絶対にあるはずだ。

 わたしの体は自然と動き、焼香台を通り抜け、親族席に座っている舞子の父親の前に立っていた。

「この写真は、舞子じゃありません!」

 わたしは舞子の遺影を指差した。

 舞子の父親は、いきなり現れた無作法な女子高生に目を瞠っていた。

「ちゃんと、舞子の写真にしてください!」

 わたしがもう一度はっきり怒鳴ると、舞子の父親も「何を言ってるんだ」と威圧的な声とともに立ち上がった。そのとき、わたしの顔を見て気づいたらしい。

「君は、あのとき舞子と一緒にいた……」

「舞子に謝ってよ!」

 この男さえいなければ、きっと舞子は死なずに済んだ。そう思わずにはいられなかった。

 後ろから駆け寄って来た大人たちに、「何をやってるんだ」とか「迷惑を考えなさい」とか言われながら、羽交い絞めにされる。

「舞子にちゃんと謝れってば!」

 わたしの言葉に、舞子の父親も声を荒げる。

「謝ってもらいたいのはこっちだ! せっかく産んでやったのに、最期の最期まで恥をさらして……」

 わたしは大人たちに引き摺られながら葬儀場を退場させられようとしている。

 もはや捨て台詞にしかならない。わたしは無我夢中で口をついて出る言葉を叫んだ。

「産んでやった? お前は種つけただけだろうが! 大した痛みも味わってねえのに、エラそーなこと言ってんじゃねえよ! 悔しかったら、自分のケツの穴、10倍に広げてみろっての!」

 こうしてわたしは、舞子への焼香もロクにできぬまま、会場から追い出された。


 わたしは舞子と最後に会った場所へやってきた。

 あのとき、わたしが気づいていれば、舞子は思い止まってくれたのだろうか、と考えてしまう。わたしは舞子との会話で、どんな言葉をかけてあげれば良かったのだろう。

 わからない。

 別れ際の舞子の微笑みは輝きを放っていた。それはもう彼女の中で、決心がついていたからなんじゃないだろうか。

 わからない。

 わたしは舞子のしたことが間違ったことだとは思えない。舞子はきっと、自分の選択に救いを見出したのだろう。それ以外に絶望しか見ることができなかったのだろう。

 でもね、舞子……わたしは悲しいよ。舞子は間違ってないと思うけど、それでもやっぱりわたしは悲しいよ。

 立っていられなくなったわたしは、地面に跪き、地面に突っ伏した。

――仕組み、変えられるように頼んでみるよ。ダメ元で、勇気出して

 舞子に言われた言葉を思い出す。

 それを勇気と言ったら、怒る人がいるかもしれない。否定する人がいるかもしれない。でも舞子にとってあれは勇気だったのだ。勇気を出して、あの選択をしたのだ。

――だから、葵も勇気出せ

 これは舞子がわたしに託した遺言だ。

 わかったよ、舞子。やれるだけやってみる。

 わたしは地面に突っ伏したまま、舞子に誓った。


 まるでストーカーみたいだ。

 わたしは久世家のあるアパートが見える位置に立って、ドアが開くのを待っていた。

 きっと久世は工事現場の夜勤アルバイトに出勤するため、夕方には家を出るはずだ。

 空の色はわからなかったけど、光の量が少なくなっているのは、わたしの目でも感じることができる。空はどんどん、夕に焼かれているのだろう。

 スマートフォンではないが、久世も携帯電話を持っている。それで呼び出すこともできたかもしれない。でも電話だとすげなく断られる可能性がある。わたしは敢えて、久世と直接対面しようと決心したのだ。

 待つこと数十分。

 久世家の部屋のドアが開いた。

 時朗たちが出てくることも考えられたが、今、外に出てきたのは、Tシャツにジーパン姿の久世だった。

 息を吐き切ったわたしは、鞄を肩に引っかけて行動を開始した。

「いってらっしゃい」という時朗や美晴の声に送られ、久世は道を歩き出す。

 わたしが立ちはだかったのは、久世がアパートを出て百メートルを過ぎたあたりだ。

「よう」わたしが手を上げて挨拶する。

 久世は「おう」と不愛想に応じるが、その歩みを止めることはなかった。

 わたしは久世と並んで歩くことになる。

「なんかあった? 目、赤いけど」

 久世の問いに、わたしはすぐには答えられない。舞子のことを知らない久世に、舞子の身にあったことは説明しづらかった。

 結局、わたしは答えることを放棄して、新たに「ねえ」と久世に問いかける。

「何?」

「……今日バイト休めない?」

「無理だよ」

「なんで?」

「一日でも休んだら、借金の返済が追っつかなくなる」

「ホントにどうしてもダメなの?」

 わたしが食い下がるように訊くと、久世は歩くのを止めた。

「どうしたんだよ、いったい?」

 舞子、これがわたしの勇気だよ。心の中で舞子に言い、久世の目を見る。

「わたしと一緒にいて」

 久世は理解できなかったのか、戸惑った表情を浮かべる。

「それってどういう意味だよ……?」

 わたしがもっと踏み込んだ答えを返そうとしたときだった。鞄の中にあるスマートフォ

ンが着信音とともに振動し始めた。

 わたしは取り出したスマートフォンの着信表示を見て、「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。

 宮沢からだった。あれからもいまだに宮沢からの着信やメールは定期的に入ってくる。

 いつもなら電源をOFFにして終了だ。だけど、今日はわたしの前に久世がいる。だからこそわたしは、宮沢の言葉を思い出したのかもしれない。

――君を他の誰かに抱かせたりはしない。君にとって、僕は、最初で最後の男になるんだ

 宮沢の絡みつくような目のフラッシュバックが、わたしの皮膚を鳥肌に変える。

 わたしの中で何かがはじけ飛んだ。

 恐怖のあまり、理性がきかなくなっていた、というのは後付けかもしれない。でも、あながち間違っているとも思えない。

 わたしは気づけば、久世に抱きつき、その唇を奪っていた。

 久世は、言葉にならない声を洩らし、身を硬くした。でも、わたしを引きはがしたりはしなかった。

 わずかに唇を合わせたあと、わたしは久世を抱き締める。そうしないと立っていられない気がした。

「だ、大丈夫か? 震えてるぞ」

 久世の声がたどたどしい。

「お願い……」

 わたしの心臓の鼓動が久世に伝わっているだろう。震えた声のまま、わたしは自分の願いを絞り出す。

「お金ならわたしがなんとかするから……だから、今日一日、わたしと一緒にいて」

 久世の両腕がわたしの背中に回る。優しい圧迫でわたしの体を締め付ける。

 久世なりのOKの合図だと思った瞬間、わたしの目から涙がこぼれた。



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